北 の 狼

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• 『マルホランド・ドライブ』（八）

  【リンチのアイデア】ストーリーの紹介を終えたところで、リンチ監督がどのようにしてこの映画を作ったのかおさらいしておきましょう。『マルホランド・ドライブ』は当初ＴＶシリーズとして企画されたものですが、一旦は没になり、その後映画として企画しなおされたものです。映画化にあたって、リンチ監督は、エンディング（つまりミステリーの謎解き）をどういうものにするか散々迷ったわけです。ＴＶシリーズのパイロット版は、「成功物語」でベティとリタがシエラ・ボニータ17号室で死体を発見するシーンで終わっています。当然、その後は、エンディングに向けて謎解きが続かなければいけないわけです。しかし、思いつくエンディングは、どれもリンチ監督の気に入らなかった。そこで、リンチ監督が考えだしことは、凡そ以下のようなことだったのでしょう。１）事実（「成功物語」）の虚構化ミステリー作品の通常のプロセスでは、それまでに提示された事実を根拠にして謎解きにむかいます（推理小説が典型です）。とは言っても、まあ、リンチ監督のことですから、その謎解き自体も多少曖昧なもの（幻想的なもの）になるのでしょうがーーーリンチ監督は当初そういったことを予定していたのでしょうーーー、「前半に事実を提示して、後半に謎解きにむかう」という枠内に収まっていることに変りはありません。しかし、そのような定型的な構図は、今回リンチ監督のお気に召さなかった。そこで、リンチ監督は、あるアクロバットを敢行しました。そのアクロバットとは、事実を”ことごとく”虚構（まやかし、illusion）にしてしまうことです。このことは、「クラブ・シレンシオ」のシーンで明確に述べられていることです。この映画では、「事実・根拠→謎解き」というミステリーの通常のプロセスが全く成り立たないうえ、「事実の虚構化」があまりに突然に訪れるので、観客は大いに戸惑うことになります。私が「成功物語」と称した部分は、ネット上の他の方々による感想では、ダイアンによる願望的な夢・妄想と表現されていることが多いですが、夢も妄想も虚構と本質的な違いはありません。そして、”一旦は”そういう解釈でいいと思います。２）虚構（「成功物語」）から事実（「転落物語」）を生み出す夢・妄想といった虚構を扱った作品では、ある現実の認識（＝事実）を基に、次にそれから派生して虚構をつくりだすのが普通の流れです。過酷な現実を前にして、将来に向けた展望を示したり、または逆に楽観的な見通しを戒めたりするために、虚構を作り出して、現実に対する希望、厳しさ、警告等を提示することが通常の作品のモチーフです。リンチ監督も、当初は「成功物語＝事実」という前提のもと、その事実から派生させて如何にしてリンチ流の幻想世界（虚構）を作り出すか、ということを散々迷ったのですが、結局コペルニクス的発想で「成功物語」をことごとく虚構としてしまったのです。そして、そのことによって、通常の流れとは逆に、虚構から派生させて事実を新たに作り出さなければいけないことになったのです。そうして出来上がったのが、事実たる「転落物語」です。しかし、この方法にはやはり無理があり、謎解きを一つの重要なテーマとするミステリーとしては”破格”ですね。そこで、その無理を押し通すために、「成功物語」の大幅な再構成や追加撮影を余儀なくされたのでした。しかし、「リンチ・ワールド」をご存知の方なら十分にご理解いただけるでしょうが、「事実 vs 虚構」や「現実 vs 夢」といった単純かつ古典的な二項対立の構図を、リンチ監督がミステリー作品の根幹にすえるはずがありません。そこで、どうしたか・・・。３）事実（「転落物語」）の虚構化作品にリンチ流の幻想性を付与するため、リンチは、虚構（「成功物語」）から派生させた事実（「転落物語」）を一部虚構化させたのです。「転落物語」にも、現実としておかしいところや謎めいたところがいくつかあります。とりわけダイアンについてです。例えば、死体の装束（腐乱死体は黒い服でしたが、死んだ時は白いガウンを羽織っていました）、シエラ・ボニータ17号室の灰皿と煙草の吸殻（映画では、ダイアンの喫煙シーンは皆無）、謎の老夫婦、自殺の理由、などです。その他、ファミレス「ウィンキーズ」の裏の浮浪者、ラストシーンで再び「クラブ・シレンシオ」が登場する意味、等。そして、現実であるはずの「転落物語」にもこういった虚構が混入されているが故に、大きな問題が生じてきます。それは、カミーラは本当に殺されたのか？という疑問です。カミーラが殺されたという確実な証拠は、どこにもありません（唯一、17号室のテーブルの上にあった青い鍵のみですが、間接的にすぎません）。そして、カミーラは実は生きており、彼女が死んだと誤解したダイアンが自殺したのだとすると、以下のような解釈も可能となってきます。そもそも「成功物語」はダイアンの夢・妄想ではなくて、ダイアンが（誤解から）自殺したことを知り悲しんだカミーラによる夢・妄想ではないのか。つまり、「成功物語」はカミーラによるダイアンに対する「鎮魂歌」なのではないのか、と。そういう観点で『マルホランド・ドライブ』を見直してみますと、全くそう思えてくるから不思議です。ストーリーの根幹部においてさえこういう多様な解釈を許す点が（細部になると数知れず）、「リンチ・ワールド」とも「リンチ・マジック」とも、さらには「メビウスの帯」とも称される所以なのでしょう。＝＝＝＝＝次回は、上で述べたリンチの「アイデア・方法」の技術論、そして文学的・芸術的さらには思想的意味について考察し、この予想外に長引いた日記（『マルホランド・ドライブ』）を終わりにする・・・つもりです。

  May 14, 2004

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• 『マルホランド・ドライブ』（七）

  ストーリーの紹介を続けます。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊マルホランド・ドライブで止まるリムジン。後部座席にいたダイアンが不安そうに尋ねる。「何なの。なぜ止めるの？」助手席の男が答える。「お楽しみが・・・・」森のなかから、黒いドレスをまとったカミーラが現れて、車内のダイアンに告げる。「近道よ。秘密の小道よ」　二人は手をつなぎ見つめあいながら、月明かりに照らされた森の小道を抜ける。そして、プールのある洒落た邸宅の庭に出る。そこは、アダム監督の家だ。人が大勢いる。何かのパーティのようだ。二人が家に着くと同時に、アダム監督がシャンパン・グラスを三つ手にして出てきた。まさにグット・タイミングだ。「愛に」と言いながら、アダムとカミーラは乾杯をする。次に、ダイアンとカミーラが同じように乾杯するが、カミーラは素っ気ない。「やっと来たの？」そこに怒って現れたのはココだ。アダムは「母とは、はじめてだね」と。ダイアンに（母親の）ココを紹介する。　注）ココは、「成功物語」で、ルース叔母さんの家の管理人をしていたココと同一人物。ココは「お腹がペコペコだ」とダイアンが遅れたことを咎める。ダイアンはうつむきながら「遅れて、どうも」と謝る。ココは厳しい目つきで、無言でダイアンを責める。カミーラもアダムも、その場を取り繕うとはしない。夕食をとりながらの会話。ダイアン：「出身はオンタリオ州。田舎町です」ココ：「カナダから上京したの？」ダイアン：「ずっと夢でした。ジルバの大会で優勝して、女優の道に、役者になりたかったの。叔母が死んで、遺産が少し入りました。ここで仕事を」　注）「成功物語」では、ベティ（ダイアン）は、ＬＡ在住で有名女優のルース叔母さんがカナダ・ロケへ出かけるので、彼女の留守をあずかりながらオーディションを受ける、という設定であった。しかし、ルース叔母さんは、実際にはカナダ在住で、ダイアンがＬＡに来る直前に死亡していたのだ。また、映画冒頭のダンスシーンは、ダイアンが優勝したジルバの大会と思われる。ココ：「映画界に？」ダイアン「いました」ココ：「カミーラとは、どこで？」ダイアン：「”シルヴィア・ノース物語”」傍の男「彼女の代表作？」　注）「シルヴィア・ノース物語」というのは、アダム・ケシャー監督の代表作品である。「成功物語」では、この映画の主演女優を（金髪の田舎娘たる）「カミーラ・ローデス」にしろ、とマフィアがアダム監督を脅していた。しかし、実際には、（リタこと）カミーラが主役に抜擢されていたのだ。ココ：「”ルイジとカサブランカ”には・・・」ダイアン：「主役を狙っていたけど、カミーラが射止めました。　　　　　　監督は・・・」傍の男：「ボブ・ルッカー？」ダイアン：「そうよ。私を買ってなくて。　　　　　　でも、カミーラと知り合えた。　　　　　　彼女の主演作でいくつか役をもらってくれたの」　注）ボブ・ルッカーとは、「成功物語」で、ベティがウォリーの作品（「ルイジとカサブランカ」）のオーディションを受けた時に同席していた監督。「成功物語」ではベティの演技が絶賛されていたが、実際には全く評価されていなかったわけだ。本当に評価されたのはカミーラのほうで、ダイアンは脇役に甘んじていたのだった。ココ：「なるほどね」優しくダイアンの手をなでるココ。　注）ココは多分苦労人で、厳しさがある反面、優しい心の持ち主で、ダイアンの気持ちが理解できたのだ。アダム：「俺はプールを、彼女は（プアな）男を手にいれた。　　　　　　あの判事には、ロールス・ロイスを送りたいね」　注）「プール」とは「プールつきの家」、すなわち今パーティが開かれているアダムの家のこと。「成功物語」では、アダムは妻と浮気相手によって家から追い出されていたが、実際にはアダムは妻を告訴して家から追い出すことに成功していたのである。コーヒーを不味そうに飲むダイアン。その時、パーティ会場の「カスティリアーニ兄」と目が合う。　注）「成功物語」では、カスティリアーニ兄はアダム監督を脅していたが、パーティに出席しているところをみるとアダムの知り合い、またはスタッフの一人とみていいだろう。また、ダイアンの不味いコーヒーは、「成功物語」における、カスティリアーニ兄がナプキンに吐き出した不味いエスプレッソを連想させる。そこへ、（「成功物語」で「カミーラ・ローズ」を演じていた）金髪の女性が現れ、人目憚らずカミーラとキスをする。驚きと動揺の色を隠せず、やがて涙を流すダイアン。この金髪女性が奥へ引っ込んだ時、入れ替わりにカウボーイが部屋を通りすぎる。　注）カウボーイの存在（風貌）は、このパーティ会場ではいかにも場違いな印象だが、どうやら彼もアダムの知人らしい。パーティの最後に、アダムとカミーラは婚約発表をし、ダイアンにとどめをさす。笑顔で婚約発表する二人の前で、大粒の涙を流すダイアン。　注）『ロサンゼルズの泣き女（ジョランドー）』の歌詞「ゆうべあなたに会って、あなたの声を聞いた時も・・・わたしは取り乱さなかったわ。だからあなたには、分からなかったのね」を思い出して欲しい。実際には、ダイアンは大いに取り乱したのだ。二人がキスをしようとすると、思わず顔をそむける。ダイアンは、アダムにカミーラを奪われ、レズ相手としても棄てられたのだ。　注）先に、ダイアンの家（17号室）でドアをはさんで、「怒らないで、冷静になってよ」ととりなすカミーラに対して、ダイアンが「その方が都合がいい？　その手には乗らないは！　冗談じゃない」と拒絶するシーンがあった。多分カミーラは、夫としてのアダムと恋人としてのダイアンとの両立を望み、そう提案したのであろう。それがダイアンによって拒絶させ、カミーラは“代わりに”別の女性を恋人として選んだのであろう。また、『ロサンゼルズの泣き女（ジョランドー）』の歌詞「あなたはさよならを言って、私を置き去りにした」を思い出して欲しい。実際には、ダイアンのほうがカミーラを追い出したのだ。ダイアンが顔をそむけると同時に、シーンは、ファミレス「ウィンキーズ」へとシフトする。そこで殺し屋ジョーとコーヒーを飲むダイアン。表情は怒りに満ちている。コーヒーをつぎにきたウェトレスの名札には「ベティ」の名が。　注）このウエィトレスは、「成功物語」で、ベティとリタが「ウンンキーズ」に来た時にコーヒーをつぎにきた人物と同一。つまり、「成功物語」の「ベティ」という名は、このウエィトレスに由来するのだ。ジョーの手元には「黒い本（ブラック・ブック）」が。　注）「成功物語」では、ジョーはこの本を手に入れるためにエドを殺したのだが、実際には、もともとジョーの本であったのだ。エドはこの本を「全ての記録」、「電話帳」と称していたが、多分、ダイアン等の有名人のゴシップ情報、住所や電話番号が載っているのであろう。また、この時のテーブル上のコーヒーカップも、ダイアンの部屋（17号室）にあったものと同一である。「”This is the girl !”」そう言いながら、ダイアンは、カミーラの写真をジョーに見せる。　注）”This is the girl !”は、「成功物語」で、カスティリアーニ兄が何度も繰り返し、カウボーイが「カミーラ・ローデス」をみたらアダム監督に言えと指示した言葉。実際には、ダイアンの発した言葉であったのだ。また、「成功物語」では、写真の女性は「金髪の田舎娘」であったが、ここでは、殺人依頼の対象者（黒髪のカミーラ）が写っている。ジョー：「こんな所で出すな」ダイアン：「女優の宣伝写真よ。心配ないわ」ジョー：「金は？」ダイアン：「あるわ」ダイアンは、黒いバッグのなかの札束をみせる。　注）このバッグは、「成功物語」で、リタが持っていたバッグと同じもの。ただし、リタのバッグに入っていた金額に比べると相当に少ない。ジョー：「取り消しはきかねえぜ。後からはな。本気なのか？」ダイアン：「心の底から望んでいるわ」胸のポケットから青い鍵を取り出す。ジョー：「片づいたら、これを置く」　注）バッグ、札束、青い鍵の繋がりがここで判明する。その時、レジに、二人を眺める客が。ダンだ。　注）ダン、「ウィンキーズ」、死（「成功物語」ではダンが卒倒して死ぬのだが）の繋がりがここで判明する。「成功物語」では、ダンは「男」に怯えていたが、その「男」とは殺し屋ジョーのことだったのか？　ダンは二人のやりとりから、殺人の依頼であることを知り怯えたのかもしれない。ちなみに、「成功物語」で、「ウィンキーズ」の塀の裏にいた浮浪者は（この浮浪者を見てダンは卒倒したのだが）、ジョーに殺されたエドに似ている。ダイアン：「何の鍵？」ジョーは笑って答えない。暗がりで赤い光のもと、カメラは「ウィンキーズ」の裏に移動する。そこには、あの浮浪者がいる。彼は青い箱を手にしている。青い箱を紙袋に入れてポトリと落とすと、紙袋から（小さい人形のような）笑う老夫婦が出てくる。　注）この老夫婦は、「成功物語」で、ＬＡ空港でベティと一緒に降りてきたあの夫婦だ。映画の冒頭に、（ダイアンが優勝した）ジルバのダンス・コンクールのシーンがあったが、そのシーンで笑顔で優勝を喜ぶダイアンの顔が白く二重写しになるが、彼女の両隣で優勝を喜ぶ夫婦がいるが（ということは、この夫婦はダイアンの両親か養父母か？）、その夫婦も同一である。ダイアンの部屋（17号室）。テーブルの上の青い鍵とコーヒーカップ。灰皿はない。ソファに座って、青い鍵をじっと見つめ怯える、白いガウンのダイアン。突然、ドアをノックする音がしたかと思うと、ドアの下の隙間から（小さい）あの老夫婦が入ってくる。ふたたび、ドアをノックする音。笑い声と女性の悲鳴。青い光、稲妻。ソファから逃げるダイアン。人間サイズに大きくなって、笑いながら、錯乱するダイアンを追う老夫婦。悲鳴をあげるダイアン。錯乱したダイアンは、ベッドの傍らの机から拳銃を取り出し口にくわえる。そして引き金を引く。　注）腐乱死体のダイアンは黒い服を着ていたが、このシーンでは白いガウンを着たままである。ただ、腐乱死体の回りには白い綿のようなものが散乱していたが、これは朽ちたガウンなのか？　また、腐乱死体の髪は、自殺した時点でのダイアンの髪より長い。髪の抹消部は金髪だが、根元の部分は黒髪にもみえるが（照明が暗いせいかもしれない）、死後に髪が伸びて、伸びた部分がカミーラの髪の色に重なったということか・・・。煙。浮浪者。街並み。笑顔のダイアンと横で微笑む（カツラの）カミーラ。クラブ・シレンシオ。貴賓席の青い髪の女性が、静かに「シレンシオ」と呟く。彼女のイヤリングがキラリと光る。・・・・・The End.

  May 13, 2004

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  『マルホランド・ドライブ』（六）

  今回と次回で映画のラスト20分を紹介しますが、全く新しい局面を迎えます。先の日記で指摘したように、ベティがＬＡ空港についてからの3日間は、（あまりにできすぎた）ベティのサクセス・ストーリでした。この部分を「成功物語」と名づけておきましょう。次に、クラブ・シレンシオのシーンが続きましたが、この部分を「クラブ・シレンシオ」と名づけておきます。そして、今回紹介する場面ですが、これはベティの「転落物語」と名づけておきましょう。この意味はすぐ分かります。つまり、『マルホランド・ドライブ』は、「成功物語」、「クラブ・シレンシオ」、「転落物語」の三つのパートから構成されているわけです。また、ストーリーを読めばすぐ分かることなのですが、「成功物語」のベティとリタは、「転落物語」ではそれぞれダイアン・セルウィンとカミーラ・ローズということになります。ちょっとややこしいですが、混乱しないように。「成功物語」と「転落物語」とは全く別のストーリーなのですが、両者には密接な対応関係があります。その関係は一言でいうと、「転落物語」が”実像”で、「成功物語」は（その実像を基にした）”虚像”だということになります。その両者を繋ぐのが「クラブ・シレンシオ」ですが、劇の司会者が「これらは、なにもかも、まやかし（illusion）です」と言っていたことを思い出してください。つまり、「今までの『成功物語』は虚像（まやかし）であって、次から『転落物語』という実像（ほんもの）がはじまる」と述べているのです。両者の対応関係をみるために、今回紹介する「転落物語」に逐次的に注釈（「注）」）を入れるカタチで、「成功物語」の場面を想起し対応させながら説明を加えてゆきます。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊うす暗い部屋のベッドの上で、黒い服をまとった一人の女性が横になっている。　注）冒頭で、「闇に煙草の火が浮かび、くすんだ赤っぽい毛布の表面をカメラが舐める。そこが物語の始まりにして謎の突き当たる場所だ」と紹介した部屋である。男がドアを開け、「よう、彼女。起きる時間だ」と呼びかける。　注）この男は、「成功物語」で、ビーチウッド・キャニオンの牧場で、アダム監督に（写真の女＝カミーラ・ローズを見たら）”This is the giral !”と言えと命令したカウボーイだ。一瞬画面がまっ暗になり、再び明るくなると、ベッド上の女性は腐乱死体に変化する。それを見て、カウボーイはドアを閉める。また部屋が真っ暗になり、ドアをノックする音がする。ベッドの女性は腐乱死体から、今度はグレーの下着（スリップ）をつけて眠る女性に変化している。　注）服装が変化するのは、時間帯が未来や過去に飛んだ、ということを意味する。服装の変化によって時間帯の変化を知らせる手法は、この後のシーンでも何度か登場する。だるそうに眼を覚ました女性は、確かにベティだ。しかし、顔つきが全然違う。明るく快活な表情は影を潜め、疲れきった様子でどこか病的だ。白いガウンをはおってドアを開けると、そこには黒髪の女性が。「どこに行っていたの？　私のスタンドと食器をとりにきたわ。もう３週間になるのよ」とその女は言い、荷物を持ち出そうとする。　注）この黒髪の女性は、「成功物語」で、ベティとリタがＤ・セルウィンを訪ねてシエラ・ボニータを訪問した時、「家を交換した」と述べたあの12号室の女だ。つまり、今ベティがいる部屋は（ベティとリタが腐乱死体を発見した）17号室ということになる。成功物語では、確かに、この女はベティとリタに「17号室にはまだ私の荷物がある」と述べていた。ふと、テーブルの上の灰皿が12号室の女の目にとまり、「私の灰皿ね」と言い、その灰皿を取り上げる。すると、灰皿の傍に青い鍵が。　注）この青い鍵の重要性は、後ほど明らかになる。ちなみに、この鍵は、「成功物語」で、リタのバッグにあった装飾具状の奇麗な青い鍵とは異なる、どこにでもあるありふれた形状の鍵。ベティが「早くしてよ」とせかすと、12号室の女は「（忘れ物がないか）確認しているのよ、ダイアン」と言う。　注）この時点で、「転落物語」のダイアン＝「成功物語」のベテイ、であることが明らかになる。今12号室に住んでいるこの黒髪の女性が「成功物語」で述べていたことには全く矛盾がないが、ちょっと不思議なのは、彼女が「成功物語」でベティを見た時、ベティをダイアンと認識しなかったこと。以後、ベティのことをダイアンと呼ぶことにする。帰り際、12号室住人が「刑事が二人、あんたを探していたわよ」と付け加え出てゆく。　注）「成功物語」では、ベティとリタがシエラ・ボニータを訪れた時、リタは刑事らしき二人組みを極端に恐れていたが、実際に刑事に追われていたのはベティ（ダイアン）のほうのようだ。しばらくして、ダイアンが振り向くと、部屋にリタがいた。ダイアンは満面の笑みを浮かべて、「カミーラ！帰ってきたのね」と喜ぶ。　注）この時点で、「成功物語」のリタ＝「転落物語」のカミーラ、であることが判明する。以後、リタのことをカミーラと呼ぶ。また、「帰ってきたのね」というセリフから、多分ダイアンとカミーラはかつて同棲していたこと（少なくとも、いい仲であったこと）が示唆される。しかし、やがて、笑顔が崩れて悲しそうな泣き顔になる。ダイアンはコーヒーをいれ、部屋のソファに向かう。　注）この時一瞬あらわれたカミーラは、ダイアンによる幻覚であろう。幻覚と分かり、ダイアンの悲しみがより増したようだ。また、この時ダイアンが使用しているカップは、「成功物語」においてファミレス「ウィンキーズ（Winkie's）」で使用されていたカップと同一のものである。ダイアンがソファにすすむと、そこには全裸のカミーラ横たわっており、ダイアンに微笑む。ジーンズのショートパンツのみをまとったダイアンが、嬉しそうにカミーラに馬乗りになる。　注）ここに登場するカミーラは、ダイアンの幻覚によるものではない。このシーンはダイアンによる事実の回想である。時間帯が過去に移動していることは、ダイアンの服装がガウンからショートパンツに変化していることで分かる。また、このことは、以下にあるように、ダイアンが手にしているのがコーヒーではなく水割りであることからも分かる。ダイアンが手にしていた水割りをテーブルの上におくと、そこには、先ほど12号室の女が「私の灰皿ね」と言って持ち帰った灰皿がある。　注）つまり、この回想シーンは、ダイアンが12号室から17号室に引っ越してきた後（たぶん直後）のエピソードということになる。ダイアンが妖艶に「さっき何を言おうとしたの？」と尋ねると、カミーラは「あなたは私を興奮させるって言ったの」と返す。ダイアンが愛撫をはじめるが、やがてカミーラの表情が険しくなり「もう、やめましょう」と言う。驚いたように、手を止めるダイアン。「言わないで。もう二度と言わないで」、ダイアンの手の動きは乱暴になる。「やめて、ダイアン。だめよ」とカミーラは拒絶する。「原因は彼？」とダイアン。　注）この彼とは、以下のように、新進気鋭の映画監督アダム・ケシャーのこと。画面は、映画の撮影現場へとシフトする。そこでは、アダムが演技指導と称して、ダイアンに見せつけるようにカミーラと濃厚な”ラブ・シーン”を展開する。アダムは「ダイアンが泣き出しても引き寄せるな」とスタッフに指示する。つまり、これは確信犯的な行動なのだ。あげくに、ライトを全て消して、本格的に愛し合う。　注）「成功物語」では、アダム監督のオーディションのシーンで、金髪の田舎娘が「カミーラ・ローズ」として登場してきたが、「転落物語」では（つまり実際には）、リタこと黒髪のカミーラが主役を射止めていたのだ。ちなみに、ここでアダムとカミーラがダイアンに見せつける”ラブシーン”には、「成功物語」のウォリーの映画のオーディションで、ベティ（ダイアン）とウッディ・カッツがみせた濃厚な演技を彷彿させる妖艶さが漂う。ダイアンの部屋のドアをはさんで、カミーラとダイアンが言い争う。カミーラ：「怒らないで、冷静になってよ」ダイアン：「その方が都合がいい？　その手には乗らないは！　冗談じゃない」カミラー：「ダイアン・・・」ダイアンは、カミーラを押しのけるようにドアを閉める。　注）アダムとカミーラのラブシーンを見せつけられたダイアンが怒って、カミーラと分かれるシーンだが、この時のダイアンの怒りの表情は、「成功物語」で、ウォリーの映画のオーディションの前にルース叔母さんの部屋で、カミーラとの練習で見せたものと同様の激しさがある。カミーラを追い出しダイアンが部屋で一人泣きぬれながら自らを慰めていると、電話のベルがなる。　注）「成功物語」の冒頭には、以下のようなシーンがあった。”邸宅のテーブルの下で眠る黒髪の女の短いショットをはさんで、鏡ばりの赤い部屋にいる奇妙な老人が映し出される。老人は、ある男に電話をかけ「女はまだ見つからない」と告げる。それを受けた男は、（薄汚い部屋にいる）別の男に電話をかける。「別の男」は「状況は？」と尋ねると、「その男」は「同じだ」と伝える。次に「別の男」は、別の場所に電話する。その部屋には、赤いスタンドと灰皿があり、その傍らの電話機が鳴る。”ダイアンの部屋の電話は、これと全く同じ。つまり、「成功物語」で「別の男」が電話したのは、ダイアンの部屋（17号室）だったのだ。電話から「私よ。メッセージを残して」という留守番電話の声が聞こえる。　注）「成功物語」では、リタ（カミーラ）が、ファミレス「ウィンキーズ（Winkie's）」でウエィトレスの「ダイアン」という名札をみて「ダイアン・セルウィン・・・きっと私の名前よ」と”思い出した”のだが、その後ベティ（ダイアン）とリタ（カミーラ）は電話番号をみつけダイアン・セルウィンに電話する場面があった。その時の留守電の案内メッセージと声は、今回のものと全く同一。ベティが「自分に電話するなんて変ね」と言いながら電話番号を押していたのがなにやら示唆的。「ダイアン？」というカミーラの声。受話器をとるダイアン。「ダイアン、車が待っているわ。来る？」渋々承知するダイアン。「家の前で車が待っているわ。マルホランド・ドライブ6980よ」　注）電話のシーンは連続しているが、ダイアンの服装は自慰の時とは違っている（ランニング＆ショートバンツから、黒いドレスに）。つまり、多少時間が経っているということ。映像は、「成功物語」の冒頭の以下のシーンを繰り返す。”「MULHOLLAND DR.」の標識がヘッドライトに浮かぶ。夜のカーブを黒いリムジンがゆく。テールランプが赤く滲む。後部座席に一人の女（ダイアン）。ハリウッド・サインのある山の中をくねくねと走る道路（＝マルホランド・ドライブ）の途中で、不穏に停車するリムジン。 ”

