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カテゴリ:文化
ダ・ヴィンチが愛した食文化 歴史料理研究家 遠藤 雅司 美食と派手さが主流のなか、素材を生かした料理を好んだ 14~16世紀にかけ、ヨーロッパ各地で古代ギリシア・ローマの文化を復興しようという運動が起こった。いわゆるルネサンスである。このルネサンスの成熟期を代表する芸術家の一人がレオナルド・ダ・ヴィンチである。『モナ・リザ』『最後の晩餐』といった絵画が有名で、それ以外にも彫刻、建築、科学といった多分野で才能を発揮した人物だ。 ところで、レオナルドの職の考え方も記録が残っている。当時、美食と派手なビジュアルを追求する貴族の考え方とは一線を画していた。レオナルドが書き残したノート『アトランティコ手稿』にこんな記述がある。
健康でいたければ、以下を心がけること。 食欲なしに食べはじめるべからず。食事の準備が整っていないときも同様である。 よく噛んで食べること。これは口に入れたものがよく煮えていようと、食材の原型を留めていようと徹底すべし。 (レオナルド・ダ・ヴィンチ『アトランティコ手稿』)
実は、レオナルドの健康観は、人文主義者のプラーティナの影響を強く受けていた。プラーティナの料理書『真の喜びと健康について』は、素材の味を生かしたシンプルなもので、中世料理とは決定的に異なっていた。富や権力の象徴として多用されていた香辛料が最小限に控えられたのだ。プラーティナは香辛料を薬の代用品と捉え、薬の効果を期待するなら少量で十分だとした。これ以降、イタリアを中心に香辛料の使用は抑制方向に向かう。プラーティナによって、食に対する「節度」の概念が持ち込まれたといってもよいだろう。 レオナルドの好物の一つに、貴族にいち早く受け入れられた野菜スープ「ミネストラ」がある。1504年5月29日のレオナルドのメモや1518年の『アランデル手稿』には「ミネストラ」という単語が残されている。ミネストラは、いち早くイタリアで定着した野菜料理で、野菜ヤマメや肉汁などを使った濃厚なスープのことだ。ちなみに私たちがよく耳にするミネストローネは「大きいミネストラ」という意味である。 レオナルドと同時代に生き、ローマ教皇に仕えた宮廷料理人・バルトロメオ・スカッピ(1500~1577)の著した料理書『オペラ(料理研究家バルトロメオ・スカッピの著作集)』には、ヴェネツィア風かぶ、りんご、アスパラガス・肉汁、家畜とホップ、豆、アーモンドミルク入り、鶏汁、そば粉や大麦など様々なミネストラのレシピが掲載されている。 このミネストラの再現料理を試みるとしよう。料理の食材には、レオナルドの時代にイタリアに流通し始めたインゲン豆を使いたい。インゲン豆は、大航海時代に新大陸からやって来た食材でレオナルドの「家計簿」にも購入の記録が残っている。ソラ豆に似ていたために、すぐに受け入れられたそうだ。 農民たりの食卓に欠かせなかったタマネギやにんじん、キャベツ、長ネギも入れてみよう。さらに、イタリア料理の代名詞パスタを加えるのも望ましい。パスタの起源は古く、古代ローマ時代以前にすでにその原型は存在していた。そのパスタの中でも米粒状のリゾーニを用いるとスープに合うだろう。 農民の常食だったミネストラ。塩やあえて当時の高級品となるコショウや香辛料を使わずに野菜の味だけで味わおう。野菜の滋味が感じられるヘルシーなスープ。レオナルドが身近に感じられることだろう。 (えんどう・まさし)
【文化】公明新聞2023.6.18 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
August 14, 2024 03:15:40 AM
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