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2008.07.22
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カテゴリ:takasaki
「あっ」
昼食を食べに行こうと並んで歩いていた新谷くんが、小さく叫ぶ。
「どうした?」
「ケータイ、白衣にいれたままで、忘れてきちゃいました。すぐに取ってきますから、ちょっとだけ待っててもらえますか?」
「いいよ。出たとこにいる。急がなくていいから」
「すいません」
頭を下げ、足早に去る、若い医師を見送ってから、僕は先に庭にでる。庭に出るといつも目は、莉花がよく座っていたベンチのあった場所を見る。今そこにあるのは、あの頃とは違うベンチだけれど、いつもそこに莉花がいるような気がして、つい、目がいってしまうんだ。

「先生」
そして不意に後ろから呼ばれる声に、僕は心底、驚く。
・・莉花?そんなわけないのに。
その声に、恐る恐る振り返った僕の目の前にいるのは、ニコニコ笑う美莉、だった。
「なあに?幽霊でも見るみたいな顔して」
屈託なく笑う美莉に僕は言う。
「美莉か。びっくりした。先生なんて、呼ぶなよ」
「どうして?いけない?だってお父さん、ここでは先生じゃない」
「いつもは先生なんて呼ばないだろ?」
「はいはい、お父さん。ちょっとふさけただけだよ。そんな怒んなくたって」
「怒ってないよ。驚いただけだ」
「驚いた?」
「ああ。莉花に、、お母さんにそっくりだったから」
「そうなんだ。。お母さんは、お父さんのこと先生って呼んでたの?」
「そうだよ。僕の患者だったからね。・・・今、ちょうど、お母さんのこと思い出してたから、余計びっくりしたよ」
美莉は軽いため息をついて、言う。
「相変わらずお母さんのこと好きなのね~。死んでからも、そんなに想ってもらえるなんて幸せね、お母さんて」
そう言ってから、自分も何かを思い出したように、少し視線を下げる美莉。自分だって、今もヒロト君のことを想ってるんじゃないか?・・・口に出そうとして、やめる。辛いだろうから。美莉はすぐに気を取り直したように、
「そういえば、ケースケが、また一緒にご飯食べたいって」
ケースケというのは、美莉の恋人だ。かつて女グセの悪さを耳にしたことのある男だから、どうにも心底信用しにくいんだが、紘人の弟であり、彼の死後、美莉を必死でささえてきてくれたし、何よりも美莉が彼を選んだのなら、、今のところ、反対のしようもない。
「もちろん、いいよ。後で僕が大丈夫な日をメールするよ。調整して」
「分かった。ふたりとも忙しいから、大変だよ」
嬉しそうにぼやく美莉に、
「・・・美莉、お前いくつになった?」
「21だよ。ひとり娘の歳くらい覚えといてよ」
21歳。
そう、あれはもう、21年も前のことなんだ。

僕は今も医師を続けている。
柚子と莉花、ふたりの命を奪った病も、長年の研究の結果、今では、原因らしきものが徐々に解明され、手術による延命もある程度の確率で可能になってきた。しかし、その手術を行う腕のある医師は、少ない。
幸い、美莉の心臓には、いまのところ問題はないようだ。ただ、遺伝による発病のリスクは30歳前後までは高い。なんとしても、それまでは現役を続けなくてはと思っている。そして、頼りになる後継者を。新谷は、僕にとっては、やっと現れた希望の星だった。
「・・・お父さん?」
ぼんやりする僕を美莉が呼ぶ。
「ん?」
「今からお昼行くんでしょう?ごちそうしてよね?」
「ん~~」
渋る声に、
「ええっ。だめなの?」
「いや、先約があるんだ」
「先約?」
「ああ」
「誰?」
「うちに新しく入った先生だよ。一緒に行くのはかまわんが、、、カツ丼だぞ、食えるか?」
「カツ丼?・・まさか、東邦軒の??」
「ああ。新谷くんに、いろいろここの周りのおいしいお店教えようと思って」
「東邦軒かあ。。それは、、・・・無理だよ~。食べきれないって」
「だよな。でも、もう約束しちゃったからなあ」
と悩んでいると、
「お待たせしました」
と新谷が戻ってきた。
「ああ、新谷くん。ちょうどいい、紹介しておこう。これ、うちの娘の美莉だ」
美莉は、にっこり笑って、
「はじめまして、、、じゃ、、ないですね」
という。新谷も、
「あ、そうですね。さきほどはどうも」
「すいませんでした」
と後を引き取る美莉に、
「なんだ?知り合いか?」
「ううん。ついさっき、廊下でぶつかっちゃったの」
「・・・また、ぼんやり歩いてたんだろ?」
全く、いつも、危なっかしいんだ、ミリは。
「ほっといて」
「お嬢さんと昼食を取られるなら、僕、・・遠慮しましょうか?」
気を回していう新谷に、首を振って、
「いや、君が美莉と一緒でもよければ、、ただ、カツ丼だけ、延期にしてもいいか?」
新谷は笑って、
「もちろんです。」
ミリは、まだ何も聞いていないのに、
「やった。じゃあ、ひよこ亭のランチいこ」
という。
「分かったよ。お前はあそこがお気に入りだもんな」
「新谷先生も、気に入ると思いますよ」
にっこり笑う美莉に、新谷も頬を緩めた。
「よし、決まり。早く、いこ~」

美莉に腕をとられ歩き出す。

新谷と言葉を交わしながら、歩く美莉を横目で眺めながら思う。

莉花の言いつけどおり、自由に、奔放に生きてこさせた。
ただ、その分、しっかりと辛い目にもあってきた美莉。

でも、いつでも、どこまでも、伸びやかで、前向きで明るい美莉。

僕は、莉花の死後、結局誰も愛せなかった。

美莉以外の誰も。

美莉がいなければ、莉花、君を失った現実に耐え切れず、
医師も辞め、孤独な人生を歩んでいただろう。

・・・莉花、美莉はいい子だよ。
声、姿、仕種、
どんどん君に似てくる。

今なら分かる。
莉花は、やっぱり、僕の為に、美莉を産んでくれたんだと。

君は、最後まで僕に、「ありがとう」を繰り返したけれど、
それをいうのは、僕のほうだよ、莉花。

ありがとう、莉花。

君に出会えて、

僕は幸せだった。


僕たちの子供に出会えて、

僕は、、、今も、

間違いなく、幸せなんだ。


<了>


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最終更新日  2008.07.22 00:06:45
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