  May 11, 2004

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  『マルホランド・ドライブ』（五）

  『マルホランド・ドライブ』という作品は、リンチ監督がもともとテレビシリーズとして構想した作品です。テレビシリーズのパイロット版では、ベティとリタが「シエラ・ボニータ」の17号室で死体を発見する場面で終わっていたそうです。ただ、パイロト版を見たテレビ局（ＡＢＣ）はこの作品が気に入らず、この時点では没になりました。その後、フランスの配給会社が興味を示し映画化の運びとなったのですが、その際に、リンチ監督は結末をどういったものにするか散々悩んだわけです。交通事故、記憶喪失の美貌の女性、女優の卵、女どうしの恋愛、殺し屋、マフィア、黒幕、映画界、殺人、死体・・・・これら散りばめられたそれぞれのアイテムをどう意味付け、またどう構成するかで映画の結末が決まるわけですが、その組み合わせ（すなわちストーリー）はそれこそ無数に存在しえます。しかし、リンチ監督は、思いつくストーリーはどれもいま一つ気に入らなかった。そして、悩みに悩んだ末、あるアクロバットを敢行します。どういうアクロバットかというと、結局、リンチ監督は、それら無数に考えられる結末のどれをも採用しなかったのです。つまり、当初の構想内にあった全てのストーリーを放棄してしまったのです。何故なら、リンチ監督にある「アイデア」が浮かんだからです。そして、この「アイデア」に従って、既存のシーンが再構成され、追加の撮影が行われたのでした。では、再びストーリーを紹介してゆきます。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊結ばれたベティとリタは手を握り合って眠っていたが、夜中の2時にリタが不思議な言葉を寝言のように呟きはじめる。「お静かに（シレンシオ）・・・・・お静かに・・・・お静かに。楽団はいません・・・・・楽団はいません・・・・・オーケストラも。お静かに、お静かに、お静かに・・・・お静かに。楽団は・・・・」苦しそうに言葉を繰り返すリタは、眼を覚ましたベティに「一緒に来てほしいの。今すぐに」と言う。街に出た二人はタクシーを拾い乗り込む（ここで画面は一旦ズーム＆フォーカス・アウトする）。リタに誘導されたどり着いた場所は劇場で、名は「クラブ・シレンシオ」。まばらな観客のなか、二人が到着するや即座に開演となった。無気味な感じの司会者が突然叫びだす。「楽団はいない。オーケストラもいない。これは全部、録音したものです。ここに楽団はいませんが、演奏は聞こえます。クラリネットをご所望なら・・・、ほら。（クラリネットの演奏が聞こえてくる）お次はトロンボーン。（トロンボーンの演奏が聞こえてくる）ミュートをつけている。ミュートをつけたトロンボーン。お次は、ミュート・トランペット。（トランペット奏者が現れる。奏者が口からトランペットを離しても、音は止まない）すべて録音されている。楽団はいません。これは全部・・・テープです。オーケストラはいない。これらは、なにもかも、まやかし（illusion）です。お聞きを！」突然、雷鳴とともに劇場内に青い光が点滅する。それとともに、ベティの身体が小刻みに揺れだす。苦しそうなベティの肩をリタが抱える。二階貴賓席には、青い髪の婦人が一人。ベティを睨みつけていた司会者は、ニヤリと笑い、煙とともに消えてしまう。会場は青い光に包まれるーーーー何度か登場した、奇妙な老人がいた「鏡ばりの赤い部屋」と、色相がまったく逆だ。やがて青い光が消え、「鏡ばりの赤い部屋」と同様の色相に戻る。そして、別の司会者が壇上に現れ、女性歌手を紹介する。「紳士、淑女の皆様。”クラブ・シレンシオ”が贈る、『ロサンゼルスの泣き女』、レベッカ・デル・リオ！」レベッカが登場し静かに歌いはじめる。（本映画の最高のハイライト・シーン）「しばらくは元気だったの。笑顔でいられたわ。ゆうべあなたに会って、あなたの声を聞いた時も・・・わたしは取り乱さなかったわ。だからあなたには、分からなかったのね。あなたを慕って泣いていることに。あなたを思って泣いているのよ。あなたはさよならを言って、私を置き去りにした。私は一人で泣いている。泣いている。ただ一人。泣いている。なぜなのかしら。あなたに会っただけで、また私は涙にくれる。あなたを忘れたと思っていたわ。でもこれは本当のこと。以前にもまして、あなたを愛している。でも私に何ができるの。あなたの愛はさめてしまった。だから私は永遠に、あなたを慕って泣き続けるだけ。あなたを思って泣き続けるだけ。・・・・・・・」ここでレベッカは倒れるが、歌声は止まない。つまり、この歌声も録音だったのだーーー誰の声を録音したものか？歌を聴きながら、大粒の涙を流すリタとベティ。ベティの右の頬には”黒い染み”がかすかに・ーーーレベッカのメイクと同様の。ベティが涙をふきながら手元のハンドバッグを開け、青い箱を取り出す。二人は、納得したかのように見つめあい、急いで家に帰る。そして、リタが、帽子箱から以前にしまっておいたバッグ、そして青い鍵を取り出す。その瞬間、ベティが忽然と消えてしまう。「ベティ」と何度呼んでも返事がない。リタは、おののきながらも青い箱に青い鍵をさしこみ、青い箱を開ける。すると、リタはその箱の闇の中に吸い込まれてゆく。箱が、ゴトリと床に落ちる。その物音に気づいたかのように部屋に入ってきたのが、カナダに出かけているはずのルース叔母さん。ルースは、険しい表情で部屋の中を見回すが、ベティやリタはもとより、箱もリタのバッグも見当たらない。ルースは、気のせいか、といった表情で部屋を後にする。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊そして、この後、映画は最終局面に入ります。

  May 10, 2004

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  『マルホランド・ドライブ』（四）

  引き続き、『マルホランド・ドライブ』のストーリーを紹介してゆきます。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊街（サンセット通り）へ繰り出したベティとリタの二人は、公衆電話ボックスをみつけ警察に電話する。そこは、ダンが浮浪者をみて卒倒した、あのファミレス「ウィンキーズ（Winkie's）」だ。昨夜マルホランド・ドライブで事故があったことは確認できたが、警察はそれ以上教えてはくれない。名前を尋ねられて電話をきるベティ。ファミレスでコーヒーを飲みながら新聞で事故の記事を探すが、例の事故は載っていない。コーヒーを注ぎにきてくれた（ベティに似ている）金髪ウェイトレスの胸の名札には「DIANE」の文字が・・・・それをみて「ひとつ思い出したことが」とリタが呟く。部屋に戻ったリタは「（思い出したのは）ダイアン・セルウィン・・・きっと私の名前よ」と嬉しそうに話す。電話帳をくってみると、「Ｄ.セルウィン」の名がひとつだけ。「自分に電話するなんて変ね」、こう呟きながら、ベティは電話をかけてみた。しかし、留守番電話の声がするのみで、それはリタの声とは違っていた。しかし、リタは「聞き覚えがある」という。ーーーーーアダム監督の家にマフィア風の屈強な男がやって来て、ロレインにアダムを出せと要求する。男が「ここはアダムの家だ」というと、ロレインは「違うわ。彼はもう戻らないわ」と追い返そうとする。強引に入ってきた男に抵抗するロレインと浮気相手（ジーン）は、簡単にぶちのめされてしまった。ーーーーーその日の夜、家を追い出されたアダムは知り合い（クッキー）の経営する安ホテルに身を寄せていたが、クッキーから、アダムのクレジット・カードが取引停止になっていること、銀行から二人の男が訪ねてきて口座の残高ば無いと告げられたことを知らされる。アダムがオフィスのシンシアに電話すると、シンシアも既にそのこと（アダムの破産）を知っており、「カウボーイ」と名乗る男が面会を求めていることを伝える。場所は「ビーチウッド・キャニオン」の牧場とのこと。ーーーーーベティとリタは、Ｄ．セルウィンなる人物が住むアパートメント「シエラ・ボニータ」を地図で確認する。不安がるリタを説得して、ベティは明日、オーディションの後で、二人でその家を訪問することにする。その時、部屋のドアをノックする音が。この邸宅の別のアパートメントに住むルイーズだ。ベティは、自分はルースの姪で留守中ここを借りていると説明するが、ルイーズは、そんなことは聞いてないといい、何かトラブルが起こっていると警告する。そこへココが現れ、ベティに明日のオーディション用の台本がＦＡＸで届いたと持ってきた。ーーーーー指定された牧場で、アダムはカウボーイと面会した。そこでカウボーイから、豊かな生活を捨てたくなかったら、映画のオーディションをやり直し、今日写真で見た女（カミーラ・ローズ）を主役に抜擢しろと命令される。「馬車の手綱を握るのは一人だ。その役は私がやろう。彼女をみたら”This is the girl!”と言え。他のキャストは全てそのままでいいが、主役だけは君の好きにはできない。うまくやれば、君はもう一回私に会う。間違えたら、もう二回会うことになる」ーーーーー朝、ベティとリタが、台本をもとにオーディションの練習をしている。ベティ：「いたの？」リタ：「戻った。それが望みだろ」ベティ：「出てってよ」リタ：「いいのか？」ベティ：「両親はあなたが出てったと・・・。」リタ：「だから？」ベティ：「呼ぶわよ。お父さんを」リタ：「呼べよ」ベティ：「ゆする気？　そうはいかないわ。危険なゲームよ」リタ：「望みは分かってるだろ」ベティ：「出てって。お父さんを呼ぶわよ。あなたは父の親友でしょ。　　　　　これで何もかも終わり」リタ：「君は？　パパは君のことどう思うかな」ベティ：「やめて。あなたはそればかり。　　　　　私が話せば逮捕されるわ。　　　　　今のうちに早く出てって」リタ：「今のうち？」ベティ：「私があんたを殺す前によ」リタ；「ぶち込まれるぞ」ベティ：「大嫌いよ。あんたも私自身も」ベティの演技は大仰で、ぎこちなく、お世辞にも上手いとはいえないが、怒りの表情は激しく真に迫るものがある。ココがやってきてリタを発見し「あなたは誰」と尋ねる。ベティは「友達よ」と弁解するが、「ルース叔母さんからも電話があって、あの女は誰かと問われた。信頼を裏切らないでね。トラブルに巻き込まれちゃだめよ」とココは釘をさす。直後、刑事風の二人を乗せた車が通りかかり、家の周りをうかがう。ーーーーー希望にもえ、満面に笑みを浮かべたベティ・エルムスが、ウォリーが製作する映画のオーデョン会場に到着する。そこは狭い一室で”アット・ホーム”な雰囲気がする部屋だ。数人しかいないスタッフも、年寄りが多い。ここで監督のボブ・ルッカーが不思議なことを言う。「これはコンテストではない。二人の人間がありのままにそこにいる。だからリアルにやるな。リアルになるまでは」と。この矛盾する言葉に皆戸惑うが、ベティは即座に「ＯＫ　分かりました」と述べ練習した演技に入る。また、相手のチャック役のウディ・カッツが、直前に「痛かったらいいたまえ。くっついてやりたいね。この前みたいにさ。黒髪の彼女とやったように」と呟く。ベティは、リタとの練習とは打って変って妖艶な演技をみせ、その素晴らしさはスタッフ一同を感動させ、唸らせ、小躍りさせた。練習が痴話喧嘩とすれば、これはラブシーンだ。オーディションが終わり、ベティはキャスティング・エージェントのリニー・ジェイムズ（かつてウォリーと結婚していた女性）に連れ出され、「あの映画は日の目を見ない。スタッフも最悪」と告げられる。そして、「優秀な監督が来ているから紹介するわ。大ヒット間違いなしの凄い企画があるのよ」とアダム監督のオーディション現場に連れていかれる。そこは、先ほどの「部屋」とは違って、人も機材も豊富な本格的な会場だ。会場に現れたベティにしばし見とれるアダム監督。そして、カミーラ・ローズがおどおど登場する。明らかに田舎娘といった感じで、歌はとっぽくて、お世辞にも上手くない。アダム家督は、うんざりしながらも重役のジェイソンを呼び”This is the girl!”と告げるが、アダムの目と心は、ベティに釘付けになったままだ。ーーーーー早々に会場を去ったベティは、リタとともにタクシーでダイアン・セルウィンが住むアパートメント「シエラ・ボニータ」の家へと向かう。シレラ・ボニータの近くには、（ルースの家の近くで見かけた）刑事と思しき二人組が張っており、彼らをリタは極端に怖れている。二人はシエラ・ボニータの玄関でダイアン・セルウィンは12号室に住んでいることを確認し、不安がって「止めて」と懇願すリタを押し切り、ベティはドアをノックする（この場面い限らず、リタがドアのノックを恐れる場面は多い）。中から黒髪の女性が出てきて、「ダイアンと部屋を交換し、彼女は今は一番奥の17号室だ」と告げる。そして「最近、彼女を見ないけど、荷物が残っているから、一緒に行くわ」と加えた。しかし、電話のベルが鳴って彼女は戻り、二人だけで17号室へ向かう。このやりとりから、二人は、リタはダイアンでは無いと悟る。ドアをノックしても17号室からは応答はなく、鍵がかかっている。ここでもベティは積極的で、窓から家のなかに侵入する。家の中は腐臭で蔓延しており、二人は思わず鼻を押さえる。ベッドには、女性の腐乱死体が横たわっていたのだ。リタは思わず悲鳴をあげそうになるが、ベティが冷静にその口を押さえる。（ネット上の論評では、この死体の髪の毛が「クロ」だと記しているものが多い。部屋が暗いせいで確かに黒っぽくみえるが、何度確かめても私には「金髪」に見える。）ーーーーー死体をみて錯乱したリタは、ベティの家に戻りハサミで髪の毛を切りはじめる。ベティが優しく「気持ちは分かるは。私にやらせて」と言う。髪を切り、金髪のカツラをつけたリタは、「まるで別人みたい」と鏡の中の自分の変貌ぶりに驚く。その晩、二人は互いに求め合うのだった。ベティ：「前にも経験がある？」リタ：「覚えてないわ。あなたは？」ベティ：「一緒にいたいわ。あなたに恋したの。あなたが好き」リタ：「・・・・・」＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ここまで、すなわち、リタが”事故”にあってから４日間、ベティがＬＡに着いてから3日間で、ストーリーは一区切りとなります。この映画は2時間20分ありますが、ここまでで1時間40分をしめます。そして、この後ストーリーは急展開することになりますが、それは明日以降の日記で。ここまでのところ、ベティが太陽のように眩しく輝いてるのが、とにかく印象的です。有名女優の叔母の紹介でオーディションを受けたのですが、コネの力では決してなく、あくまで彼女の演技力（実力）でもって老ウォリーの一座から最高の評価をえます。そればかりか、そこに同席していた有力なキャスティング・エージェント（スカウト）であるリニーからも一目おかれます。さらに、リニーから新進気鋭のアダム監督を紹介されようとするのですが、紹介されるまでもなくアダムはベティに一目惚れの様子。そして、奇麗な家に住みながら、好きになったリタとも結ばれます。家の管理人のココにしても、ベティは即座に信頼しあえる仲になっています。このように、ベティは、健康的で快活、積極的で行動力があり聡明、機転がきき度胸もある、誰とでも心が通じ合える優しさがあり、女優としての実力もある、将来も有望で、リタという恋人もできたーーーーＬＡに着いてまだ3日目だというのに、もう絵に描いたようなサクセス・ストーリーですね。しかし、他の登場人物はといいますと、皆、なんらかの暗部や問題を抱えているわけです。人も何人か死んでいます。彼らの中心にベティが太陽のように位置し、太陽たるベティが放つ光でもって、ベティの幸福のおすそ分けにあやかっているという構図。あまりにできすぎに思えてきますが、実は、これは文字通り「できすぎ」だったのです。リンチ監督自身は「この映画は、音楽のように捉えて欲しい」と述べていますが、その伝で言えば、「ベティのみが輝きすぎで、それ故に周囲の人間との間で”不協和音”が余計に目立つ」といったところでしょうか。

