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信仰者は夢を見る:川上直哉のブログ

信仰者は夢を見る:川上直哉のブログ

説教「絆」

「絆」(2月24日 仙台市民教会 説教)

参照聖書箇所:創世記1章1節
        マルコ4章26~29節
        イザヤ書49章

 教会の暦は、今月の6日からレントとなっています。「レント」とは、ゲルマン語(そんな言葉があるのです)で「春」を意味する言葉だそうです。イースターまでの46日間の毎日を、教会では「レント」と呼びます。

 「春」という意味の「レント」。それは、復活の喜びをお祝いする日(イ-スター)から逆算して設定される――こう考えると、「レント」という季節は、本当は、明るく温かなイメージを抱かせるもの、のような気がします。でも、教会の実際は、その逆です。「レント」は「受難節」などと呼ばれます。十字架のことばかりを考える季節、というのが、教会の「レント」なのです。

 十字架、というと、ペンダントになったり、きれいなイメージがありますが、本当は相当違います。前にも申し上げましたが、「十字架」というのは、もともとギリシャ語で「スタウロス」と呼ばれました。これは、もともと「杭」を意味します。ローマの処刑方法でした。

 古今東西、戦争に勝った後、戦勝国は敗戦国の人々、特に敗戦国の権力者たちを、時に無差別に血祭りにあげます。見せしめのためです。昨日までこの地域を支配してきた権力者が、無残な死にざまを見せることで、戦争の終結とその結果を誇示する、というわけです。
 
 ローマという国は、とても合理的な国でした。この「戦後の虐殺」を、簡単に・手軽に、でも効果的に、終わらせることができないか、考えました。そこで考案されたのが、「スタウロス=杭」でした。大きな杭をたくさん用意します。そこに、殺すべき人を一人ずつ、釘付けにします。大きな杭の上の方に、両手を重ねて打ちつけるのです。そして、その杭を立てる。ローマは土木技術に優れていましたから、大きな杭を立てることはたやすかった。そうやって杭に吊るされると、人は誰でも、その構造上、肺をつぶして即死する――合理的に、大量に、人を殺すことができ、そして見せしめにもなる――ズラリと、「元権力者」が吊るされて陳列されるわけですから。それが、十字架の「そもそも」でした。

 そのうち、戦争が終わると、この「杭」は改良されます。もっと「見せしめ」の要素を強くしようと、「改良」が加えられる。

 杭のかたちだと、吊るされた人は即死します。それは戦争のような場合には便利だったけど、平時には、どうも「つまらない」。もっと長く苦しんで、もっと長く見せしめにしたい。そうやって、杭に横木が付けられました。横木に手を釘打ちし、足台も付けてあげる。そうすると、どうなるでしょう。肺がつぶれそうになると、釘打たれた人は必死で体を支える。そうやって延命して、ゆっくりと苦しみながら、絶叫しながら、遂に、絶命する。あくまでも、見せしめのため、です。

 十字架とは、そういうものです。人間の残酷さがむき出しになったものです。
すこし、不思議と思ったことはありませんか?教会は、この「十字架」をシンボルにしているのです。そして、「レント=春」の時期に、46日間も、この十字架のことを考え続ける。不思議ではありませんか?

 ずいぶん、キリスト教というのは暗い宗教ですね、ちょっと、おかしいんじゃないですか・・・と、私は、キリスト教を大学で教えた時、学生に言われました。どうもすみません、としか、私は答えられませんでした。
 
 でも、今日歌った讃美歌は、少し違いました。讃美歌90番です。「ここも神の御国なれば」という歌詞の、讃美歌でした。神様の支配が世界に及んでいる、という信仰の歌です。「よこしま 暫しは 時を得るとも」大丈夫!神様がちゃんと統治してくださっているから!・・・という、明るい、朗らかさ溢れる歌でした。

 実は、こうした朗らかさは、イエス様の特徴でもあったことが、聖書からわかります。

 今日司式者にお読みいただいた聖書箇所は、イエスという人物がとても朗らかな、明るい性格をしていただろうということをイメージさせるものでした。
 
 イエス様は、神様の国がきたぞ!と宣言して回りました。差別されている人、いじめられている人、踏みつけにされている人、苦しんでいるのに「苦しい」と叫ぶことすら禁じられている人・・・そういう人に、「もう大丈夫、神様の支配が来たよ」と、宣言しました。人々は続々とイエス様の所に集まってきます。そして訊ねるのです。

