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曹操閣下の食卓

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曹操閣下の食卓

曹操閣下の食卓

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2006.03.06
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テーマ:★お菓子★(2819)
カテゴリ:午後の紅茶
閣下が菓子の棚で、たまたま「ポン菓子」を買った時。

「ああ、それ好きなんですか。懐かしいな」と言われた。

「何が懐かしいの」

「子どものとき、家の近くまでポン菓子をつくってくれるおじさんが来て、何度か家のお米と砂糖をもっていったことがあるんです」

それは貴重な体験だ。うらやましい。

ある旧軍関係者と話した時、部下の元兵士たちの職業について「ポン菓子を売り歩いている」ということを聞いた。
その人は元将校だったから、いかにも駄菓子売りのことを軽蔑した言い方であった。

敗戦後、復員した兵士たちは何といっても失業していたから、紙芝居や駄菓子を売り歩く大道芸人のような人々も多かったときく。
露天商などとの交流から、そのような元締めの配下に加わっていったのであろう。
だから、ポン菓子はいろいろなことを感じる思い出グルメなんだよ。

京都のロバのパンもそうだが、ポン菓子おじさんは子どもの味方であり、すごく近くにいる大人だった。
子どもたちの笑顔を無形の報酬のように喜んでいる善意の人々だった。
その笑顔の背景に、悲惨な戦場、つらい敗戦と過酷な失業といった人生経験をもつ元兵士たちの過去が重なる。

この食卓のサイトは駄菓子の話題も書いたことがある。
2005年1月2日、つまりサイト開設の二回目の日記である。

http://plaza.rakuten.co.jp/kakkanogourmet/diary/200501020000/

ここで閣下はこう書いている。

__________________

今の子どもたちが、駄菓子なんかを知らないで、親と一緒に高級洋菓子店めぐりなんかをしている。
それはそれでよい。

しかし、われわれが駄菓子屋にこずかいを持ってかけつけたとき、親はついてこなかった。
駄菓子屋はお店のおばさんと子どもたちしかいなかったのだ。
そのおばさんと、きちんと自分で話して、「これをください」と言わなければ買い物はできなかった。
そんなことを2歳ぐらいから、われわれの世代はやってきたわけだ。
品物も自分たちで選んだ。
価格も自分たちで判断した。
好きになれない、まずい駄菓子を買って、まるごとドブに捨てたこともある。
これはいい経験だった。
非常によくできた社会教育だったと思う。

駄菓子屋では、2歳の子どもでも消費の主人公だった。
今の高級洋菓子店で、はたして小さな子どもが一人で菓子を選ぶことができるだろうか。
親が選んだものを食べているだけじゃないか。
その親も、雑誌やテレビの情報番組で話題になったものに駆けつけているだけ。他人に選んでもらっているわけ。
それは本当のグルメではない。

この「駄菓子屋」のような主人公の経験なしでは、なかなかメニューを決められない優柔不断な学生たちのようになってしまうかなと思う。
外国の古本屋に飛びこんで、数時間もかけずに自分の欲しい本をいくつかパッパッと発見できるということは、やはり「駄菓子屋経験」がものをいっているであろう。
(中略)

そんなに豊かな時代ではなかった。
駄菓子も、しょせんは駄菓子である。
しかし、数百種類以上もある品物の山の中で、小さな子どもたちが主人公として、たった5円の品物を買うか買わないか30分近くも考え込んでいた。
駄菓子屋のおばさんも根気よく待っていた。

そんな経験を毎日のようにやっているうちに、商品を選ぶコツとカンは自然に鍛錬されてきた。
この経験はお金よりも貴重だった。
巨大な大英図書館に行っても、あまり迷うということはない。
外国の街角で、古そうな商品ギッシリのお店に飛びこんでも大丈夫。
(中略)

駄菓子屋が消え、男の子たちが通いつめたプラモデル屋もなくなってしまった。
今はゲーム屋だが、それはハッキリ言えば子ども相手ではない。
子どもたちも数百種類のゲームを自分で選ぶということはしない。

昔の駄菓子を見ながら、「ああ、いい時代だったな。みんな子どもにやさしかったな」と思ったものである。

__________________

改めて感じるのは、東京の駄菓子屋というものは、だいたい小学校の近くにあった。

店主はみんなおばさんだった。
男気はなかった。つまり独身女性。家族もいなかった。

いろいろな事情で一人で生きる女性たちが駄菓子屋をやっていたのである。
戦争で家族を亡くして身寄りのない女性がはじめられる小さな商売。
子ども相手の商売。
それが駄菓子屋。

おばさんたちが高齢で動けなくなると、急に街から消えた。
コンビニに撃退される前に。

今はコンビニの下段(子どもの目線)にさりげなく駄菓子が置いてある。

大人になって初めて気づくことがあるものだ。

やさしい大人たちの目線で、子どもの自分が大人になれたこと。

決して忘れてはいけないことだ。





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Last updated  2006.03.07 01:36:57


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