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教師宮沢賢治の授業

賢治先生は、まず、最初の授業を始めるとき、「授業を受けるにあたって守るべき3つのルール」を挙げたそうです。

(1) 先生の話を一生懸命聞いてくれ
(2) 教科書は開かなくていい
(3) 頭で覚えるのではなく、身体全体で覚えること
 そのかわり大事なことは身体に染み込むまで何回でも教えるから。

 特に(3)については、賢治先生は常に次のように語っていたといいます。
「頭で覚えず、いつでも身体で覚えなさい。すると、知識に感動できるのですよ。詰め込みでは何も理解できません。ただ感動してください」と。

賢治先生の授業、教え方の特徴は、まず第一に

「賢治先生は目で見えるように教えてくれた(身のまわりの事柄と結びつけて教えてくれた)」と生徒たちが証言しています。

生徒の証言その(1)
 例えば、"農作物の肥料として、窒素が重要"という事実を教える際に、賢治先生は次のように教えたといいます。
 「皆さん、神社などでよく見かけるしめ縄が何を意味しているのかを知っていますか?
太いしめ縄の本体は雲、細かく下がっている藁は雨、ギザギザの紙は稲妻を表しているのです。
なぜ、しめ縄が神社に奉納されているのかというと、それは豊かな実りを祈るためです。
なぜなら、雨と雲と雷は豊作のために不可欠なのです。雲のあるところに雷が発生する。
雷が空中の窒素を分解し、それを雨が地中に溶かし込むと、その土地は栄養分豊かな土地になるのです。すなわち、窒素は作物にとって重要な栄養素なのです。
それでは、今からこのことを自分自身の目で確かめるために、皆で雷のよく落ちる名所である変電所に行きましょう」
こういって、賢治は変電所に実際に生徒たちを連れて行き、
「変電所の周りの田んぼには、今まで一度も肥料をやったことがないそうです。
にもかかわらず、ここの稲はこのように穂もたわわに実り、肥料をやっているほかの田んぼの稲よりずっとたくさん収穫量があるのです。この事実は先ほど私が言ったことの裏付けになっています。窒素の重要性がわかりました
か」

 賢治先生は"しめ縄"という身近なものに注目し、自然現象のカラクリを解き明かし、それを自分自身の目で確かめさせ、教科書に"窒素は肥料の重大な要素のひとつ"とだけ書かれている事実を、生徒の頭の髄から納得させたのです。

生徒の証言その(2)
 私の入った大正13年という年は、岩手県は大干ばつに見舞われた年でした。
先生はまず私たちを見回してから、苗代神事の話を始められました。
 その頃の苗代では、田をなえあした後で、苗代の真ん中に萱(かや)の茎を30センチくらいに立てる慣わしがありました。でもそうなのかは誰も知らなかったのです。
 それを先生は、
「稲の原産地は、中国の雲南省、タイ北部、インドの東部あたりです。
 昔、このあたりでは、稲は極秘の宝物で、もみ種をよその国に持ち出すことは絶対に禁じられていたのです。
 それで日本では手に入れることはできなかったのです。しかし、作物として最も優れている稲を、どうしても手にいれたいと考えていた神様がいました。
 その神さまがお稲荷様、これは稲を荷った神さまという意味ですね、に変身して、種もみを萱の中に隠して、それを口にくわえて日本に持ち帰ったのです。
 それを後世にしるすために、この行事が始まったのです。
 それから、水の取り入れ口に一番近い田んぼのことを「うなん田」といいますね。
 これも、稲の原産地雲南の田というところからきているのです。」

生徒の証言その(3)
 「堀籠先生はとてもいい先生でした。
堀籠先生は教科書に書かれていることを、端からほんとうに細かく、丁寧に説明してくれたのです。
で、それだから、そのころに習ったことは私は全部忘れました。
 たとえば、阿部、堀籠先生たちは、授業の始め30分を掛けて黒板にびっしり字を書いてそれらをノートに写させるのです。そうして後半はそれをちょっちょっと詳しくして読んで終わりなのですよ。60年もたつと、そういう授業は全部忘れてしまいます。勉強するときだけやけに忙しくて、でも卒業するとすっかり忘れて、何の仕事の役にも立たない抜け殻の学問だったのですね。
 でも、賢治先生の授業は違うのです。
たとえば、酸性土壌というのを教えてくれるとしましょうか。
すると、先生はこう言うのです。
『酸性土壌かどうかは、まず見れば、スギナ、ジシバリが多く生えるのですぐわかる。
見つけたら消石灰をやって土をなだめなければいけない』
 目で見るように先生は教えるのです。
で、目に見えるものほど実生活で役立つのです。」

生徒の証言4
宮澤賢治が盛岡農学校で英語を教えていた頃、よく英単語のしりとりの競争をさせていた。
 「皆さん、一番長い英単語を知っていますか。」と賢治先生が生徒達に尋ねます。暫しの沈黙。
 賢治先生は黒板に白いチョークでSmileと書きます。先生は振り返り、いたずらっぽい笑顔をして生徒達を見回します。いぶかしげに先生の次の言葉を待つ生徒達。
 「ほら、このエスとエルの間にマイルってあるでしょう。一マイルは約千六百メートルですから、長いでしょう。」
 わっと笑う生徒達

