狂言を稽古しましょう。(26) 狂言のジャンルと稽古順。
狂言の残った登場人物として、スッパがいます。詐欺師です。登場した名乗りから、「心もすぐにない者」と自己紹介します。自覚的な犯罪者です。偽物を売りつける者もいれば、人買いをもっぱらにする者もいます。『末広がり』のスッパは長袴をはき、雨傘を扇の末広がりだと理屈をつけ、いろいろな注文にも応えて太郎冠者を騙します。なかなか頭が良い。しかも、太郎冠者が主人から叱られるのを見越して、機嫌の直る囃子物まで教えてくれます。アフターサービスを心得た悪者です。『仏師』のスッパは、田舎者に仏像を作る約束をしますが、自分が仏像に化けて誤魔化そうとします。不審に思った依頼人の田舎者は、仏師と仏像を交互に呼びだして、混乱したスッパの化けの皮をはがします。品物を売りつけるスッパの成功率は七割ほど、『磁石』など人買いの場合は、たいていが失敗してしまいます。悪事はうまく運ばない、ということでしょう。能の場合、その内容によって、一番目物(脇能・神事物)、二番目物(修羅物)、三番目物(鬘物)、四番目物(現在物)、五番目物(切能)と分けられています。狂言では、述べてきたような登場人物たちの誰が中心人物・シテになっているかによって、演目のジャンル分けがなされています。これは「名寄」(なよせ)と呼ばれる一覧表に記されます。大蔵流だと,次のようになります。「脇狂言」は神様や果報者、「大名狂言」は、大名がシテとなる狂言です。「小名狂言」は太郎冠者がシテになる狂言で、主人である小名はアドになります。「聟・女狂言」、「鬼・山伏狂言」、「出家・座頭狂言」はそれぞれ、その人物たちがシテになります。これらの分類に当てはまらないものは「集」(あつめ)と分類されます。スッパがシテになる狂言はこれに入れられます。また「別」として新作物があります。公家の冷泉家が作ったもの、彦根藩主で茂山千五郎家を贔屓にされた、井伊直弼が作ったものなどです。しかし、劇作家の飯沢匡がフランス小話を基に創作し、千五郎家で狂言に作り上げた『濯ぎ川』は「聟女」に分類されていると思います。これ以外に、大勢の脇役が出てくるものを「立衆物」(たちしゅう)と言い、能を真似た形式のものを「舞狂言」と言ったりします。「廃止狂言」になっているものも、いくつもあります。同工異曲の別作品が人気を集めたために上演しなくなった物や、内容が社会の風潮にあわなくなった作品です。『麻生』などは、舞台で髷を結う狂言なので、今は演じられません。何故、廃止になったかわからない曲もあります。それで、よく「復曲」(復活上演)がされたりします。狂言は能に付随して上演してきましたから、あまり厳密には守られていませんが、能の順番に準じて狂言の上演順もあります。脇狂言を番組の最後に置いたり、集狂言を最初に置いたりすることは、原則としてしません。狂言はまた、演技の難度によって、「平物」「内神物」「本神物」「小習」「重習」「極重習」と順番があり、「平物」から始めて、「習物」を目指して進んで行きます。中には「一子相伝」などというのもあります。「習物」の演目を始めて演じるときには、能と同じく「披く」と言って、配り物をするらしいのですが、割とこの辺は緩やかになっています。だいたい、「習い物」の口伝と言っても、それほど大したものではなく、失礼ですが、家元・宗家の権威付け、及び謝礼を求めるためのもののように思われます。四〇年勉強してきましたので、狂言について書くべき事はまだ多いのですが、一ヶ月まるまる狂言に費やしたので、しばらくまた、他の芝居のこと、芝居についての考えを書くことにします。by 神澤和明