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ヨブ記1章より
アブラハムと同じ時代、ウズの地にヨブ登場。余分なようにヨブ登場。 しかしヨブ記には、信仰の本質が啓示されています。余分に思える苦難の中に、神の大御心が啓示されています。 ヨブ記42章、ヨブは最後まで神の大御心を求めて、友との会話の中でも諦めません。ヨブよ、実にアッパレ、あっぱれ! 以下、1分de聖書を引用しています。(篠原利治) おはようございます。今日から旧約聖書の詩歌と呼ばれる部分、ヨブ記に入ります。今日は1章「義人ヨブ」です。 私は裸で母の胎から出てきた。また裸でかしこに帰ろう。主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。:ヨブ記1章21節 ウツの国に、ヨブという人がいました。 この人は誠実で直ぐな心を持ち、神を恐れて悪から遠ざかっていました。 彼は十人の子どもと、多くの家畜、また非常に多くのしもべを持っており、その地方で一番の有力者でした。 彼は、子供たちの取りなしのためのささげ物を献げることも忘れませんでした。 ある日、サタンが主の前に立ったとき、主はヨブをほめました。 するとサタンは、「彼は理由もなく神を恐れているのでしょうか。彼のすべての財産を打てば、彼はあなたをのろうに違いありません。」と言いました。 そこで主はサタンに、ヨブの財産を任せたので、サタンはヨブの家畜と、十人の子どもたちを打ちました。 ヨブはこのことを聞くと立ち上がって上着を引き裂き、頭を剃り、地にひれ伏して礼拝して言いました。 「私は裸で母の胎から出てきた。また裸でかしこに帰ろう。主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。」 ヨブはこのようになっても罪を陥ることなく、神に対して愚痴をこぼすことはしませんでした。(岡崎道成) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2024/05/20 08:00:05 AM
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