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報徳記巻之五【10】三幣某遂に廃せらる

報徳記  巻之五

【10】三幣某先生の言に従わずして遂に廃せらる

小田原藩三幣(みぬさ)某(それ)勇力(ゆうりょく)出群(しゆくぐん)眼光人を射る。
頗(すこぶ)る才知ありて能弁(のうべん)なり。
先生其の初め野州三邑(いふ)再興の命を受るに当(あた)りて先君曰く、
臣下誰(だれ)に命じて汝に力を添へしめんか。
先生対(こた)へて曰く
三幣才ありて且(かつ)勇あり。
彼(か)の地に至り艱苦を共にせんもの三幣(みぬさ)に非ずんば不可也(なり)
と。
是(こゝ)に於て君(きみ)三幣に命じて曰く、
汝二宮に力を合せて分知(ぶんち)の衰邑(すゐいふ)を挙(あ)げよ。
三幣(みぬさ)謹(つゝし)みて命を受け、野州に至り力を尽(つく)し廃亡(はいばう)の地を開き安民の道を行ひたり。
僅(わず)かに二年にして小田原侯三幣を召して年寄職(としよりしょく)を命じ玉ふ。
三幣大いに悦び其の志(し)を得たりとす。
先生野州に在(あ)りて此の事を聞き、大息(たいそく)して曰く、
始め君(きみ)臣に問ふに此の地の再復を共にせん者を以てす。
臣之に対(こた)ふるに三幣を以てせり。
豈(あに)一二年の間(あひだ)を言はんや。
此の地の成業(せいげふ)を奏(そう)するの期を以て言上せり。
且(かつ)三幣に約するに三邑(いふ)再興し、此の民安堵(あんど)の地を踏むに至らずんば、二人假令(たとひ)君命ありといへども他の職を受くべからずと誓約し、以て此の地再興の道を開きたり。
然るに今君(きみ)之を挙(あ)げて重職を命じ玉ふは、三幣我が道を聞き、言行(げんかう)共に以前の三幣に非ざるを以てなり。
君(きみ)一度此の地興復の事を助力せよと命ぜし三幣を他の用に転(てん)じ玉ふ事過(あやま)れりといふべし。
然れども君は君なり。
三幣何ぞ此の難業を我一人に負(おは)せ契約を変(へん)じて君命を受く、
一言の辞退(じたい)もなく又(また)我に一言も談ぜずして、其の職分を悦び此の地の事を遠見(ゑんけん)するの理あらんや。
其の信なきこと斯(かく)の如し。
何を以て独(ひと)り君(きみ)の為(ため)に身を顧(かへり)みざるの忠を尽(つく)すことを得ん。
信義を棄て心を目前の幸福に用う。
三幣必ず其の終りを遂ることあたはず。
豈(あに)一人の不幸ならん、実(じつ)に国家(こくか)の憂ひなり
 と。
歎息時を移せり。


