2010/01/08(金)14:48
box 99 ~高崎~
「私の父のこと、先生は何かご存知でしょうか?」
その言葉に、僕は、また過去に引き戻される。
「本当に、誰にも、、父親が誰かを言わずに、いってしまうつもりなのか?」
「彼には、、これからの人生があるから。後は、この子の運命に任せます」
ユウコが逝く直前の会話。
それまでにも、、何度か、たずねてみたが、父親に関しては、一貫して口を噤み続けた柚子だった。
僕がそのことを告げると、楓は予期していたのか、さほど落胆した様子も見せずに、うなずいた。
「やっぱり。。」
「やっぱり?」
「ええ。きっと、誰にも言わずに、、と、思いました。なんだかそうと決めたら頑固な人だったみたいだから」
微笑む楓。
「確かに、頑固だったよ」
「ですよね。祖父を見ていれば、、どのくらい頑固かはわかります。だから、きっと、、」
「?」
「きっと、、父本人にも告げてなかったんじゃないかと思うんです。」
・・・そのとおりだよ。僕はまた思い出す。最初に妊娠がわかった日のことを。
「彼は何も知りません。」
ユウコはそういった。
「夢を追っている彼には、お金も時間もありません。妊娠したことを話せば、きっと、彼は、夢をあきらめ、定職を探し、私に結婚しようといってくれると思います。でも、そうなっても、私は、この子を産んだら死ぬんです。夢を失い、私を失い、その後、彼は、、一体・・?彼にそんな負担はかけられない。短い期間の付き合いでしたが、私は彼を愛しています。でも、産みたい。だから、別れるしかありませんでした」
あのまっすぐな目。命は短くても鮮明な記憶を遺していった柚子。記憶に漂う僕に声がかかる。
「・・先生?」
ピントが合えば、目の前には、楓。・・あの日あの時、柚子の中にいた命。僕は小さく微笑んで言う。
「確かに、柚子ちゃんは、、相手には、、君のお父さんには知らせずに別れたと言っていた。」
僕は楓に、柚子の言葉を、一字一句もらさないように伝える。
「夢を追っている、、、」
「そう言っていたよ」
楓は静かに微笑む。
「そうですか。・・・きっと、大きな夢を持った素敵なヒトを愛したんですね。母は」
柚子の恋の相手。小さな初恋相手の野球部の彼。そして子供を産めないことで別れた最初の大人の恋。柚子が選ぶ相手はいつもまっすぐな、いい男だった。きっと、楓の父だって、そうに違いない。僕は呟くようにいう。
「柚子ちゃんの、オトコを見る目は確かだったよ」
楓はにっこりと微笑んで、
「それは分かります。だって、先生だってとても素敵なひとだもの。優しくて、きっと頼りになって」
屈託なくそんなこと言われて、僕は年甲斐もなく照れる。
「いやいや、僕は数には入らないから」
そこで、楓は、真顔になって言う。
「・・・先生は、、」
「ん?」
「先生は、母の恋の相手をみんなご存知なんですよね?」
「ああ・・最後の、君の父親以外は」
「・・だったら、聞かせてください。この、ネックレスをくれた人のこと」
楓は、バッグからケースを、そしてその中からネックレスを取り出した。