  May 9, 2004

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• 『マルホランド・ドライブ』(三）

  映画の紹介を続けますが、ここでは三つのストーリーが、細切れに交互に挿入され進行してゆきます。それぞれのストーリーをまとめようかとも思いましたが、映画の進行に忠実に紹介してゆきます。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊LAの摩天楼の一角ライアン・エンタテインメント社に呼び出された新進気鋭の映画監督アダム・ケシャーは、マネージャーや重役たちから新しい映画のキャスティングのやり直しを要求されていた。その場に、マフィアらしきカスティリアーニ兄弟が現れ、黙って一枚の女優の写真を差し出す。名前は、カミーラ・ローズ（Camilla Rhodes）とある。アダム監督以外はあらかじめ打ち合わせてあるかのようで、特に異論はないようだ。飲み物を勧められたカスティリアーニ兄は「エスプレッソ」と一言。エスプレッソはコーヒーの類だが、イタリア語で「速達」や「急行」の意味。つまり、「さっさと、カミーラを主演女優に決めたまえ」ということだろう。しかし、アダム監督のみが同意しない。その場を何とかとりもとうとする重役やマネージャーたち。・・・・・・彼らの会話を、例の「鏡ばりの赤い部屋にいる奇妙な老人」がマイクを通してじっと聞き入っている。やがて、エスプレッソが運ばれてくるが、カスティリアーニ兄はナプキンに吐き出してし、「最低だ！」と吐き捨て、席を立とうとする。アダムも、有無を言わさず主演女優を押しつけようとするカスティリアーニ兄弟の態度に憤慨して会議の席を立つが、憤りのあまりカスティリアーニ兄弟のリムジンをゴルフクラブで滅多打ちにする。ーーーー映像は一瞬、熟睡するリタをいたわるベティの姿を映し出すが、次の瞬間、「鏡ばりの赤い部屋」へとシフトする。そこにいる老人の名はローク。一人の紳士（たぶん、上の会議に出席していた重役）が現れ、老人に「彼女の名は、カミーラ・ローズです。監督は使いたくないと」と伝える。短い会話の後、映画は中止ということになった。ーーーー長髪（エド）と髭（ジョー）の二人のチンピラが、ビルの一室（エドの事務所）で親しそうに談笑しているーーーーエドは、どこかで見たような顔つきだ。ジョー：「そんな話、はじめて聞いたよ。予測できねえよな、そんな事故」エド：「たまげたろ」ジョー：「信じられねえよ」エド：「ジョー、元気そうだな。どうしてた」ジョー：「あいつの下で働いている」エド：「食っていけるのか？」ジョー：「いいや」エド：「俺だってさ。見ろよ、この家。不景気だな」ジョー：「それほど悪くないさ。でもヤバくないか？」エド：「さっきの話か。でも笑えたろ」ジョー：「ああ、大笑いだ」エド：「交通事故とはな」ジョー：「それはアレか？　エドの有名なブラック・ブック」エド：「すべての記録だ。電話帳さ」突然、ジョーはピストルを取り出しエドを射殺する。自殺に見せかけようとするが、手違いを重ねて、さらに関係のない二人を射殺することに。間抜けな殺し屋ジョーだが、すったもんだの末なんとか「ブラック・ブック」を持ち去る。ーーーーベティが、ソファーに寝そべって、ルース叔母さんに電話をかけている。ルース叔母さんからオーディションに向けてアドバイスを受けているようだ。リタが事故にあい家にいたことを話すと、ルース叔母さんは彼女のこなぞ知らない、と。リタは事故で記憶を失ったことを告白する。ベティは、何か思い出すかもしれないから、とリタのバッグを差出す。バッグのなかからは、束になったドル紙幣と装飾具のような【青い鍵】が。ーーーーひと仕事を終えた殺し屋ジョーが、チンピラ仲間とともにホットドッグをくわえながら、ひとりの淫売風の女性と話している。ジョー：「新顔の女はいるか？」女　：「さあ。見ないわね」ジョー：「ブルネット（黒髪）は？　ヨレヨレの」女　：「さあ」ジョー：「よく見といてくれよ」女　：「いいわ」ーーーーリタは、お金や鍵のことは憶えていないし、それらを見ても何も思い出せないようだが、やがて「思い出しそう・・・」と。ーーーー車で家路に向かうアダム監督に、オフィスのシンシアから電話で、（レイによって）映画スタジオが閉鎖されスタッフが全員クビにされた、との報が届く。シンシアからオフィスに戻るよう懇願されるが、それを振り切ってアダムは家に帰る。ーーーーベティ：「行き先はどこかしら」リタ：「マルホランド・ドライブ」ベティ：「そこで事故があったのね。警察に電話してみない？　事故があったかどうかだけ聞くのよ。名を伏せて、映画のように。別人になりすますの。街を見て回りたいわ。まだ、どこにも行ってないのよ。リタ、やってみない？」リタ：「いいわ、確かめてみるだけよ」ベティ：「事故があったかどうかを、マルホランド・ドライブで」ーーーーアダム監督が家に帰ると、不信な軽トラが止まっていた。ドアには、「GENE CLEAN」の文字が。そして、ベッド・ルームで妻ロレインの浮気の現場を目撃する。妻も浮気相手（ジーン）も、悪びれる様子は全くなく、「何をしに帰ってきたの」、「見なかったことにしろ。そのほうが君も気が楽だろう」などと言われる始末。怒ったアダムは、ロレインの宝石箱にピンクのペンキをぶちまける。夫婦はいさかいとなり、浮気相手にアダムのほうが家からたたき出される。ーーーー現金と鍵が入ったリタのバッグを帽子箱のなかにしまい込んだ二人は、喪われた記憶を求めて、街へくりだす。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

  May 8, 2004

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  『マルホランド・ドライブ』（二）

  『マルホランド・ドライブ』のストーリーを紹介していきたいと思いますが、この映画は、難解であるばかりではなく、人それぞれの勝手な解釈が可能で、さらにその解釈がどれもそれなりに面白いというのが特徴です。映画のストーリーを紹介する場合、多少とも人それぞれの解釈の影響が入り込むものですが、この映画ではその傾向が特に顕著である、というこをまずお断りしておいたほうがいいでしょう。また、この映画はストーリーが非常に重要ですので、なるべく詳細に紹介していきたいと思っています。ですから、数回に分けて書いてゆきます。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊薄紫をバックに、50年代アメリカ風ファッションに身をつつんだカップルたちのダンスで映画は幕を開ける。バックに、踊るダンサー達の黒いシルエットが映し出されるが、そのシルエットの中にはさらに別のダンサーたちが。映像は、金髪の女性（ナオミ・ワッツ）が微笑む姿を白くかすれさせてダンサーと二重写しに捉えてゆき、拍手が賑やかにこだまする。【実は、冒頭のこの”多重構造”や”オーバーラップ”で構成されるシーンは、以後展開されるこの映画のストーリー性を象徴している。】闇に煙草の火が浮かび、くすんだ赤っぽい毛布の表面をカメラが舐める。そこが物語の始まりにして謎の突き当たる場所だ。（＊）「MULHOLLAND DR.」の標識がヘッドライトに浮かぶ。夜のカーブを黒いリムジンがゆく。テールランプが赤く滲む。後部座席に黒髪の女（ローラ・エレナ・ハリング）。ハリウッド・サインのある山の中をくねくねと走る道路（＝マルホランド・ドライブ）の途中で、不穏に停車するリムジン。助手席の男が女に銃を向ける。恐怖する女。そこへ、峠を攻める若者の車が２台、奇声を上げて猛スピ－ドでチェイスしながら迫り、リムジンと正面衝突する。やがて、大破したリムジンの後部座席から女がよろよろ出てくる。女はフラフラと森を下り、サンセット通りに辿り着いて、とある邸宅の庭の茂みに隠れ、そのまま朝を迎えることになる。事故現場に駆けつけた警察は全員死亡の惨事を前にたたずむが、リムジンの後部座席にパールの耳飾りを見つけた。「誰か、これを身につけていたか」、「いいや」、「では、この場を離れた者がいるのか？」、「そうかも」。朝になって、女は旅支度で出かける婦人の隙を見て邸宅に侵入する。婦人からは侵入する女の後姿が確かに見えているはずだが、婦人は”気がつかない”様子。婦人は邸宅に戻り、テーブルの上にある鍵束を取りあげる。その鍵束のなかに、ひとつ【青いキー】がちらっとみえる。そのテーブルの下に隠れていた女は、そのまま眠りにつく。同じ頃、ファミレス「ウィンキーズ（Winkie's）」で、ダンという長身の男が、【二度】も見たという悪夢について、刑事と思しき男を相手に話している。ダン：「来てみたかった」刑事：「ウィンキーズに？」ダン：「この店（このウィンキーズ）にだ」刑事：「そうか。なぜ、この店に？」ダン：「笑われそうだ」刑事：「話せよ」ダン：「この店を夢で見た。あきれたろう」刑事：「この店が夢に出てきたんだね？　それで？」ダン：「【夢は二度見た。同じ夢だった。】　　　　僕がこの店にいる。あたりは昼でもなく、夜でもない。　　　　薄闇というのかな。店はこのままだ。明るさ以外は。　　　　本当に恐ろしかった。　　　　驚いたことに、君がそこに立っていた。カウンターのところだ。　　　　どっちの夢でも、君は怯えていた。　　　　それを見て、僕はもっと怖くなった。　　　　そこで、僕は気づいた。　　　　男がいるんだ。店の裏に。そいつのせいだ。　　　　壁の向こうに奴の顔が見える。見たくもない顔だ。　　　　”夢”以外の場所ではね。　　　　それだけだ」刑事：「実際にいるかどうか、確かめに来たのか？」ダン：「気が楽になると思って」刑事：「それなら・・・・」刑事は立ち上がり、勘定を払うため、たった今ダンが「君がそこに立っていた。カウンターのところだ」と示した場所（レジ）へ行く。それを見て、呆然としつつも恐怖するダン。ダンに手招きする刑事。壁の向こう側にその「男」がいるかどうか確かめようというわけだ。二人で店の裏へ回ると、壁の向こう側から浮浪者風の長髪でまっ黒な顔が、ヌッと現れる。ダンは卒倒し、そのまま息絶えてしまった。邸宅のテーブルの下で眠る黒髪の女の短いショットをはさんで、鏡ばりの赤い部屋にいる奇妙な老人が映し出される。老人は、ある男に電話をかけ「女はまだ見つからない」と告げる。それを受けた男は、（薄汚い部屋にいる）別の男に電話をかける。「別の男」は「状況は？」と尋ねると、「その男」は「同じだ」と伝える。次に「別の男」は、別の場所に電話する。その部屋には、赤いスタンドと灰皿があり、その傍らの電話機が鳴る。その部屋は、上で「物語の始まりにして謎の突き当たる場所（＊）」として紹介した部屋だ。電話は鳴るが、誰も出る様子はない。シーンは、ＬＡ空港を降り立ったばかりの若く健康的な女性の姿へと続く。女優を目指し憧れのハリウッドを目と鼻の先にして、はちきれんばかりの笑顔を振りまくベティ(ナオミ・ワッツ)だ。旅の途中で一緒になった老夫婦と、別れを惜しむベティ。老婦人は「スクリーンで会えるのが、楽しみよ。幸運を祈るわ」とベティの前途を祝福する。ベティは、タクシーに乗り「ヘイブンハースト　1612」へと向かう。老夫婦はリムジンに乗り、こらえ切れないといった様子で、しかし少し不気味な表情で笑い合う。まるで「あんな純情な田舎娘が、ハリウッドでやってゆけるものか」とでも言いたげに・・・。ベティは、名女優である叔母のルースがカナダ・ロケで留守にする間、その家を借りて女優のオーディションを受けるつもりだ。その家こそ、自動車事故の後「黒髪の女」が隠れた場所だった。ベティは到着早々、家の管理人ミセス・ルノワ（通称ココ）と面会する。【鏡】に自分の姿を映しながら微笑むベティ。家は留守のはずなのに、床にバックや脱ぎ捨てたドレスがある。バス・ルームのガラス越しに「黒髪の女」を見つけ、驚くベティ。事故のショックで記憶を失った「黒髪の女」は、名前を尋ねられて、咄嗟に目の前にあった（【鏡】に映った）映画『ギルダ』のポスターから借用して「リタ（ヘイワーズ）」と名乗る。リタは、事故に巻き込まれたことを告げ、再び眠りにつく。ベティはそっとコートをかけるが、それには「楽しい滞在を　叔母ルースより」と書かれたメモがクリッピングされていた。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

  May 7, 2004

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• 『マルホランド・ドライブ』（一）

  『マルホランド・ドライブ』（2001年、デイヴィッド・リンチ監督、ナオミ・ワッツ、ローラ・エレナ・ハリング主演）ストーリーは難解です。しかし大丈夫。ナオミ・ワッツとローラ・エレナ・ハリングという対照的に魅力的な女性に見とれているだけでも、充分に楽しめる映画です。リンチ監督は、この二人の女優を実に見事に使い分けていますね。しかも、映画においては、それぞれの女優のキャラクターは単純ではないのです。とりわけ、当初は田舎育ちで気のいい女優の卵を演じていたナオミ・ワッツが徐々に変貌していく様には、完全に圧倒されました。さらに、映像や音楽のみならずファッションやアクセサリーなどの小物にも、リンチ監督のセンスの良さが光る、非常にクオリティーの高い作品に仕上がってますね。ストーリーを理解するためには「謎解き」のごとき能力が要求されます。さらに、このストーリーの意味を本当に理解するためには、ある作家とその周辺や時代背景についての知識が不可欠と思います（追々説明しますが）。ちなみに、リンチ監督自身は、以下のように述べていますが。・この映画のテーマは何ですか？リンチ：　テーマは語らない主義だ。　　　　　万全を期して世に送り出した作品について、解説を加えるのは主義に合わない。　　　　　完成した映画以上に説得力のある言葉は存在しない。　　　　　音楽だって、何も聴かずに解説を読んでも無意味だ。　　　　　テーマを仰ぐよりも、作品を自分に引きつけて主体的に探って欲しい。・解釈の難しい作品ですが、コメントをいただけませんか？リンチ：　音楽のように捉えて欲しい。　　　　　音楽は抽象的で言葉では表現されにくいと思われるが、　　　　　一方で、映画に対しては人々の見方が異なり、　　　　　音楽とは違った分かりやすい解説が求められる。　　　　　理屈抜きで音楽を聴くのと同じで、　　　　　映画も理屈抜きで体感して欲しい。　　　　　映画でも抽象的な表現が用いられるが、　　　　　自分の直観や感性を働かせれば理解できるはずだ。　　　　　見た時に自分が感じたことを、もっと信用して欲しい。　　　　　理解できたという感触を人に言葉で伝えるのは難しい。　　　　　自分がみた夢を説明してもうまく伝わらないのと同じだ。　　　　　言葉にできなくとも、理解に変りはない。　　　　　自分の感覚を信じていれば、理解の扉は自然と開くはずだ。　　　　　・・・理解に苦しんだ時は、自分の直観を信じることだ。リンチ監督自身、この映画のラストをどうするか大いに迷っていたそうです。しかし、ある時、椅子に腰掛けていた時に「アイデア」がひらめき、それまでのストーリーを全て構成し直し、それから数週間かけて追加の撮影を行ったそうです。私がこの作品の感想を書くのは、もちろん、リンチ監督の「マジック」の構造とその意味を理解しえ、さらに言葉で表現しうると思い至ったからです。

  May 6, 2004

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  『裁かるるジャンヌ』（二）

  『裁かるるジャンヌ』は、処刑前の一日と処刑の模様を描いたものですが、その表現法は独特ですね。シーンの殆どが人間の顔、それもアップで構成されているのですが、決して単調でも退屈でもありません。表情をはじめとする俳優の演技はもとより、カメラアングル、光・陰影、微妙な動作、ショットやアイテムの効果的な配置等、演劇の影響が大きく感じられるのですが、その技術の徹底ぶりには眼を見晴らされます。私なりに、その魅力を説明するとすれば、ラストは以下のようなことになります。牢獄のなかでジャンヌは、床に投影された窓の鉄格子の影によって模られた十字架をみて神の存在を身近に感じ、実に柔和な顔つきになります。次のシーンで、衛兵によって指輪を無理やり奪われるのですが、一人の僧侶がそれを取り返してジャンヌに返します。ジャンヌは信じられないといった顔つきでそれを受け取るのですが、その直後、その僧侶が床に写った十字架を踏みつけてしまいます。この時、ジャンヌの顔に一瞬猜疑の表情が表れますし、また、この僧侶を巡って展開されるジャンヌの行く末を暗示するものとなっています。この僧侶は、「汝のために派遣した（この）僧侶に全幅の信頼を寄せられよ」という国王（シャルル７世）からの偽造された手紙を読んで聞かせます。実は、この僧侶は審問官たちとグルで、手紙とこの僧侶は、通常の尋問ではらちが明かないとみた審問官たちが仕掛けた罠だったのです。そして、彼らの奸計にはまったジャンヌは、拷問にかけられることとなります・・・・・。僧侶・審問官による奸計や火あぶりの刑の恐怖に屈して、一度は「異端」を認める書類にサインをしたジャンヌですがーーーただし、そのサインも僧侶が手を添えて殆ど無理やり書かせたもので、ジャンヌ自らの意思で書いたのは最後の十字架の印のみーーー、その直後、ジャンヌは自嘲気味に笑います。それと二重写しで、外の（ヨガやマジックなどの）見世物の様子が映しだされます。つまり、こんな裁判なぞ”茶番”、”物笑いの種”でしかない、ということですね。改心があったということで、審問官から火あぶりを減刑され終身禁錮を言い渡されたジャンヌは、頭を丸坊主にされます。気が抜けたように、床に落ちた髪の毛をじっと見つめるジャンヌですが、その視野に（牢獄で離さず手にしていた）「草で編んだ冠」が入ってきます。それを見たジャンヌは、突然、以前の誇り高き、険しい表情に戻り、毅然として審問官を呼び戻し、前言を撤回します。もちろん、「草で編んだ冠」は、イエス・キリストが磔にされた時にかぶらされた「茨の冠」のメタファとなっているのです。そして、キリストと自分を重ね合わせ、火あぶりの恐怖から、一時的にせよ信仰を危うくした自分のことを恥じ、悔い改めたのでした。正に、中世教会という絶大な権力を誇った組織が、（刑の直前に十字架にしがみつき「苦しみが長く続きませんように」と願うような）一人の小娘に屈服したシーンと言ってよいでしょう。「戻り異端として火あぶり」の報に接し、衛兵が慌てる様子や群集が走って集まってくるシーンが続くのですが、上下逆さまの映像となっています。もちろん、教会が小娘に敗れたということ、すなわち「天地がひっくり返った」ということを表現しているのでしょう。十字架を抱えメソメソと泣くジャンヌですが、そのシーンの合間に赤ん坊が母乳を飲むシーンが挿入されます。ここで、観衆は、あらためてジャンヌが19歳のうら若き女性であったことを思い起こし、来世というものを連想するのではないでしょうか。上空には鳩が舞い、屋根の十字架にとまりますが、これは”昇天”を意味しています。そして、このシーンのあたりから、カメラがジャンヌを捉える角度が下方からのものになっていきます。つまり、観衆の視線に一致するようになるわけです。火刑台に上ってからのジャンヌは、予想に反して、全然神々しくも勇ましくもありません。一人の生身の少女として、弱々しく泣き通しなのです。そして、処刑人は、実に淡々と手際よく”仕事”をこなしてゆきますが、これが却って残酷さを増します（私などは、機械的に多数の人間を処刑していったギロチンを連想しましたが）。そして、火がつけられ、以降は殆ど実時間で捉えたようにゆっくりとシーンが進行します。もだえ苦しむジャンヌの表情を、なんと黒こげになって朽ち果てるまで、カメラは容赦なく捉えていくのです。リアリズムの極致をゆくシーンですね。そして、燃え上がるジャンヌの身体とともに、フランス人の愛国心に火がつき、大衆とイギリス衛兵との闘いが開始されます・・・・。エイゼンシュタインが、『戦艦ポチョムキン』で社会というものを精緻に描いたとすれば、ドライヤーは、『裁かるるジャンヌ」で個人の内面というものを深淵に描いたと言っていいでしょう。

