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鴎座俳句会&松田ひろむの広場

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歳時記と季語の問題点

『角川俳句大歳時記』の問題点     松田ひろむ
見出し季語五千三百。最大規模というが、実は昭和八年の『俳諧歳時記』(改造社)を基準に、「白夜」・「熱帯夜」や、最近の俳人の忌日など、若干の季語を追加していることが目立つ。
 以下、「角川大歳時記」の問題点を指摘する。

夏・時候
【軽暖】けいだん
初夏の季語とされ
軽暖の日かげよし且つ日向よし 高浜虚子(六百句)
が例句となっている。これは昭和四十八年『図説大俳句歳時記』も同じ。虚子の句は「日かげよし」とあるところから、確かに初夏の感覚ではあるが、これは虚子の用法が誤っていると思える。
「軽暖」は早春の季語と考えるべきもの。慣用の時候の挨拶では「軽暖の候」は早春あるいは三月とされている。
また高杉晋作の漢詩が有名でこれも「梅の花は散り桜にはなお早し」で、早春である。
遊小門夕棹舎
軽暖軽寒春色晴  軽暖軽寒春色晴る
閑吟独向小門行  閑吟して独り小門(おど)に向かって行く
梅花凋落桜猶早  梅花は凋落し桜はなお早し
窓外唯聴夕棹声  窓の外ただ夕棹(せきとう)の声を聴くのみ
さらに江戸期の漢詩人、菅茶人の詩も「軽暖軽寒」とある。
偶成
鸛鳴林杪野陰垂   鸛 林杪に鳴いて野陰垂る
輕煖輕寒近午時   軽暖軽寒 近午の時
欲試山行還怯雨   山行を試みんと欲してまた雨をおそる
連翹花底坐敲詩   連翹の花底に坐して詩を敲す
しかし
旅帰り軽暖薄暑心地よし  高浜虚子
古袷着て軽暖にをりにけり 高浜虚子
 これらの句を見ても分かるように、虚子はどうやら「軽暖」を「薄暑」と同じと考えているようだ。昭和九年の虚子編『新歳時記』には「軽暖」の季語はなく、これは昭和二十八年の改訂版も同じである。
稲畑汀子編『ホトトギス新歳時記』(一九九六年版)では「軽暖」を「薄暑」の傍題として、冒頭の虚子の句を掲載している。平井照敏編『新歳時記』(河出文庫)も同じ。
 また高浜虚子記念文学館の投句の平成十七五月の特選句に
軽暖の歩を記念樹に解きにけり   岡山  伴 明子
があり、「ホトトギス」では、軽暖=薄暑の誤用が定着している。
軽暖やひとり歩きは旅に似て 西村和子(かりそめならず)
軽暖や写楽十枚ずいと見て 飯島晴子
この句の「軽暖」は果たして早春だろうか。初夏だろうか。
昭和八年の『俳諧歳時記』(改造社)、山本健吉編『最新俳句歳時記』(文藝春秋)、『カラー版新日本大歳時記』(講談社)、『日本大歳時記』(講談社)では「軽暖」の季語は採録されていない。

【白夜】はくや
解説(小川軽舟)に「俳句では「はくや」と読むのが一般的。」とあるが、これは不正確。もともと「はくや」と読むことが正しい。
せめて「一九七〇年(昭和四十五年)に発売された「知床旅情」(作詞・作曲 森繁久彌、歌 加藤登紀子)では「びゃくや」と歌われていたことから、「びゃくや」が多く使われるようになった。現在ではNHKでも「びゃくや」を標準読みとしている。という解説が求められる。森繁久彌の歌詞「には「遥か国後(くなしり)に 白夜(びゃくや)は明ける」とあるが、正確な意味では、日本では白夜はない。

【夏の宵】 例句なし
疲れ来てうすき膝なり夏の宵     長谷川かな女
夏の宵うすき疲れのさざ波に     平井 照敏
なお長途夏宵一盞くみ交す      宇多喜代子(象)
上陸の眼に犬尿る夏の宵       高橋兎亀夫
言ひたげなくちびる浮かぶ夏の宵 谷口 桂子
夏の宵人慰むに鶏を焼く       船越 淑子

