|
カテゴリ:takasaki
「あっ」
昼食を食べに行こうと並んで歩いていた新谷くんが、小さく叫ぶ。 「どうした?」 「ケータイ、白衣にいれたままで、忘れてきちゃいました。すぐに取ってきますから、ちょっとだけ待っててもらえますか?」 「いいよ。出たとこにいる。急がなくていいから」 「すいません」 頭を下げ、足早に去る、若い医師を見送ってから、僕は先に庭にでる。庭に出るといつも目は、莉花がよく座っていたベンチのあった場所を見る。今そこにあるのは、あの頃とは違うベンチだけれど、いつもそこに莉花がいるような気がして、つい、目がいってしまうんだ。 「先生」 そして不意に後ろから呼ばれる声に、僕は心底、驚く。 ・・莉花?そんなわけないのに。 その声に、恐る恐る振り返った僕の目の前にいるのは、ニコニコ笑う美莉、だった。 「なあに?幽霊でも見るみたいな顔して」 屈託なく笑う美莉に僕は言う。 「美莉か。びっくりした。先生なんて、呼ぶなよ」 「どうして?いけない?だってお父さん、ここでは先生じゃない」 「いつもは先生なんて呼ばないだろ?」 「はいはい、お父さん。ちょっとふさけただけだよ。そんな怒んなくたって」 「怒ってないよ。驚いただけだ」 「驚いた?」 「ああ。莉花に、、お母さんにそっくりだったから」 「そうなんだ。。お母さんは、お父さんのこと先生って呼んでたの?」 「そうだよ。僕の患者だったからね。・・・今、ちょうど、お母さんのこと思い出してたから、余計びっくりしたよ」 美莉は軽いため息をついて、言う。 「相変わらずお母さんのこと好きなのね~。死んでからも、そんなに想ってもらえるなんて幸せね、お母さんて」 そう言ってから、自分も何かを思い出したように、少し視線を下げる美莉。自分だって、今もヒロト君のことを想ってるんじゃないか?・・・口に出そうとして、やめる。辛いだろうから。美莉はすぐに気を取り直したように、 「そういえば、ケースケが、また一緒にご飯食べたいって」 ケースケというのは、美莉の恋人だ。かつて女グセの悪さを耳にしたことのある男だから、どうにも心底信用しにくいんだが、紘人の弟であり、彼の死後、美莉を必死でささえてきてくれたし、何よりも美莉が彼を選んだのなら、、今のところ、反対のしようもない。 「もちろん、いいよ。後で僕が大丈夫な日をメールするよ。調整して」 「分かった。ふたりとも忙しいから、大変だよ」 嬉しそうにぼやく美莉に、 「・・・美莉、お前いくつになった?」 「21だよ。ひとり娘の歳くらい覚えといてよ」 21歳。 そう、あれはもう、21年も前のことなんだ。 僕は今も医師を続けている。 柚子と莉花、ふたりの命を奪った病も、長年の研究の結果、今では、原因らしきものが徐々に解明され、手術による延命もある程度の確率で可能になってきた。しかし、その手術を行う腕のある医師は、少ない。 幸い、美莉の心臓には、いまのところ問題はないようだ。ただ、遺伝による発病のリスクは30歳前後までは高い。なんとしても、それまでは現役を続けなくてはと思っている。そして、頼りになる後継者を。新谷は、僕にとっては、やっと現れた希望の星だった。 「・・・お父さん?」 ぼんやりする僕を美莉が呼ぶ。 「ん?」 「今からお昼行くんでしょう?ごちそうしてよね?」 「ん~~」 渋る声に、 「ええっ。だめなの?」 「いや、先約があるんだ」 「先約?」 「ああ」 「誰?」 「うちに新しく入った先生だよ。一緒に行くのはかまわんが、、、カツ丼だぞ、食えるか?」 「カツ丼?・・まさか、東邦軒の??」 「ああ。新谷くんに、いろいろここの周りのおいしいお店教えようと思って」 「東邦軒かあ。。それは、、・・・無理だよ~。食べきれないって」 「だよな。でも、もう約束しちゃったからなあ」 と悩んでいると、 「お待たせしました」 と新谷が戻ってきた。 「ああ、新谷くん。ちょうどいい、紹介しておこう。これ、うちの娘の美莉だ」 美莉は、にっこり笑って、 「はじめまして、、、じゃ、、ないですね」 という。新谷も、 「あ、そうですね。さきほどはどうも」 「すいませんでした」 と後を引き取る美莉に、 「なんだ?知り合いか?」 「ううん。ついさっき、廊下でぶつかっちゃったの」 「・・・また、ぼんやり歩いてたんだろ?」 全く、いつも、危なっかしいんだ、ミリは。 「ほっといて」 「お嬢さんと昼食を取られるなら、僕、・・遠慮しましょうか?」 気を回していう新谷に、首を振って、 「いや、君が美莉と一緒でもよければ、、ただ、カツ丼だけ、延期にしてもいいか?」 新谷は笑って、 「もちろんです。」 ミリは、まだ何も聞いていないのに、 「やった。じゃあ、ひよこ亭のランチいこ」 という。 「分かったよ。お前はあそこがお気に入りだもんな」 「新谷先生も、気に入ると思いますよ」 にっこり笑う美莉に、新谷も頬を緩めた。 「よし、決まり。早く、いこ~」 美莉に腕をとられ歩き出す。 新谷と言葉を交わしながら、歩く美莉を横目で眺めながら思う。 莉花の言いつけどおり、自由に、奔放に生きてこさせた。 ただ、その分、しっかりと辛い目にもあってきた美莉。 でも、いつでも、どこまでも、伸びやかで、前向きで明るい美莉。 僕は、莉花の死後、結局誰も愛せなかった。 美莉以外の誰も。 美莉がいなければ、莉花、君を失った現実に耐え切れず、 医師も辞め、孤独な人生を歩んでいただろう。 ・・・莉花、美莉はいい子だよ。 声、姿、仕種、 どんどん君に似てくる。 今なら分かる。 莉花は、やっぱり、僕の為に、美莉を産んでくれたんだと。 君は、最後まで僕に、「ありがとう」を繰り返したけれど、 それをいうのは、僕のほうだよ、莉花。 ありがとう、莉花。 君に出会えて、 僕は幸せだった。 僕たちの子供に出会えて、 僕は、、、今も、 間違いなく、幸せなんだ。 <了> ←1日1クリックいただけると嬉しいです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[takasaki] カテゴリの最新記事
|