後(のち)三幣(みぬさ)弥々(いよいよ)君寵(くんちよう)を得て威権共に行はれ、其の名(な)他邦(たほう)に響き人之を称(しょう)し諸事意の如くならざるはなし。
是に於(おい)て自ら時(とき)を得たりとなし頗(すこぶ)る奢侈(しゃし)に長じ、諸人(しょにん)の音物(いんもつ)夥多(おびただ)しく、日々(にちにち)の浴湯(よくたう)之(これ)を焼(や)くに菓子箱を以てせりといへり。
然るに小田原の大夫服部某(それ)は元来(がんらい)先生の道を聞き、一転(てん)の改革を唱へ君家(くんけ)の政事(せいじ)を革(あらた)め有益(いうえき)の事を謀(はか)り威勢其の右に出(いず)るものなし。
三幣(みぬさ)服部(はっとり)と共に此の事を挙(あ)げたり。
遂に過誤(くわご)ありて服部某(それ)を始め其の余(よ)改政に与(あずか)りたるもの数人退けらる。
独(ひと)り三幣而已(のみ)江都(かうと)に在(あ)て免(まぬが)れたり。
先生之を聞き
服部を始め、少しく我が言を聞き未だ其の深理を知らず、猥(みだり)に己の知慧となして大事を挙(あ)げたり。
然れども国本(こくほん)を固くし民を安んずるの仁道(じんだう)にあらずして君以下藩士の栄利(えいり)を計れり。
是(これ)其の本を捨て枝葉の栄(さか)えを求むるの術なり。
何ぞ国家(こくか)を泰山(たいざん)の安きに置くの事ならんや。
然して自ら過(あやま)てりとせば又(また)改るの道なきにあらず。
自ら国家(こくか)の有益を為(な)したりとし其の功に伐(ほこ)るの心あり。
何を以て其の久しき事を得んや。
才力(さいりょく)国中(こくちゆう)に冠(くわん)たりといへども我(わが)言を用ゐず遂に無用の人となれり。
歎ず可(べ)きの至りに非ずや。
今三幣一人残(のこ)れりと雖も、是も亦(また)服部に異ならず。
野州に一身をナゲウたんとし、忽然(こつぜん)として約を変(へん)じ栄利(えいり)を以て悦びとなす。
最早(もはや)廃棄(はいき)の時至れり。
此の人も亦無用に帰(き)せば誰か仁術を布(し)き国家(こくか)永安の道を開き、君意を安んずるものあらん。
我君(きみ)の為に三幣を救はずんば有るべからず。
然りといへども信の道立たず。
又(また)我が言を用(もち)ゐることあたはざるを如何せん 
と。

遂(つひ)に江都(かうと)に出(い)でて三幣(みぬさ)に謂(いひ)て曰く、
子(し)今威権(ゐけん)ありといへども風前の燈火(ともしび)よりも危(あやふ)し。
何となれば先年共に改正を為(な)すもの尽(ことごと)く廃(はい)せられたり。
子(し)独(ひと)り何を以て免れんや。
元来(がんらい)野州三邑(いふ)興復の道我と共に力を尽(つく)し成業(せいげふ)に至るまでは主命といへども転勤(てんきん)昇身(しょうしん)すべからずと約せり。
然るに忽(たちま)ち君命に応(おう)じ当職(たうしょく)に登り其の約と信とを棄てたり。
然れども一身をナゲウち忠(ちゅう)を尽(つく)し、自ら節倹(せつけん)を行ひ一藩に先立ち艱苦(かんく)を嘗(な)め音物(いんもつ)の道を断(だん)じ、廉潔正直(せいちょく)を以て上下(じやうげ)の為(ため)に力を尽(つく)さば君之を信じ、一藩も亦(また)其の徳を慕はん。
然るに子(し)知(し)らず識(し)らず奢侈(しやし)を生じ栄利(えいり)を悦び、功を貪(むさぼ)り名を求むるの事に流る。
是(こ)の如くにして永(なが)く此の職に居(を)らんとする豈(あに)難(かた)からずや。
早く一身を省(かへり)み音物(いんもつ)を絶し倹(けん)を行ひ前過(ぜんくわ)を言上(ごんじやう)して退勤(たいきん)を君(きみ)に請ふべし。
然らば子(し)の過(あやま)ちを改(あらため)たるを見て上下(じやうげ)心を安(やすん)ぜんか。
強(し)ひて人より勤(つと)めしむる時は可なり。
若し請(こ)うて君(きみ)其(そ)の請(こひ)を免(ゆる)さば退(しりぞき)て過(あやまち)を補(おぎな)ふべし。
是両全(りやうぜん)の道にあらずや。
苟(いやしく)も留滞(りうたい)して今日を送らば廃棄(はいき)近きにあり。
我此の言を述(の)ぶるもの子(し)と懇意(こんい)の故(ゆゑ)にはあらず。
実(じつ)に国家(こくか)の為(ため)に已(や)む事を得ざればなり 
と理を尽(つく)して三幣(みぬさ)に教ふ。
三幣(みぬさ)曰く、
子(し)の言(げん)当然(たうぜん)の道也(なり)といへども我此の職に任ずるより以来(いらい)忠を尽(つく)さんとするの外(ほか)他事(たじ)あらず。
不肖(ふせう)にして過(あやまち)ある事は是非(ぜひ)に及ばざる所なり。
君(きみ)某(それがし)に退職を命ずる時は元より其(そ)の所なり。
君一日も用ゐ玉ふに至(いたり)ては臣より退職を請(こ)ふもの臣の本意(ほんい)にあらず。
我之を辞(じ)するの心なしと云。
先生其の諌(いさ)むべからず救ふべからざるを察し、曰く、
嗚呼(あゝ)時なるか如何(いかに)せん。
子(し)己の過(あやまち)を文(かざり)て人の直言を拒(ふせ)ぐ。
亦(また)論ずべからず。
子(し)必ず之を悔(く)いん而已(のみ)
と、筆を操(と)りて一首の歌を書し、
之を与(あた)へて去る。
歌に曰く