生徒達の証言より
・先生と初めて会ったのは、私は花巻の稗貫(ひえぬき)郡立稗貫農学校1年生、15歳の時でした。
別の先生の欠員を埋めるのに来られたんですが、詰襟に丸刈りで風采が上がらない。
「校長先生の紹介にあずかった宮沢です」とした言わない。
みんな「養蚕所を改良した教室しかない貧弱な学校だから、こんな先生しか来ないんだ」とがっかりしたんです。
 ところが、先生は45分の授業を30分で終わらせ、自分で作った童話を読んで聞かせるのです。
 当時、私らは童話なんて言葉をしらなかったが、それがとても素敵でね、
いつも新聞紙に原稿を包んでいたので、
先生が新聞包みを持って来ると
「ああ、きょうも先生の話を聞けるんだ」と思いました。

 先生はよく私たちを山へも連れていってくれました。
 ある日曜日、先生と野原を歩いたんですが、先生は普通の道を歩きません。
ガサガサッとわきのくさっぱらに入っていって、
「ホホー、ホホー」と言いながら、あっちこっち跳びはねているのです。
それで、「おれと歩いていると面白いか」と聞くんです。
はじめはビックリしました。先生は原始人で、自然ととけあっているんです。
 粗末な服のとっちゃんが、貧弱な馬を引いて、向こうからやってきたときのことです。
先生は「今年は米はなんぼとれましたか」とやさしく声をかけました。
ちょうどそこがその人の田んぼだったので、
先生は土を手に取って、
「窒素肥料をやれば、来年は一俵多くとれますよ」と教えるのです。
その人が「どちらの人ですか」と聞いても、先生は
「おれか、おれはこの辺の人です」としか言わなかったですね。

 先生と北上川の支流で舟に乗ったこともありました。
10月のすごく天気のよい日でした。
先生は船べりから持っていたリンゴをポタッと水面に落としては浮かび上がるのを見ているのです。何度も何度も、水の揺れかたと光の反射で見え方が微妙に変わるらしく
「一回ごとにその反応が違うんだ。きれいだな」と言ってね。
それから、先生は急に泳ぐと言い出し、裸で飛び込んだのです。
暖かいといっても10月ですよ。

 一緒に歩いたところが童話のモデルになっていたこともありました。
ある時、私が近くの森でたくさんのフクロウを見たことを先生に話して、連れていったのですが、その時だけフクロウがいなかったのです。
申し訳ない気持ちになりましたが、奥のほうではパサパサ飛び立つ音がしました。先生はそれで満足したと喜んでおりました。
でも、先生は後から一人で行ったらしく、
「今度はフクロウに会ってきたぞ」とうれしそうに話してくれました。
それがフクロウの子どもを主役にした「二十六夜」という美しい物語になりました。
 先生は「あれをやれ」とか口に出したことは全然ありませんでした。
 賢治先生は自然なんです。(照井謹二郎 東京新聞平成12年12月7日)

次のかっての教え子に語りかける口調の詩は実に心に沁みる。
教え子への愛、百姓への思いに満ちている。
最後の祈りの言葉なんか、胸にせまってくる。
(現代風に少し改めました、すみません賢治先生)


あすこの田はねえ

あの品種では少し窒素が多過ぎるから

もうきっぱりと水を切ってね

3番除草はやめるんだ

    ・・・車をおしながら

       遠くからわたくしを見て

       走って汗をふいている・・・

それからもしもこの天候が

これから5日続いたら、

あの枝垂れ葉をねえ、

こういうふうな枝垂れ葉をねえ

むしってとってしまふんだ

    ・・・汗を拭く

       青田のせなかでせわしく額の汗を拭くそのこども!

それからいいかい

今月末にあの稲が君の胸より延びたらねえ

葉尖を刈ってしまうんだ

    ・・・泣いているのか

       涙を拭いているのだな・・・

    ・・・冬わたくしの講習に来たときは

       1年はたらいたあととはいえ

       まだかがやかなリンゴのわらいをもっていた

       今日はもういたましく汗と日に焼け

       幾日の養蚕の夜にやつれている・・・

君が自分で設計した

あの田もすっかり見てきたよ

陸羽132号のほうね

あれはずいぶん上手に行った

肥えも少しもむらがないし

植えかたも育ちぐあいもほんとうにいい

硫安だってきみがじぶんで播いたろう

みんながいろいろいうだろうが

あっちは少しも心配がない

反当り3石5斗ならもうきまったようなものなんだ

しっかりやるんだよ

これからのほんとうの勉強はねえ

テニスをしながら 商売の先生から

きまった時間で習うことではないんだよ

きみのようにさ

吹雪やわずかな仕事のひまで

泣きながら

からだに刻んで行く勉強が

あたらしい芽をぐんぐんふいて

どこまで延びるかわからない

それがあたらしい時代の百姓全体の学問なんだ

ぢゃ さようなら

   雲からも風からも

   透明なエネルギーが
  
   そのこどもにそそぎくだれ


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