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ウチューのトチュー ~ 池田モノリス

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2007年06月01日
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「時間割の、もう半分」が
忘れた頃に、やっと始まります。

ここから、本編・第1章、多分。

r2007.06.01.1.jpg

#0013

四畳半の、銀河。


西宮で一年浪人した後、
1968年(昭和43年)早稲田大学・法学部に入学。

高校時代は
今でも思い出して時々、悔しくなるくらい
本当にいやでいやで仕方なかった。

丸坊主にされて、
ツメ襟の真っ黒な学生服に押し込められて
学校の決めたとおりの時間割で勉強させられる
なんて、
とんでもなかった。

あの時、ギターを振り回して
暴れてしまえばよかったのかな。

(勉強そのものは大好きだったので、自分で決めた時間割で
 ずうっと一人っきりで、一生懸命いろんな勉強していました。)

そして、東京での一人暮らしの始まり。

それは別の惑星への脱出でした。
新幹線は僕をさらって次の宇宙へ運んでくれる
時速200kmのロケットだったのです。

入学手続きの後、西も東も分からないまま
業者に紹介されたアパートに入居決定。

そこは中野区・西武新宿線野方駅徒歩7分にあった
「ハクウンソウ」という名のアパート。
先日、Google Earth で上空から観てみたら
そこにはアパートのカゲも形もなく
こぎれいなマンションらしきものが写っていました。

4畳半、ママゴトみたいな流し、共同トイレ
風呂なんてあるわけなしの銭湯通い。
家賃は確か7500円?だったか。
それが3棟、計41部屋。
なかなかの大規模集合住宅でした。

これでも当時は最先端の学生アパートで
友人たちの羨望の的でした。(ちょっと誇張してます!)

出来て2年目のため、居住者はほぼ
大学1年生&2年生&・・謎の人??若干名。
アパートというよりは個室スタイルの寮でした。

高校時代はまだ真っ暗な海の中で
プランクトンのように
ぶくぶくと溺れかけていた僕の原始生命は

この野方の大陸であふれる酸素を吸い込んで、ついに地上進出。
ほ乳類として直立歩行の魂を獲得して
どうやら人生を始めたのです。


*写真は、1971(昭和46)まだ学生時代、23歳の秋。
 渋谷の山手教会地下にあったライブハウス「ジャンジャン」の控室で。
 初めてバンドでギャラをもらって、狂喜の日だと思います。

左から
■池田モノリス(この当時のバンドでは、じゃんけんで負けてプログレベース&ヴォーカル)
■N君(アパートの友人、カントリーバンドでドラムを担当、この頃LPレコードが発売)
■K君(同じく当時の、サイケデリック!?リードギター&ソウルフル・ヴォーカル)
■S君(同じく当時の、サイドギター&ジョン・レノン風?叙情派ヴォーカル)
 *3人共平等に!リード・ヴォーカルやるところがアマチュアらしくわがままです。
■後、ドラムのM君が写っていませんが、近々登場予定、彼は現在もプロとして活動中!





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最終更新日  2007年06月01日 23時16分10秒
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