何故あの時冴を追いかけなかったのか?夢の中で僕はいつも自分の中で問いかけるのだった。きっと冴の心を揺さぶるだけの自信を持ち合わせていなかったからだと思う。まさか僕の人生においてこの事が大きな後悔になるとは知る術も無かった。もし、神様が僕が病の底でベットに寝て人生最後を迎える時「あなたに一人だけ望む人に逢わせてくれる」と言われたら、虚ろな意識の中で考えるだろう「僕は誰に逢いたいのだろう?傍で看病してくれている女房だろうか?それとも、娘だろうか?それとも先に逝ってしまった母親?多分迷う事無く僕は神に告げるだろう。「冴に逢いたい」と。
僕の心の針はあの日横浜の海の風景と共に止まった。無意味な生活、意味の無い仕事、仕事だけ残して逝った彼女、怯えた上司、僕の元を去った恋人、いったい僕に何が残ったのか?神は何故僕をこんなに失意のどん底に落とそうとするのか?不安で不安で眠れない毎日。全ての事に生活に僕はうんざりしていた。物事が壊れる時は本当にあっけない。僕は電話の鳴り続けるデスクの中を歩き部長に退職届けを出した。「何だ雄介?お前は見込みがあると思っていたのに?何が気に入らないんだ?」部長は老眼鏡を半分ずらし下から僕の顔を覗き込んだ。「この会社のやり方が気に入らないです。だから辞めようと思います」部長は大声で怒鳴りちらした。「まさかお前マスコミに家の会社売ろうとしているんじゃ無いだろうな?」一斉にみんなの目がこちらに釘付けになった。「そんな大それた事考えていませんよ」僕は社会に対して弓を引いた。許せる事と許せない事があると僕の腹の中は決まっていた。
つづく。
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Last updated
2005.07.14 01:23:57