「先生、本当ですか?」

イエス様は、そういう人たちに、わかりやすく、例え話で話して聞かせます――本当だよ、いいかい、神様の支配ってのはね、たとえば・・・

 今日の聖書箇所は「種まきのたとえ」と呼ばれます――神様の支配は、もう来ているんだよ、心配はいらないんだ。それはちょうど、種をまくようなものだよ。考えてみてごらん、土にまいた種はどうなるか、知らないでしょ。土の下は、死者の国、暗黒の世界だけれど(古代の人々は、普通にそう考えていました)、そこだって、もう神様の国なんだ! 種は、私たちが寝たり起きたりしている間に、暗い土の中で、いつの間にか、芽を出してしまう。いいかい、心配することはないんだ。寝たり起きたり、普通に暮らしていてご覧よ、いつの間にか、神様の支配はその力を発揮して、大きな実りをもたらすから・・・。

 ある聖書学者は、この「寝たり起きたりしている間に」という言葉に、とても惹かれると言います。私たちは、信じて待ち、毎日を普通に、安心して暮らせばいいんだ。そんな朗らかさがにじみ出ている言葉だというのです。なるほど、魅力的なイエス様の姿です。

 こうした朗らかさは、きっと、「土」とか「種をまく」ということが持っているイメージと、関係しています。自然の営みと共に生きる、ということです。

 自然は、時に凶暴な姿を現します。理不尽に暴れ、農作物を枯らし、人を飢えさせる。でも、自然は、平等です。水が涸れれば、金持ちも貧乏人もありません。皆、平等な生を生き、平等な死を迎える。自然の営みにおいて、「死」は、恐るべきものではない。自然の営みにおいて、「死」は「生きること」の延長線上にあります。

 実は、キリスト教の歴史を紐解いてみますと、この「自然」の朗らかさが謳歌された時代がありました。キリスト教が西ヨーロッパに定着したあとの数百年間、だいたい今から1000年ほど前のころです。この時代を「ロマネスク時代」と呼びます。

 この時代、教会では「十字架」はあまり語られませんでした。「十字架」がイメージさせるような、暗くて悲惨な印象と、教会は、別のものでした。イエス様はどこまでも神々しい「神様」で、「見せしめの処刑に苦しみあえぐ姿=十字架の姿」としてはイメージされなかったようです。

 このロマネスク時代、教会は農村と共にありました。自然の営みと共にある教会だったのです。そこでは、「死」は自然の一部であり、恐ろしいものではなく、受け容れるべきものであった。日々は太陽と共に始まり、太陽と共に終わる。平凡で変わり映えがしないけれど、穏やかで調和のとれた世界がそこにあったようです。

 そうした教会の歴史において、しかしながら、ある時突然「十字架」が存在感を持ち始めます。教会の壁画も、そして教会に飾られる彫像も、皆、「十字架」をモチーフにし始める時期が、突然やってきます。今から800年ほど前のこと。この変化を以て、教会は「ゴシック時代」を迎えます。この「ゴシック時代」が終わると、次は「ルネサンス時代」となる、そういう流れです。
 
 今から800年ほど前、「ゴシック時代」を迎えますと、教会は、急におどろおどろしい場所になります。教会堂は迫力のある巨大な建築物となり、血だらけのイエスが中心に据えられます。そして、その迫力を緩和させるように、マリア様が存在感を増す。「マリア様」が必要なほど、「十字架」が迫力をもって中心にせり出す。これが、今から800年ほど前の西ヨーロッパの教会の風景です。
 
 この風景は、そのままルネサンスと宗教改革の時代に引き継がれ、プロテスタント教会ではさらにそれを色濃いものとして、今に至ります。

 自然の営みを感じさせる「ロマネスク時代」が、なぜ、突然、おどろおどろしい「ゴシック時代」になったのでしょうか。研究者は、その背景を明快に説明します。「都市化」という言葉が、キーワードになるようです。

