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カテゴリ:takasaki
とめどなく続く雨音。
僕の肩をゆっくりと何度か叩いていた、多田は、 そのまま、何も声をかけずに部屋を出て行く。 僕は、まだ、莉花のそばから動けない。 莉花、、半年も前から、ずっと、、心の準備をしていたはずなのに、 僕は、もう、これからどうしていいのか分からないよ。 ただ、医者は辞める。 医者でいる資格なんてないだろう? 君を、、助けることもできず。 自責の念が、無力感が、僕を支配していく。 産後の、莉花の状態は、しばらくは落ち着いていた。 測定の終わった美莉を連れてきてもらい、2人で顔を覗き込む。 僕たちが会いたかった2人の子供。 今、こうして、目の前に。 莉花が美莉を腕に抱き、初乳を与えるのを、柚子のときとは違い、今度はそばで見守る。 愛しそうに、美莉を抱きながら、莉花はいう。 「先生、私ね、実は心配なことがひとつあるの」 「心配?」 「ええ、私がいなくなった後のことで」 僕は何もいえず、莉花の顔を見る。 「先生、絶対、この子に過保護になるでしょう?」 「過保護って、、そんなの今はまだ分からないよ」 「私には分かるわよ。先生って、私にも本当に過保護だったもの」 「そうかなあ・・?」 「まして、大切な、、一人娘となったら、尚のこと。でもね、大切に思う気持ちは分かるけれど、できるだけ、自由に生きさせてあげて?」 「自由に?」 「ええ。この子を信じて、自由に。そして、、先生みたいな素敵な人と出会えるチャンスをあげてね?ヤキモチなんてやいちゃダメよ?」 「・・うわ、まだ、そんなこと考えたくもないよっ」 くすくす笑う莉花に、僕は、渋々、 「なんとか、、できるだけ、、・・・努力するよ」 と言った。にっこりうなずく莉花。僕はその腕の中のミリを見ていう。 「かわいいな、ほんとに」 「ええ。天使みたい」 親子3人だけの、穏やかな時間。 そこは、病院の一室ではあったけれど。 僕たちは、かけがえのない時を過ごした。 いつまでも、ずっと、そうしていたい。 しかし、そんな願いがかなうはずもなく、、 僕は、急変した莉花を救えず。。 柚子の時とは違い、今度はダレもいない。 莉花がいない。 当たり前だろ?莉花が死んだんだから。。。 医者なんて辞めよう。 僕は何度も強く思う。 一体なんなんだよ、僕は。 大切な人を、救うこともできず。。。 「高崎くん」 ぼんやりと声の方を向くと、さっき、立ち去ったはずの、多田がいた。 腕の中には美莉。 「・・抱いてやれよ」 戸惑う僕の腕の中に、突然、命が押し込まれた。びっくりするほど、軽い小さな体。 でも、とても重い命を抱えた体。 そして、僕は、また聴診器を手に取り、胸の音を聞いた。 雑音は、ない。 でも、と、思う。 これまでの研究からしても、この病が遺伝する確率は高い。 いずれ、美莉が発症することもあるだろう。 そのとき、、僕は・・・? 後ろから僕の肩越しに美莉の顔を覗き込んでいた多田が、作り声で、優しく耳元で囁く。 「先生、ありがとう。私、幸せだったわ。ミリをよろしくね」 「ぅぉいっ、なんだよ?」 不気味すぎる。多田は笑って、 「莉花さんに頼まれたんだ。君が、後悔してそうなときには、耳元で何度でも囁いてやってくれって。」 「莉花が君に?」 「ああ。最高の人選だろ?」 「・・・」 「不満か?」 「いや、、」 「なんだよ?」 「あのさ、莉花の気持ちは嬉しいし、君がそれを引き受けてくれたのもありがたいんだけど、声真似はしないでくれよ?それと、耳元で囁くな。鳥肌が立つ」 「ひどいな~。似てないか?」 「ないっ!」 僕は、ふっと笑い、腕の中のミリを、そして、莉花を見る。 そして、、、負けたよ、と思う。 僕は、医者を辞めるわけにはいかない。 もしも美莉や、そう、柚子の子である、楓ちゃんが発症したときには、今度こそ、僕は助けるんだ。 そのために、僕は医者を続ける。研究を続ける。 きっと、僕が、君を失って、辞めたいと思うことまで、お見通しだったんだろ?莉花。 そして、美莉を抱いて、それを思いとどまることまで。 僕は、美莉を抱いたまま、莉花の手に触れる。 だけど、もう少し。。 もう少しだけ、ここにいてもいいかな? この雨が止むまでは。 そう、雨が止んだら、、弱い、迷う僕は、ここに置き去りにして、、 しっかりと、歩き出すから。 ←1日1クリックいただけると嬉しいです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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