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カテゴリ:シナリオ
![]() ![]() 散歩道にある神社の境内にはイチョウの大木があります。毎年、黄色く色付くのを楽しみに している老夫婦が、今年もその大イチョウを見上げながら話し込んでいます。 夫:イチョウは「針葉樹」だと思う?それとも「広葉樹」? 妻:葉っぱの形を見れば、「広葉樹」だとしか思えないわね。 夫:残念でした。正解は「どちらにも属さない」。イチョウは「生きている化石」と言われ るほど太古から存在しているんだ。「広葉樹」とか「針葉樹」と呼ばれる木々は大氷河 期以降に生まれているので、イチョウをこのカテゴリーに入れるのは難しいということ なんだね。 妻:「生きている化石」と言えば、シーラカンス、カブトガニ、オオサンショウウオなどが 思い浮かぶけど、植物にもあるのね。イチョウ以外で身近に見られるものは何? 夫:メタコセイアやソテツだ。ここで言う「生きている化石」とは、化石層で見つかった種 子がヒトの手によって現在に蘇った「古代ハス」のようなものを言うんじゃないんだよ。 恐竜などが生息していたジュラ紀なんかよりもずっと前から、細々ながらも生き続けて きたものを言うんだ。イチョウは太古の昔、色々な種類が北半球を中心に生存していた けど、700万年前から500万年前に一度衰退し、われわれ人類が出現する氷河時代には、 ほとんど絶滅寸前になっていたらしいね。5万年前頃には、氷床の影響を免れていた中国 の南部に散在する谷間にだけ、かろうじて生き残っていたんだそうだ。 妻:ということは、かつては日本に何種類ものイチョウがあったけど、絶滅したってこと? 夫:化石になった古生代のイチョウが山口県や北海道で見つかっているから、日本にも氷河 期以前には存在したみたいだよ。でも、一旦は絶滅したんだ。 妻:じゃあ、どうやって日本に今、イチョウがあるの? 夫:なかなかイイところを突いてきたね。万葉集や古今和歌集などにも名前が見当たらない ことから、これらの文献が書かれた当時にイチョウは存在していなくて、それ以降にヒ トの手によって日本にもたらされたのではないかと言われているんだ。 妻:そこには興味深い「歴史秘話」が隠されていそうね。神社仏閣の境内でイチョウの大木 を目にすることが多いから、仏教の伝来や日本人の宗教観とつながっていそうな気がす るわ。 夫:うん、中国の仏教寺院には盛んに植えられていたそうだから、仏教の伝来とともにやっ て来た可能性は高くて、その時期は平安時代の後期から鎌倉時代だという説があるよ。 ついでに言うと、ヨーロッパをはじめ、現在、世界中に広がっているイチョウは、シー ボルトよりも140年余り前に、長崎のオランダ商館付きの医師として来日したドイツ人 のケンペルによって、日本で植栽されていたイチョウの苗が、ヨーロッパにもたらされ たものなんだってさ。 妻:ヘ~ェ。ところで、どうして日本では街路樹にイチョウが多いの? 夫:はっきりとはわからないけど、街路樹のイチョウに関しては、幹が真っ直ぐ伸び、公害 にも強い性質と、四季の彩りの変化が好まれたのかな? 妻:氷河期以降に生まれた樹木と古生代から生き延びてきたイチョウとの間には、何か特別 な違いはあるの? 夫:イチョウは雌雄異株の植物で、雄花をつけるオスの木と雌花をつけるメスの木があり、 メスの木にだけギンナンがなるのは知ってるよね。雌雄異株の樹木は結構存在するんだ。 例えばキンモクセイとかクロガネモチとかね。だけど、イチョウはその起源が古いため に、他の種子植物には見られない独特の生殖方法をとるんだそうだよ。 まず初夏に、風に飛ばされた雄花の花粉が雌花の胚珠に到達すると、花粉内から2個の精 子が泳ぎ出し、その1個が卵細胞と受精し、成長して種子になるんだって。種子植物で精 子によって生殖活動をするものは、イチョウとソテツ類のみだ。 いずれの精子も、日本人の研究者によって発見されたんだよ。イチョウは平瀬作五郎 (1896年)さん、ソテツは池野成一郎(1895年)さんの偉業だ。 妻:ギンナンは臭いから、これまでは息を止めてダッシュして通り過ぎていたけど、イチョウ の起源を知った今は、途方もない時間の流れの中で命を繋いできたイチョウと、ヒトとの 関わりの歴史に想いを巡らせて、しばし立ち止まらなくちゃいけないかしら? 夫:アレッ?これまでイチョウの葉っぱはどれも同じだと思っていたけど、葉の形状が少し ずつ違うんだな。ほら、見てごらん! 妻:まあ、驚いた!全体はどれも扇形だけど、真ん中に裂け目があるものや裂け目のないもの、 裂け目があっても浅いものや深いもの・・・など、一つひとつの葉っぱに個性があるのね。 葉っぱ拾いだけでも新発見があって、楽しいわ~。 夫:そういえば、イチョウ葉エキスには薬効があることでも知られているよ。現在、注目され ているのは、脳の血流を良くする効果で、記憶力の回復や認知症の治療に有効なんだって さ。ヨーロッパでは、イチョウ葉エキス製剤がアルツハイマーの薬として実際に用いられ ているけど、日本では、まだ医薬品として認可されていないようだ。 そのほかに高山病対策にも有効だという報告もあるね。 妻:秋の黄葉ばかりが目に付くイチョウだけど、こうして太い幹に触ってみると、樹皮は硬い 層に厚く覆われていて、気候の変化や厳しい自然災害にも耐えるようにできているのがよ くわかるわね。 夫:先の大戦における広島の原爆投下後、70年間は植物が生育できる環境にならないだろうと 言われていたけど、そんな中で、真っ先に新しく芽を吹き返したのはイチョウだったと聞 いたことがあるよ。イチョウの木を「防災の樹」と呼んで祀っているところもあるそうだ。 妻:神社仏閣にイチョウの木が多いのは、生命力の強さの象徴ということかもしれないわね。 夫:一本の木を見ながら、ずい分話が弾んだね。そろそろ冷え込んできそうだから、今日はも う帰ろうよ。歳をとると、風邪をひきやすくなるし、しかも治りにくいからね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2014.11.24 08:06:15
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