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DJ Kennedy/life is damn groovy

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February 22, 2011
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カテゴリ:Homesick


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試合が終わると他の試合を観ながら話をするのが決まりのようになっていた。時には、人数の少ないチームの助っ人に入ったりして、この時間がまた、とても楽しかった。



トムは物静かではあるが、話をするのは好きだった。彼はお菓子作りのプロなので、ケーキや飴細工の話などしてもらうと何時間でも聞いていられた。特に、それまであまり馴染めなかったゴートチーズの美味しさを教えてくれたのもトムだった。彼は笑いながら、女性の人気を得る為にパティシェになろうと思ったとか、別段これが天職だと思うこともないとか、さらっと流すように言っていたけれど、それでも、彼の作ったスウィーツが誰かのテーブルへ運ばれ戻って来たお皿の上に何も乗っていないのを見るのは嬉しいものだとはにかんでいた。



何でも好きになればいい、そうトムはよく言っていた。嫌いなことも、どうせしなければならないのなら、嫌いでいるのではなく、無理をして好きになることでもなく、「まぁ、だいたいこんなものだろ」くらいの気持ちで入れば何でも受け入れられるようになるし、そうすれば人間関係も仕事もスムースに結ぶことができる、と。また、幸せなんてものは必死に願うよりも、その辺に落っこちてないかなぁ、という気軽さで探し当てるものだとも言っていた。



「思っててごらんよ、何かいいことあるかもよ」



話半分に聞きながらも、私はトムの言ったことを忠実に実現させた。「そのへんに落っこちてないかなぁ・・・」そして私はこの日、セントラルパークでは初めての四つ葉のクローバーを見つけたのだ。幸せはふと気がついたところにあるもので、またこんなに小さなことでも十分に人を幸せにしてくれる、幸福の本質を知っているのはトムのような人なのだろうと思った。


             
                      昔のお財布に入ったまま
                    今は思い出を守ってくれています
             DSCN0535 - コピー.JPG



一度だけ、トムに誘われて食事に行ったことがある。デイトということではなく。彼の仕事が休みの日曜午後8時(少し遅いと思ったが、彼は男性として極めて安全なのだった)に迎えに来てくれて、彼の働く店のフランス料理をごちそうしてもらえるのだろうとばかり思っていた。が、実際に連れて行かれたのは、ミッドタウンの、どう見ても女性客に敬遠されそうなアフガニスタン料理店だった。彼は私を上手く見越していたようだ。エレガントな食事も大好きだが(嫌いな女性などいる?)どこか南の島のジャングルで地べたに座り、聞いたこともない、百科辞典にも載っていない魚を素手で食べろと言われても喜んでかぶりつける長所?を私は持っていた。



とは言え、週に1度はこの店で食事をするというトムの心情は分かり兼ねた。食事はさておき彼の話はいつものようにとても美味しく、良い栄養になるのだった。この夜は、スポーツマンの彼らしく、今年もシティマラソン(ニューヨークマラソン)に参加するけど君も出てみたらどうか、これから100キロマラソンに挑戦するつもりなんだ、その際のダイエットの心得とは。トムは何年も続けてシティマラソンに出ていて、毎年3時間台でゴールしていた。私も何度か、ゴール近くのセントラルパーク・サウスで彼に声を掛けたことがある。その他には、男性ばかり5人で住んでいてなかなか快適な暮らしだが、いつかは結婚したいという話もしていた。内心、トムと結婚する女性は大変だろうな、と思った。彼は天真爛漫で、いつも何にでも真剣だけれど、家庭に収まっていられるタイプではない、これは私だけでなく周囲の共通したトムの人物像。それでも彼が恋に憧れを持っているところには何故だか少し、安心した。



「会う人みんなを好きになる」口先だけでなく本当にそうなのだとその夜トムは言っていた。こう言葉にできる人だってそうはいないのに、彼は本当に誰にでも同じように接することができて、優しくて、そして他人が守りたい領域に決して踏み込まない。程良い距離を取るのがとても上手だった。成熟した優しさを彼は持っていた。苦しんで俯いている友人には親身になって話を聴き、穏やかに「大丈夫、大丈夫だよ」と肩をたたいた。その思い遣りに、「他人事だと思って!」なんて怒り出す人は一人もいなかったはずだ。トムは一緒にいてとても気楽で、さばけていて、でも人間性のとても上品な人。トムとデイトをしたいなんて一度も思わなかったけれど、その日のディナーはとても楽しかった。良い友人に巡り合えた幸せは、人が一生のうちに味わうそれのトップ3に入るに違いない。「私と友達になってくれてありがとう」そう彼に伝えたいと思ったが、その時は言えなかった。「楽しかったよ、ありがとう」としか。





それから少し経って、試合のあった2日後にチームメンバーの一人が急死した。まだ28歳という若さで、原因不明の病気ということしか家族にも医師からの明確な説明はなかったと言う。更に2カ月後には、チームのキャプテンが交通事故で亡くなった。彼もまだ30歳だった。二人とも、みんなに愛されたとても素敵な人達で、二人ともが、まだ結婚して間もなかった。これからどれだけの幸せが待っていたことか。「納得がいかない」皆これしか言葉にならなかった。



俯いて嗚咽するメンバー達の中でトムがひとり、落ち着いた様子で彼等との楽しい思い出を語り始めた。するとエースだったフリオが彼に怒鳴りつけた。



「こんな時によく笑ってられるな。だいたい非常識だぞ、止めろよ」



トムは静かに言った。



「どんなに嫌でも、絶対に送らなければならないのなら、楽しい気分にさせてやらないか?俺達はみんな一緒にいられるけど、こいつは一人で行かなければならないんだ。不安にさせたら気の毒じゃないか。いつも通り、輪になって話そう。リラックスさせてやろうよ」



その言葉に誰もが涙した。その通りだ。いつもみんなを笑わせてくれた彼に、これでは感謝が伝わらない。メンバーは彼の棺を囲むように輪になり、彼がプロ選手のものまねでバッターボックスに入った話や、実は彼が一番野球に向いていなかった、なんてことまで言い出して、最後は本当に、パークにいるかのようだった。棺の中の彼もすっぽりと輪の中に溶け込んでいた。



帰り際、彼の妻がトムにお礼を言っていた。「夫は喜んでるわ。まだまだあなた達と野球がしたかっただろうけど、いつまでも仲間だと思ってあげてね」と。トムと他のメンバー達は、彼を永世キャプテンと名付け、この日をもってチームの解散を決めた。男達の熱く爽やかな友情に、同席していた人達はみな声を上げて泣いた。トムは眠る彼にこう呼びかけた。




「じゃあ、またいつか日曜日に。その時は遅れるなよ」







そしてこれが、私がトムに会った最後の日となった。

























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Last updated  February 24, 2011 01:56:52 AM
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