 こがらしに 吹残(ふくのこ)されし 柏葉(かしはば)の 春の雨夜(あまよ)を いかに凌(しの)がん

三幣(みぬさ)之を見て猶(なほ)自ら省(かへりみ)る事あたはず、数日(すうじつ)にして君(きみ)三幣(みぬさ)を退職せしめ小田原に帰(かへ)らしむ。

三幣(みぬさ)愕然(がくぜん)として驚き積年の勤労(きんらう)一時に廃(はい)したりと大いに歎き哀しみ、為(な)す所を知らず。
先生之を聞きて曰く、
三幣(みぬさ)我が言(げん)を用ゐずして斯(こゝ)に至れり。
今は悔(く)ゆるの心生じたらんか、今一度国家(こくか)の為に之を救はざる可(べ)からず
 と。
是(これ)に於(おい)て三幣(みぬさ)の居(きょ)に至れり。
三幣(みぬさ)愀然(しうぜん)として曰く、
我子(し)の言に随(したが)はず己れを是(ぜ)として君寵(くんちょう)を恃(たの)み必ず此(こ)の事あるべからずと思ひたり。
然るに今子(し)の言の如く廃(はい)せられ積功此に空(むな)し。
如何(いかに)せば可(か)ならんか。
先生曰く、
往時(わうじ)説(と)くべからず、来(きた)るものは猶(なお)応(おう)ずるの道あり。
再び一言(ごん)せんか。
子(し)一身の為(ため)に此の職を勤めたるか、将(はた)君家(くんけ)の為(ため)に勤めたるか。

三幣(みぬさ)曰く、
是(これ)何の言ぞや。
我不肖(ふせう)なりと雖(いへど)も一身を利(り)せんが為(ため)に力を尽(つく)さんや。
先生曰く、
然(しか)り元より臣下の道一身を棄て君に忠を尽(つく)さんとする事常道(じやうだう)なり。
然らば一身過(あやまち)ありて退けられたりとするか、将(はた)退くるものゝ過(あやまち)とする歟(か)。
三幣(みぬさ)曰く、
是皆某(それがし)の過(あやまち)にして忠勤足らざるが故なり、何の怨(うらみ)かあらん。
先生曰く、
然(しか)り、素(もと)より退くるものゝ過(あやまち)にあらずして子(し)の過(あやまち)なり。
子(し)今身の過ちを知らば何ぞ其の過ちを謝せざるや。

三幣(みぬさ)曰く、
過ちを謝せんとして其の道なし、仮令(たとひ)謝したりとも何の益あらんや。
先生曰く、
元(もと)より君に向(むか)ひて謝するの道なし。
然れども何ぞ謝するの道なしとせん。