  May 5, 2004

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• 『裁かるるジャンヌ』（一）

  『裁かるるジャンヌ』（1927年、フランス、カール・ドライヤー監督）ドライヤー監督は、デンマーク出身の人です。『裁かるるジャンヌ』は、エイゼンシュタインの『戦艦ポチョムキン』（4月17日の日記参照）同様、「映画の教科書」と称されている作品です。もう一つ「映画の教科書」を挙げるとすれば、『七人の侍』ということになるでしょう。ジャンヌ・ダルクについては、何を今更と言われるかもしれませんが・・・・。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊「百年戦争」の後、フランス国王の後継をめぐってイギリスとフランスが戦争を再開する直前の1412年頃、彼女はシュンパーニュ地方のドン・レミという村で羊飼いの娘として生まれましたが、彼女の生まれた村は王への忠誠が極めて厚いところだったそうです。ジャンヌは13才の頃、どこからともなく声を聞くようになりました。そして彼女が18才になったころ声は彼女に「オルレアンの町の囲みを解け。それにはまずヴォークルールの町へ赴きロベールという名の隊長に会え」と告げたといわれています。戸惑いながらも叔父に付き添われてロベール隊長に会ったジャンヌは、「自分は主が王太子に救いの手を差し伸べるからそれまで、守りを固めるようにと伝えるため、主の命によりやってきた」と告げ、自分を王太子のもとへ送ってくれ、と頼みました。しかし、ロベール隊長はこの彼女の申し出を当然の事ながら拒絶し、彼女の側にいた叔父に向かい、「この娘をひっぱたきさっさと家へ連れて帰れ」と命じました。しかし、ジャンヌは諦めませんでした。その後も、「なんとしても自分は王太子のもとへ赴き主の命を伝えなければならない、王太子には主以外の助けは期待できないのだから」とロベール隊長に掛け合いました。そして、3度目に、ついにロベール隊長は、彼女の申し出を受けました。実は、この地方には以下のような風評があったのです。「オルレアンの囲みを解きて王太子をランスに伴い、戴冠せしむるため王太子のもとに赴くなり、と唱うる“乙女（ラ・ピュセル）”なるものシアンの町を通過せ りとの風聞あり…」ロベールがジャンヌを受け入れた背景には、この風評を基に熱狂した市民に熱い後押しがあったからだ、と分析されています。1429年3月、彼女は、数人の従者とともにシノンの城へと赴き、王太子シャルルへの面会を求め、「自分は天の声にしたがってこの場所にやってきた。王太子はオルレアンの囲みを解き、ランスで戴冠されるだろう」と予言しました。最初は当然の如く拒絶されていたジャンヌではありましたが、ジャンヌが王太子しか知らない事実を告げるというようなことがあって、王太子はジャンヌを信頼するようになったということです。そして4月、王太子シャルルの信頼を得たジャンヌは軍を借りるとすぐにオルレアンへと進軍し、途中イギリス軍と戦い、その戦いに勝つとその勢いでオルレアンを解放してしまいました。オルレアン救出後、ジャンヌは、アランソン公ジャン指揮下の軍に加わり、ロワール川流域の街々をイングランド軍の支配から奪い返す作戦に参加します。そして1429年6月、王太子シャルル、アランソン公ジャンなどとともに、ジャンヌはフランス国王戴冠の街ランスを目指して進軍を始め、翌月には王太子シャルルとともにランスの街に入城します。7月17日にランス大聖堂において戴冠式が行われ、フランス王シャルル7世が正式に即位しました。つまり、ジャンヌの予言は成就されたのです。この頃、フランスを徐々に解放しはじめた王太子の軍のなかでは権力闘争が始まっており、彼女はそんな貴族たちの嫉妬の的となりました。しかし、勢いに乗るジャンヌは、9月にはフランスの首都パリの奪回に乗り出しました。しかし、その戦いでジャンヌ・ダルクは弓矢を受けて負傷。しかも、フランス王シャルル7世の命により、退却せざるを得なくなったのです。ジャンヌの武運はここから下降してゆきます。シャルル7世の人柄を、ブルゴーニュ派の年代記作者が以下のように表しているそうです（当時、ブルゴーニュ候は、イギリスと連合を組んでいました）。「国王には３つの欠点がある。それは、“移り気”、“猜疑心”、そしてその上を行く“嫉妬”である。国王の周りの人々は頻繁に顔ぶれが変った。というのも、国王は、配下の者をその功によって取り立てても、しばらくするとその者がいつか自分に害しないかと不安になってくるのだ。そして、少しでも怪 しいそぶりを見せると国王はその者を更迭してしまうのだ。」ジャンヌたちも、そのような更迭の対象となったのでした。ジャン・デ・アランソン候は、ジャンヌの右腕として常に同じ戦場で戦い、ジャンヌにとってアランソン候ほど頼りになる人物はいなかったでしょう。シャルル7世はそんな二人を別々の部隊へと配属させました。ただ、シャルル7世はジャンヌとアランソン候だけでなく、戦いによって名を挙げた他の臣下たちに対しても同じような措置をとり、そのため不満を爆発させた臣下たちによる謀反が頻発し、なかにはシャルル7世を見限ってイギリス軍と手を結ぶ者もいたほどです。その後のジャンヌ・ダルクは山賊討伐の部隊に配属され、彼女はラ・シャリテを本拠とする野盗討伐に出発しました。しかし、ラ・シャリテの攻略は11月頃で、極寒のなか兵も少なく、国王からの物資の補給もされなかったため失敗に終わっています。1930年4月、イギリスと連合を組んでいたブルゴーニュ候の軍隊がコンピエーニュの町に進軍し、5月に陥落させました。休戦条約を結ぶふりをしながら綿密な侵攻計画を立てて行動を起こしたブルゴーニュ候に対し、シャルル７世には何の準備もありませんでした。有能な部下は、シャルル７世自身の手で遠くへ追いやられたり、失脚させられたりしていたため、シャルル７世が頼れるのはジャンヌ・ダルクしかいませんでした。ジャンヌ・ダルクが出陣したという情報はあっと言う間に広まり、ブルゴーニュ兵やイギリス兵たちの間では大騒ぎになったそうです。しかし、5月、コンピエーニュでの戦いで、城門を占められ敵中に取り残されたジャンヌは、捕らえられてコンビーニュ軍の捕虜となりました。彼女の身柄を確保しようと熱心に活動していたのはパリ大学の神学者と教会で、彼らはパリの異端審問官の名においてジャンヌの身柄引き渡しを要求しました。対して、ブルゴーニュ候はジャンヌを使って多額の身代金を得ることを考えていたのでした。そこで、元パリ大学の総長だったピエール・コーション司教は、イギリスの力を借りて身代金を用意し、6000リーブル、条件次第では１万リーブルまで支払うことで話をまとめました。そして、ジャンヌはイギリスへと渡されることになったのです。シャルル７世はジャンヌがイギリスへと引き渡されるのを聞いたときブルゴーニュ候に、「ジャンヌをイギリスへと売り渡すのなら、こちらの捕虜に対しても同等の扱いをするぞ」と警告しましたが、ジャンヌを引き取るための身代金の用意をするようなことはしませんでした。シャルル７世の警告もむなしく、1931年9月、ジャンヌはイギリスへと引き渡され、ルーアンで教会の異端審問（宗教裁判）にかけられ、異端者（魔女）として広場で火刑に処され、１９年の短い生涯を閉じたのでした。イギリスが何故ジャンヌ確保に動いたのかというと、フランスの占領政策と関係があったようです。その政策とは”精神的”なものですね。フランスでは地方の抵抗も激しく、イギリスがフランスを支配するためにはイギリスの威光をフランス人達に見せ付け、イギリスには到底かなわないと思わせること、つまり”精神的”に支配することの必要性を感じていたのです。まず、イギリスは、ジャンヌには何か魔法のような力が備わっており、これがフランスの抵抗精神のひとつの基になっていると認識していたようで、彼女が生きている間は小さい勝利はあっても、決定的な勝利をあげることができないと考えていたようです。ですから、ジャンヌ・ダルクが処刑されると、イギリスはすぐにシャルル７世の軍に対しノルマンディで攻撃を仕掛けています。また、ヘンリー6世を正式に教会からフランス国王であると認めてもらうため、1431年ノートルダム寺院で戴冠式を行ってもいます。しかし、この時の祝宴に出された料理のほとんどの肉が前の週の木曜日に調理されたものだったため、祝宴は大変不評でした。また、翌日には騎馬試合が行なわれましたが、その余りのみすぼらしさに「イギリス人が彼らの国王の戴冠式に費やした額よりもパリの一市民が結婚式に費やす額の方が遥かに多い」と言われる始末。こうして、イギリスの威光をフランス人に見せ付ける試みは失敗に終わっています。ジャンヌ・ダルクの処刑から18年が経った西暦1449年、（かつてイギリスと連合を結んでいた）ブルゴーニュ候とシャルル7世との連合軍はイングランド軍の手からノルマンディー地方を奪回します。翌1450年、シャルル7世は、ジャンヌ・ダルクの異端裁判に関する調査を命じています。さらに、シャルル7世は、西暦1453年にカスチヨンの戦いに勝ち、イングランド軍からギュイエンヌ地方を奪回し、百年戦争を終結させ、そして西暦1456年、ジャンヌ・ダルクに異端の判決を下した裁判の無効が宣言されたのでした。その後、西暦1920年、ローマ法王庁によって、ジャンヌ・ダルクが聖人の列に加えられています。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

  May 4, 2004

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• 『続・猿の惑星』

  『続・猿の惑星』（1970年、アメリカ）今日、テレビで放映していました。（「1月5日の日記」で説明したように、前作『猿の惑星』（68年）は、60年代アメリカの人種差別問題の寓話でした。体が頑健ですが知能は低そうで、戦闘的で軍事に従事しているゴリラは「黒人」です。聡明ですが冷たい性格で、政治的・法的に官僚として猿社会を支配しているのがオランウータンで、彼らは一種の貴族で、赤みがかった金髪からも分かるように「ＷＡＳＰ（イギリス系白人）」です。体が弱く権力もありませんが、ユーモアがあり温厚な性格を有し平和的で、科学や芸術など文化的職業に従事し、リベラル色が強いチンパンジーは「ユダヤ系」ということになります。こういった現実のアメリカ社会の人種的ヒエラルキーの鏡としてあの猿社会は描かれており、それを背景として人類（白人）と猿（非白人）の支配関係を逆転させたのが『猿の惑星』だったのです。『猿の惑星』製作当時、ハリウッド・20世紀ＦＯＸ社は、社運を賭けて大金を投じた映画『クレオパトラ』（1963年、ジョセフ・Ｌ・マンキーウィッツ監督、エリザベス・テイラー、リチャード・バートン主演）の失敗で経営難に陥っていました。そして、『クレオパトラ』で失敗した20世紀ＦＯＸの社長ダリル・Ｆ・ザナックは、経営権を息子のリチャード・ザナック（当時28歳）に譲り渡していたのですが、そのリチャードが（どこの映画会社からも一蹴されていた）『猿の惑星』の企画にＧＯサインを出し、世に出ることになったのです。『猿の惑星』は世界中で記録的なヒットとなり、ＦＯＸは即座に続編の製作にとりかかりました。さて、『猿の惑星』のテーマが人種差別問題であったのに対して、『続・猿の惑星』のテーマは核戦争です。ちなみに、同じく核戦争をテーマとした『2001年宇宙の旅』（Ｓ・キューブリック）も、『猿の惑星』と同じく68年に公開されています。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊『猿の惑星』は、女性ノバとともに猿の町から逃げ出したアメリカの宇宙飛行士テイラー(チャールトン・ヘストン)が、「禁断地帯」で自由の女神像を発見し、その惑星が実は原爆戦で滅亡した地球であったことを知って愕然とする、という衝撃的なシーンでエンディングを迎えた。その後、なおも禁断地帯を進んで行った2人は、やがて不可思議な天変地異の現象に会う。テイラーは何かを解明したかのように岩に飛び込み、忽然と消えてしまった。1人残されたノバは、唯一の理解者であるチンパンジーのジーラ博士とその夫コーネリアスのもとに向かう。途中、（過去の）地球からテイラーたちの救出にやってきた宇宙飛行士のブレントに出会った。ノバは口をきけなかったが、テイラーの認識票を首にかけていたので、ブレントは彼が生きていることを知った。ノバの案内で初めて猿の世界を目撃したブレントは、テイラー同様驚きのいろを隠しえない。おりから猿の町では、科学大医ザイアス博士（オランウータン）らの反対を押して、ウルサス将軍(ゴリラ)が、食料の確保を理由として「禁断地帯」への侵略を主張していた。ブレントは、ノバの案内でジーラとコーネリアスの家をたずね、必要なほどこしをうけて外へ出たが、ゴリラたちに見つかり2人とも捕らえられてしまった。その後、再びジーラたちに救われた2人は、ゴリラに追われながら地下道を通り「禁断地帯」へと入り込んだ。そして、ブレントも、「禁断地帯」が原爆戦で崩壊したニューヨークの街であることを発見した。なおも奥に進んでいった2人は、放射能の影響による突然変異で生まれた「地下人間（ミュータント）」たちに出会った。メンデスという人物を支配者とする、これら人間の子孫たちは、テレパシーで相手の意志を自由に動かし、眩惑する力（テレパシー）をもっていた。また、彼らは、（地球を消滅させる破壊力がある）「最終爆弾＝コバルト爆弾」を祭壇に安置し、それを「平和の武器＝神」として崇拝しているのであった。ブレントとノバは、そこの牢獄でテイラーに出会う。その時、ウルサス将軍の率いるゴリラたちが、地下人間たちを襲ってきた。対して、地下人間はテレパシーで応酬したが、武力にまさるゴリラたちの敵ではなかった。勝ち誇るゴリラたちはどっと地下へ乱入し、祭壇を守るメンデスを射殺した。コバルト爆弾をロープで引き倒し、それに群がるゴリラたち。この争いの最中にノバもブレント殺され、全てに絶望したテイラーは、悲しみの中で最後の決意をした。彼は、銃弾を受けながらも最後の力を振り絞って、ザイアス博士の目の前でコバルト爆弾の起動スイッチを押した。そして、以下のナレーションが流れて、映画は終わる。”幾千幾億の銀河の星のなかの、緑にめぐまれた、しかし取るに足らないある惑星が、いま、消滅した。”＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊「地下人間」たちは、コバルト爆弾（地球を消滅させる最終兵器）のことを、「テレパシーを有する自分たち（ミュータント）を作った神」として、また「平和のための武器」と称して崇拝していたのですが、「平和のための武器」というのは、当時はびこっていた「核抑止力に均衡（平和）論」に対する皮肉ですね。地球を何度も破壊できる規模の核兵器を保持していれば、相手は絶対に戦争をしかけてはこないだろう。いったん戦争となれば、核ミサイルで双方とも全滅してしまう。その恐怖が、全面戦争を防いでいるのだ、と。しかし、そのような期待とは裏腹に、いろんな要素で、誰かが核ミサイルのスイッチを押しえるのだ、とこの映画は警告しているわけです。『続・猿の惑星』のシナリオは当初、地球の支配権を人間が取り戻す「人類復興」がテーマとされていたそうです。しかし、そのストーリーが気に入らなかったプロデューサーの（『猿の惑星』で、ピエール・プールから映画権を買った）アーサー・Ｐ・ジェイコブズは、映画『戦慄の7日間』でオスカーを獲得した脚本家ポール・デーンを招きました。デーンは、殆ど、核戦争の恐怖に取り付かれたような男でしたので、『続・猿の惑星』のテーマも核戦争になったという次第。また、「禁断地帯」に侵攻しようとするゴリラの軍勢に対して、チンパンジーたちが「戦争反対」、「ピース」といったプラカードを掲げてデモを行い、ゴリラに一蹴されるシーンがあります。これは、当時、毎日のように行われていたベトナム反戦デモのパロでしょう。さて、『続・猿の惑星』で地球は消滅したのですから、さらなる続編はありえないことになります。実際、ポール・デーンは、そのつもりで地球を吹き飛ばしたのでした。しかし、経営が悪化しているＦＯＸが、ドル箱の『猿の惑星』シリーズの続編をそう簡単にあきらめるはずがありません。そこで、デーンはどうしたか・・・・。この陳腐な謎解きは、『新・猿の惑星』（1971年）でどうぞ。

  May 1, 2004

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  『男性と女性』

  『男性と女性』（1919年、アメリカ、セシル・B・デミル監督）セシル・B・デミルといえば『キング・オブ・キングス』 (1927年)、『クレオパトラ』 (1934年)、『十戒』 (1956年）などの大作スペクタル映画（つまり、古典的なハリウッド映画）で有名です。この『男性と女性』においても、衣装や古代バビロニア宮殿のセットに豪華さの片鱗が認められますが、後の大作映画に比べれば”地味な”作品といえます。内容も、当時の上流階級を辛辣に描いており（もともと、デミル監督は上流階級を風刺するのが芸風だったようです）、後の大作とは一線を画しています。ストーリーは、上流階級が執事や召使を伴ってヨットで航海に出て難破し、無人島で数年間共同生活を送るというものですが、そこはアメリカの文明社会とは違い、サバイバルの術に長けた者が他人を支配することになり（無人島では執事のクライトンが王となる）、執事と上流階級の立場がひっくり返るという「逆転物語」です。その後、映画において何度も繰り返されているパターンです。”余がバビロン王の頃、汝は奴隷だった”作中、クライトンは上の言葉を何度も呟くのですが、これはヘンリー詩集からの引用だそうです。無人島で王として君臨する執事のクライトンは、もともと令嬢のメアリに想いを寄せており、無人島で生活するうちにメアリのほうもクライトンと結ばれることを願うようになります。ですから、（同行していた召使のトゥイーニーがずっとクライトンのことを慕っており、クライトン自身もそのことに気づいていたとはいえ）クライトンがメアリの求婚を受け入れれば、それで目出度しということになるのでしょう。しかし、ここから先、この映画の展開はちょっと複雑なのです。クライトンは、メアリの求婚を受け入れるべきかどうか迷い、その迷いを表出するために、いろいろな言葉やエピソードが挿入されてゆきます。例えば、バビロン王の関連から、バビロンの挿話を彼は想起します。”余に服従するか、檻に入るか選ぶがよい”バビロンの王であるクライトンは、奴隷のメアリに対して愛情を自分に注ぐよう命じて、それが拒絶されるや上のように迫ります。そして、奴隷女（メアリ）は毅然として檻の中に入ることを選択しライオンに食べられてしまいます。”余は汝を捨て、汝の誇りを傷つけた”バビロン宮殿のシーンの直前、上の字幕がはいるのですが（『男性と女性』は無声映画です）、その言葉どおり、バビロンの王であるクライトンは、メアリの死に接して深く嘆き悲しむことになります。”本当に愛していれば、身分の差なんて関係ないわ”バビロンとは逆に、無人島では、上のようにメアリの方がクライトンに迫ります。しかし、無人島の王たるクライトンは誘惑に負けそうになりながらも、現在のメアリの（クライトンに対する）愛情は、権力や支配力によって歪められた「偽りの愛」であることを多分見抜いているんですね。もちろん、「求める・求められる」という立場の違いこそあれ、バビロンでのエピソードも同様の本質を有するわけです（権力や支配力を背景とした「偽りの愛」である、と）。クライトンにとっての「本当の愛」とは、貧しい境遇にあってもずっと自分のことを慕い続けてくれていた（召使い）トゥイーニーのものだったということになります。そして、ラスト、トゥイーニーと楽しそうに農作業を行うクライトンの姿で、この映画は幕を閉じます。ちょっと複雑な内容ですが、「上流階級が求める愛（支配・非支配という関係を基にした愛）」というものに対する風刺となっていることが理解できるでしょう。ただ、未だによく分からないのが、『男性と女性』という題名の意味です・・・。

  Apr 30, 2004

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  『大地のうた』

  『大地のうた』（1955、インド、サタジット・レイ監督）『大河のうた』、『大樹のうた』と合わせて、レイ監督の「オブー三部作」の嚆矢をなす作品です。56年カンヌ国際映画祭における受賞は、51年ヴェニス国際映画祭において『羅生門』でグランプリ（金獅子賞）を受賞した黒澤明と並び、世界にアジア映画の最初の台頭を告げるものであったとされています。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊一九二〇年頃、インド・ベンガル地方の小さな村に住む貧しい家族の物語。一家は主人のハリ、妻のサルバジャヤ、娘のドガ、息子のオプーの四人。ハリは給料の低い無力な官史で、僧侶兼学者としての教育をうけながら、詩や創作劇を書くことを夢みていた。彼の無力のため、今や代々受けついできた立派な果樹園も借金のかたにとられてしまっていたが、生来の楽天家の彼は一向に気にしていない様子。妻のサルバジャヤは、こんな夫によく仕え貧しさに耐え、自分たちの子に一日に二度の食事と、一年に二枚のサリーがあったらと望んでいるが、その願いもみじめな現実のために破られてしまっている。そんな一家に、ハリの親戚である老婆がころがりこみ、生活はますます苦しくなるばかり。老婆を好きだったドガは、食べるだけが楽しみの老婆のために、果樹園から果物を盗んでは与えていた。祭りが近づいたある日、ハリが三ヵ月分のたまっていた給料をもらって帰ってきた。苦しかった一家にもやっと笑顔がみられ、親子は何日ぶりかで幸せをあじわった。その後まもなく、年老いた老婆は、老木が朽ちるように死んでいった。それを、じっと見守るドガ。オプーとドガが遠くまで汽車を見に行った日のことだった。ハリは、まとまった金が入るからと、妻がとめるのもきかずに成人式をとり行うために旅立っていった。しかし目的地へ着いたら成人式は中止だったので、家の修理に必要な金をかせいでから帰る、という便りをしたきり五ヵ月もの間留守にしたのあでった。サルバジャヤは、その五ヵ月の間、じっとハリの帰りを待っていなければならなかった。飢えということは哀しいことだーーーサルバジャヤはそんなことを思いながら、お金になりそうな物を売っては飢えをしのぐのだった。だが、もう売る物も売りつくし、サルバジャヤは息もたえだえだった。その上、雨にあたったのが原因で、持病の肺炎を悪化させてドガは死んでしまった。そんなある日、ハリは新しいサリーを買って帰ってきた。しかしすべては後の祭だった。ハリは新しい土地で人生を出直そうと決心し、親子は夜明けの道を進んでいった。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊映画は、近代化の波のなかで極貧にあえぐ一家の様相を、当時の市民の紛れもない現実として淡々と描いてゆきます。また、不足がちの機材で、実際の街路や室内で、直射日光や自然光でもって撮られたものです。つまり、イタリアのネオ・レアリズモの影響が強くみてとれる作品といってよいと思います。そういう眼で観てみますと、頼りにならない主人のハリは、『自転車泥棒』（デ・シーカ 監督、3月1日の日記参照）の主人公リッチを連想させますし、妻のサルバジャヤは、『ベリッシマ』（ヴィスコンティ監督）の猛烈ステージ・ママを彷彿させるものがあるようです。極貧という厳しい現実のなかにあっても、誇りや尊厳ーーー実際には”世間体”に近いのですがーーーだけは維持しようと懸命なサルバジャヤ、いかにも無欲で大らかなハリ、純真に生を謳歌する姉弟、殆ど悟りきったように自然に死を迎える老婆、裕福でちょっと意地悪で疑り深い地主夫婦。これらの登場人物たち、いずれもどこかで見かけたような人たちばかりですね。これらの人物たちが、「大地」を舞台として、さまざまな人間模様を織りなすわけですが、私にとって印象深いのは、やはりなんと言っても姉のドガ、そして老婆ですね（二人とも、亡くなってしまうのですが）。ドガとオプーの姉弟は、どこの家庭でもあるように、しょっちゅう喧嘩します。しょっちゅう喧嘩するというのは、それだけいつも一緒にいるということで、まあ、本当のところは仲がいいのです。ラスト近く、ドガが亡くなる直前は、ドガを中心として物語りが構成されるのですが、ドガと自然（大地）の交わりがメイン・テーマのようです。豪雨のなか、河の傍らで踊ったドガは、その直後、弟を愛しそうにしっかりと抱きしめるのですが、この映画で殆ど唯一、両者の情愛の深さを現すシーンです。この雨のなかの無理がたたってドガは肺炎で亡くなるのですが、亡くなる直前、まるでドガの魂を迎えにきたかのように強風が家に吹き込んできます。対して、母親（サルバジャヤ）は、魂を抜かれまいとして必死にドガを抱え込みます。ドガは生前、地主の娘のネックレスをくすねて、それを壷のなかに隠していました。ドガの死後、そのネックレスをオプーが偶然見つけ出します。壷が転がり、ネックレスとともに這い出す蜘蛛。オプーは、そのネックレスを人知れず沼に捨てるのですが、そのシーンが実に素晴らしいーーーネックレスの窃盗は、ドガにとっては人生の”恥部”であったわけですが、その秘密を永遠に封じ込めるかのように、水面に浮かぶ水草がネックレスを捨てた跡を優しく包み隠していきます。そして、ラスト、一家が旅立った後、一匹の蛇が土中からあらわれて家のなかにそっと入ってゆきますが、蛇はドガの化身のようです。私にとって、感動を呼ぶというより、かつての田舎の生活を彷彿させてくれる映画でした。そういう意味でも、この映画、紛れもない現実です。