 農村が安定して財力を蓄え、政治が安定して秩序が保たれる。そんな時代が百年単位で続くと、次第に人々は都市をつくり始めます。自然の営みを拒絶して、壁に囲まれた街をつくり、密集して暮らし、自然の猛威を遠ざけ、商売をして、毎日を忙しく忙しく、暮らし始める。

 すると、いつの間にか、人々は自然を忘れる。
 
 他方で、人々が人工的に作った、人間に都合のよい住環境は、自然には存在しないような病気を産み出す。伝染病が流行し始める。

 しかもいけないことに、都市には「ゴミ」と「遺体」の処理する機能がありません。農村であれば、それらは野山に埋めることができたのですが、都市には、それができない。

 こうして、「死」は、だんだん恐ろしいものになります。「死体」は腐乱しても、還るべき「土」が、都市には不足しているのです。強烈な臭いと恐ろしい腐敗。それが、「死」のイメージになっていきます。

 自然の営みと共にある時に「自然」なものであった「死」は、自然を締め出した「都市」において、恐ろしいものとなる。今、私たちは驚くほどの医学的な進歩を見ています。臓器移植はもちろん、クローンの技術ですら、もう実用段階までもう少し、と報道される(いつまでも「もう少し!」と報道され続けますね)。これは皆、「死」を恐れる人間の営みです。「都市」の営みです。「都市」の背後にある「死」への恐怖。それなしに、こうした科学の驚異的な発展のスピードは、考えられません。

 人を駆り立て、必死にさせる「死」への恐怖。それが、「十字架」への注目と、つながっている。

 都市において、人々は「発見」したのです――聖書の「イエス様」は、神々しいだけの方ではなかった! 我々と同じように、苦しみの多い生活を送り、そしてその果てに、十字架で殺されたのだ! ・・・ということは、つまり、神様は、人となって、私たちと共に、「死」の恐怖と向き合ってくださったのだ!

実際、今日の聖書箇所(マルコによる福音書4章26~29節)の前後を読んでみると、なるほどと思います。イエスという人物は、その生涯を通じて、「十字架」の影を背負っている。復活の時が来るまで、実はずっと、イエスという人物は「十字架」への道を歩き続けていたのだ・・・そのように気づかされます。

 お配りしたプリントをご覧ください。今日の聖書箇所(マルコによる福音書4章26~29節)の少し前のところを、抜き刷りにしておきました。そこに読み取れる物語は、どのようなものでしょうか。

 まず、「身内の者」が出てきます。イエス様の親族です。イエス様の親戚は、イエス様のしていることを知って、どう思ったか。誇りに思ったでしょうか?・・・逆です。「あいつは気が狂った。一族の恥だから、力づくで取り押さえて、家に連れ帰れ!」日本語の聖書は皆とても上品な言葉遣いで翻訳されていますが、要するに、これが、「身内」の反応でした。
 
 イエス様はそんな「身内」に絶望しているようです。自分の言葉を聞こうとして集まってくる人々を指さし、恐らく「身内」の人に聞こえるように、こう言います。「私の家族は、神様の御心を行う人だ。私を狂人呼ばわりするあの人たちは、もう私の家族ではない。」イエス様の、孤独と孤立が、ここに伺えます。

 そうした出来事の後、イエス様は「種まきのたとえ」の話をします。自然と共にある、朗らかな例え話。でも、ちょっと、様子が変です。もう一つの「種まきのたとえ」が、先ほどお読みいただいた聖書の箇所(マルコによる福音書4章26~29節)の前に、語られているのです。そこでは、ヒリヒリするような、辛辣なことが語られています。

 種がまかれたとしても、必ずしも芽を出すとは限らない。「よい土」に落ちない種は、皆、枯れてしまい、何の実りも、もたらさない・・・そんな、例え話です。

 つまり、こういうことです。

 イエス様の周りには、たくさんの人が集まりました。その人たちに、イエス様は言ったのです。「あなたがたこそ、もしかすると、私の家族かもしれない。」そして、神様の国の話をし、神様のことを語って聞かせる。でも、イエス様は気づき始めます。「この人たちの多くは、私の言葉を聞いても理解しない。私の話は、この人たちのなかの多くの人にとって、何の意味もないな・・・」

