「キッズ・ウィズ・ノーアイズ」(ヤエル・ナイム)
「キッズ・ウィズ・ノーアイズ」(ヤエル・ナイム)「Macbook Air」の封筒からMacの薄いノートPCを取り出すCMのバックで流れていた曲です。なんとなく気にはなっていたんですが、この間たまたま付けたいたラジオから流れてきたこの曲を単体で聴いたちょっと心奪われた感じになったのでCDのアルバム買ってきました。(未だになんかI-TUNESストアーで曲買うのには抵抗あったりする方なので…)わりとローテンポな60年代のフォークソングみたいなテイストの感じの曲だったりもするんですが…個人的には9.11以降の世界的な強張りのようなものを対するこの人なりのアンサーソング(?)みたいな気がして聞いています。これもホントに個人的な感想なんですが、浪人してから大学入学する前後あたりのバブル崩壊、阪神大震災、オーム事件、そして9.11…学校行くのに利用していた中央線が人身事故で週に1、2回は止まるとか、バイト先の向かいのビルで投身自殺があったりとかっていうことが当たり前のようになり、当たり前のように毎年の3万人の日本の人間が自ら命を絶っているという状態になってたりして…ロックバンドのサンボマスターが、自分と同じ頃、中央線沿線の大学に通っていて、毎週のように人身事故で中央線が止まっているのをやり切れない気持ちでいたという観ていて、そういったやり切れなさを音楽にして吐き出しているんだみたいなこと語っていて、非常に頷けて、曲からはその頃から連綿とつながってくるどうしょうもない感情とかが溢れていて…初めて聴いた時はかなり衝撃でしたが…ヤエル・ナイムの曲はそれと共通したスピリット感じたりはするんですが…イスラエル育ちの彼女は、何か世界とか宗教対立とかのどうしょうもなさみたいなものの悲惨さとか無残さ、やるせなさみたいなものは骨身に染みてわかりきった上で、それでもNEW SOUL、新しいソウルの可能性を信じようみたいな…個人的には、ここ十数年くらいのなんともいえない社会の重苦しい何かを緩めてくれるような、そんな気分になる曲でした。サリン事件以降、地方から東京に働きに出て来たという人間に地下鉄サリン事件について聴いた時、「東京の奴らがお祭り騒ぎでばかすか死んでいって、面白くてテレビずっと見てた。」とかということを言っていて暗澹たる気分というか、ぶん殴ってやりたい衝動というようなものを感じました。自分としては、自分の生活圏で生活していた人々が何十人も死んだり、サリンの後遺症に苦しんでいるというのに…テレビでは無責任に確実に殺人をしたと思われる人間がテレビで自説もとうとうと捲くし立てていて、そこに映るテレビのコメンテーターと呼ばれる人やアナウンサーなどと呼ばれている人々は、当然聞くべきことと思われるようなことを聴いたりもせず、彼らのいうことをテレビで流し続けている状態…無責任、モラルハザード、心の荒廃…未だにオーム真理教の主犯格の手配写真を街角で見掛ける今日この頃、そういったことをなかったことのように、心の奥に無理やり押し込めているなあ、とかって…音楽の力でそういった心のしこりが解きほぐされていく感じとでもいうのか…音楽の力ってすごいなあ、とか改めて思ったりしました。ヤエル・ナイム/ヤエル・ナイム YAEL NAIM / YAEL NAIM