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曹操閣下の食卓

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曹操閣下の食卓

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2005.01.27
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カテゴリ:ディナー
今日もダブル・ブッキングの日であった。
まず東大駒場キャンパスで講演会。
それからわが中央大学後楽園キャンパスに、イトーヨーカドーの鈴木敏文会長をお招きして、夕刻から客員講義をしていただいた。
そうなると、食事は渋谷でとることになる。
それで東急文化村のドゥ・マゴに足を向けることになった。

Les Deux Magotsというのは、パリの老舗カフェである。
店名の意味は「二つの人形」である。

本当のところは聞いたことがないが、このロゴの二つの人形は、トマス・モアとエラスムスではないかと閣下は考えている。
双方の帽子がホルバイン画の肖像にそっくりだからだ。
この二人ならば、二つの人形でも、文化の創造、ヒューマニズムの哲学が涌き出てきそうである。

テレビでもよく紹介されるが、もともとは貧乏人の芸術家が集まるカフェだった。
ただ老舗だからといってフランスで紅茶やコーヒーが格段にうまいと思ってはいけない。
紅茶がうまいのは、やはりイギリス系の店である。

ここもそうで、飲み物とケーキは普通だが、パンは最高だ。
マネやヴェルレーヌ、サルトルが貧乏人だったころ、ここで紅茶とケーキを楽しんでいたと思うか。

パンとコーヒーだけ。
それで芸術や哲学が語れたんだ。
やはり、神戸とパリは、パンに限るということか。

http://www.lesdeuxmagots.fr/index2.html

この店はサンジェルマン・デュ・プレの教会堂の前にあって、観光の名所にもなっている。観光客、特に北欧系の老人たちがどっと押し寄せると、なかなか席を取ることはできない。
それに日本人観光客がやってくると、さらに始末が悪い。
どうしても、というなら開店直後しかない。

開店直後といえば、そうだ。
パンの焼きあがり直後だ。
ギャルソンが椅子を並べたり、オープンテラスのテーブルを運んでいるところに、「いいかい」と会釈して、店の中にはいる。

パンの香ばしい香り。チーズの焼ける匂い。
教会の前に集まったハトに、老ギャルソンがパン屑をまいてやる。
前の日に、客たちがテーブルクロスにちらかしたパン屑を、銀のヘラでかき集めたものだ。

そんな光景を見ながら、観光客がすわりたがるテラス席ではなく、地元の人がすわる奥のテーブルにつく。
焼き立てのパンが運ばれてくる。これが安い。
そりゃそうなんだけど、チョコレートより安い値段だ。

焼き立てのパンは、やわらかく、食べたとたんに、白い内側からホッと湯気と香りが出てくるほど、芳醇な味わいである。
コーヒーの苦味は、焼きあがりのパンの自然な甘さをひきたててくれる。

なるほど、いい芸術が生まれるわけだよ。
少ない値段と、ぜいたくな時間。
チャンスがあれば、そして、相当な感性があれば、マキシムの一皿よりも楽しめるだろう。
平日の、この時間に、この店に来られるのは、確かに観光客か、ヒマのある半失業の芸術家たちであろう。

そんな空想にひたりながら、ドイツでの貧乏留学生時代の閣下は、夜行列車でパリに着いたばかりの朝、他に客のいないカフェの中、たった一人で安いパンをほうばったのである。

いやあ、ぜいたくをしたなあ。
思い起こせば、貸しきり状態。
こんなところで、自慢げに語れる一食だもんね。

若いころの苦労の中の、ささやかなぜいたく話というのは、この年齢になって、しみじみ胸にくるものなのさ。

渋谷の東急文化村のドゥ・マゴのパンは、それなりにうまくできている。
料理もよく勉強したシェフの腕が感じられる。
鴨肉やキンメ鯛の焼き方も、ソースの隠し味にハーブやフォンドボーを使っているのも、一流の料理店仕込みのテクニックを感じる。

しかし、こんなとき、私はヨーロッパの街々を地図もなくさまよい歩いた留学生時代の記憶が、ふと心の中によみがえるのだ。

あのときの、あの味は、これからパリに行っても、もう味わうことができないんだなと、ちょっと感傷にひたる午後なのである。





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Last updated  2005.01.28 11:11:10


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