  Apr 29, 2004

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  『ストーカー』（終）

  「ストーカー」、「作家」、「教授」。この三人は、現実社会を構成する要素のメタファになっています。・ストーカー：ゾーンの神聖や神秘性をことさら強調し、ルール（戒律）や自分の指示の遵守を命じ、そして、ゾーンの存在目的を「幸福」や「希望」といった、漠然的かつ偽善的な言葉でしか表明できない人物です。ものごと、とりわけ人間の生の「価値や理由」を求めることには、もちろん意味があります。しかしながら、ゾーンを「彼岸＝真理＝神」として設定することによってしか、その意味を解き得ないとする態度が、彼の持ち味です。ストーカーとは、現実社会における【聖職者・僧侶】のことですね。以下の作家の言葉は、宗教的行為に対する痛烈な批判になっているわけです。”もういい、黙ってろ。貴様の正体は読めてるんだ。親切ごかしやがって。他人の不幸で食ってる。楽しんでやがるんだ。ここでは貴様は王だし神だからな。汚らわしい偽善者め。他人の命をもてあそびやがって。お前らストーカーは「部屋」には入らんそうだな。当然だ。秘密の権力を楽しんでるからだ。そうだろう。”・教授：「皆が部屋を信じはじめたらどうする。ゾーンは誰のプラスにもならない。だが悪い奴に利用されるといけないから」という理由で、ゾーンの「部屋」を破壊するために彼はやってきたのです。そういう彼は、啓蒙家、合理主義者、そして正義漢です。教授は、現実社会における【近代性】の具現者ですね。彼の唱える正義は、作家によって以下のように批判されるのですが、これは近代批判といってよいでしょう。”個々の人間の愛や憎しみは、そんなに強くはないよ。全人類に及ぼすほどはね。せいぜい金や女を欲しがり、意地悪な上司を呪うくらいさ。正義の世界や神の国を求めるなんてのは、もう個人の望みじゃなくてイデオロギーだ。無我の愛なんか成立するはずがない。本能的な欲望ほどはね。あんたは全人類のために、何かしでかそうと思ってるね。おどろかんよ。人類なんかどうなっても構わんが、あんたには何もできん。せいぜいノーベル賞を貰うくらいさ。どうせあんたが思ってるようには、何ひとついくはずがないんだ。くだらん。望んだものと全く違うものが出てくるよ。”・作家：「自分は善人ではない」とあえて自称するリアリスト、個人主義者、そしてニヒリストです。そして、人間の本性として物質的・肉体的欲求（本能的欲望）を借定しますが、この辺はニーチェを連想させます。他にも、「言葉」、「音楽」、「インスピレーション」、「行為」など『ツァラトゥストラ』を連想させるものが多数登場します。作家とは、現実社会における（宗教や近代に支配されてきた）【大衆】、しかもかなり感性や嗅覚が鋭い【大衆】のことですね。彼は、他の二人に先駆けてゾーンの意味（「無意味性」）を見抜き、その言葉に説得されて教授は「部屋」の爆破を放棄したのでした。私は、作家の言葉・考え方に最も共感をおぼえ、『ストーカー』という題名にかかわらず、主役はたぶん作家であろうと薄々感じてはいましたが、タルコフスキー自身も以下のように同様のことを言っています。”『ストーカー』の場合、もしかするとストーカーは私にはそれほど重要ではありません。私にとってずっと重要なのは作家です。冷笑家として、プラグマティストとして、ゾーンに入って、自分は善人でないと悟って、人間の尊厳を口にする人間になって帰って来る作家なのです。”＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊では、何故、タルコフスキーは、このような作品を作ったのでしょうか？それは、当時のソ連の状況、とりわけ「スターリン批判」とは無縁ではありません。＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝【スターリン批判】1956年2月のソヴィエト共産党第20回大会における，フルシチョフ第1書記の演説を契機に開始されたスターリン（1953年3月死亡）の指導体制に対する批判運動。批判のおもな対象は個人崇拝，党内民主主義の抑圧，集団指導制の無視，民族政策や経済政策とくに農業指導の誤りなど多岐にわたっている。約4半世紀半にも及ぶスターリン統治時に関する評価の問題として，レーニン死後の一国社会主義論による経済建設，ナチス＝ドイツとの国家の存亡を賭けての戦争など歴史的に重大な出来事を含んでいるだけに，その国際的余波は大きく，ハンガリー動乱（同年10～11月）・中ソ対立などをひきおこした。しかしこの批判運動にはスターリン時代にうっ積された国民の不満を政府支持に転換・利用しようとする意図もうかがわれ，その後部分的かつ徐々にスターリンの復権化も試みられたこともあるが，その評価はまだ流動的である。http://www.tabiken.com/history/doc/J/J319R100.HTM＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝「スターリン批判」以後、ソ連の映画界の若い世代の最も優れた才能の持ち主と評価されていた人物こそが、タルコフスキーに他ならなかったのです。彼の映画は、常にこの「スターリン批判」という文脈で貫かれています。例えば、4月18日の日記で紹介した『鏡』という映画からは、以下のような意図を読み取ることができます。＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝　１９７５年の『鏡』は、彼の自伝的内容の作品です。ストーリーは、私（作者）による一人称形式で進行し、鏡はさまざまな人を映し出し、同時にその後にいる彼自身を映します。私の見たもの、思ったこと、想い出を、偶然の連想に導かれて描いていく複雑な構成になっています。夢の中で、自分が生まれた祖父の家、鏡に写る水に濡れた母の髪、１９３５年、田舎の干草置場で火事があり、その日から父がいなくなったシーンがつらなります。　その構成は、ソ連の社会主義リアリズムから離脱し、抽象的・難解といえるものでしたが、表面的にはスターリン批判を直接示していません。しかし、ソ連当局は、『アンドレイ・ルブリョフ』に続いて、これもきびしく批判しました。彼らは、何をスターリン批判、ソヴェト体制批判として、敏感に捉えたのでしょうか。　映画を観ても、タルコフスキーは、単純にスターリン・体制批判という政治的意図に基づいて製作したものとはいえません。しかし、全編にただようのは、ソヴェト体制の重苦しさから逃れて、人間の真実と自由に生きたいという願望がにじみ出ています。　冒頭に、どもりの少年を催眠術療法で治療するテレビ中継のエピソードが出ます。その少年は、どもりを克服し、「私は話せます」の一語を発するのです。それは、ある人々はどもらされている。だが、真に言おうと思い、言えると信じたとき、人はどもらず、正しく話すことができるのだという“喋る自由の獲得”を暗示しています。　次の納屋火事シーンは、詩人の父が去った１９３５年に起きます。その年から、スターリン大テロルが走り出し、火事は、大粛清の発端と父粛清を示しているともとれます。そして、突然起る風によって、草原の草がなびき、森の木々がざわめく情景は、〈私〉の悲哀のモチーフとして繰り返し現われます。　その後、印刷工場に勤めていた母が、校正ミス(スターリンに関する政治論文？)をしたのではないかと思い込み、横なぐりの激しい雨のなかを、青ざめて、印刷所へ駆けて行くシーンが出ます。これは、誤植か校正ミスだけでも粛清される血なまぐさい事件を象徴しています。ソ連における数千万人の粛清体験者が観れば、このシーンが何を意味するのかを正確に読み取ることでしょう。　これらの断片的エピソード、繊細な水と風の詩的映像をつなぐなかで、その前衛的構成と象徴性は、ソヴェト体制の社会主義リアリズム映画手法に真っ向から対決する作品となりました。　さらに、『鏡』の主人公〈私〉は、「詩人は人の心を感動させるために存在し、偶像崇拝者を教育するためではないんだ」と明言します。この「偶像崇拝者」せりふからは、ソ連当局が、なぜ『鏡』にたいしても、強烈な批判をしたのかもうなづけます。http://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/eiga2.htm＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝最後の文章にある、「偶像崇拝者」という言葉に注目しますと、『ストーカー』に登場するストーカーと教授はともに「偶像崇拝者」であることが分かります。前者は宗教家としての、後者は近代合理主義者（マルクス主義者）としての。偶像崇拝の批判者としてタルコフスキーが追求したものは、「精神の自由」、「内面の自由」というものでした。「スターリン批判」という、偶像（束縛）が破壊された後の一種「世紀末的様相」においては、どうしても「自由」というものが問題にならざるをえないのです。そのことをタルコフスキーは真摯に考察し、そのことを映画化していったのです。人間が「自由」というものを目指すために必要な第一歩は、ニヒリズムを徹底することです。映画『ストーカー』では、作家がその役割りを担っているわけです。

  Apr 28, 2004

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  『ストーカー』（二）

  見晴らしのいい場所で、ストーカーが二人に諭した。”さっき、あなた方は、芸術の無欲性についてお話でしたね。たとえば音楽です。現実ともっとも関係が薄いし、主義主張もなく、全く機械的で意味のない音で、連想も呼び起こしません。それなのに、音楽は人の魂に直接響くのです。体内の何が共鳴するのでしょうか？何が、単なる音のつながりを喜びに変えて、何のために私らを感動させるのでしょうか？誰のためでしょうか？何のためでもなく、誰のためでもなく、無欲なのですか？そんなはずはない。すべて必ず価値を持っているはずです。価値と理由を。”一行は、「肉挽き機」とよばれる不気味な洞窟にやってきた。ストーカーはマッチ俸でクジ引きをさせて、やはり作家を先に行かせた。「肉挽き機」を通り抜けた作家は、「砂漠」の井戸に石をポンと投げ入れ、つぶやきはじめた。”これもまたひとつの実験だ。実験とやらを重ねて、事実を見つけ出すつもりか？事実なんてものはありゃしない。ゾーンだってそうだ。すべて、誰かのバカげた思いつきさ。誰の思いつきか知りたいか？ばからしい。そんな知識など、何の役にも立たん。誰の良心が知識を求めて痛む？俺になんぞ良心はない。神経だけだ。どこかの阿呆に罵られて傷つき、別の阿呆に褒められて傷つく。奴らは俺の魂も心も食いつくすんだ。俺の捨てた恥まで食らう。ひとりひとりは教養もあるが、皆感覚的に飢えてるんだ。ジャーナリストや編集者、批評家、次々と現れる女たち、皆がまわりで騒ぎ立てる。原稿を“よこせ、よこせ”だ。俺が作家だなんて。書くことを嫌悪している、この俺が。苦しみだ。病的で恥ずべき行為だ。痔を押しつぶすような。俺は必要な人間だと思っていたが、全くの誤りだった。死ねば2日後に忘れられる存在でしかない。俺は世界を作り直そうとしたが、反対に作り直された。以前は、未来が現在の続きにすぎなかったが、地平線のあたりで混乱して、未来は現在に合流した。それが分かっているのか？連中は食らうだけで、知ろうとしない。”ストーカー：　運がいいですね。ここまで来られた。　　　　　　　　100年は生きられますよ。作家：　永遠にではあるまいな。永遠は恐ろしい。ストーカー：　どうやらあなたは素晴らしい人なんですね。　　　　　　　　あなたは苦難を乗り越えました。　　　　　　　　あのトンネルは恐ろしい場所です。肉挽き機と呼ばれるほど。　　　　　　　　何人も殺されました。　　　　　　　　ヤマアラシの弟もです。やさしい詩人でした。ストーカーは、「肉挽き機」で死んだヤマアラシの弟の詩をきかせる。”ひっそりと夏は去った　暖かいというだけでは淋しい楽しい夢が叶えられるとしても　ただそれだけでは淋しい善も悪も明るく燃え上がる　ただそれだけでは淋しい生は私をやさしく包んでくれる　幸せというだけでは淋しい葉は焼かれず　枝も折られないで　さわやかというだけでは淋しい”作家：　くだらん。なぜそんな詩を聞かせる。ストーカー：　うれしいんですよ。皆が無事つけるなんて、滅多にないことです。作家：　うまく乗せたつもりでいるな。おだててもダメだ。知ってるぞ。　　　　　マッチは２本とも長かった。分かってるさ。　　　　　このろくでなしは、あんた（教授）が気にいってるらしい。　　　　　気にいらん俺を、肉挽きトンネルに押し込んだってわけさ。　　　　　貴様に人の運命を決める権利があるのか？ストーカー：　そうじゃありません。作家：　どうして長いマッチをつかませた。ストーカー：　その前にゾーンがあなたを通したからです。　　　　　ゾーンがあなたを選んだんですよ。本当です。　　　　　間違うと恐ろしいので、私は人を選びません。伝えるだけです。ストーカーのことを見透かしたように、作家がたたみかける。”もういい、黙ってろ。貴様の正体は読めてるんだ。親切ごかしやがって。他人の不幸で食ってる。楽しんでやがるんだ。ここでは貴様は王だし神だからな。汚らわしい偽善者め。他人の命をもてあそびやがって。お前らストーカーは「部屋」には入らんそうだな。当然だ。秘密の権力を楽しんでるからだ。そうだろう。”ストーカーが言い返す。”それは違う。違います。ストーカーは利益を目的にしてはならないのです。許されないんですよ。私は確かにろくでなしです。世間では何もできません。妻も幸せにできず、友達もありません。ただ私には、ここがある。外には何もない。ここだけです。ゾーンの中だけに、私の自由も尊厳も全部あるんです。私と同じように痛めつけられた人たちを、ここに連れてきて助けることもできます。希望を与えるんです。私にはできる。人助けできるのは幸せです。無上の幸せですよ。”作家：　そうかもしれん。　　　　しかし、君の話はつじつまが合わんよ。　　　　君自身、理解してないんだろう。　　　　なぜ、ヤマアラシは首を吊った？ストーカー：　利得を目的にゾーンに入ったからです。　　　　だから、弟を肉挽き機で・・・。作家：　どうして首を吊ったんだ？　　　　弟を取り戻しにくればよかったのに。　　　　後悔のためか？ストーカー：　そうしたかったでしょうが、・・・・分かりません。全てを読みきったように、作家が解説する。”ここで叶えられる望みは、無意識のものなんだよ。頼んでもダメなんだ。多分、自分の本性が現れるんだろう。人は自分の本性を知らずに一生ふり回される。ヤマアラシは貪欲に負けたんじゃない。弟を返してくれと哀願したのに、ゾーンが彼に与えたのは大金だったのだ。本性に、そぐわしいものだ。彼は最後にそれを理解したんだよ。だから首を吊ったんだ。俺は中に入らんぞ。自分の本性の腐肉など欲しくないし、他人にも見せたくない。首を吊りたくもない。自分の家で飲んだくれているほうがましだよ。俺みたいな男を連れてくるようじゃ、君も人を見る目がないぞ。それに奇蹟が存在するという証拠があるか？ここで望みが叶えられると誰に聞いた？ここで幸福になった人間を知っているかね？ヤマアラシか？ゾーンやヤマアラシや「部屋」のことを、そもそも誰が君に話したんだね？”そして、教授がゾーンにやってきた目的が判明する。彼は、ゾーンの部屋を爆薬で破壊するためにやってきたのだ。”皆が部屋を信じはじめたらどうする皆がこの部屋に殺到するだろう　それは時間の問題だそれも千単位で押しかける没落した王や宗教裁判官やヒトラーの同類やそれにさまざまな慈善家たちも、世界を改良しようと押しかけるだろう（そんな連中は・・・・）連れてこないというのか？君だけがストーカーじゃないそれに誰が何の目的でくるか、君らには分からんのだ犯罪が増えているのは君らのせいかもしれん軍事クーデター、政府内のマフィア、関係ないか？レーザーに超バクテリア、金庫に隠されている汚らわしいもろもろ　関係ないか？”しかし、作家に嘲笑される。”ばかばかしい。個々の人間の愛や憎しみは、そんなに強くはないよ。全人類に及ぼすほどはね。せいぜい金や女を欲しがり、意地悪な上司を呪うくらいさ。正義の世界や神の国を求めるなんてのは、もう個人の望みじゃなくてイデオロギーだ。無我の愛なんか成立するはずがない。本能的な欲望ほどはね。あんたは全人類のために、何かしでかそうと思ってるね。おどろかんよ。人類なんかどうなっても構わんが、あんたには何もできん。せいぜいノーベル賞を貰うくらいさ。どうせあんたが思ってるようには、何ひとついくはずがないんだ。くだらん。望んだものと全く違うものが出てくるよ。”爆薬をセットしながら、教授がつぶやく。”ここは誰のプラスにもならない。だが悪い奴に利用されるといけないから、これ（爆弾）を作ったんだ。だが、その後、皆の意見が変ってね。ひょっとして奇蹟かもしれないし、希望を残しておこうということになった。それで友人たちは、この爆弾を隠したが、私が見つけだしたのさ。破壊するのが本当だと思ってね。これでも私は偏執狂じゃないつもりだが、あらゆる無頼の徒に、この病巣が開放されている間は、眠りも安らぎもない。それとも、ゾーンが自衛してくれるかね。”ストーカーが哀願する。”世間に希望は残されてません。絶望した時に、来られる場所はここだけなんです。あなた方も来た。どうして破壊するんですか。”・・・・・ようやく、三人の男の役割りが分かってきた。この三人の男は、それぞれ社会の構成要素の縮図になっている。そして、タルコフスキー監督が、この映画で何を訴えたかったのかも、おぼろげながらみえてきたようだ。

  Apr 27, 2004

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  タルコフスキーの『ストーカー』（一）

  『ストーカー』（1979年、アンドレイ・タルコフスキー監督）男たちが、「ゾーン」を目指して旅をする。ゾーンとは？”隕石が落ちたのか、宇宙人がきたのか分からない。とにかくある地域に奇怪な現象が起きた。そこがゾーンだ。軍隊を派遣したら全滅してしまった。それ以来、ゾーンは立ち入り禁止になっている。手のうちようがないんだよ。”　　　（ノーベル物理学者ウォーレス博士が、ライ記者に語った言葉）男たちとは、「ストーカー」（ゾーンへの水先案内人）、作家、そして教授（物理学者）の三人。ゾーンの奥にはすべての望みを叶える「部屋」があるという。ストーカーは、妻の泣きながらの反対を強引に押し切り、二人を案内するが、ゾーンの入り口でいきなり衛兵の銃弾の雨のお見舞いを受ける。何故、彼らはそうまでしてゾーンへ向かうのか？作家はこういう。”何のために行くのか、私にも分かりません。自分が何を望んでいるのか、何を望んでいないのかが、明確でないんです。何か考えついても、その名を出すとすぐ氷のように溶けて消えてしまう。私は菜食主義者であるけれども、肉のうまさは忘れられない。一体私は何を欲しているのか？”リュックサックを後生大事に抱える教授は、目的を決して語らない。また、数々の人間をゾーンに案内しながらも、自らは決して”部屋”に入ろうとしないストーカーは、「幸福」のためだと言う。教授：　２０年ほど前、ここに隕石が落ちたらしく、村が焼けました。隕石を探してもなかったんですよ。作家：　どういうことですか？教授：　それから人々が消え、連絡が絶えました。　　　　　隕石と言われたのが、どうも違うらしいということになって、手始めに鉄条網が張られたんです。　　　　　危険地域というわけでね。　　　　　すると変なもので、反対の噂が立ちました。ゾーンに宝が埋まっているというような。　　　　　それ以来、警戒が厳重ですよ。バカ者が入るといかんというので。作家：　隕石でないとすると何ですか？教授：　まだ分かっていません。作家：　あなたのお考えは？教授：　どうにでも考えられますからな。同僚の考えでは、人類へのメッセージ、または贈り物だそうです。作家：　贈り物ならありがたいが、何のためのです？ストーカー：　幸福のためでしょう。かつてゾーンへ入って帰ってきた、ジカブラス（「ヤマアラシ」）について、ストーカーが話す。ストーカー：　ここに花壇もありましたが、ジカブラスが踏みにじって。　　　　　　　　でも花の香りは何年も残っていたんですがね。　（なぜ踏みにじった？）ストーカー：　分かりません。理由は教えてくれませんでした。「いずれ分かる」といって。　　　　　　　　ゾーンを憎んでいたようです。（そのジカブラスとは何者だね？）ストーカー：　ヤマアラシというあだ名で、ゾーンをよく知っていました。　　　　　　　　私も彼からいろいろ教わったんです。当時は皆に先生と呼ばれていました。　　　　　　　　その後、彼に変ったことが起こりましてね。罰を受けたような・・・。　　　　　　　　ある時、彼はゾーンから帰ってくると、金持ちになったのです。大金持ちにね。（それが、罰ですか？）ストーカー：　一週間後、首を吊りました。（どうして？）ストーカー：　・・・・・・「真っ直ぐに進んではいけない」、「ゾーンは刻々と変化する」、「絶望した者だけが、ゾーンに招かれる」、「一度戻ったら、再びここへは来れない」、「私の言うことを聞かないで、命を落とした者もいる」などと、ストーカーの言うことは謎めいており、神秘的であり、そして「ルール」には厳しい。だが、ストーカーは、決して自分が先頭に立って進もうとはしない。そして、彼は時々、詩をつぶやく。以下のような。”私が見ていると、大地震が起こって太陽は毛織の荒布のように黒くなり月は血のようになり天の星は　いちじくの青い実が大風に揺られて振り落とされるように地に落ちた天は巻き物が巻かれるように消えて行きすべての山と鳥とはその場所から移されてしまった地の王たち　高官　千卒長　富める者　勇者奴隷　自由人らはほら穴や山の岩かげに身をかくしたそして山と岩とに向かって言った御座にいます方の御顔と小羊の怒りとから　かくまってくれ御怒りの大いなる日が来たのだその前に立つことができようか”「ゾーンの”部屋”に入って、インスピレーションでもえるか」と自嘲気味に語った作家は、思いなおしたように以下のように語る。作家：　ねえ、教授さん。さっきインスピレーションの話をしたね。　　　　　もし私がその部屋に入って、天才作家となったとしようか。　　　　　人間が物を書くのは、苦しみ、疑うからだ。　　　　　自分や周囲に、自分の価値を証明しようとするからだよ。　　　　　自分が天才だと知れ渡ったら、何のために書く？　　　　　　必要なかろう。　　　　　私に言わせるなら、そもそも人間の存在は・・・・教授：　静かにしてくれ。眠りたい。昨晩は一睡もしてないのでね。そういう話はもう・・・・。作家：　いずれにせよ、あんたらの科学技術など、溶鉱炉や車輪、その他もろもろは　　　　　より少なく働き、より多く食らうための、副次的なものだよ。　　　　　人類が存在するのは創造するためだ。芸術作品をだよ。　　　　　それは人間の他の活動に比べて、無欲に近い。　　　　　真理の探究なんて無意味だ。錯覚だよ。　　　　　聞いているのか、教授。教授：　まだ飢えのために死ぬ人間もいるんだぞ。　　　　　君は地球の人間か？作家：　こんなのが頭脳貴族かい。　　　　　抽象思考に欠けているよ。教授：　さっきから、人生の意義を説いてくれた上に、思考法もかね。作家：　説いても無駄さ。教授のくせに無知だよ。そんな会話をかわす二人に対して、ストーカーの皮肉が飛ぶ。”この日、二人の弟子が、エルサレムから７マイルばかり離れたエマオという村へ行きながら、語り合い論じ合っていると、イエス自身が近づいてこられた。しかし、彼らの目がさえぎられて、イエスを認めることができなかった。イエスは彼らに言われた。「互いに語り合っているその話は、何のことなのか？」”・・・・・ゾーンの「部屋」への旅、先は未だ々長い。