天文
【雲の峰】
傍題に「坂東太郎・丹波太郎・信濃太郎・石見太郎・安達太郎」を収載するが、「坂東太郎」は利根川の異名であって、これを「雲の峰」とする実作例は一例もない。「坂東太郎」を雲の峰とすると混乱を招くだけである。
これも「俳諧歳時記」の引き写しである。大石悦子の解説では「京都では「丹波太郎」「山城次郎」「比叡三郎」などの入道雲が勢揃いする。」とあるが、これも実作例はない。ちなみに筑紫次郎は筑紫川、四国三郎は吉野川。
【黄雀風】  例句なし
黄雀風畑の柚一つ落ちにけり 島道素石『俳諧歳時記』
荒庭に黄雀風の潜み居し    相生垣瓜人
【青時雨】 
 「夏の雨」の傍題となっているが、これは別のもの。青葉に降った雫がばらばらと落ちてくる風情を時雨に見立てたもの。
青時雨こころ曇れば歩きけり   大木あまり 山の夢
青時雨この池のもの死に絶えて 依光陽子
青時雨地上一階は罌粟咲く灯り 金子弘子
結界の身に青しぐれ埒もなや  角川源義 『秋燕』
恋沢の竹一管の青しぐれ     落合水尾
青しぐれ空きつ放しの其中庵   吉原文音
【梅雨の山】 例句なし
幾夜明けても眼前に梅雨の山   福田甲子雄
梅雨深き山をまよへば吾も獣   福田蓼汀
日もすがら木を伐る響梅雨の山 前田普羅
【夏の庭】 夏の園        例句なし
  岩木にも心やつくる夏の庭     宗因
  たえやらぬ水なるかなや夏の庭  紹巴
  大き道一筋夏の園にあり    高浜虚子
【夏の水】例句なし
一文の銭いただくや夏の水 蚊足(続虚栗)
鳩鳴くや水も夏なる雲の影 臼田亞浪
魂の世話をしており夏の水 佐藤清美

「生活」の部立ては、「俳諧歳時記」の「人事」を写しているが、「俳諧歳時記」自体に例句がなく、あっても「俳諧歳時記」の編者の青木月斗の句が多い。特に宮廷・皇室行事とされていても、すでに廃れているものが多く、これらは、まったく意味のない季語である。これらは採用する必要がない。あえて残してもいいと思えるものは○を付した。
【孟夏の旬】 扇を賜う・賜う扇・扇の拝
 平安時代の宮廷行事。例句は月斗の一句。
【青葉の簾】 平安時代にあった陰暦四月一日の更衣の行事。例句なし。
【氷を供ず】(こおりをくうず) 氷室の使い・氷の貢・氷の御物(おもの)、これも廃れた行事。―例句三句あり。
【擬階の奏】(ぎかいのそう) 平安時代の昇進の行事。例句なし。(「俳諧歳時記」一句)
【駒牽】夏の駒牽 これも宮廷行事。例句なし。
【賑給】(しんごう) 困窮者に米・塩を支給したとする平安時代の行事。例句なし。
【着◆だ政】(ちゃくだのまつりごと) 平安時代の未決囚を獄舎に送る行事。例句なし。◆だ=金に大。
【早瓜を供ず】(はやうりをくうず) 平安時代の行事。例句なし。
【騎射】(うまゆみ) 馬弓・騎射(きしゃ)・流鏑馬(やぶさめ)・笠懸・犬追物
 馬上から騎射を天覧した行事。例句一句。
  騎射の射手の童顔なりしかな 野間 泰子(山茶花)
「流鏑馬」は武芸あるいは神事として現在でも各地で行われている。 ただし時期は一定していないので、季語としては採用できない。
浅草 (台東区主催の観光行事)=四月十五日。富士山本宮浅間大社=五月五日。日光東照宮(五月十七日・十月十六日)、鶴岡八幡宮(九月十六日)、 穴八幡宮(十月九日)、 笠間稲荷神社(十一月三日)、 宮崎神宮(四月三日)、津和野鷲原八幡宮(四月九日)、 賀茂御祖神社(五月三日)、 多度大社(十一月二十三日)。
「笠懸」としては群馬県笠懸町笠懸の観光行事として十月七日。
【左右近の馬場の騎射】 例句なし。
【菖蒲を献ず】(あやめをけんず) 例句なし。
○【菖蒲の枕】(あやめのまくら)端午の節句の夜。まじないの一種。例句二句。
○【菖蒲の鬘】(あやめのかずら) 例句なし。「俳諧歳時記」に一句。


行事
*【重信忌】(しげのぶき)は誤り。
本名は高柳重信(しげのぶ)だが、俳人としては「じゅうしん」。

生活
*「ナイター」(292ページ) 
和製英語との指摘はいいが「現在ではナイトゲームという」という記述が欲しい。
ナイターの余光ざわめく樫若葉 根岸たけを
があるが、季語としての「ナイター」もそろそろ寿命かもしれない。


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