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カテゴリ:blue night
蒼夜は話題を変えるように尋ねる。
「ところで、碓氷くんは、さっきどうしてあんなとこにいたんですか?待ち合わせじゃなかったの?私と飲みに来たりしてよかったのかしら?」 碓氷はグラスに少し口をつけてから、薄い微笑を浮かべ、 「いや、待ち合わせじゃないよ。あそこは大切な人との思い出の場所でね。時々感傷にひたりたくなったらいくんだ」 そよは驚いたように、 「それって、さっき言ってた、、?」 「そう、キミの名前の元になった、恋」 「じゃあ、、だって、もう20年以上も前の話なんでしょう?そんなに、大切に想ってる人が、、いるの?随分パブリックイメージとは違うんだ。」 蒼夜の知っている碓氷のイメージでは、次から次へととっかえひっかえ女を変え、もう週刊誌も匙を投げるほどのプレイボーイ。誰かを愛する姿なんて想像すらできなかった、けど。碓氷は少年のような表情になり、照れもなく正直に言う。 「ああ、彼女のことは、忘れられないんだ。どうしても」 「その人とはもう会えないの?」 碓氷は痛いような顔をして、 「会えないね、一方的に別れを告げられて会うすべもないんだ」 「会いたい?」 碓氷は素直に答える。 「もちろん」 「まだ愛してるの?」 「多分ね。・・いや、どうだろう。・・・分からないな。だけど、突然別れを切り出されて、まだ心が納得してないっていうか。。心ごと持っていかれてしまったっていうか」 つい、そうつぶやいてから、碓氷は苦笑する。初対面の女の子相手に、僕は一体何を言ってるんだ。 「それが一生に一度の恋だったのね」 ポツリと囁くように言う蒼夜。 「そういうこと、だね」 碓氷は気を取り直すように、グラスの中身を飲み干し、おかわりを頼む。 「すごいのね、私もそういう愛に出会いたいわ。」 「出会えるよきっと。」 「そうかしら。」 「ああ。僕はもう、誰も愛せないだろうけど、蒼夜ちゃんはまだこれからだからさ」 「もうダレも・・?」 「多分ね」 「だから、、だから、ずっとただ寝るだけの相手を取り替え続けてるんですか?」 蒼夜の言葉に非難の色はないけれど、つい言い訳がましくなる碓氷。 「ずっと1人でしているわけにもいかないしね。相手も承知の上だよ?ただのゲームさ」 「ふ~ん。。」 少し考え込む蒼夜に、碓氷は、 「何?」 「そこまで割り切れてるなら、どうして、あの場所にまだ行くんですか?」 碓氷はそよの瞳を真剣に見つめ言う。 「気ままに生きているように見えるかもしれないけれど、僕も時には嫌なことがある。時には落ち込むこともある。そういう時はあの場所に足が自然に向かう。一歩近づく毎に不思議とあの頃の自分に近づける気がする。1人の人を純粋に愛していた頃の自分に。彼女と待ち合わせして一心に彼女のことだけを待ち、想っていた頃の自分に。あの場所に行くと、ちょっとだけ、まだ希望で一杯だった頃の自分に会えるんだ。それが僕を癒し活力をくれる」 「彼女を愛していた頃の自分に。。」 碓氷はにっこりと笑って、 「そう。ただ好きでもない女と遊びまわるだけじゃ、いい演技はできないさ。やっぱり心の底には、そういう危うい自分みたいなものがないとね。どんなに遊んでる僕にだってそういうナイーブな部分が確実に残っている。でも、人には見せない。ただ、時々、確かめなくちゃいられないんだ」 「・・なるほど・・」 碓氷の言葉を深く咀嚼してから蒼夜は受け入れる。そして、ふと想う。 「お母さんにもあるのかしら、、そういう大切な恋の記憶」 母だって、相当の遊び人だから。碓氷は言下に言う。 「あると思うね。」 「その相手が私のお父さん?」 「恐らくは。千夜が愛してもいない相手の子供を身ごもるなんてとても考えられない。」 「誰か思い当たりますか?」 「ん~、、僕もあの当時随分考えてみたんだけど、、思い当たらないな~。まだ劇団の頃だから、絶対、僕だって相手を知ってるはずなのに。」 「ん~、、ミステリアスな人、お母さんて」 「キミにも十分受け継がれてる」 碓氷の言葉は嫌味ではなく、褒め言葉として、すっと蒼夜の心に染み込んだ。 ←1日1クリックいただけると嬉しいです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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