三幣(みぬさ)曰く、
其の謝するの道如何(いかん)。
先生曰く、
言(げん)を以て謝するにはあらず、行ひを以て謝せん而已(のみ)。
三幣(みぬさ)曰く、
行ひを以て謝すること其の道如何(いかん)。
先生曰く、
斯(こゝ)に道あり。
断然(だんぜん)として在職中の奢(おご)りを改め、衣服器財金銀に至るまで一物(もつ)も余(あま)さず之を出(だ)し、一藩の貧人(ひんじん)に贈り奉仕の用に当(あ)てしむべし、
然して明君上にあり各(おのおの)忠勤を尽(つく)すべし。
必ず某(それがし)の不忠の如くなる事勿(なか)れと一言を残(のこ)し、妻子共に歩行(ほかう)し一物も携(たづさ)へず一僕(ぼく)を連れず小田原に帰(かへ)り、縁者の助力を得て艱苦を尽(つく)すべし。
然して日夜国家(こくか)を憂へ身の過(あやまち)を悔い、一身艱苦の足らずして過(あやまち)を補(おぎな)ふに足らざる事を憂ふべし。
心に誠に是(こ)の如くならば君必ず之を憐み人必ず之を称(しょう)せんか。
自然再び国家(こくか)に真忠(しんちゅう)を尽(つく)すべき時至らずといふべからず。
然れども此の行(おこな)ひに聊(いささ)かも名聞(めいぶん)に心ある時は至誠の道又(また)絶せん。
子(し)誠に過ちを知り之を謝せんとならば此の行ひを立てよ。
我子(し)の為(ため)に此の言を発(はつ)するにあらず。
国家(こくか)の為(ため)に已(や)む事を得ずして一言(ごん)せざるを得ざるなり
 と教へたり。
三幣(みぬさ)黙然として良(やゝ)久して曰く、
是(これ)容易の事にあらず。
退いて愚案し然して後行はんと云ふ。
先生大息して曰く、
再三至当(したう)の道を説くと雖も行ふことあたはずんば 国家(こくか)の事既に止(や)まん而已(のみ)。
如何(いかに)ともなすべからず
 と云(い)ふて去る。
三幣(みぬさ)終(つひ)に此(これ)を行ふこと能はず。
家財衣類一物(もつ)も残(のこ)さず数駄(すうだ)の馬に附(ふ)し駕(かご)に乗じ小田原に帰(かへ)れり。
然して後活計其(そ)の道を失ひ、借債の為(ため)に此の財物(ざいぶつ)を失ひ極貧(ごくひん)に陥り再勤(さいきん)の命あらず。
遂に一世空しく歳月を送れり。
先生終身此の事を歎息したりと云ふ。


「報徳記」現代語訳 巻の5【10】三幣某先生の言に従わずして遂に廃せらる

小田原藩の三幣又左衛門は勇しく力が強く群を抜いて眼光は人を射た。
非常に才知があって能弁であった。
先生がその初めに野州三村再興の命を受けるに当って先君が言われた。
「臣下の誰に命じてお前に力を添えさせようか。」
先生は答えて言った。
「三幣は才があってかつ勇があります。
かの地に行って艱難辛苦を共にする者は三幣でなければできません。」 と。
ここに君は三幣に命じて言われた。
「お前は二宮に力を合せて分家の知行地の衰村を挙げよ。」
三幣は謹んで命を受けて、野州に来て力を尽して廃亡の地を開いて民を安らかにする道を行った。
僅かに2年で小田原侯は三幣を召されて年寄職(実は用人職)を命じられた。
三幣は非常に喜んでその志を得たとした。
先生は野州にあってこの事を聞いて、大きくため息をして言われた。
「始め君は臣にこの地の再復を共にする者を問われた。
臣はこれに答えるに三幣をもってした。
どうして1,2年の間を言おうか。
この地の事業を成しとげたことを申し上げる時期を以て申し上げたのだ。
さらに三幣と約束するに3村を再興し、この民が安心して暮せる地を踏むに至らなければ、2人たとえ君命があっても他の職を受けてはならないと誓約し、そしてこの地の再興の道を開いたのだ。
そうであるのに今、君が三幣を挙げて重職を命じられたのは、三幣が私の道を聞いて、言行共に以前の三幣ではないからなのだ。
君が一度この地の復興の事について力を貸して助けよと命じられた三幣を他の用に転じられる事は過っているというべきだ。
しかしながら君は君である。
三幣はどうしてこの難業を私一人に負わせ契約を変じて君命を受けるのに、一言の辞退もなく、また私に一言も相談しないで、その役目を喜んでこの地の事を遠きから見るという道理があろうか。
その信がないことはこのようである。
どうしてひとり君のために身を顧りみない忠を尽すことができよう。
信義を棄てて心を目の前の幸福に用いる。
三幣は必ずその終りをとげることはできない。
どうして一人の不幸であろう、実に国家の憂いである。」と。
嘆息して時を過ごした。

