イギリス映画「ブラス!(97年)」は、絶望に暮れる人々に笑いと涙と生きる希望を与えた。イングランド北部、ヨークシャー地方の街が舞台である。吹奏楽団グリムリー・コリアリー・バンド。一〇〇年の伝統を持つこの楽団のメンバーは、全員が愉快で気さくな炭坑夫である。そして一九九二年のイギリスでは、もはや石炭の需要は甚だしく低下し、炭鉱閉鎖の波はこの街にも押し寄せていた。
アマチュアだが高い実力を持つ彼らの夢は、地方予選で勝ち抜き、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで行われる全英選手権に出場することである。バンドの運営費は、団員のカンパで賄われる。団員達は、酒代を削り、妻達の目を盗んでカンパする。指揮者のダニー(ピート・ポスルスウェイト)も坑夫のOBである。今や彼の頭には全国大会のことしかない。しかし長い炭鉱生活のために、彼の肺は真っ黒になっていた。
ダニーの息子フィルは、とりわけ貧しいトロンボーン奏者だ。生活苦で妻と四人の子供が家を出た日、アルバイトのピエロ姿で、フィルはキリスト像に向かって叫ぶ。あんたは俺たちに何もしてくれないじゃないか。してくれる気があるなら、どうしてジョン・レノンを殺したのか、若い坑夫を二人も死なせたのか、なぜサッチャーだけが生きているのかと…。炭鉱を失い、家族を失い、もはや生きる希望までも失いかけていた。
そんなどん底の彼らを救ったのは音楽であった。この映画の素晴らしさは、彼らが何の見返りも求めず、ただ演奏することに生きがいを持っている点にある。だからこそ、バンドマンたちによって最初に演奏される「アランフェス協奏曲」がわれわれを虜にし、病に倒れたダニーの病室の下で静かに演奏される「ダニーボーイ」が涙を誘い、誇り高く響き渡る「威風堂々」の響きが、魂を深く揺すぶるのだ。また実在の全英一の人気楽団、グライムソープ・コリアリー・バンドがこの映画のモデルになったことは、特筆すべきだろう。
監督で脚本も担当したマーク・ハマーはヨークシャーのブリジストン生まれ。作中に彼の独特のユーモアのセンスと人間愛が光る。「トレインスポッティング」のユアン・マクレガーが演じるアンディと、グロリア(タラ・フィッツジェラルド)の間の、いわくありげな恋愛関係も、この作品をより魅力的なものにしている。