  Apr 26, 2004

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• 『氷の接吻』

  『氷の接吻』（1999年、イギリス、ステファン・エリオット監督、ユアン・マクレガー＆アシュレイ・ジャッド主演）今日ＴＶで放映されていました。＊＊＊＊＊＊＊＊ワシントンD.C.の英国大使館国際情報部で働く諜報部員”EYE ”（ユアン・マクレガー）は、局長の息子が信託資金の遣い込みをしているとのことで調査に向かう。その張り込み中、ジョアナ（アシュレイ・ジャッド）が「メリー・クリスマス・パパ！」と叫びながら局長の息子を惨殺するところを目撃する。アイは「”レベル3”発生」ということで本部に報告しようとするが、蒸発してしまった娘が現れて（幻想）「言ってはダメ！」と忠告される。アイは、そのまま彼女を追うことになるが、殺人を繰り返す彼女のことを調査し「ストーク」するうちに、段々と彼女に魅了されてゆく・・・・・。＊＊＊＊＊＊＊＊この映画の主役は、ステファン・エリオット（監督）でしょう。ユアン・マクレガー（『スター・ウォーズ』で若きオビワン・ケノビを演じています）やアシュレイ・ジャッド（世界で最も美しい美男美女50人に選ばれています）は、私としてはとり立てて好きな俳優ではありませんし、演技も凡庸と思います。むしろ、脇役陣のほうが光っていました。また、ストーリーも、原作は、父親を失った若き娘と、娘を失った中年の父親の出会いを扱ったものでしたが、それを同年代男女のラブストーリー（とはいえ、かなり屈折したそれですが）に変奏させたもので、やはり展開に若干無理があるようです。しかし、マクレガー監督によるセンスのいい映像・音楽によって、独特の世界が醸成されています。アイの幻覚として、失った娘が登場してくるのですが、この雰囲気に実によくマッチしていると思います。エリオット監督はオーストラリア出身ですが、オーストラリアといえばゲイ大国で、その象徴が「マルディグラ」。これは、毎年2～3月にシドニーで開催される、ゲイやレズの祭典です。これをみに、毎年約70万人もの観光客が集まるそうです。私もオーストラリア・シドニーに行った時に、現地の添乗員から真っ先に注意されたのが「”その気”のない人は、ゲイスポットに近づくな」ということ。ゲイスポット（バーなど）には、独特の「旗」が立てられていますので、すぐに分かります。エリオット監督は、1994年に『プリシラ』（オーストラリア）という、三人のゲイ（女装の男の芸人）が旅をするロード・ムーヴィーを撮っていますが、いかにもゲイ・カルチャーらしい映像美や派手さが楽しめる映画です。音楽も、70年代ディスコ・ヒット曲が多く登場します。色彩感覚（彩度や明度を抑え、色調のバランスやメリハリがとれている）、映像構成（小道具やスローモーションの効果的な使い方）、音楽や衣装と、センスの良さが感じられます。「よく分からない」という感想も少なくないようですがーーーー実際、ストーリーは、アイがジョアナを追いかける動機も、ジョアナが殺人を繰り返す動機も不明と言わざるをえず、むしろ、この曖昧さに翻弄されるような展開が一種の魅力を醸し出しており、この辺はフランス映画的ですねーーーー、サスペンス劇というよりアート表現としての映画として観たほうが楽しめるでしょう。

  Apr 25, 2004

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  マドンナの『ボディ』

  『ボディ　ＢＯＤＹ』（1992年、アメリカ、マドンナ主演）ストーリー、プロット、アイテムは俗っぽいものが多くーーーーストーリーはワイルダーの『情欲』のパクリ、マドンナ演じる「レベッカ」、ドラッグ、弁護士と被告の情事、ＳＭ、ポルノヴィデオ、殺人、莫大な遺産、愛人、三角関係、裏切り、悲劇的な結末、等々ーーーー、一応、法廷を舞台としたサスペンスものということになるのでしょうが、作品自体の出来はお世辞にも「良い」とはいえないでしょう。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊心臓病を患う富豪の老人マーシュは、愛人レベッカ・カールソン(マドンナ)との情事の後、死体で発見された。地方検事ギャレットは、現場に残されていた2人の過激な性行為が収録されたヴィデオテープを証拠物件に、レベッカを殺人罪で告訴した。マーシュの秘書、ジョアンも犯人はレベッカだとほのめかした。レベッカの弁護士フランク(ウィレム・デフォー)は、彼女の無実に疑問を抱きながらも、次第にその魔性の魅力に魅きつけられていき、遂にレベッカの住むボートハウスで、激しく愛し合ってしまう。裁判が始まり、フランクは見事にレベッカの弁護をこなしていく。しかしその一方で、2人の関係はますます過激さを増し、フランクの変化に気づいた妻は家を去る。事件の真相を追ううち、フランクは、ジョアンが、レベッカの前の被害者の愛人であり、かつて重度のコカイン中毒だったことを突きとめる。裁決の日を迎え、レベッカは無罪となるが、彼女を信じきれないフランクはボートハウスを訪ね、レベッカと彼女の（元）愛人が仕組んだ殺人であることを耳にする。フランクと2人は格闘になり、（元）愛人は銃の暴発で死に、レベッカは窓から落ち、水中に沈む。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊マドンナの主演映画は、映画自体は駄作が多いといっても過言ではありません。最大の作品は『エピータ』でしょうが、いかんせんマドンナの歌唱力が劣っており、残念。駄作といえば、ゴールデン・ラズベリー賞というのがあります。毎年３月、アカデミー賞授賞式で盛り上がっているさなか、その前夜に１年間を振り返って最低の映画を決めるという冗談半分に設定された映画賞のことです。 世界８ヶ国の評論家やジャーナリスト、約500人によって選ばれ、受賞者には、その名の通り、金色のラズベリーをかたどったトロフィーが授与される事になっていますが、受け取りに来る人は滅多にいないということです。 初期の頃と比べ、近年はウケ狙いで、大物俳優などに授与するようになり、より風刺色が強くなっているようですね。2002年、マドンナ主演の『スウェプト・アウェイ』が、見事にこの栄冠に輝いています。ちなみに、過去の受賞作品は以下のとおり。2001年 第22回　 「Freddy Got Fingered」 2000年 第21回　 「バトルフィールド・アース」 1999年 第20回　 「ワイルド・ワイルド・ウェスト」 1998年 第19回　 「アラン・スミシー・フィルム」 1997年 第18回　「ポストマン」 1996年 第17回　「素顔のままで」 1995年 第16回　「ショーガール」 1994年 第15回　 「薔薇の素顔」 1993年 第14回　「幸福の条件」 1992年 第13回　 「嵐の中で輝いて」 1991年 第12回　 「ハドソン・ホーク」 1990年 第11回　 「フォード・フェアレーンの冒険」 1989年 第10回　 「スター・トレック５／新たなる未知へ」 1988年 第9回　　 「カクテル」 1987年 第8回　　「ビル・コスビーのそれ行けレオナルド」 1986年 第7回　　 「ハワード・ザ・ダック」「アンダー・ザ・チェリー・ムーン」 1985年 第6回　　 「ランボー／怒りの脱出」 1984年 第5回　　 「ボレロ／愛欲の日々」 1983年 第4回　　 「The Lonely Lady」 1982年 第3回　　 「Inchon!」 1981年 第2回　　 「愛と憎しみの伝説」 1980年 第1回　　 「ミュージック・ミュージック」 なんか、「ええ！それはないだろう」という作品もありますが・・・。『スウェプト・アウェイ』は、マドンナの旦那のガイ・リッチーが監督で、無人島に流されて上流と下流の立場が入れ替わるというものですが、内容は74年の『流されて』のリメイクです。また、『流されて』の前には、1919年に『男性と女性』という（無人島に流されて立場が入れ替わる）同様の作品もありましたが。マドンナは、ウエィト・トレーニングで鍛えた肉体とビキニ・スタイルで登場しまくりなのですが、どうもその辺が不評だった、とも。マドンナ主演の映画、内容的には駄作（ダメ映画）が殆どですが、それにしては人気があります。もちろん、これは、マドンナ個人の魅力におうところが大きいわけです（脇を固める連中が意外としっかりしている、ということもありますが）。その魅力は映画を実際に観ないと分かりませんし、映画を観ても全く魅力を感じない人も多分多いでしょう。私は、『ボディ』を観て、はじめてマドンナの雰囲気に魅力を感じはじめた者の一人ですーーー私だけかもしれませんが（笑）。

  Apr 24, 2004

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  『少林サッカー』

  『少林サッカー』（2001年、香港）テレビで観たのですが、いやぁ～、面白かった。とにかく、最初から最後まで笑わされどおしでした。時おりホロリともさせられましたが。ワイヤー・アクション（『グリーン・デスティニー』が有名です）と特撮（ＣＧ）を駆使して、サッカーというものの概念を覆し（ちょっと大げさか）、拳法とサッカーの枠組みも取っ払ってしまいましたな。ストーリーは単純な内容ですが進行は軽快で、セリフや映像はジョークのセンスであふれています。そのジョーク、結構泥くさいのですが、それがかえって新鮮な印象でした。かつて、『ミスター・ブー』（1976年、ホイ三兄弟）というコミカルな香港映画があり、あれにも笑わせてもらいました。香港は、イギリスの影響か、ジョークやユーモアのセンスがいいところなのでしょうか？特によかったのは、ブルース・リーのパロを演じたＧＫです。ブルース・リーの『ドラゴン・シリーズ』に熱狂した世代だけに。表情が最高で、登場するたびにそれだけで笑ってしまいましたな～。理屈抜きで笑える映画というのはそうありませんが、未見の方には絶対お勧めです。

  Apr 19, 2004

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  タルコフスキーの『鏡』

  『鏡』（1975年、ソビエト、アンドレイ・タルコフスキー監督）タルコフスキー自身の回顧録または自叙伝としての性格をもつ映画です。ストーリー（この映画に「ストーリー」なるものがあるとすればの話ですが）は単純で、ある男が母親について回想し、当時の母親や自分が、現在の自分の妻（離婚）や子どもと二重写しになるというもの。つまり、過去と現在の自分の家族が「鏡像」の関係として描出されています。ですから、主演女優のマルガリータ・テレホワが、母親と妻の二役をこなしているのも当然といえます。＊＊＊＊＊＊木々に囲まれた木造りの家で母親(マルガリータ・テレホワ)はいつももの思いに耽っていた。一面の草原にたたずむ彼女に行きずりの医者が声をかけるが、彼女は相手にしない。息子が家の中にいると、外では干し草置場が火事だと母が知らせに来た。1935年のことだった。その年、父は家を出ていった・・・・。そして今、母からの電話で息子は夢から醒める。彼女は、セルプホフカ印刷所で働いていた頃の同僚の死を知らせてきたのだが、息子は母に夢をみていたことを知らせる。両親と同様、彼も妻のナタリア(マルガリータ・テレホワ)と別れた。彼は、母に似たナタリアを時々母と間違える程、母への執着が強い。そしてことごとく、林に囲まれた木造りの家と母の姿を思い出す。母もナタリアも彼には哀れに感じられる。大戦中、モスクワからユリエヴェツに疎開した時、祖父の知人をたずねて行き、宝石と引きかえにお金を借りようとし、肩身のせまい想いをした時のことなど、彼にとって脳裏に鮮かに焼きついている幼い頃のことが思い出される。そして、ラスト、広い草原の夕暮時を、母親、彼、そして彼の子供たちが手をたずさえて歩いてゆく。＊＊＊＊＊＊脈絡というものが殆ど感じられない展開のなかで、主人公にとっての現在の出来事と過去の記憶が断片的に配列され、時空を超えて交差してゆきます。そして、最終的に、彼の母親という存在のもと、人物、空間、時間が一点に結実してゆきます。それがラスト・シ－ンの構成上の意味ですね。映像は詩的かつ耽美的です。これがこの映画の最大の魅力なのですが、単に奇麗なのではなく、より深い「何か」があると直観させます。つまり、視覚的な単なるアートの域を超えて、心の深層に迫る芸術としての訴求力を有する映像です。この辺の「マジック」について、タルコフスキー自身の言葉から手がかりを探ってみましょう。＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝映画は、劇場とちがって…”俳優にとって、映画は生そのもののようなものであるべきだ：映画は、謎、秘密、神秘であるべきなのだ”私の場合、劇場より映画のほうがやりやすい。映画の場合、全責任が私ひとりにあります。劇場の場合、俳優の責任が大幅に増すことになる。俳優がセットに到着しても、俳優が監督のアイデアと意図を一から十まで知っておく必要は全くない。自分で自分の役をつくり出すと、まずいことすらある。映画俳優は、監督が準備するさまざまな状況下で、自発的に直観的に行動すべきなのです。監督の役割は、俳優を適切な精神状態に持ち込んで、俳優が完全に信じていられるように後ろ盾をしてやるように、気を遣うことだ。やりかたにはいろいろなやり方がありえる。俳優のタイプにもよる。役者を教導して、シミュレーション不可能な心理状態に持ち込むことが必要なのです。このように、映画監督の役割は、役者が銀幕上で実存的な真実を表出するように、取りはからうことなのです。カメラレンズの前で、俳優は真実で自発的な状態でいなければならない。俳優は現存しなければならない。高度に自然な様態で現存しなければならない。それ以外で、監督がなすべき仕事は、映画の素材を実際に編集することだけなのです。その素材は、カメラの前で実際に起きたことの単なるコピーです。芸術映画のカテゴリーにとどまりながら、俳優のなまの存在が提供するように思われる観客との接触のレヴェルに達するのは不可能である。それこそ、劇場のカテゴリーにおいて、きわめて魅力的な特徴なんですがね。というわけで、映画は芝居の代わりにはならない。この誤解は数年前には流行りましたね。劇場は観客と舞台の間にこのような親密で直接的な関連を可能にするという…映画は、無限の回数にわたって、時間のまさに同じ瞬間を、再創造する能力のお陰で存在する。映画の本性がノスタルギアなのである。劇場では、すべてが進歩する。生きて、動いていく。劇場は、人間の創造する欲求を実現させるもう１つの方法なのだ。”映画監督は多くの点で収集家に似ています。その愛着の対象ー映像ーは生そのものです。彼にとってー親密な細部、部分、断片の膨大な量の中で永遠に凍り付いた生そのものです。俳優がいようがいまいが、状況は変わりません”バレットが言うように、劇場俳優は、雪を素材にする彫刻家になぞらえることが出来る。俳優が肉体的に存在し、身体と魂において生きている限り、その間だけは芝居が現存する。俳優がいなければ、劇場は存在しない。劇場では、役者のひとりひとりが個人で、最初から最後まで、役の全部を造形して、芝居の全体の理念と文脈に対応して、自分の情緒をかたどらなければならない。ところが、映画では、俳優が自分の知的能力を使って役を作りあげることを避けることが肝要だ。その代わり、俳優の唯一の課題は、生そのものに私たちを接近させることだ。つまり、俳優の仕事は、純粋であること、真実であること、自然であることなのだ。それ以上でも、それ以下でもない。映画を撮るとき、私は俳優と出来るだけ話をしないようにする。俳優自身が自分の個々のシーンを全体との流れでやろうとするのに、私は強く抵抗します。時には、直前のシーン、あるいはその直後のシーンとの関連でも、ダメです。例を挙げましょう。『鏡』の最初のシーンで、主演女優がフェンスに腰を下ろして夫を待ちながら煙草を吸うシーンでも、主役を演じたマルガリータ・テレホワが脚本の細部を知らないことを私は望みました。つまり、夫が最後のシーンで帰ってくるのか、永久に去ってしまったのか、彼女は知らなかったのです。彼女が演じている女性がかつて、人生の未来の出来事を何も知らずに、存在していたのと同じ様態で、彼女にもその瞬間に存在していてほしいという思惑があって、なされたのでした。・・・・・映画芸術で最も重要なことは、俳優がその俳優に完璧に自然なやり方である状況を表出することです。つまり、その俳優の肉体的な、心理的な、情緒的なそして知的な性格に照応した様態で、ある状況を表出することです。俳優がどのようにその状況を表出するかは、私とはまるっきり無関係です。別の言い方をしましょう、私には俳優に何か特定のかたちを強制する権利はありません。結局、私たちは皆、自分の完全に独自のやり方で同じ状況を経験しているのです。この例外的な表出力こそ、比類ないものであり、映画俳優の最も重要な側面なのです。・・・・・分析的で、理詰めの傾向のある俳優が脚本の全体を知ると、最終的な映画を知っていると思ってしまう。少なくとも、映画の最終的な姿を必死で想像しようとする。まるで、それが演劇作品であって、劇場の役をリハーサルし始めたのだと勘違いしてしまう。ここで、最初の間違いを犯しているのです。映画がどうなるべきが自分には分かっていると信じる俳優は、役に対する自分の考えに型を与え始めます。そうなると、映画の全体がひどいことになる。望もうと望むまいと、演技で、映画そのものの理念と映画芸術をダメにしてしまうのです。・・・・・一番大切なことは、俳優にいかなる偏見の暗示も存在させない、そして監督が人間の選択の多様性を探求するために状況を利用するということです。アプリオリに先取りされた何らかの理念を単に例証するだけではダメです。・・・・・映画の観客にとって、映画のフレームの中で登場人物に起きていることは闇に包まれている。人間のひとりひとりが壮麗な秘密のままであるーーーそれは実生活と同じですーーー一般に探究しつくすことは決してありえない秘密なのです。ところが、劇場では、儀礼そのもの、舞台の芝居、その背後にある理念こそ、その最終的表出において、無限に魅力的で、包括理解不可能な秘密であり続けなければならないのです。劇場では、演出家自身の理念がキャストの演技の土台にあります。映画では、演技の基礎は隠されていなければならない。映画芸術は人間の生を反映するからです。言うまでもなく、それはまず理解不可能なものなのです。劇場の俳優は、知的に構築された儀礼で機能を満たします。演出家の思念は役を演じる人間が舞台に目に見えて存在することによって伝えられます。映画の場合、時間に固定された瞬間のひとつひとつが、実生活の最奥の存在の本質そのものを、いくらかなりとも、含んでいなければなりません。http://members.aol.com/Satokimit/surkowa.html＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝タルコフスキーは、映画と劇場を明確に区別したうえで、映画表現の実存的な側面（「実生活の最奥の存在の本質そのもの」）、とりわけ俳優には、表面上の演技ではなく、彼自身の実存性の開示を要求しています。この辺は、同じソビエトでありながら、監督自身の信念（共産主義）に基づいた思想性、社会性、そしてストーリー性を重視して、壮大なスペクタル作品（『戦艦ポチョムキン』）をつくりあげたエイゼンシュテインとは好対照をなしますね。エイゼンシュテイン的には、自らの信念を「客観」または「事実」の存在にまで高めることが、映画の目的だといえます。タルコフスキー的には、観客一人一人の「内的感性」または「実存」を触発することが目的なのです。タルコフスキーのつくりだす映像は、映像”そのもの”のためにあります。つまり、映像を通して（映像とは違う別の）何かを訴えるとか、ましてや思想的に説得するとか、そういったことは一切考えないのです。あくまで、映像そのものが秘めるパワーによって、観客一人一人の「実存」性を感化するためにあるのです。ですから、タルコフスキーの映画によって観客のほうが試されているということにもなりえます。「君たちは、どれだけ豊富な内面的世界（「実存」）を有しているのか？」と。映画の楽しみ方のひとつが、ストーリー性や背景思想を読み解き、作品を統一的に分析・理解することです。それはそれで非常に面白いのですが、タルコフキーは、そういった楽しみ方をこそ拒否するのです。ですから、彼の作品は「ストーリーが断片的でよく分からない」とも評価されるのですが、彼のモチーフに照らし合わせて、これはある意味の賛辞ともとれるものです。ちなみに、タルコフスキーが多用する「長回し」のカットはテオ・アンゲロプロス、断片的なストーリー展開や「映像は、映像”そのもの”のためにある」という考え方はセルゲイ・パラジャーノフ（彼は、タルコフスキーの友人でした）やドン・アスカリアン（パラジャーノフの助監督を経験）を連想させます。また、黒澤明は『鏡』を絶賛していましたが、黒澤の『夢』はタルコフスキー的作品に思えてきます。

