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2011/10/02
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 島には鉄塔というものがない。送電する必要自体がないからである。そこにあるのは送電線ではなく、配電線とそれによる電力輸送のためのネットワークだけ。離島で電力を供給しているのと同じ方法を、都市同士の間で連携させていくとどうなるか。発電機が発生させた電力を増やしながら、さまざまに分岐させていくことができる交流送配電の特徴を活用すると、大規模な発電所や高圧の送電線などは不要となる。誘導法則には電力を増やすためのヒントが、予め書きこまれていたのであった。

 励磁電流であろうと誘導電流であろうと、それが電流であるという点では何ら変わりがない。電流の性質は同じである。電流を接地させることなくコイルを経てどんどん再利用していくと、一対のコイルを増設するだけで、輸送する電力を中継地点で二倍にする効果が引き出せる。この方法を繰り返し援用すると、地下資源の消費を間違いなく大量に減らすことができる。

 遠隔地に置かれている大規模発電所からではなく、消費地に導入された小さな電源から、周辺の広い地域へと電力を増幅しながら配電していくネットワークは、山の向こう側からやってくる高圧の送電網をたちまち無用の長物と化すだろう。小規模な電源を適宜分散配置していくことで、単一の電源にはできない広域停電となる事態を回避させつつ、最も合理的なエネルギー供給システムを、あらゆる地域で細やかに組みあげていくことが可能になる。そこに経済合理性を同時に備わるようになった時、エネルギー・ルネッサンスを開始するための条件が整う。


 送電網を高圧化してきたというこれまでの歴史的経過が、発電所の稼働率を高めてそれを引き下げられないものにした。減圧することができないというその理由は、電力を輸送する送電線の太さを変えられない、というその点にある。電圧を下げれば電流値は増える。大電流を送電系統に流すためには、太くて重い電線に切り替えなければならない。細い電線に大電流を流せば、発生した熱で金属線は焼き切れてしまう。電気抵抗は熱となって顕在化する。太い電線の重みに耐える鉄塔は、既設のものよりも丈夫な作りでなければならない。送電線を二重にするのは可能であっても、電力の輸送コストを単純に倍以上へと跳ね上げる。

 そこで送電電圧を高圧にしたままの状態にして、安定した送電を行う道を選択したのだった。電力消費が大幅に減った深夜帯であっても、送電する電力を減らすことがこれによりできなくなってしまったのである。発電出力を調整することができないシステムは、使われることのない電気であっても生産し続けていなければならない。それは常同症という病の姿によく似ている。深夜の電力使用率を見ると、概ね50%前後という状態になっている。発電量を減らせない仕組みにしたということが、深夜電力の使用率を半分ほどに低下させていたのであった。

 未だにその状態に留め置くという無駄な結果を持続させていることから、業界では特別に割安な料金制度を深夜に限り導入したのだ。だが成果と思しきものは、まったく生み出せていなかった。発電出力を減らすことができないシステムであるということが、壮大な無駄を深夜から早朝までの数時間保たせている。日中の時間帯でも発電と消費が同じ、ということなどあり得ないことなのだ。これは電力会社による真っ赤なウソであったのだった。

 電力需要が半減した状態になっていながらも、発電所の稼働率は倍の出力状態で維持されているということだったのだ。送電ネットワークには、これ以上電力輸送量を減らせないという下限となるラインがある。需要の低下に連動して出力を調整することができていたのなら、深夜の使用率を90%台以上の高水準へと引き上げておくことに問題はなかった。発電所の電源を停止させてしまえば、それで済む実に単純な話だったからである。

 そのような微調整ができるシステムではなかったということが、需要が大幅に減った深夜の発電を止められず、捨てるための電力をただ増やす行為を続けさせている、という愚かとしか形容しようがない行為を持続させているのである。発電量を減らしたその分だけ、電力を輸送するための電路を切り替えられるシステムにしておけば、二酸化炭素濃度の増加はもっと緩慢なものになっていた。発電実績と電力消費とが常に一致していたのであれば、使用率は100%の水準で安定していなければならなかったのだ。

 電力業界では発電と消費が常に一致している、として同時同量という概念を持ち込み、国民に無駄のなさを説明するという時代が永らく続けられていたのであった。それが事実に反することであるのを詳らかにしたのが、原発の爆発事故とそれに伴う放射能拡散という経過だったのであり、それが副次的に生じさせた節電努力の国家的な義務化、というのっぴきならない緊急事態でもあったのだった。


 放射能を拡散させたあの水素爆発事故によって、東電はフクシマで原発の運転を停止せざるを得なくなった。電力不足が俄かに懸念されるようになり、広域停電に陥る事態を事前に防ぐための措置として、節電に協力するよう国が国民に呼び掛ける事態となった。一斉節電を国民に求めるに際しては、発電量に対する電力消費の割合を具体的に公表する必要があり、どれだけ節電できたのかという結果を数値化してみせるために、発電しておきながら消費されなかった電力が大量に存在する、という事実までをも却って明らかにしてしまったのだった。業界が決して望まない経過を自らが生み出す、という実に皮肉な顛末が残されている。だがヒトはその事実を呆気なく忘れてしまう。

 電力消費の抑制という理由の節電に国民が励んでいたその間にも、発電所では化石燃料を燃やし続けていなければならなかった。電力が不足すると電圧は下がる。電力の供給事業そのものが、不安定化してしまうのだ。品質の劣化した電力は、法の定める状態の範囲を大きく逸脱してしまう。そうなることを事前に避けるための措置として、上流の変電所で電流を強制的に遮断するプログラムが起動するようになっていた。このとき下流に位置するすべての地域で、広域停電を意味するブラックアウトの状態が発生するのだ。

