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逃げる太陽 ~俺は名無しの何でも屋!~

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2021.12.11
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「ってことは、あの石は御神体……」

「そういうことになりますねぇ」

にこにこと、真久部さん。

「いや、だけどその」

俺は嫌な汗をかいてしまう。

「普通そういうものを扱うときって、精進潔斎とかしなくちゃいけないんじゃないんですか? 俺、前の晩メシ、ニラ入り餃子……」

一昨日、顧客の笹井さんにもらったんだよ……なんか、彼女にふられたんで、一人餃子パーティしようと、それだけは得意という餃子をひたすら包んで、包んで、包みまくってたら、その彼女からまた連絡があって……ふられたと思ったのは誤解で、えっと、とにかく、彼女のご両親が来ることになったから、ニラ入りの上、ニンニク生姜マシマシの餃子なんて食べられないし、冷蔵庫に入れといても臭いそうってことで、近所に住んでる俺に全部くれたんだ。

美味かったなぁ、餃子。ひたすら焼いて、貪り食って。で、翌日早朝から、今回の仕事を兼ねた慰安旅行(?)に行くのを思い出し、焦って牛乳飲んだり、リンゴ食べたり、ひたすらガム噛んでから何度も歯を磨いたり、長風呂して汗かいたりしたから、特に臭わなかったとは思うんだけど──。

臭い、しませんでした? とおそるおそる聞いてみると、特に気づきませんでしたよ、と真久部さんはあっさり首を振る。

「大丈夫だったんじゃないですか? だって、石を持ち上げられたでしょう? あの石には、自然体の何でも屋さんが良いような気がしたので、僕も今回、特にそういう指示を出さなかったんだよ。きっとそれが正解だったんだと思うなぁ」

気負ってない感じが良かったんじゃないですか、なんて、敢えてのことか、適当っぽいことを言う。 

「嫌なら動いてくれなかっただろうしね。あれは、重軽石おもかるいしみたいなものだったんじゃないかと僕は思ってるんです。叶わない願いか、叶う願いかで重軽なんじゃなくて、自分が・・・気に入らないか、気に入るか、それで決まる感じの」

「は、はぁ……」

そんなんで、いいの……?

「オーナー一族も、ホテル関係者も、僕もだけど。誰もあの石のお眼鏡に叶わなかった。だけど、遠くから呼んだ何でも屋さんだけが、気に入られたのか、気にならなかったのか、とにかく運ぶことができた。それだけで、もうあちらは万々歳。部屋だって、うちで一番いい部屋にお泊り下さい! ってもんですよ」

「……」

作業のあと案内された部屋は、豪奢な設えの角部屋で窓も大きく、そこからの眺めは、屋上から見た絶景と遜色ないくらいだった。紅葉と渓谷、遠くに見えた金色の芒の原。設備もすごくて、びっくりするほど広い内風呂もあった。

いや、本当にびっくりしてしてたし、心配したんだ。真久部さん奮発しすぎじゃないかなぁ、って。それが、俺に対するお礼だった……?

「食事も、通常とは違ったグレードで、最上級のおもてなし。お相伴に与ったのは僕のほうです。何でも屋さんのお蔭」

だから、僕の懐は痛んでないんですよ、とにっこり笑う。

「そ、それならよかったです。は、ははは……」

なんかもう、笑うしかない。そんな俺の心を知ってか知らずか、古猫のような笑みを浮かべたままの真久部さん、「ああ、話すばかりじゃなくて、そろそろお茶にしましょうね」と袱紗に包んであったらしい銘々皿に、小箱から出した生菓子をのせてくれた。

「あ! そのお菓子って、あのホテルの……?」

金箔を飾ったリッチな栗きんとんの姿に、俺の意識がさらわれてしまった。むしろ、積極的にさらわれに行った。石について、もうあんまり考えたくなかった。

「ええ。一階和カフェ併設和菓子屋さんの、秋スペシャル詰め合わせです」

真久部さん、俺の好みなんかすっかりお見通し。

「あの店の! 美味そうだなって思ってたんです。いただきます!」

自分の顔が笑み崩れてるのがわかる。カフェのショーケースの向こうでさ、『とっても美味しいよ!』なオーラ放ってたんだよ。でも、さすが高級ホテルのお店でさ。値段が恐ろしくて、見ないふりしてたんだ。

「──何でも屋さんは、いつも本当に美味しそうに食べるねぇ」

楽しそうに言いながら、真久部さんは抹茶を立ててくれる。温めて湯をこぼした茶碗に、茶筅でまず「の」の字を描いてから、シャシャシャシャシャッっと、おおう、いい感じの泡が。

「どうぞ」

ベンチの上で、す、と差し出され、俺は一礼して見様見真似の作法で茶碗を回し、一服いただいた。

「美味しいです。──やっぱり良い和菓子には、良い抹茶ですよね」

美味しい、しか言葉がないのもアレかなぁ、と思って、もっと言い直してみる。

「こんなところで野点なんて、すごい贅沢気分です! ありがとうございます、慰安旅行に、連れてきていただいて」

そのために重い荷物も持って上がってくれたんだから、ここはしっかり感謝しなくちゃ。贅沢な部屋は今回の依頼主の好意かもしれないけど、最初に誘ってくれたのは真久部さんだし、今も確かに慰安されてる。俺、慈恩堂の正式な店員じゃなくてただの何でも屋だけど、もう慰安旅行でいいや。

「どういたしまして」

地味ながら整った顔の男前が、俺の言葉ににっこりする。外の、こんな爽やかな場所で見るこの人は、案外健康そうに見える。いや、別にいつもが不健康そうってわけじゃないけど、お日さまの下と、あの怪しい店の中とでは、同じ人でも違って見えるというか──。

って、俺は何を言い訳してるんだよ。

真久部さんも自分のぶんのお茶を立て、きれいな所作で茶碗を傾けている。

青い空の下、銀の芒の海。風の起こす葉擦れの音が、ゆるやかな波のように。勧められてまた茶菓子を頂きながら、とってもラグジュアリーなひととき。ふう、と満足の溜息をついたとき。

「さて」

す、と真久部さんが立ち上がった。もう充分ゆっくりできたし、そろそろお開きかな、と思ってたら。

「ここからは、僕からのお仕事依頼です、何でも屋さん」




真久部さんのお仕事依頼とは? つづく……。





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最終更新日  2021.12.11 09:08:57
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