  Apr 18, 2004

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  『戦艦ポチョムキン』

  『戦艦ポチョムキン』(1925年、ソヴィエト、セルゲイ・エイゼンシュテイン監督）旧い映画ですが、いま観ても全然色あせていないです。モノクロで無声ーーーＢＫＧはあり、ラストではヴェートーヴェンの『歓びの歌』が流れますーーーなのですが、むしろそのことによって映像の迫力は倍化されているのでは、という印象さえ受ます。プリミティヴな映画であるがゆえに、プリミティヴな迫力がないと観客に訴えることはできないのですが、カラー化はもとより特撮技術が当然の現代にあって、このようなプリミティヴな迫力を備えた監督はどれほどいるであろうか？とふと考えてしまいます。案外、アマチュアのほうが、そういった点では面白いものが発揮できるかもしれません。当時の「ロシア」は、3月革命、11月革命をへて、1922年ソヴィエト社会主義共和国連邦が誕生した直後です。そして、この映画は、レーニンの厚い保護の元に制作され、民衆にロシア革命の正しさを説くための一種のプロパガンダ映画の要素が多分に含まれてはいます。しかし、それらの要素を差し引いても（私は共産主義に賛同しません）、映画の出来は素晴らしいと思います。「映画の教科書」とも評されていますね。随所にみられる「黄金分割」、リズム感、俳優の演技ーーーとはいっても大衆的なものであり、映画の中で何度も繰り返される「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」というセリフ（革命理論）と関係があるようですがーーーなど、殆どスキがない映像構成であろうと思います。ストーリー自体は「勧善懲悪」の凡庸なものですが、これら映像の出来がいいので退屈せずに観ることができる映画です。技法でよく話題にされるのが「モンタージュ理論」です。以下は、山田和夫の『映画の理論』より。＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝■青年が(画面の)左から右へ歩いていく。■女が右から左へ歩いていく。■二人が会って青年が指さす。■白い大きな建物。■二人が階段をおりる。この５つのショットをつなぐと、誰でも何じ場所で起こったことのように思う。しかし実際はそれらは別々の場所で撮られていた。このように全く関係のない時間空間をつないで、そこに統一された時空の観念をもたらす。これが"モンタージユ"と呼ばれる方法であり、そしてこの統一が新たな意味をつくる。「青年と女が結婚のために寺院に入つたとか」「二人はモスクワ見物に来て待ち合わせた」とかである。モンタージュによって何の関係もないバラバラの画像が意味をもち、筋をつくり、物語となる。　これらの映像はお芝居ではなく、青年と女の事実の記録であり、モンタージュが意味を与え観客の想像力を喚起する証明であるばかりでなく、それが記録映画から生まれたことも証明している。そして、単なる事実の記録も、モンタージュという方法によって架空のことになることも証明している。同時にそれによって俳優なしに、演技というものなしに劇的感情を生み出すことも可能である。＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝エイゼンシュテインによれば、「モンタージュとは、異なった画面と画面を積み重ねて思想を説明するのではなく、異なった画面と画面を衝突させて思想を生みださせるものである。モンターンュの細胞たる画面のなかに、すでに相克を呼ぶ矛盾が、すなわち潜在的モンタージュが存在している」ということになるそうです。現在からすると、当たり前の手法といっていいと思いますが、この映画では「オデッサの階段」の惨殺シーンが典型的です。まさに「一分のスキもない」という表現がぴったりで、劇的な緊張感を終始維持しています。権力の餌食になる女性、子供、老人、不具者など、最後まで表情を見せない狙撃兵、途中から突如現われ大衆を弾圧するコサック兵、革命派からの反撃の前に一瞬映し出される吠えるライオン。とりわけ、後にブライアン・デ・パルマ監督の『アンタッチャブル』のモトになったと思われる、（母親が射殺された後）赤ん坊を乗せた乳母車が階段を落ちて行くシーンが有名です。「オデッサの階段」は、何度みても飽きないですね。ちなみに、エイゼンシュテインは日本の浮世絵や歌舞伎が好きで、『イワン雷帝』はこれらの影響が強いそうです（私は未見）。こういった技法でもって、ドイツ表現派映画、イタリア･ネオリアリズモと並んで、ソビエト表現派リアリスト映画が確立されたわけです。作品としては、エイゼンシュテインの『十月』（28）『全線』(29)、フセヴォロド･プドフキンの『母』(26)『聖ペテルブルグの最後』(27)『アジアの嵐』(28)、アレクサンドル･ドヴジェンコの『ズヴェニゴラ』（28）『アルセナル』(29)『大地』（30）といったところがあげられます。そして、30年以降は、共産党によって弾圧されるのですが・・・・。”精神においては英雄的であり、内容においては戦闘的であり、様式においては大衆的である”上は、コッポラ監督が自身の映画（『地獄の黙示録』）を評した言葉ですが、それはかつてエイゼンシュテインが自分の作品を分析した結果でもあります。

  Apr 17, 2004

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• 『風とライオン』

  『風とライオン』（1975年、アメリカ、ジョン・ミリアス監督、ショーン・コネリー＆キャンディス・バーゲン主演）今から一世紀前の1904年、10月15日、モロッコのタンジール。アメリカの名門の未亡人イーデン・ペデカリス(キャンディス・バーゲン)と二人の子どもたちは、新任のアメリカ副領事とのどかな昼食をとっていた。そこへ一団の馬賊が疾風の如く現れ乱暴狼藉の限りをつくす。副領事はリボルバーで応戦する。一人、また一人と馬賊は倒されてゆくが、彼らは怯まない。リボルバーは、遂に弾切れとなった。迫り来る馬賊。副領事は臆することなく、仁王立ちのまま馬賊の刃を身体で受ける。馬賊も副領事も、壮絶だ。イーデン夫人は12歳の長男ウィリアムと9歳の娘ジェニファーと共に誘拐され、砂漠の民リフ族の族長ライズリ(ショーン・コネリー)のもとへと連行された。ライズリの一団は、彼女たちをリフ山脈のふもとに続く丘陵地帯に連れていく。王者の風格を漂わせるライズリが、イーデン夫人に語る。「私はムレー・アーメッド・エル・ライズリ。リフ族バーバリー人の統治者にして回教徒の擁護者。私の身体には、予言者モハメッドの血が流れている」アメリカ合衆国の首都ワシントン。”（モロッコ発）タンジール在住のアメリカ人女性イーデン・ペデカリス夫人が誘拐さる。この野蛮な行為はベルベル人の凶悪な匪賊であるライズリィを首魁とする一味によって引き起こされたものであり、モロッコ在住のすべての外国人は危険にさらされている状況にて、艦隊派遣を要請します。”このニュースは、国防長官を通じ、第26代大統領セオドア・ルーズベルト(ブライアン・キース)にいち早く報告されていた。当時、モロッコには列強国が腰を据えていた。フランス、イギリス、オーストリア、ドイツ、そしてロシア。アメリカ合衆国大統領セオドア・ルーズベルトにとって、この事件は渡りに舟。つまり、ドイツ・フランスといった列強によるモロッコの利権争いに大手をふって参入する口実ができ、国威の昂揚をはかり、さらに自身の選挙を有利に戦うための材料にもなるという一石三鳥。彼は、迷うことなく宣言した。「合衆国人民の生命確保と財産保持のため、大西洋艦隊をモロッコに派遣する。合衆国はイーデン夫人を生還させる決意である。でなければ、合衆国は、ライズリに天罰を下す」モロッコでは、タンジールの合衆国領事が、イーデン母子誘拐事件解決のため太守の宮殿を訪れていた。太守はモロッコ最高の権力者で、甥にあたるサルタンの陰の実力者だ。だが会談は不成功に終わり、領事は次にサルタンに会うことにした。ランズリがイーデン夫人たちを誘拐したのは、実は、このサルタンを窮地に陥れるためだったのだ。サルタンはヨーロッパ列強のいいなりで、ひいてはモロッコという国や民衆を苦境に陥れている元凶とみなされたのだ。この無能なサルタンを西欧とアメリカとイスラムの間で板挟みにして奮起させ、国土と名誉を取り返そうというのが、ライズリのイーデン母子誘拐の狙いであった。ライズリの思惑どおり、サルタンの説得に失敗したアメリカは、海軍の艦隊をモロッコに出動させた。ジェローム大尉の指揮下、アメリカ海兵隊のライフル2個中隊が上陸、タンジールの町を行進しサルタンの宮殿に向かった。海兵隊と宮殿の間ですさまじい銃撃戦が繰り広げられ、そしてサルタンは捕えられた。その報せは、ウェザーヌの首長によってライズリにもたらされた。そして、首長は太守からの伝言をつたえた。「太守はアメリカに以下の提案をなした。アメリカ女と子供たちの解放を交換条件として、スペイン銀貨で7万ペソを提供し、リフ族の領分から外国の兵隊をすべて撤退させ、ライズリとその部下たちが町へ自由に出入りすることを許す。アメリカのサルタン＝ルーズベルトは、この提案を受け入れた」太守の罠だというウェザーヌの首長と、イーデンの警告にもかかわらず、ライズリは取引きに応ずることにし、部下を従えてイーデン母子を送り届けるために出発した。エル・サラフの村で、イーデン母子はアメリカ海兵隊ジェローム大尉に無事ひき渡されたが、ライズリはドイツとフランスの軍隊に捕えられた。翌朝、イーデン母子は海兵隊の援護をうけてライズリの救出に乗り出す。ほぼ同時に、村の外に待機していたライズリの部下たちが、ウェザーヌの首長の指揮の下、村に攻め込んできた。村ではアメリカ海兵隊が、ドイツとフランスを相手に壮烈な戦いを展開しており、そこにリフ族が加わり、四つどもえの闘いとなった。ライズリの救出は成功し、彼は部下と共に去った。後日、ホワイトハウスのルーズベルトのもとに、ライズリから手紙が届いた。「あなたは風のごとく、私はライオンのごとし。あなたは嵐をまきおこし、砂塵は私の眼を刺し、大地はかわききってしまった。私はライオンのごとくおのれの場所にとどまるしかないが、あなたは風のごとくおのれの場所にとどまることを知らない」＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊出てくる戦士たちは、皆、男である。死を目前にして怯むことはにない。眼を見開き、死を全身で受け止める。イーデン母子は、この「男」に徐々に魅入られてゆく。ラスト、ライズリは、ドイツ軍将校との刀剣による一騎打ちの末、この将校を追いつめる。刀を振り下ろすライズリ。一瞬、将校が怯む。ライズリの刀は、将校の顔面でピタッと止まる。高らかに笑って立ち去るライズリ。肩で息をつく将校。ライズリは、この将校に生涯の恥辱を与えたのだ。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊監督のジョン・ミリアスは、黒沢明の崇拝者として有名です。この作品の撮影場に『七人の侍』のヴィデオを持ち込み、何度も見直していたそうです。『風とライオン』では、三船敏郎が馬上で刀を上段に振りかざし疾走するシーン（『隠し砦の三悪人』）が、美しいカメラワークで再現されています。タイトルの由来も、『七人の侍』の以下のセリフだとも言われています。「侍は風、イナゴを吹き払い通り過ぎていく。農民は大地、風が去った後もその場に揺るぎなく留まる」この台詞は最終的にはカットされたのですが、西部劇『荒野の七人』で復活しています。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊1904年モロッコからちょうど100年。イラクで、日本人が拉致された。ライオン・ハートを気取る小泉総理は、真のライオンなのか、それとも風なのか。

  Apr 16, 2004

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  『華氏451度』

  『華氏451度』（1966年、イギリス、フランソワ・トリュフォー監督）原作はレイ・ブラッドベリーの同名小説。『マタ・ハリ』(1965)のコンビ、ジャン・ルイ・リシャールとフランソワ・トリュフォーが共同で脚色し、撮影はニコラス・ローグ。＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝未来のある国の話。すべてが機械化されたこの国では、あらゆる知識や情報はすべてテレビによって伝達され、人々はそのとおりに考え、行動していれば平和な生活ができるのであった。そこでは読書は禁止されており、反社会的という理由で、書物という書物はみつけ次第、消防士（fireman）たちによって焼きすてられた。現在のfiremanは火を消すのが仕事だが、耐火建築技術が進んで火事というものがなくなったこの国では、firemanは逆に火焔放射器で書物に火をつけるのが仕事ということになる。モンターグは、将来を嘱望された消防士の一人でる。ある日彼は妻のリンダにうりふたつの若い女クラリス(J・クリスティによる二役)と知り合う。テレビのままに動く無気力なリンダの空虚な生活にひきかえ、クラリスは本に熱意を持っていて、モンターグにはとても刺激的だった。そこでモンターグは生まれてはじめて本を読み、その魅力にとりつかれてしまった。それを知ったリンダは、夫が読書をしていることを手紙にかいて密告した。隊長から自分の本を焼きすてるように命じられたモンターグは、本ばかりか自分の家そのものまで焼こうとした。そんな彼を制止し、逮捕しようとした隊長にモンターグは火焔放射器を向け、殺してしまった。殺人犯としておわれたモンターグは逃走し、淋しい空地にたどりついた。そこはいつか、クラリスが話してくれたことのある「本の人々（bookman）」が住む森の街だった。そこでは、人々は、すべての本が焼かれても、それを後世に残せるようにと本を暗記していたのだった。やっと本をよむ自由を得たモンターグはアラン・ポーの暗誦をはじめる・・・・。＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝『華氏451度』のタイトルの意味は、「本のページに火がつき、燃えあがる温度」のこと。この国ではなぜ書物が禁止されているのかというと、「平等」の名のもと「衆愚」型の統治が行われているからである。「多様な考え方」や「自分の頭で考えること」を否定し、画一的で思考が単純な国民（衆愚）のほうが統治しやすいのである。この映画は、「書物への愛」をテーマとした作品ではないでしょう。何故なら、書物が燃やされるシーン（焚書）がふんだんにあるからである。「書物への愛」を訴えたいのなら、このようなシーンが登場しても痛々しいものにあるはずであるが、むしろ”豪快”に描写されている。「垂れ流しの映像情報（テレビ）に依存する社会」や「全体主義に対するレジスタンス」という見方もあるが、それのみでは表層的である。私は、メインテーマは「高貴な生き方」（ニーチェ）と考える。高貴に生きるためには、”ほんとう”の知識や思考力が不可欠である。この映画では、ニーチェ（の書物）がたびたび登場する。ニーチェは、『ツァラトゥストラ』で近代国家（ビスマルク体制）を弾劾しているが、その国家はこの映画に登場するものと瓜二つといっていい。ビスマルク時代というのは、実利重視、権力志向、不信、集団的な没個性が特徴であるが、ニーチェは、ビスマルク体制をどのように見ていたか・・・。”善い人間も悪い人間も、すべての人間が毒を飲む場所、それを私は国家と呼ぶ。善い人間も悪い人間も、すべての人間が自己自身を失う場所、それを私は国家と呼ぶ。すべての人間の緩慢なる自殺ーーーこれが『生』と称される場所、それを私は国家と呼ぶ。・・・・これら無用の人間たちを見るがいい！　彼らは常に病気である。彼らは胆汁を吐き出して、それを新聞と呼んでいる。彼らは互いに相手を呑みくだし合っているが、しかし相手を消化することさえもできない。・・・・彼らがよじ登る様をとくと見るがいい、この敏捷な猿ども！　彼らは互いに相手の頭をとび越えてよじ上り、互いに相手を泥沼の底へ引きずり落とそうとする。・・・・私からみれば彼らは皆狂人であり、よじ上る猿であり、頭がほてっておかしくなった連中である。彼らの偶像（国家）、この冷血の怪獣は悪臭を放つ。彼ら、すなわちこの偶像の崇拝者たちも、こぞって悪臭を放つ。わが兄弟たちよ。いったい君たちは、彼らの欲情の口という口から吐き出される毒気に当てられて、窒息する気なのか？　それくらいなら窓を打ち破って、戸外へ出るがよい。・・・・大地は今もなお、大きい魂の持主には閉ざされていない。ただ一人の孤独者、ただ二人の孤独者のために、今なお多くの席があいている。この席のまわりには静かな海の香りが吹き渡っている。””この人生を劇務と見、焦燥と見ている君たちも、じつは生きることに疲れているのではないか？・・・・劇務を好み、スピードや新奇なものや異常を好む君たちは、こぞってーーー自分の身の始末に困っているのだ。君たちの勤勉は呪いであり、自分自身を忘れようとする意志なのである。君たちがもっと生を信じていたら、これほどにも瞬間に身を委ねることはないだろうに。しかし君たちは、じっと待つことができるだけの内容を、自己のうちにそなえていない。－－－それで、怠惰にさえもなれないのだ！””これら平等の説教者たちと私は混同されたり、取り違えられたりしたくない。なぜなら正義が私にこう語るからだ－－－＜＜人間は平等ではない＞＞と。そして、人間は平等になるべきでもない！　”・・・・・・・『ニーチェとの対話』（西尾幹二、講談社現代新書）を参照されたし。

  Apr 15, 2004

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• 『俺たちに明日はない』（終）

  ボニーとクライドは、確かに、何人もの警察や市民を殺害した凶悪犯です。また、同時期に製作された『明日に向かって撃て』（Ｐ．ニューマン、Ｒ．レッドフォード）のブッチとサンダンスも、列車強盗を繰り返した悪党に違いありません。しかし、ボニーとクライド、そしてブッチとサンダンス、これらの人物たちを悪く言うよりも、むしろ好意的にみたいという情動を抑えることができません。これは何故でしょうか。理由のひとつは、あくまで映画だからと割切っているということ。一風変わったアクション劇ないしはギャング映画として面白いから、つまり現実ではないから犯罪の部分には目をつぶれる（むしろ、そうしないと映画を楽しめない）、というものですね。しかし、ボニーとクライドの場合は実話を基にしていますし、実際に逃亡を手助けした者が20人以上もいたのです。同様の事態は、妻を殺害して逃亡中の（フットボールの花形選手だった）Ｏ．Ｊ．シンプソンの場合にも出来しました。道行く人たちが、声援を送ったり、逃げ道を指示したりしたのです。たしかに、ボニーとクライドの場合は、当時、大恐慌下で市民の憎悪の念が警察や銀行に向かっていたという側面がありますし、Ｏ．Ｊ．シンプソンの場合は、差別されてきた黒人の希望の星だったという側面があります。しかし、私はそれだけではないと思うんですね。ボニーとクライドが大衆から支持された本質的な理由（「魅力的な何か」の正体）は、一言でいえば【ラディカルの粋】というものである、と私は理解しています。生き方としての「ラディカル」とはどういうことか？その前にエロティシズムについて述べます。ボニーとクライドにしても、ブッチとサンダスにしても、彼らは”そのように”生きるしかなかったのです。または、気がついてみたら”そのような”生活を送っていた、といってもいいでしょう。そのような彼らの生き様には、一種エロティックな雰囲気が漂います。エロティシズムとは、社会的にタブーとされるものや美的なものを侵犯する（侵犯したい）という幻想によって、日常的に制限・抑圧されている自己中心性という欲求をつかの間解放することといえます（バタイユ）。例えば、男性の女性に対する欲望は「隠されたもの」に向かう場合が多いのですが（多くの男性諸君は、これに同意してくれることでしょう）、ただし、「隠されたもの」それ自体に向かうのではなく、隠されながらも、男をしてそれを視てみたいと魅了して誘う（＝侵犯してみたいと誘う）、そういう状況で生じる意味（＝幻想）にこそ欲望は向かうのです（ラカン）。簡単に言うと、想像力（幻想性）をかきたててくれるものに、男性は欲望するのです。そういう意味では、男性の欲望の本質はフェティッシュですね。女性にしても、多分にそういう面があるのではないでしょうか。この「隠されたもの」（ラカン）は、「タブーや美的なもの」（バタイユ）に対応するわけですが。他にも、『俺たちに明日はない』や『明日に向かって撃て』には、いろいろな要素が漂います。悲劇性、ペシミズム、反体制、コミカリズム、ユーモア・・・・。しかし、もっとも際立っているのは、ロマン、センチメンタル、ノスタルジー、プラトニズムといった情緒性（リリシズム）ですね。それはそうでしょう。そもそも、理性的に思考していては、ボニーやクライドのような破滅的な生き方は真っ先に否定されるべきものなのですから。以上のように、ボニーとクライドの行動から感じられるのは、【リリシズムを背景としつつエロティシズムを根本モチーフとして行為する、そういう局面において看取される解放感や充実感である】と私は分析しています。そして、このような解放感に浸って生を充実させたいという欲望は、万人が等しく所有していると思います。しかし、万人皆が皆、実際にそのように行動してしまっては、社会の秩序というものが損なわれてしまいますが、このことは、「解放」や「生の充実」を実現する土台であるはずの「社会」という基盤自体の存続を怪しくしてしまうことをも意味しますーーー換言すると、人間が「解放」や「生の充実」を実現しうるための前提条件である「社会」が崩壊しては、「解放」や「生の充実」を求めること自体が無意味となってしまうということです。そこで、人間は、伝統、慣習、ルール、法といった歯止めを整備して、「社会」の崩壊を防いでいるわけです。（伝統、慣習、ルール、法といった歯止めによって成り立つ）「社会」は、一方で、人間が「解放」や「生の充実」を実現しうるための前提条件でありながら、他方で、人間が「解放」や「生の充実」を実現することを制限する抑圧者でもある。このような矛盾（二重性）を抱えた「社会」というもののなかで現代人は生きていかなければならないわけです。この「社会」というシステム。それが人間の「解放」や「生の充実」という欲望を適格に汲み上げてそれを充足させうるように機能している間は、この矛盾は露呈しません。テクノロジーの発達によって「夢」をどんどん実現していった一時期の資本主義社会は、正にそういう存在だったといえるでしょう。しかし、「社会」の活性度が低迷し、抑圧する存在としての特徴が前面に出てきますと、反社会的心情というものがつのっていくことになります。『俺たちに明日はない』が製作された60年代のアメリカ社会は、正にそういう状況であったわけです。そして、そのような抑圧された「社会」にあっても、（リリシズムを背景としつつエロティシズムを根本モチーフとする）自らの情動性・欲望に従い素直にかつ忠実に行為する、そういう志向性を「ラディカル」と称します。ただ、自らの情動性・欲望に素直にかつ忠実に「ラディカル」に行為するとは言っても、それは決して物質的な欲求に基づいたものではありません（たとえ、表面的には、そう見えたとしても）。あくまで、精神的なものなのです。ですから、その行為には、機敏かつ洗練されたスタイル、軽快さ、そしてある種の潔さが伴います。つまり「粋（いき）」なのです。このような生き方は、意識して、ましてや理性的にできるものではありません。”そのように”生きるしか術を知らない者にのみ可能な生き方なのです。そして、殆どの人間は、多少ともそういった生き方に憧れを抱いているものです。＞銃撃がはじまる直前、何かを予感したボニーの顔が、不安げな様子から徐々に（諦観したように）微笑む表情が、私にとっては忘れ難いシーンとなった。私は、昨日の日記でこのように述べましたが、死を予感しながら銃撃の直前にみせたボニーの微笑から感じたもの（「魅力的な何か」）とは、この【ラディカルの粋】というものではなかったのか、と思っています。そして、この【ラディカルの粋】としての生き方は、ある種のフェミニズム（ラディカル・フェミニズム）に通じるものがあるように思えます。

