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浅きを去って深きに就く

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February 13, 2018
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カテゴリ:コラム

文芸評論家  持田 叙子

 

民俗学者の折口信夫(しのぶ)は、長野県の松本を愛した。そのご縁で去年から、折口信夫の話をするお仕事で晩秋の松本へ行っている。

 

今年も十一月初旬。新宿からあずさ号にのって松本へ行った。国宝、松本城がすがすがしい。小さくいごこちのよい城下町のどこからも、北アルプスの雪山が見える。

 

去年いっしょに旅した友だちは、すてきねぇ、とくり返していた。天守閣を仰いでも、お家の縁側やベランダからも、いつもアルプスが見えるのよね。どんなに大らかで晴れ晴れした心になるでしょう……。

 

たしかに。いつも気高い雪山と暮らすと、ビルと道路のあいだで暮らす大都会の人の心とは、ずいぶん違う気もちが育つのだろうな。

 

その証拠に、私を呼んで下さる松本の方々は文化の香りかぐわしい、芸術家肌が多い。皆さまのお話は、私の話の数倍すばらしい!

 

去年は、ある男性彫刻家の言葉に感動した。松本旧制高等学校のレトロな校舎で折口信夫の会が終わったとき、「すると……」と老彫刻家は口を開いた。折口信夫の晩年の渾身の小説『死者の書』がそうであるように、われわれが石を彫り、絵を描き、詩を書き、つまり芸術や文学を創造するのはけーっきょく我々がどこから来てどこへ去るのか。それを知るためなのでしょうな————。

 

文学芸術の目的は、生死の流れを知ること。こんな簡潔にして鮮明なことばを初めて聞いた。胸を打たれた。そのときのも、古い校舎のガラス窓から、遠い山々に夕日が沈むのが見えていた。

 

翌日。帰りのタクシーの中で運転手さんがつぶやいた。もう観光のお客さんは去って、これから松本の冬ごもりです————。

 

冬。アルプスはますます白く気高くそびえる。冷気が張りつめる町。その静謐が人間に、生と死の源を深く考えさせる季節がやって来る。

 

【言葉の「遠近法」】公明新聞2017.11.15






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Last updated  February 13, 2018 04:51:17 AM
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