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ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

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2017.11.01
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他人からの幸福を待っていても生きているうちに届くか分からない。自分で幸せであるようにすべきなのかも知れない。少なくとも、幸せを求めているのであれば、自分の幸せとは何であるかを確り見定めて、それを可能とするものを準備しておかなければならない。折角その時が来ても気がつかないこともある。悪い方へ、悪い方へ考えていれば、幸せは来たくても来れないだろう。他人から好かれたければ、誰からも好かれるようにすべきなのだろう。好きな人がいて、その人ばかりに好かれようとするから、失敗することもある。二人ぽっちで生きているのではないからで、周囲から喜ばれる努力をしたかでも違うだろう。



 ・不幸だと思う人も、それは自分だけの思い込みであることが多いのではないだろうか。少なくとも、ゲジゲジ見たいに嫌われているとすれば余程のことで、そうでもなければ、自分に原因があるかも知れない。映画やドラマが決して現実ではない。誰にでもいい気持ちにさせるために作られているだろう。それは、フィクションでしかない。自分の物語は、自分で作るしかないだろう。幸福も、不幸も自分で演出しているところがあるだろう。不幸で死にたくないが、不幸しか考えられなかった芥川や、太宰がいた。自分で幸福を拒否しているのだから、例え、どれだけ時間があったとしても、幸福にはならないだろう。



 ・へ2・・・艱難辛苦の人でも幸福者かも知れない。彼は自分で幸福を創造していたかも知れない。だから、傍目には一概には言えないものがある。美人が幸せだとは限らない。彼女が人一倍努力したから、人一倍幸福になるのではないだろうか。身の丈に合った自分だけの幸福が一番なのではないだろうか。他人と比較できるものではない。幸せになりたいものだけが幸せである。幸せであるようにすればいいのだ。





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最終更新日  2017.11.01 13:18:02
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