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テーマ:デリシャスなおすすめ!(815)
カテゴリ:ディナー
今日もダブル・ブッキングの日であった。
まず東大駒場キャンパスで講演会。 それからわが中央大学後楽園キャンパスに、イトーヨーカドーの鈴木敏文会長をお招きして、夕刻から客員講義をしていただいた。 そうなると、食事は渋谷でとることになる。 それで東急文化村のドゥ・マゴに足を向けることになった。 Les Deux Magotsというのは、パリの老舗カフェである。 店名の意味は「二つの人形」である。 本当のところは聞いたことがないが、このロゴの二つの人形は、トマス・モアとエラスムスではないかと閣下は考えている。 双方の帽子がホルバイン画の肖像にそっくりだからだ。 この二人ならば、二つの人形でも、文化の創造、ヒューマニズムの哲学が涌き出てきそうである。 テレビでもよく紹介されるが、もともとは貧乏人の芸術家が集まるカフェだった。 ただ老舗だからといってフランスで紅茶やコーヒーが格段にうまいと思ってはいけない。 紅茶がうまいのは、やはりイギリス系の店である。 ここもそうで、飲み物とケーキは普通だが、パンは最高だ。 マネやヴェルレーヌ、サルトルが貧乏人だったころ、ここで紅茶とケーキを楽しんでいたと思うか。 パンとコーヒーだけ。 それで芸術や哲学が語れたんだ。 やはり、神戸とパリは、パンに限るということか。 http://www.lesdeuxmagots.fr/index2.html この店はサンジェルマン・デュ・プレの教会堂の前にあって、観光の名所にもなっている。観光客、特に北欧系の老人たちがどっと押し寄せると、なかなか席を取ることはできない。 それに日本人観光客がやってくると、さらに始末が悪い。 どうしても、というなら開店直後しかない。 開店直後といえば、そうだ。 パンの焼きあがり直後だ。 ギャルソンが椅子を並べたり、オープンテラスのテーブルを運んでいるところに、「いいかい」と会釈して、店の中にはいる。 パンの香ばしい香り。チーズの焼ける匂い。 教会の前に集まったハトに、老ギャルソンがパン屑をまいてやる。 前の日に、客たちがテーブルクロスにちらかしたパン屑を、銀のヘラでかき集めたものだ。 そんな光景を見ながら、観光客がすわりたがるテラス席ではなく、地元の人がすわる奥のテーブルにつく。 焼き立てのパンが運ばれてくる。これが安い。 そりゃそうなんだけど、チョコレートより安い値段だ。 焼き立てのパンは、やわらかく、食べたとたんに、白い内側からホッと湯気と香りが出てくるほど、芳醇な味わいである。 コーヒーの苦味は、焼きあがりのパンの自然な甘さをひきたててくれる。 なるほど、いい芸術が生まれるわけだよ。 少ない値段と、ぜいたくな時間。 チャンスがあれば、そして、相当な感性があれば、マキシムの一皿よりも楽しめるだろう。 平日の、この時間に、この店に来られるのは、確かに観光客か、ヒマのある半失業の芸術家たちであろう。 そんな空想にひたりながら、ドイツでの貧乏留学生時代の閣下は、夜行列車でパリに着いたばかりの朝、他に客のいないカフェの中、たった一人で安いパンをほうばったのである。 いやあ、ぜいたくをしたなあ。 思い起こせば、貸しきり状態。 こんなところで、自慢げに語れる一食だもんね。 若いころの苦労の中の、ささやかなぜいたく話というのは、この年齢になって、しみじみ胸にくるものなのさ。 渋谷の東急文化村のドゥ・マゴのパンは、それなりにうまくできている。 料理もよく勉強したシェフの腕が感じられる。 鴨肉やキンメ鯛の焼き方も、ソースの隠し味にハーブやフォンドボーを使っているのも、一流の料理店仕込みのテクニックを感じる。 しかし、こんなとき、私はヨーロッパの街々を地図もなくさまよい歩いた留学生時代の記憶が、ふと心の中によみがえるのだ。 あのときの、あの味は、これからパリに行っても、もう味わうことができないんだなと、ちょっと感傷にひたる午後なのである。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2005.01.28 11:11:10
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