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「やれやれ、やっと出て行った」
そうぼやく僕に、新谷は、 「多田先生は、本当に、先生の縁談にご熱心ですね」 「ああ。好意なのは分かるけれど、全く、勘弁して欲しいよ」 「先生は・・」 言いかけてやめる新谷。 「何?」 「・・・いえ、立ち入ったことなんで、控えます。すいません」 僕は時計を見てから、言う。 「何でも聞いてくれていいよ?あと3分は休憩時間だ」 新谷は笑って、 「じゃあ、思い切ってうかがいます。」 「どうぞ」 「先生は、どうして、多田先生のお話に、全く乗り気じゃないんですか?もう、奥さんを亡くされて20年以上にもなるのに」 僕は、デスクの上に、飾った、莉花の写真を眺めてから言う。 「まだ、妻を愛してるから、って言ったら、、、引くかい?」 軽い口調で言う僕に、新谷は、 「いえ、そう仰るだろうとは思っていましたが、・・その通りでしたね」 と、微笑む。僕は、小さく息をついて、背もたれにもたれて言う。 「月並みかも知れないけれど、正直な気持ちだよ。それ以上でも以下でもない。多田君は、僕のこと寂しいヤツみたいに言うけれど、僕は、強がりでもなんでもなく、1人でいることが寂しいなんて思ったことないんだ。莉花がいないことが寂しいってのは思うけどね。だけど、それは、莉花以外の誰かには埋められるものじゃない。美莉がいたことはかなり慰めになってきたけど、ムスメなんてつまんないもんで、あっさりと家を出てってしまったし・・」 新谷が少し微笑の温度を下げる。僕の方も遠慮なく聞くことにする。 「君の恋は相変わらず、前途多難かい?」 新谷は、少し息を吸い込んでから、 「・・そうですね。美莉さんとケースケさんが、完全に円満だとは思えませんが、美莉さんの視界に僕はいません」 僕みたいな恋スクナきオトコが、片恋に悩む部下にかける言葉は、簡単には見当たらない。まして、相手が、自分の娘で。ただ、素直な気持ちだけ口にする。 「僕は、君に酷なことお願いしてるな」 僕は、新谷君が美莉に片想いしているなんで知らずに、頼んだんだ。医師として美莉のこと見守ってくれるようにと。今は、大丈夫でも、いつ、症状が出るかもしれないから。ただ、彼が美莉に惹かれていることを知ったときからずっと、申し訳ないと思っていた。美莉を見守ることは、すなわち、美莉が、彼以外の男を、、、ケースケを愛している姿そのまま見ることになるのだから。 「いえ」 新谷は、穏やかにいう。 「医師としての使命と、僕自身の恋とは別の話です。それに、」 少し言葉を切ってから、 「美莉さんを見守ることができるのは、そしてもちろん、万一のときに、美莉さんを助けるのは、先生をおいては、僕しかいないと思っています」 頼もしい言葉に、僕はうなずく。 「だな。そこのとこ、僕も信じてるよ。悪いとは思うが、美莉を頼む。君にしか頼めることじゃない」 「はい。光栄です。・・それに、恋のほうも、まだ、あきらめたわけじゃありません。もちろん無理に奪う気はありませんが」 僕は少し笑って言う。 「ああ。まだ、美莉もケースケ君も若い。君だって。あきらめるにはまだ早い、そう思うよ」 新谷は、静かにうなずいて、時計を見た。僕もうなずく。 「さ、仕事するか」 ←1日1クリックいただけると嬉しいです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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