 だから、イエス様は言います。「隠されているものがあるよ。それを見つけてごらん。見えないものがあるよ、それを探してごらん。必ず見つかるから。言っておくけれど、これだけのことを聞いたんだから、それなりに、みんな、責任を負うんだよ。」

 さみしそうな、どこまでもさみしそうな、イエス様の姿です。

 そして、そのわびしい風景の中で、イエス様は、今日の聖書の箇所の例え話をされている。朗らかで明るいイエス様の足元には、暗い影が、くっきりと差している。

 たぶん、この光と影のコントラストこそ、重要なのでしょう。「影」を持たない朗らかさは、たぶん、ニセモノです。聖書のイエス様とは、無関係なのでしょう。そして、この「影」があるからこそ、イエス様の朗らかさは、生きてくる。

 先ほど、ロマネスク時代の教会は朗らかだったと言いました。まるで理想郷のように、自然と共にある教会の姿を、私はご紹介しました。それはしかし、事柄の片面でしかありません。その反対の面、陰惨で暗い面が、そこにはあるのです。

 キリスト教が西ヨーロッパを席巻した後、「ロマネスク時代」が始まります。それは今から1000年前のことです。では、今から1000年前よりも前の時代、教会は何をしていたのでしょうか。教会は、西ローマ帝国その他の権力と結びついて、恐ろしいことをしてきました。土着のさまざまな文化を破壊し、他宗教の人々を苦しめ、あるいは殺した。力づくで、教会の領土を拡大した。自分たちの考える正義を、無理やりに世界に広げていった。

 教会が朗らかになるとき、その裏側には危ういものが潜んでいそうです。私たちは、大航海時代のスペインに、19世紀のヨーロッパに、そして21世紀のアメリカに、同じ危うさを見てきたではありませんか。

 今から1000年以上前、西ヨーロッパには、既に、暴力と共に広がるキリスト教があり、恐るべき暴力の噴き出す源泉としての「教会」が、あったのです。
 
 ここで、大切な問題に、私たちは向き合わされます。私たちは、いったいどんな「キリスト」をイメージしているのでしょうか。「勝利に輝くキリスト」でしょうか。それとも、「十字架に苦しむキリスト」でしょうか。

 「絆」という言葉があります。人と人を結び合わせる、目に見えない力のことです。家族の絆があり、信仰の絆があります。さて、私たちは、どこに・どうやって、「絆」を得ているでしょうか。

 「力」によって結ばれる絆があります。それは、安定して、朗らかで、明るいものです。でも、その足元には暗い闇があります。

 「弱さ」によって結ばれる絆があります。それは、一見、暗く、悲惨なものです。でも、その絆は、不思議な力を秘めています。

 私たちは、聖餐式という儀式を、教会の中心的な儀式として、大切に守っています。なぜでしょうか?実は、聖餐式というものは、この「弱さによって結ばれる絆」と関係します。

 聖餐式は、「最後の晩餐」の反復です。イエス様が、これから十字架にかかる、その最後の食事の場面が、「最後の晩餐」。この「食事」を、教会は儀式として繰り返す。なぜでしょうか。
 
 聖書によるならば、「最後の晩餐」の場面において、イエス様は徹底して孤独です。そして、弟子たちは徹底して愚かで、無力です。自分たちを愛してやまない先生が、一人で苦しんでいるのに、何もできない。というか、何も知らない。というか、何も見ようとしない。つまり、何も理解していないし、しようともしていない。愚かで、弱い、弟子の姿です。

 「聖餐式」とは、私たちの弱さと愚かさを見つめる場面です。私たちは、イエス様の愛にふさわしくない――そのことを思い出す。弟子たちの「弱さ」「愚かさ」を、私たちのものとして、確認する。それが、「聖餐式」の意味です。この「弱さ」「愚かさ」が、イエス様の孤独・イエス様の弱さ・イエス様の苦しみに、私たちを結びつけるのです。弱い私たちの欠けを、イエス様は担ってくださったのだと、知る。改めてそのことを知る。確認する。それが、「聖餐式」という儀式なのです。

