|
カテゴリ:書評
社会的弱者への温かいまなざし 作家 村上 政彦 黄春明「海を訪ねる日」 本を手にして想像の旅に出よう。用意するのは一枚の世界地図。そして今日は、王春明の『海を訪ねる日』です。 王春明は、台湾の作家です。日本ではあまり知られていませんが、台湾では作品が映画化されるなど、広く読者を得ています。 物語は、南方澳漁港に台湾各地から漁船が集まるところから始まります。 「海水が都市の初めの温かい太陽を吸い取り、塩独特の香りを醸し出し、それが漁港の空気中に広がり海の旋律につれて人々の鼻に漂ってくる」 時は、4月から5月にかけてのこと。漁師たちが狙うのは、暖流に乗ってやってくる鰹の群です。彼らは一仕事終えると、慰安を求めて娼家へ足を運ぶ。 名妓・白梅(パイメイ)は14歳の時から働いている。父が早くに他界。多くの子を抱える母は、経済的理由で娘を手放した。家族の暮らしは立つようになったが、本人は苦しい生活を続けた。 そこへ鶯鶯(インイン)という少女がやってきた。白梅は彼女にかつての自分の姿を見て、妹のようにかわいがり、借金を払ってやり、もっと稼ぎのいい娼家へ流れていく。 白梅が言う。 「私の涙は何年か前に、みんな流れてしまった。涙を流せないということが、どんなに苦しいかということを、私は知っている。(中略)泣こうとして泣けない時があったら、この歌を歌えばよい」 「雨の夜の花/風に吹かれて地に降りる/見る人もなく、目を閉じて恨み嘆く/花は散り、地に落ちて再び帰らず」 雨の夜の花とは、彼女たちのことです。2人は姉妹のように生きる。しかし鶯鶯は、たちの悪い養父によそへ売られてしまいます。 ある日、瑞芳九份(ルイファンジョウフェン)へ向かおう汽車の中、偶然に2人は再会。鶯鶯は可愛い赤ん坊を抱いていて、傍らにはやさしそうな夫がいた。 その幸せそうな様子が記憶に残っていいた白梅は、やがて子供を産んで一人で育てる決意をします。父親に善良そうな若い漁師・阿榕(アロン)そして、彼女はめでたく身ごもり、生家で出産しようとする――。 王春明の作品は、このような娼婦、貧しい人々、障害者、老人など、社会的な弱者を描いたものが多い。彼は述べています。 「文学には二つの道があります。一つは人生と向き合って芸術を創造する。もう一つは芸術のための芸術」「私は人生のために、もっといい社会のために、文学や芸術をやりたい」 私は、王春明の、生きるための文学・芸術という考えに共感を覚えます。一つの文章が、一つの言葉が、人の心に残り、生きるための支えとなっていく―そういう小説が1作でも書ければ小説家として本望です。彼の作品は、改めてそのことを教えてくれました。 [参考文献] 『黄春明選集 溺死した老描』 西田勝編訳 法政大学出版局
【ぶら~り文学の旅➐】聖教新聞2022.8.10 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
December 28, 2023 06:11:03 AM
コメント(0) | コメントを書く
[書評] カテゴリの最新記事
|
|