浅きを去って深きに就く

2020/06/05(金)04:43

苦難を前進の糧にする哲学を

宗教と社会(203)

苦難を前進の糧にする哲学を大阪市立大学院 都市文化研究センター研究員  広瀬 美千子さん 介護現場から考える生き方人生にはさまざまな苦難があります。どんな悩みも前進の糧としていける人は幸福である――それは社会福祉などを専門とし、多くの介護従事者や家族介護者と向き合ってきた私の実感です。そもそも介護の仕事は長年、肉体的にも精神的にも〝つらいだけ〟と考えられており、研究者の中でも介護ストレスが主なテーマとなっていました。しかし、それでは否定的な側面しか見えてきません。これまで私が行ってきたアンケートやインタビューなどの調査では、「満足感」という尺度を通して見ることで、そうした介護の現場でも、やりがいを感じている人が多くいることが分かりました。また、データを分析する中で、そうした感覚を持つ人には、一定の傾向性があることも分かったのです。たとえば、ベテランのホームヘルパーの中には、利用者とうまく会話できず、受け入れてもらえないような否定的な状況でも、困難を前向きにとらえ直す楽観的な感覚を持ち合せている方が多くいます。そのような方々に共通するのは、〝そうした苦しいことさえも、自らの学びに変えている〟という点でした。介護をするためには、相手の好き嫌いはもちろん、考えや感じ方などを深く知らなければなりません。そこには、相手と向き合う作業や相手から学ぶ姿勢が不可欠です。以前、信心の介護福祉士を対象にインタビュー調査をしたことがありますが、そうしたやりとりを自らの学びにつなげている人ほど、その後も仕事を続けていく意志が強いことが分かりました。心理学では、人生の充実感を得る要件の一つとして、自己成長感が挙げられています。まさに多忙な仕事の中でも困難を自らの学びに変え、自己の成長につなげられる人は、仕事でも充実感を得られるでしょう。加えて、介護従事者が日頃から心掛けていることも、自らの成長を促す要素になっていると思います。それは〝その人の長所を伸ばそう〟とする視点です。介護従事者は医師ではないので、介護の相手に歩けないほどの障がいがあっても〝できないこと〟に目を向けるのではなく、相手の特技や趣味に着目しながら、生活の満足度を上げることを心掛けています。介護とは、命と向き合う仕事です。たとえ生活の中で、できないことがあったとしても、可能なことから一歩一歩と前に進み、たくましく生きる相手の姿を目にすれば、自らの人生観も深まります。それはそのまま、自らが苦難に立ち向かう力となり、自己成長につながるのです。また、心理学におけるポジティブなモノの見方は、自己成長感だけではなく、勇気、希望、忍耐、楽観性といった概念と関連しています。介護の仕事には、人に寄り添う忍耐や困難に立ち向かう勇気といった要素が含まれています。このため、いつまでも〝人のために尽くそう〟という理想を失わない人は、つまらないことに立ち向かうポジティブな心が芽生え、それがさらに自らの成長に結びつくのだと感じます。このように、私が挙げてきた自己成長感や自らの人生観を深める作業、人のために尽くす理想を失わないといった観点は、仏法の哲学に通じるのではないでしょうか。仏法には「変毒為薬」「転重軽受」などの考え方があり、目の前の困難から逃げるのではなく、自己の成長の好機ととらえて立ち向かう重要性を説いています。また、「人のために火をともせば・我がまへあきらかなるがごとし」(御書1598㌻)との御文に明らかなように、人に尽くす行為は自分の成長につながると教えています。介護従事者にとって、苦難を前進の糧とする哲学は自らの仕事の中でつかみ取ったものです。しかし学会員は、そうした哲学を皆が会得し、それぞれの悩みを乗り越えています。研究を通して苦悩の先にある幸福について探求するほど、学会活動の中には、皆が生き生きと暮らしていける「幸齢社会」を築く知恵があると思えるのです。(関西学術部員)  【「現代と仏法」学術者はこう見る[第17回]】聖教新聞2019.10.30

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