 この儀式が、この儀式にふさわしい意味をもつ時――その時、私たちは、互いに結びあう「絆」を得るのです。私たちは、互いの弱さを共有する。互いのダメさ加減を、共有する。そこに、「絆」が生まれます。そこで、私たちは結びつく。互いに互いを赦し合い、互いに互いの欠けを補い合おうと、促される。そこには、「絆」が生まれます。

 そこに生まれる「絆」は、「強さ」によって結ばれる「絆」ではありません。それは、「弱さ」によって結ばれる「絆」――もっとはっきり言いましょう、それは、「弱さ」によって“だけ”結びあわされる「絆」なのです。

 この「絆」は、爆発的な力と、粘り強い力を持っています。

 今日、司式者に創世記一章一節をお読みいただきました。そして、交読文として、私たちは共にイザヤ書を読んだのです。この二つは、実はつながっています。それは「弱さによる絆」という共通項を持っている。

 政治的・文化的に腐敗し、判断を誤り続けた揚句に戦争に巻き込まれ(現代の日本のようですね)、その結果、徹底的に破壊された国がありました。その国の民は滅亡すると、思われました。今から2500年くらい前の話です。でも、奇跡的に、その民は滅亡しませんでした。どうにか生き残った人々は、互いに、互いの弱さを見つめ合いました。そして、知ったのです。捨てる神あれば、拾う神がある。私たちの神は、弱く見捨てられた自分たちを、救ってくださったのだ。―――この民は考えました。私たちは、自分たちの愚かさによって転落した。でも、私たちの神は、今も、私たちを愛していてくれる。すべては失われた。それでも、神様の愛が私たちを取り囲んでいる。私たちの神様は、私たちを「その手に刻んでいる」と言っているではないか。自分で自分を見棄ててはだめだ。弱さに負けてはいけない。私たちの神様と私たちの絆は、決して切れないのだから。弱さの中でこそ、神様と私たちの間の絆は強まる。今、私たちは弱さの中に沈んでいる。でも、さあ、互いに手を取り合って、もう一度、がんばろう・・・これが、イザヤ書49章=今日の交読文の内容だったのです。そこには、絶望を吹き飛ばす「爆発力」があります。

 そして、この人々が、旧約聖書を編纂ました。そしてその最初の言葉が、「初めに神が天と地を創造した」なのです。どんなにこの世界が酷いものに見えても、それは、弱いものを助ける神様が創ったものなのだ!という宣言――これは、「宣言」です。「解説」でも「論証」でもない。絶望的な状況の中で、くじけない強さ。粘り強く立ち続ける強さ。それだけが、こうした「宣言」に意味を与え、力を添えます。これが、「旧約聖書」の最初の言葉になります。つまり、「弱さの絆」が生み出す粘り強い力が、「旧約聖書」の第一声を決めている。それが、旧約聖書の伝統となって行く。

 そして、この「旧約聖書の伝統」の中から、イエスが産まれ、教会が誕生します。爆発する強さが、そこから吹き出しました。民族の壁、地域の壁、身分の壁、性別の壁を、突破する力。今でも頑強に残り続ける、人と人を隔てる「壁」を破壊して行く、その力の表現こそ、イエス様の福音の言葉だったのです。しかしその「力」の源は、何だったでしょうか。手繰っていきますと、その源は、「弱さ」です。「破れ」です。「愚かさ」です。「欠損」です。

 「力」の源に、「強さ」は、全く関係しません。

 「弱さ」は、すごい力を内に秘めた「絆」を産み出します。このことを、今朝、レントの日曜日に、覚えたいのです。

 日本において、教会は小さいものです。しかし、そのことを喜びましょう。教会の弱さを、喜びましょう。

 日本基督教団は、あまりにも愚かな振る舞いを繰り返しています。しかし、そのことを喜びましょう。その愚かさを、そしてその愚かさ故に生じてる破れを、喜びましょう。

 仙台市民教会は、徹底的に小さな教会です。弱い、教会。しかし、そこには祝福があふれているではありませんか。「絆」は、弱さの内に、大きな力を蓄えて結びあわされるのです。そのことを、喜びましょう。そのことを以て、神様を賛美しましょう。その喜びを糧に、力を得ましょう。落胆して力を落としている友のために、この「力」を持っていきましょう。私たちは、すごい力を秘めた「絆」をもっているのですから。

祈ります。


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