 電力の供給不足が広域停電の原因になる、ということは既に業界が明らかにしていたことである。交流送電では広域停電を避けるために、電力を常時過剰に供給していなければならない。余っている方が不足しているより条件がよいからである。その範囲を業界では10%と見込んでいた。過剰供給していなければならないというその制約が、使用率を時間帯によって、50%以下から80%以上の範囲に収まるようなものにしていたのだった。電力需要が100%に届いていないとき、その差となった部分の電力は、活用されることなく無意味にただ捨て去られることになる。

 電流は止めておくことも、貯めておくことも共にできないものでからだ。電力需要が100%を超えてしまうと、大規模な停電が自動的に引き起こされる可能性が高まる。二酸化炭素を減らすことができないシステムであるということを知っていながら、広域停電を惹起させないネットワークへと、様式を切り替える努力を何一つやっていなかった。やるべき義務を怠ってきたその罪は、極めて重大だといわなければならない。国と国民をたばかっているこの現実は、既に確定したものになっている。さまざまな不具合を国内に募らせてきたというのは、業界に浸み込んだ不健全な認識に基づく怠慢の結果だったのである。

 交流送電では周波数を安定的に維持することができていなければならず、そのために火力発電装置の回転数は毎分3000回転となるよう定められていた。節電行為によって、発電所の稼働率を低下させることはできない。この事実は連綿と続けられてきた過去の温暖化対策のすべてに於いて、所期の成果が引き出されていなかったその本当の理由を明確にした。風力発電の有効性が疑われていたのは、風の強弱によって生じる周波数変動を吸収する仕組みが、当該システムに不在であったからなのだ。

 公共料金は一般に包括原価方式という制度に則って決められる。固定費や変動費の総額に3%を乗じた値が、原価とされる仕組みで運用されている。電力業界が得ている高額の報酬を維持するためには、施設や設備などのほか、雇用に於いても原価率を嵩上げするための数字の増加が欠かせないものになっていた。
 高額な投資である原発などは、業界にとってまさに最適な電源だったのである。原価率が高ければ、販売価格も高く設定することができる。発生させた電流を再利用することができる配電系統は、電力業界の利益を大いに高めるためのものになっていた。業界に蔓延している高額の報酬制度は、これら相乗効果の産物として与えられたものだった。

 交流の配電系統では発生させた誘導電流を、制限なく増幅していくことができる。発電原価の設定根拠が無駄な設備や人員、及び広告宣伝などの各種j費用で膨れ上がっていたとしても、それ以上の利得を保証する能力を業界は保持していたのだ。発電所が生み出した電流は、下流に於いて繰り返し誘導電流を発生させていくことにより、いくらでも増幅して取り出せるような仕組みになっている。

 交流送電がもつその最大の無駄となっている部分は、接地系と呼ばれている高圧送電網の設営という点にあった。接地で地底へと捨てている電流を再利用することができていたにも拘わらず、電源の新規建設にのみ邁進しているその姿はまことに異様なものだった。

 誘導法則は、電流を増幅する仕組みの基礎である。励磁電流を再利用すると、誘導電流は二倍にでも三倍にでも自在に増やすことができるのだ。十倍にすることもできれば百倍にすることだってできる。小規模な電源で電力供給ネットワークが成り立ってしまうと、包括原価方式では電力の販売単価を大幅に引き下げなければならない。発電設備を減らすことなく逆に一貫して増やしてきたというのは、電力料金を設定するための仕組みそのものの中に、解決すべき課題が数多く残されていたからであった。

 赤字経営で苦しんでいる公共料金の範疇にありながら、電力業界だけが一人高給をはむことができるようになっている。その秘密は電力を増幅して再利用してきたという点一つだけでなく、配電系統を機能させているその仕組みの特異性及び、包括原価方式という制度などが生み出していた相乗効果であったのだ。


 電力を増幅する方法は、不動産開発などで今後検証していくことができる。住宅地や大規模マンションのデベロッパーは、電力供給事業の主催者となる資格をもつだろう。6.6KVAの電力を生む電源を地域に蔵置することにより、その電力を地域開発に応用する道が開けるということなのだ。配電線のネットワークをコピーし、離島などで採用されているSVR(Step Voltage Regurator)なども併用すると、単一の電源で広域をカバーする電力供給網を成り立たせることができる。予備の電源を併設しておけば、不測の事態にも即応できる。仮に停電が起きたとしても、その復旧は極めて早いものとなる。

 配電線などは総て地中化し、地上からは視野を遮る猥雑な設備などの一切が消え去る。新規の都市設計などでは、エネルギー供給システムの合理化を進められるようになる。スマートグリッドよりもはるかにシンプルでスマートなシステムで、都市機能が維持されるそんな時代がやってくる。電源の選定次第で、エネルギーコストは大きく下がる。最適な電源を選択するということが、この国と世界の未来を変えるものとなるだろう。

 大規模な発電設備など本来不要であったのだ。小さな電源があれば、オール電化の豊かな暮らしを誰もが楽しめるようになっていた。それが有害な地下資源を燃やさない方式の電源であるのなら、二次生成物なしで電気エネルギーをいくらでも取り出せるようになる。エネルギーをゼロエミッションで取り出すことができるのだから、環境に負荷を充てていたもの一切は消え去る。現状こそはその雄弁な証拠であった。

 そこで誕生することになったのが、資源なき電源システムというものであったのだった。これを再生不要エネルギーと呼ぶのである。地下資源や自然資源をまったく用いない未来型の新電源は、最も低廉な電気エネルギーを需要地で創りだす能力をもっている。電力の自給自足体制の実現を可能ならしめたものとは、ファラデーらが190年ほど前に体系化していた誘導法則だったのである。






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最終更新日  2021/04/17 08:50:22 AM
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