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October 30, 2014
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カテゴリ:心理学
 

ペルソナというのは、古典劇において役者が用いた仮面のことである。人間がこの世に生きていくためには、外界と調和していくための、その人にふさわしい在り方を身につけていなくてはならない。外的環境は個人に対して、色々な期待や要請をなし、その人はそれに応じて行動しなくてはならない。教師は教師らしく、あるいは、父親は父親らしく行動することが期待されている。いわば、人間は外界に向けて見せるべき自分の仮面を必要とするわけであり、それが、ユングの言うペルソナなのである。

各人が適切なペルソナを身につけることによって社会は円滑に動いている。ペルソナは、夢では衣服によって表わされることがよくあるが、実際に、日常生活の中で個人的感情よりもペルソナの役割を優先させなければならぬ人は、多く「征服」を着ている。電車の車掌とか、警察官とかは征服をきることによって、その社会的機能をスムーズに行いやすくしているのである。

ところが、ペルソナがあまりにも硬化して来ると、その人は人間としての味を失って非個性的な存在となってくる。それは、家庭に返ったときも、友人と遊びに行くときでも、いつも制服を着ている人を想像すれば、すぐ感じがつかめるだろう。家へ帰っても教師であることをやめない両親をもった子は不幸だろうし、恋を語る時も放送調でやるアナウンサーがあれば、恋人はしらけた感じを抱くことだろう。

これほど馬鹿げていないにしても、外へ適応がよすぎるために、内的適応が悪い人も存在する。そのような人は他人とのつき合いに専念しすぎて、自分の「心」を忘れてしまっているのである。自我は外界とのつき合いだけでなく、自分のないかいとのつき合いも考えねばならない。ところが、人間の内界--無意識界の深層--には思いがけないものが存在している。それが人格化されるとき、アニマ・ア二ムスの像となって顕現するのである。

 

【無意識の構造】河合隼雄著/中央公論社






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Last updated  October 30, 2014 07:19:41 AM
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