 後に三幣はいよいよ君の寵愛を得て威力と権力が共に行われ、その名は他国に響いて人はこれを賞賛し、すべて自分の意のごとくならないものはなかった。
ここに自ら時を得たとなし、非常に度を超えた贅沢にふけり、多くの人からの贈答品がおびただしく、日々の風呂の湯をわかすのに菓子箱を焼いてしたという。
そうであるのに小田原の家老服部氏は元々先生の道を聞いて、一転の改革を唱え君家の政治を改革して有益の事をはかって威勢はその右に出るものがなかった。
三幣は服部氏と共にこの事を挙げていた。
ついに過誤があって服部氏を始めそのほかの改政に関係した数人が退けられた。
ひとり三幣だけ江戸にあって免れた。
先生はこれを聞いて
「服部を始め、少し私の言葉を聞いてまだその深理を知らないで、みだりに自分の知恵として大事を挙げた。
しかしながら国の本を固くし民を安らかにする仁道ではなく君以下藩士の栄利をはかった。
これはその本を捨てて枝葉の栄えを求めるの方法である。
どうして国家を泰山の安らかさに置く事ができようか。
そして自ら過っていたとすればまた改める道がないわけではない。
自ら国家に有益をなしたとしその功績にほこる心がある。
どうしてその久しい事を得ようか。
才能と力が国中に最も優れていたとしても私の言葉を用いないでついに無用の人となる。
嘆くべき至りではないか。
今、三幣一人残っているといっても、これまた服部に異ならない。
野州に一身をなげうとうとしながら、たちまちに約束を変えて栄利を喜びとする。
もはや廃棄の時が来たのだ。
この人もまた無用に帰すれば誰が仁術を布いて国家永安の道を開いて、君意を安らかにするものがあろうか。
私は君のために三幣を救わないわけにはいかない。
しかし信頼の道が立たない。
また私の言葉を用いることができないことをどうしようか。」と。

