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カテゴリ:オペラのはなし
この作品は、民間劇場の座主兼座長、シカネーダーの依頼で書かれました。シカネーダーは台本を書き、自身でパパゲーノを演じたそうです。一般民衆を観客として想定しているだけに、筋も音楽もわかりやすく、おかしく楽しいものになっています。とは言いましたが、第一幕と第二幕のつながりがどうも変です。第一幕では夜の女王が良い人、ザラストロが悪い人になっているのに、第二幕ではそれが逆になっています。台本作者に混乱があるのかなと、思ってしまいます。 わたしがウィーンで教えを受けた、ヘルムート・マイノカート先生はテノール歌手で、「宮廷歌手」の称号を受けていらっしゃいました。モーツアルト歌いで、特にタミーノがお得意のようでした。わたしもタミーノのアリア、"Dies Bildnis ist bezaubernd schon" (美しき絵姿)を、練習させられました。先生に言われて、フリッツ・ブンダーリッヒのレコードを繰り返し聞きました。彼はこの役を歌うためにいると言ってよいような、完璧なタミーノを歌っています。30代半ばで夭折したのが、とても残念な歌手です。 モーツアルトを歌う場合、ヴェルディやプッチーニのような高い音は、それほど必要ありません。概してドイツの歌劇では、中音域で表情豊かに歌うことが重要で、高い音を響かせて観客を圧倒する、というやり方はとりません。音程を正確に、言葉をはっきり、柔らかな音色で、快く聞こえるように歌うことが大切なようです。 もともと、『魔笛』は大好きでした。オペラというより、芝居としての関心を多くもっていました。好きな役はパパゲーノです。わたしが子どものころ、ポピュラーな人気をもち、TVにも良く出ていたバリトン歌手の立川澄人(後に清澄)さんが歌うこの役に、非常にひかれていました。立川さんは演技も巧みで、東宝のミュージカル(『王様と私』)などにも出ておられ、憧れる存在でした。 タミーノにはタミーナという恋人がいる。自分も恋人が欲しいとパパゲーノが歌う、どこか民謡を思わせる単純で明るい『恋人か女房が』の歌を、立川さんは楽し気に演じていました。また、自分を好きになってくれる女性がいるなら、笛を三回「ドレミファソ」と吹く間に出てきて欲しいといって、鳥笛を吹きます。一回、二回と吹いて、反応がない。三回目を途中まで吹いて、「二つ半」と情けなさそうに言うところが、素敵でした。結局、三回吹いても誰も出てこないので、首をつろうとすると、娘が出てきて止めます。これが彼の恋人のパパゲーナです。更に後になって、パパゲーノとパパゲーナが「パ、パ、パ., パ」と声を合わせるデュエットも楽しい。わたしはウィーンでテノールとしての指導を受けましたが、実はバリトンのパートにひかれています。 モーツアルトのオペラでは高音が第一ではない、と言いましたが、『魔笛』の夜の女王には、超高音を聞かせる有名なアリアがあります。ザラストロへの怒りを表す、強い調子の歌ですが、中で高いF6音を鋭く聞かせます。超絶技巧の聞かせ所で、若いソプラノ歌手のデビュー役です。ですから、母親の女王を演じる歌手の方が、娘のタミーナを演じる歌手より若い、ということがしょっちゅうです。「ブラヴァー」(女性に対してですから)の声がかかりますが、鳥が叫んでいるように聞こえるので、わたしはそんなに美しい曲とは思っていません。 『魔笛』は本当に誰もが楽しいと感じる作品です。わたしは以前に、ドヴォルザークの『リュサルカ』をたのまれて演出しましたが、機会をもらえるなら、是非この作品を演出したいです。 なお『魔笛』の序曲は、内容のおとぎ話めいた楽しさと対照的に、なかなか重厚で聞きごたえがあります。CDはぜひ、カール・ベーム指揮のウィーンフィルのものを。 by 神澤和明
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Last updated
2018.08.23 09:00:18
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