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October 7, 2022
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カテゴリ:書評

没落士族の心の葛藤を綴る

作家  村上 政彦

田宮虎彦「霧の中」

本を手にして想像の旅に出よう。用意するのは一枚の日本地図。そして今日は、田宮虎彦の『霧の中』です。

作者の名前に見覚えがあるという方は、夏目漱石の弟子だった学者兼文筆家を想像されているかもしれません。そちらは寺田寅彦。名前は同音ですが、文字は一字違っています。虎彦のほうは芥川賞の候補にもなった小説家で、本作で文壇での認知を勝ち取りました。この小説の物語は、幕末の戊辰戦争から始まります。

主人公の中山荘十郎は幼い頃、江戸の旗本屋敷から「母のかねの背に負われて母の実家のある会津若松へ逃げ落ちた道々の記憶がとぎれとぎれに残っている。それはほの白い霧に流れてぼんやり遠ざかっている町屋の灯だとか、ひしめきあっている牛舎のむれだとか、うらぶれた旅人宿の赤ちゃけた畳のいろだとかであった」

彼らを追っていたのは、薩摩、長州の諸藩です。父と兄は彰義隊として上野の寺に籠りましたが、多勢には敵わず東北へ逃れ、やはり官軍に追われる。かねの実家は会津藩の小普請組支配として場内を守っていました。そこへも西国の武士らが攻め込んで来て、かねと荘十郎の姉・菊は乱暴されて死に、もう一人の姉・八重は弟に、中山の家は徳川様と一緒に滅びたことを忘れるな、と言い残して行方知れずになった。

家族を失った荘十郎は、遠い親戚から同郷・会津のつてをたどって、江戸の鎌田斧太郎の元へ身を置く。彼は戊辰戦争の恨みを晴らしに薩摩へ下り、荘十郎は彼の従弟の岸本義介の家へ移り住みます。しばらくして斧太郎が帰って、お前の父親の仇を討ってやったという。彼は多くの人を斬ってきたらしいのです。それでも心の満たされぬ斧太郎は、秩父で起きた暴動に加わって消息を絶つ。すでに20歳になっていた荘十郎はその模様を新聞で読み、2000人に及ぶ暴徒が自分と同じ憤りを抱え、「一寸先は見えぬ霧の中」をさまよっていると思います。

会津の人々は、だれもが傷を受けていました。戦争で国を失い、敗者として生きていかなければならない者の苦しみ、複雑な心の葛藤が、このような騒動をもたらした。彼らは何とか出口を見つけたいのです。

やがて荘十郎は人前で肩部を披露するように。その稼ぎで義介夫妻の面倒も見てきました。義介は病死し、荘十郎は剣舞と殺陣の技を金に換えて各地を放浪する。大阪、横浜、そしてまた東京——薩摩、長州の士族を見つけると喧嘩を売った。時代は明治から大正、昭和へと移り、荘十郎の放浪の果ては満州。帰国した時は、すでに年老いていて第2次大戦の敗戦の3日後に死んだのです。

この小説が発表されたのは1947年。敗戦から2年後です。作者は、戊辰戦争で敗者となった会津の人々に仮託して、当時の日本人の真情を綴ったのではないでしょうか。

【参考文献】

今東光・北村透谷・田宮虎彦著『道』 ポプラ社

 

 

 

【ぶら~り文学の旅㊱】聖教新聞2021.8.11






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Last updated  October 7, 2022 04:47:54 AM
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