 ついに江戸に出て三幣にこう言った。
「あなたは今、威権があるといっても風前の燈火よりもあやうい。
なぜかといえば先年共に改正をなす者はことごとく廃せられた。
あなたはひとりどうして免れることができよう。
元々野州3村の復興の道を私と共に力を尽して事業が成就するまでは主命であっても転勤したり昇進してはならないと約束した。
そうであるのにたちまち君命に応じて現在の職に登ってその約束と信頼とを棄てた。
しかし一身をなげうって忠を尽し、自ら節約を行い一藩に先立って艱難辛苦をなめ贈答の道を断ち、心が清く正直さで上下のために力を尽すならば君はこれを信じて、一藩もまたその徳を慕うであろう。
しかしあなたは知らずしらず度を超えた贅沢を生じ栄利を喜んで、功を貪って名を求める事に流れる。
このようにして永くこの職にいることはどうして難かしくないといえよう。
早く一身を反省して贈答を絶ち倹約を行い以前の過ちを申し上げて勤めを退きたいと君に求めなさい。
そうであればあなたの過ちを改めたことを見て上下は心を安らかにしよう。
人から強く勧められて勤める時はそれでよい。
もし求めて君がその求めを免すならば退いて過ちを補うべきです。
これが両全の道ではありませんか。
いやしくもこのまま留って今日を送るならば廃棄は近くにあります。
私がこの言葉を述べるのはあなたと懇意であるからではない。
実に国家のためにやむを得ないからです。」と道理を尽して三幣に教えた。
三幣は言った。
「あなたの言葉はもともです。しかし私はこの職に任じられてから忠義を尽そうとするのほか他事はありません。
愚かで過ちがある事はやむをえません。
君が私に退職を命ずる時は元からその所です。
君が一日も用いられるに及んでは臣から退職を求めることは臣の本意ではありません。
私は辞職する心はありません。」と言う。
先生はそのいさめることができず救うことができないことを察して言われた。
「ああ時であろうか、どうしようもない。
あなたは自分の過ちをかざって人の直言をこばむ。
また論議することができない。
あなたは必ずこのことを後悔することになるだけです。」と、筆をとって一首の歌を書いて、これを与えて去った。
歌にいう
 こがらしに 吹き残されし 柏葉の 春の雨夜を いかに凌がん
 三幣はこれを見てなお自ら反省することができず、数日して、君は三幣を退職させて小田原に帰らせた。
三幣は愕然として驚いて積年の勤労が一時に廃されたと非常に歎き悲しみ、なす所を知らなかった。
先生はこれを聞いて言われた。
三幣は私の言葉を用いないでこのようになった。
今は後悔する心が生じたであろうか、今一度国家のためにこれを救わないわけにはいかない。」と。
そこで三幣の住居に行った。
三幣は憂いに沈んで言った。
私はあなたの言葉に随わないで自分を正しいとして君の寵愛をたのんで決してこのような事があるはずがないと思っていました。
しかし今あなたの言葉のように廃せられて、これまで積んだ功績もここに空しくなりました。
どのようにすればよいでしょうか。」
先生は言われた。
「以前のことは説いてもしかたがありません、これからのことははなお対応する道があります。
再び一言申しましょう。
あなたは一身のためにこの職を勤めたのか、それとも君家のために勤めたのか。」
三幣は言った。
「これは何という言葉でしょうか。
私は愚かではありますが一身を利するために力を尽しましょうか。」
先生は言われた。
「そのとおりです。元から臣下の道は一身を棄てて君に忠を尽そうとする事が常道です。
そうであれば一身に過ちがあって退けられたとしますか、それとも退けた者の過ちとしますか。」
三幣は言った。
「これは皆私の過ちであって忠勤が足らないためです。何の怨みがありましょうか。」
先生は言われた。
「そのとおりです。もとから退けた者の過ちではなくてあなたの過ちです。
あなたは今、身の過ちを知るならばどうしてその過ちを謝罪しないのですか。」
三幣は言った。
「過ちを謝罪しようとしてもその道はありません。たとえ謝罪したとしても何の益がありましょうか。」
先生は言われた。
「元から君に向って謝辞する道はありません。
しかしながらどうして謝罪する道がないとしましょう。」
三幣は言った。
「その謝罪する道とはどういうものですか。」
先生は言われた。
「言葉で謝罪するのではありません、行いで謝罪するだけです。」
三幣は言った。
「行いで謝罪するとはその道はどのようにするのでしょうか。」
先生は言われた。
「ここに道があります。
断然と在職中のおごりを改めて、衣服・器財・金銀まで一つの物も残さずこれを出して、一藩の貧しい人に贈って奉仕の用に当てるのです。
そして明君が上にあって、おのおの忠勤を尽しなさい。
決して私の不忠のような事があってはならないと一言を残し、妻子ともに歩いて一つの物も携えないで一人の下僕も連れないで小田原に帰って、縁者の助けを借りて艱難辛苦を尽すべきです。
そして日夜国家を憂え身の過ちを後悔し、一身の艱難辛苦が足りないで過ちを補うに足らない事を憂うべきです。
心に誠にこのようであるならば、君は必ずこれを憐んで人は必ずこれを称賛しましょう。
自然に再び国家に本当の忠義を尽すべき時が至らないとも限りません。
しかしながらこの行いに少しでも世間の評判に心がある時には至誠の道もまた絶えるでしょう。
あなたが誠に過ちを知ってこれを謝罪しようとするならばこの行いを立てなさい。
私はあなたのためにこの言葉を発するのではない。
国家のためにやむを得ず一言言わないわけにいかないのです。」と教えられた。
三幣は黙ってやや暫くして言った。
「これは容易の事ではありません。
退いて愚案してその後に行いましょう。」と言った。
先生は大きくため息して言われた。
「再三きわめて当然の道を説いても行うことができなければ国家の事は既に止むだけだ。どうにもすることができない。」と言って去った。
三幣はついにこのことを行うことができなかった。
家財衣類一つの物も残さないで数匹の馬に乗せて、カゴに乗って小田原に帰った。
そして後に生計の道を失って、借金のためにこの財物を失い、極貧に陥って、再び勤務の命令はなかった。
ついに一生を空しく歳月を送った。
先生は終身この事を歎息されたという。


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