北 の 狼

名画といわれるためには諸々の要件があると思いますが、私は以下の二つのことを重視します。

第一に、一度観たら忘れられない絵画であること。
第二に、同じ絵画であっても、観るたびに新たな発見があること。

一流の絵画ともなりますと、大体うえの二つの要件を備えているものですが、私としてはシュルレアリスム、とりわけフェーリックなそれにこの傾向が強いですね。
特に最近気に入っているのがレオノーラ・カリントンです（日記でもいくつか紹介していますが）。彼女の絵は、色のバランス、彩度を抑えた原色、光の表現の仕方、そして何よりもそのフェーリックな夢幻性に、えも言われぬ魅力を感じます。

シュルレアリスムの絵画は、方法論・技術論的に二つの潮流からなります。「デッサン・オートマティック」と「デペイズマン」です。

デッサン・オートマティック（自動デッサン）は、自動記述の絵画版で、何も予定せずに手の赴くままに筆を走らせるものです。ジョアン・ミロが有名ですね。ボロックのアクション・ペインティングもこの系譜に属します。ただし、「手の赴くまま」とはいっても、ササッと描いて一丁あがりというわけでは必ずしもなく（そういうものもありますが）、ボロックなんかは、一段落するとカンヴァスの回りをグルグル歩きまわっては、時には何時間もかけてリズム、色の調子、ペンキの厚さについて考え、再びカンヴァスに挑むというようなことを繰り返していました。デッサン・オートマティックという制作方法は、主観的な自己表現を超えて、深層や背後にある無意識（フロイト）や元型（ユング）に至るためのものなのです。
エルンストの創始とされるコラージュもデッサン・オートマティックに似ていますね。コラージュは「貼り付ける」ということですが、既成の図版の一部を切り取っては貼りこむことをいいます。ダダもよく用いた技術です。別の図版から成り立つオブジェたちが切り取られ、自分の眼の前でお互いに結びついたり離れたりすると、まるでオブジェたちが作者の意図から切断されて自発的に結びついたような感覚にとらわれます。そうすると、作者の主体や主観というものが消滅し、作者自身はまるで観客のようになるわけです。
つまり、美術作品は、人間主体が関与しなくても魅力的なものを創造できるのだ、ということになります。そして、そこにできあがったものは、外面的には作者が創造したものではありますが、本質的には作者を通じてオブジェが自己表現をすることによって作品が創造されたということになります。つまり、そのように制作されたものは客観的な創造物ということになり、フェーリックな雰囲気を醸し出す、すなわち超現実が現れるようになる。これがデッサン・オートマティックの狙いですね。

デペイズマンとは、ある国から引き離して他の国へ追放するということが元の意味ですが、本来あるべき場所から物あるいはイメージを移動させて、思いがけない別の場所に配置するということです。そうしますと、驚異が生まれることがあり、この驚異はデペイズマンの意志に応じて超現実が現れた結果なのだ、とブルトンらは主張します。場所ばかりでなく、相対的な縮尺を変えたり（例えば、部屋のなかにドデカいリンゴを置いたりする）、材質を変えたりします。サルバドール・ダリの絵が典型ですが。
これは、自動記述において、名詞どうしが簡単な前置詞を媒介して、または無媒介的に併置されてゆく、オブジェの世界と似ています。つまり、デッサン・オートマティックも、デペイズマンも、自動記述と繋がりがあり、両者は相容れないものではありませんし、一つの絵画に両者の要素がみられることも稀ではありません。

ともあれ、何度も繰り返しますが、シュルレアリスムとは、主体・理性・主観によって歪められた現実というものを、「超現実」の思想に基づいて、本来のかたちで現実を人間に奪い返す運動です。ですから、現実そのものを「超現実」に変容させることが重要なのであって、その契機を与えてくれるものであれば、その方法や技術は何だっていいわけです。