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今日の話は、少々暗いので・・・。
始まりは、どう考えても私が悪くて、私の怠慢なんで すごく悪かったと思った。 そのツケも、尻拭いも自分で解決しました(当たり前だ) そこで、気がついたというか、心に感じたことがあります。 今、世間で毎日のように報道されている いじめや、自殺者のこと。 私はどんな理由があるにせよ、いじめは悪だと思っています。 そいつが嫌いなら、一対一で、その子にはっきり「私はあなたのそこが嫌い」と言えばいい。 喧嘩になろうが、相手を傷つけようが、自己のいった言葉の責任は自己で取るべきだと思う。 相手も傷ついても、喧嘩になっても、理由がはっきりするから 喧嘩相手もはっきりするから、治したり反論したり、いろいろ方法は出てくると思う。 ・・・と思っていました。 だから、いじめは卑怯だと。悪だと。 集団は、恐ろしいと。 だけど、こんなえらそうな事いえるのは、心が健康だからだって。 いじめる方も、ほんとはわかってる。 けど、快楽や自分もやられたらとか、やっぱし心が病んでる。 やられた方は、もっともっと数百倍、心が病んでしまう。 よく「誰かに相談しなさい。親御さん、大人は話を聞いてあげて」 というけど、言えないほど病んでいたら、言えないもんです。 と言う事に気がついた。 ほんとに自己嫌悪や、辛かったりすると、 それがオーバーヒートすると、逆に一言も言えなくなっちゃうんだと。 この心の中は上手く説明できなけど、 若い世間を、自分の持っていき方を知らない子供たちは、 この辛い、苦しい状況から逃げだしたい一心から、最悪のことに走ってしまうんだろう・・・。 でも、死んだら、もっともっともっともっと・・・ 永遠に逃れられない苦しみと、孤独と、絶望が待ってるのです。 だから、決して自分で逝ってはいけないのです。 今、きっとしてもらいたいのは 凍える吹雪の中、遭難しかかってる人に、生きる希望の 灯りと毛布が必要なんですよね。 「ようがんばったね。」の一言と。 まだまだ・・・気がつくことありました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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