  Apr 14, 2004

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  『俺たちに明日はない』（二）

  映画はボニーの妖艶な色気で幕を開け、その毒気にあてられたかのように、クライドは行き当たりばったりの強盗を演じてみせ、ボニーを歓喜させる。しかし、クライドが”不能”と分かるや、ボニーは車から飛び出す。クライド「いまの生活から、なんとか抜けだしたいと思ってたんだろ？　だったら俺と行こう」思いなおしたボニーは、クライドとともに故郷を捨てる決心をする。銀行強盗に歓喜し、銃撃戦で充実感を覚えるボニーであったが、やがて現実は否応なく襲ってくる。ボニーたちはバック（クライドの兄）とその妻ブランチと合流するが、ボニーとブランチの仲が上手くいかない。警察に追い詰められ、荒んでいく生活。ボニーはむしょうに母親に会いたくなり、つかの間の楽しい一時を過す。そこでクライドとボニーは、そのうち強盗稼業から足を洗って結婚し母親の近くに家を建てるという子どもじみた約束をするが、母親に「あなたたちは、一生逃げ回るのよ」と一蹴される。警察の追跡は激しさを増してくる。バックが銃撃戦で倒れ、ブランチは眼をやられる。クライドとボニーも銃弾を浴びる。スクリーンでは銃弾と血の量が徐々にエスカレートしてゆくが、、他方で、ボニーは徐々に”普通”の女へと回帰してゆくことになる。＊＊＊＊＊＊＊＊最初の銀行強盗のシーンでは、車にしがみついた忠実そうな老銀行員を、クライドが窓越しに射殺するが、ガラスに「ピシャ！」と血痕が飛び散る。クライドの最初の殺人、そして、ハリウッド映画でははじめてのスプラッター描写だ。「それまでの映画は、銃を撃つと必ずカットが切れて、撃たれた人物が胸を押さえて倒れるカットにつながっていた。血は出ない。そんなバカげた撮りかたは御免だ。私たちは、そう決めたんだ。第一、ベチナム戦争の最中だってのに、無邪気に血も流れないドンパチをやるわけにゃいかないだろ」（アーサー・ペン監督）＊＊＊＊＊＊＊＊仲間のＣ．Ｗ．モスの父親の家に隠れ、傷も癒えたボニーは詩を書いて新聞社に送る。”ボニーとクライドバロー・ギャング広く知られたその罪の物語裏切り者は皆殺し、残忍と人は言うでもこの私は胸をはって答えるわたしのクライドは清らかな心をもった人だっただが法律が彼を追い、閉じこめたいずれは死ぬ二人並んだ墓に、ホッとして人々は言うやっと死んだ　ボニーとクライド”クライド「お前は俺の人生を全部書いてくれた。世間の語り草になるように」そして、二人ははじめて結ばれた。結婚を夢みながらつぶやく二人。「もし前科が消え、まともな人間になれたら・・・・」Ｃ．Ｗ．モスの父親の裏切りによって、二人は警察の待ち伏せにあう。ボニーとクライドが車を止めた時、静まり返った草むらから何羽もの鳥が飛び立つ。車から降りるクライド。その時、木陰から警官隊の銃が一斉に火を吹く。もんどりうって地面に転がるクライド。車を降りかけたところで、銃弾の雨を浴びるボニー。87発の弾丸を全身に受けて、二人の身体は痙攣しながら、踊るようにゆっくりとくずれおちていった。　・・・・・有名な「死のバレエ」である。＊＊＊＊＊＊＊「死のバレエ」・・・・アーサー・ペン監督は、二人の全身にたくさんの着弾用血のり袋をしかけ、銃弾を受けるさまをスローモーションでじっくりと見させた。点々と赤い血をドレスに散らしたボニーは、さかさまになって車から落ちかかり、金髪が波打つ。このシーン、身体が車から完全に落ちないようにするため、ボニーの足はギアに結び付けられた。「グロテスクな美しさを出したかった。バレエのような」（アーサー・ペン）撮影は4台のカメラを同時に回して行われたが、それぞれのカメラはスピードが違っていた（24コマ/秒～96コマ/秒）。これらのフィルムを51のカットに切って、54秒間の銃撃シーンが構成された。平均して1秒1カット。前代未聞の短いカットのつなぎであるが、それぞれのカットはそれぞれに印象深い。特に、銃撃がはじまる直前、何かを予感したボニーの顔が、不安げな様子から徐々に（諦観したように）微笑む表情が、私にとっては忘れ難いシーンとなった。「黒澤明の『七人の侍』（54年）がヒントになった。斬られた侍がスローモーションで崩れ落ちる場面だ」（アーサー・ペン）＊＊＊＊＊＊＊＊『俺たちに明日はない』は、アメリカン・ニューシネマの嚆矢とされる作品である。アメリカン・ニューシネマについては、2月11日の日記「『ジョンＱ　最後の決断』（II）：”ニュー”・ハリウッド・ルーティン 」を参照されたし。フランスのヌーヴェル・ヴァーグ同様、ひとつの流派やある理論ないしは思想上の運動ではないので明確な定義を与えることはできない。しかし、反体制、アンチヒーローといった「カウンター・カルチャー」としての要素は共通している。あえてニューシネマの特徴を羅列すると以下のようなことになる。１）脱ハリウッド２）時代の空気（ヴェトナム戦争、人種差別問題、学園紛争、ヒッピー、ドラッグ、ロック）を反映した”青春”物語３）映画の内容に応じて観客の年齢を制限する「レイティング制度の導入」による、セックス、暴力、残酷、麻薬、非道徳の描写の自由化４）映像や音楽に対する感性のよさ５）セットや設備にとらわれない自由なロケーション６）人間的な存在感をそなえた俳優陣ただし、ニュー・シネマとはいえ、何から何までニューなわけではない（ありえない）。現実に映画を動かすパワーは、八割までが保守性、残りの二，三割といったところが新鮮さや革新性である。『俺たちに明日はない』も、その辺が考慮されて「三角恋愛」はオミットされたのであった。『俺たちに明日はない』は、現在に至っても新鮮さを失わないが、その理由は「セックス、暴力、残酷」描写の斬新性そのものにあるのではない。それらの要素以外が実に保守的に構成されており、そのことが観客の感情移入を容易にするのである。スクリーンでセクシーさを振りまくボニー（フェイ・ダナウェイ）ではあるが、そのファッションは意外とレトロである。ミニスカート全盛の当時にあって、ボニーが身につけているのは全てロングスカートであり、どちらかといえばお嬢さんっぽいものが多い（時代設定が大恐慌時代ということもあるが、露出度は高くない）。映画に登場する30年代風のノスタルジックなファッションは「ボニー・ルック」と呼ばれ、当時、ミニスカートからロングスカートへと流行がシフトするきっかけとなったという。

  Apr 13, 2004

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  『俺たちに明日はない』（一）

  『俺たちに明日はない』（1967年、アメリカ、ウォーレン・ビーティ製作、アーサー・ペン監督、ウォーレン・ビーティ＆フェイ・ダナウェイ主演、ジーン・ハックマン）この映画の衝撃は、冒頭およびラストで対照的に凝縮されている。静と動、そしてセックスとバイオレンス。冒頭からいこう。映画はボニー（フェイ・ダナウェイ）の唇のクローズアップからはじまる。真紅の唇が半開きとなり、舌があらわれなまめかしく周囲を濡らす。そして、鏡に向かうボニーの全裸のシーンが続く。けだるそうにベッドに横たわったボニーは、突然怒ったようにベッドの鉄格子を殴りつけ、空虚な目つきで鉄格子にしがみつく。彼女は「牢屋」に閉じ込められており、欲求不満の捌け口を求めているのだ。窓のガラス越しに外を覗くと、母親の自動車を物色中のクライド（ウォーレン・ビーティ）が眼に入る。両者は軽く声をかけあい、ボニーは慌ただしく服を身につけ階段を急いで大股で駆け降りる。この時、スカートをはいた二本の脚が、鋭角的なカメラアングルで観客の頭上に覆いかぶさってくる。ボニーとクライドの間で、ぎこちない会話がはじまる。泥棒のクライドの言葉使いは紳士的でシャイ。他方、美貌のボニーは高慢で挑発的、そして誘惑的である。彼女は嬉しくてしょうがいないかのように、踊るようにピョンピョンと歩きながら二人で街中を散歩する。クライドは、ビッコをひきながら、自分が刑務所から出所してきたばかりだと打ち明ける。ボニー「刑務所は楽しいところでしょうね」クライド「おれの右足を見ろ。オノで指を二本切った」ボニー「自分で？　なぜ？」クライド「サボるためさ。見るか」ボニー「イヤよ。道路の真ん中で汚い足なんて見たくないわ」しかし、言葉と裏腹に、既にボニーは彼の足元に軽く跪いてしまっている。まるで、「道路の真ん中」以外の場所なら・・・、と示唆するかのように。そう言い終えたボニーは、足早に歩く。後からついてくるクライドに、何かを期待するかのように振り向いたボニーは、「本当にやったの？」と挑発する。クライドは無言で歩き続ける。＊＊＊＊＊＊＊＊『俺たちに明日はない（Bonnie and Clyde）』は、実話に基づいている。大恐慌にあえいでいた1930年代アメリカの中西部、「バロウ・ギャング」と呼ばれた銀行強盗団が、その名を轟かせていた。その中心人物が、ボニー・パーカー二十三歳とクライド・バロウ二十四歳であった。二人はダラスで出会って意気投合し、南部から中西部に及ぶ各州の銀行などを荒らし回り、警官だけでも9人（全13人）を殺害した凶悪犯だった。しかし、大恐慌で失業者や流浪農民があふれていたアメリカで、貧しい大衆から目の敵にされていたのが銀行と警察で、この両者と戦ったボニーとクライドは義賊として民衆のヒーローとなったのだった（テキサスでは未だ、ハロウィンになると子どもが「ボニーとクライド」の扮装をするという。また、2人に関して世界中からダラス図書館に寄せられる資料照会件数は、今も「ケネディ暗殺」に次いで多いそうだ）。彼らの逃亡の手助けをした人数は23人にも及び、このことも当時の警察を相当に苛立たせた。1934年5月23日朝、二人がルイジアナ州ギブスランドで射殺された時に乗っていた1934年型フォードＶ8には、待ち伏せした（軍用自動ライフルで武装した）警官によって至近距離から167発の弾丸が撃ち込まれた（映画では87発）。穴だらけになった２人の死体と車は、ダラスに運ばれてさらし者にされた。 無数の弾痕が生々しい車は事件後も保存され、現在はネバダ州ラスベガスに近いカジノ付きホテルに、二人を模したマネキンとともに展示されている。「死の車」と名付けられ、遊園地や展覧会の客寄せなどで全米を引き回された末、そこに落ち着いたらしい。 ダラス市内にあるボニーの墓は今でも多くの人が訪れる一方、10数キロ離れた墓地にあるクライドの墓は訪れる者は少ないという。 ボニーは生前、クライドとともに倒れ、並んで葬られることを夢想する詩を書いていたそうだが、母親ら遺族の反対で、約70年後の今も実現していない。彼らの強盗の動機は銀行や警察を懲らしめるためではなく、刑務所襲撃のための資金集めだったという（ダラス歴史協会アラン・オルソン氏）。クライドは強盗でテキサスの刑務所に服役していたが、当時そこは野蛮な処遇で知られ、獄内で同性愛の対象としてレイプされるなど散々痛めつけられたのだった。 自ら右足の指をオノで切り落とすことまでして釈放を得たクライドは、大勢のギャングを雇って刑務所を襲い、受刑者を解放することを夢想していたというのだ。 ボニーは、元優等生で詩を愛する人妻だった。映画では勇ましくマシンガンを撃っているが、実際には銃を手にしたのは一度だけで、しかも自分の足を撃ってしまったらしい。こんな彼女が、なぜクライドと最後まで運命をともにしたのか、未だによくわかっていない。 ＊＊＊＊＊＊＊＊コカコーラの瓶を咥えながら、クライドに流し目をおくるボニーの唇がアップされる。ボニー「どんな感じ？」クライド「刑務所か？」ボニー「違うわ。強盗よ」クライド「最高だ」瓶を舐め回していたボニーの目が輝く。ボニー「まさか、やったなんてウソでしょ」クライドが懐から拳銃を取り出してみせると一瞬たじろいだボニーではあったが、やがて薄ら笑いをうかべて、クライドの股間のあたりから突き出た拳銃の銃身を愛しげに撫で回す。ボニーの挑発が続く。ボニー「これを使う勇気があるの？」クラウド「ここでよく見ていろ」そう言い残すと、クライドは目の前の雑貨店に押し入り、やがて強奪した現金を高く掲げて出てきた。ボニーは歓喜し、逃亡中の車内で激しくクライドを求める。しかし、クライドはそれに応じようとしない。クライド「今のうちに白状しておく。女は苦手なんだ」＊＊＊＊＊＊＊＊冒頭から性的イメージの速射砲、そしてどんでん返し。この映画の脚本を手がけていたＤ．ニューマンとＲ．ベントンは、当初、ボニーとクライドの間にモスという男をはさんだ「三角恋愛」ないしは「三角セックス」のシーンを予定していたーーークライドはバイセクシュアルで、ボニーとのセックスの時、モスに刺激されないと射精できない、そういう設定を予定していたのだった。しかし、当時、カウンター・カルチャー（反モラル、反体制）の波が映画界にも押し寄せていたとはいえ、さすがにこの設定はカウンター・カルチャーを志向する者からも「人殺しのうえホモでは、客が感情移入できない」と拒否された。そこで、彼らは急遽、クライドをバイセクシュアルからインポテンツに変更したのだった。

  Apr 12, 2004

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• お知らせ

  年度の変りめで、多忙を極めてまいりましたので、「日記」のほうは、しばらく休止させていただきたいと思います。なるべく早くに再開したいと考えていますが、その折りには、またのご愛顧をお願いいたしますm(_ _)m以上、誠に勝手ではございますが。

  Mar 6, 2004

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• 『クルージング』

  『クルージング』（79年、アメリカ、ウィリアム・フリードキン監督、アル・パチーノ主演）冒頭に「この映画はホモ（homosexual）糾弾を意図するものではない。ここに描かれているのはごく一部（ＳＭ、ヘビーレザー）のホモの世界である」というテロップが流れることからも分かるように、「ゲイ」、「ホモ・セクシュアル」を描いた映画です。この映画、「興味本位なだけの、同性愛殺人の描写！」、「ゲイを不当に扱っている」と、ニューヨークのゲイたちから撮影中に既に抗議があり、一時は撮影を中断を余儀なくされたいます。公開後も、上映妨害をはじめとしてゲイたちの反撃が企てられました。上映後、フリードキンは完全にほされて、不遇の時代を過すことになるのですが、2003年にようやく『ハンテッド』で復活しています。たぶん、アル・パチーノもこのトバッチリをうけていると思います（80年代の彼は、冴えないですよね）。冒頭で、パトカーに乗って巡回（クルージング）中の二人の警官が以下のような会話を交わします。「女房の奴は置手紙一枚残して子供とフロリダへ行っちまった」「虫ケラだ。人間じゃない」「誰が？」「奴らさ」「ただ車走らせてるだけじゃ面白くない」「例の”オンナ”を拾う。逃がしゃしないぞ」「やるのか？」「ああやるとも」「この街は今に自爆するよ。昔はもっと良かった」「おいあいつ等だ」こうして二人の警官は、二人の”オンナ”にイチャモンをつけて、奉仕させるのでした。いきなり、ゲイへの憎悪に満ちたシーンで、これでは反感をかうでしょう。既に「アメリカン・ニューシネマ」の時代は終焉していたのです。フリードキンといえば、何といっても『フレンチ・コネクション』（71年）と『エクソシスト』（73年）が有名です。この両作品は、「アメリカン・ニューシネマ｣の時代に撮られたものですから、かなり自由な内容でつくることができたと思います。また、彼は、70年には『真夜中のパーティ』という、やはりホモ・セクシュアルを題材としたインディペンデント映画を撮っており、これは結構評価されたようです。しかし、彼自身はこの頃、「俺はこのままアート系映画で終わってしまうのか」と悩んでいました。当時、彼は、アクション映画の巨匠ハワード・ホークスの娘とつきあっており、ホークスから「小僧、オカマの映画で評判らしいな。だが、世間が求めているのはそんな映画じゃない。悪い奴らをぶちのめす映画だ」と挑発されています。こうして誕生したのが『フレンチ・コネクション』です。フリードキンの持ち味は「リアリズム」です。『フレンチ・コネクション』では、手持ちカメラで、実際の街でロケを行い、セットを殆ど使っていません。ゴミを片付けたり、通行人を遮断することもなかったようです。照明もほとんど使わず、自然光のみで撮影しています。俳優にセリフを憶えさせることもせず、リハーサルも行わない。ヌーヴェル・バーグの影響でしょうね。こうしてみると、『エクソシスト』は、こういったリアリズムの対極にある映画といっていいでしょう。71年、73年と両極端な映画を続けて撮ったのですから、多才な人物なのでしょうね。その後、77年に『恐怖の報酬』というリメイク映画を撮り、そして79年、かつての『真夜中のパーティ』を彷彿させる『クルージング』を撮ったのでした。あらすじは単純で、一人の青年警官（アル・パチーノ）が、「ホモ」の連続殺人事件を捜査するためにゲイ・スポットに潜入するのですが、”ストレート”だった彼自身が心ならずも「ホモ」の世界に魅惑されていくという内容です。殺人事件自体よりも、ゲイ・スポットの様子や、潜入した青年警官が徐々にその世界に魅惑されていく過程の描写のほうが主です。「COP STYLE ONLY」クラブの熱気、ゲイによるハンカチなどのアイテムの使い方、夜の公園の雰囲気など。当時のゲイ・ワールドそのものを描いたといっていいのか、それとも、外部からみたゲイ・ワールドにすぎないのか、はたまた、冒頭のテロップにあるように、ＳＭやヘビーレザーなどの一部のゲイのみを描いただけなのか、私には判断はつきませんが、『真夜中のパーティ』とともに、それなりに楽しめる作品だと思います。

  Mar 3, 2004

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• 『善悪の彼岸　ルー・サロメ』

  『善悪の彼岸　ルー・サロメ』（77年、イタリア、フランス、西ドイツ、リリアーナ・カヴァーニ監督、ドミニク・サンダ主演）『善悪の彼岸』とは、ニーチェの著書名からの借用ですね。監督は『愛の嵐』（73年、イタリア、シャーロット・ランプリング主演）のカヴァーニ、女優は『暗殺の森』（71年、イタリア、ベルトリッチ）のドミニク・サンダです。ルー・サロメ(1861-1937)、ニーチェ（1844-1900)、そして若き哲学者パウル・レーの三人による数ヶ月の”架空”の同棲生活を描いた映画です（実際には、この三者による同棲は実現していません）。ニーチェやサロメ、そして監督や女優の名にひかれてこの映画を観たのですが、映画自体は駄作といってよいでしょう。ルー・サロメは、帝政ロシア皇帝に仕えた将軍の娘で、恵まれた環境の中で贅沢三昧に育ちましたが、豪華なドレスも宝石も興味がなかったそうです。17歳の時チューリッヒ大学に留学しますが、体をこわしてローマで療養していた時、女権運動活動家の家でドイツ人のパウル・レーと知合います。一目ぼれしたレーはサロメに結婚を申し込みますが、自由奔放に生きることを望むサロメは男二人との共同生活を提案します。｢私が、二人の男性と大きな部屋を共有して住んでいる。その部屋の中央は、花と書物でいっぱいになっていて、その両側に寝室がある。そこで、三人は完全な調和をたもちながら、日夜勉学に励んで理想的な共同生活をするのよ。｣彼女は、それを、”聖三位一体”の生活と名づけたそうです。レーは悩んだ末、同意するのですが、これは結局は実現していません。ニーチェはその頃38歳、すでに『悲劇の誕生』、『｢反時代的考察』、『人間的、あまりに人間的な』などを出版し、多くの称賛者や信奉者を得ていましたが、病のためにバーゼル大学の教授職を辞していたところでした。彼は病に苦しみ、そして、自分は真に理解されているとは思わず、本当の理解者をもとめ、阿片や娼婦に溺れているところでした。ちなみに、彼の悩んでいた病は、激しい頭痛、眼痛の発作で、原因は（娼婦からうつされた）梅毒だとされています。82年8月、サロメは、ニーチェの実家タウンテンブルクに滞在し、ニーチェはすっかり彼女に心を奪われ、彼女の詩｢生への祈り｣に作曲もしています。しかし、サロメは、ニーチェとの討論を冷静に検討した結果、二人の考えの相違点を感じ、この滞在のおわりが自分とニーチェとの別れだ、と決めていたのでした。後年、彼女の自伝によると、ニーチェとの交渉は彼女にとってほんのエピソードとしての意味しかもたなかったとありますが、ニーチェのほうは、失恋とゴシップとで気を病み3度も死をはかったほどです。ただ、どうもニーチェは惚れやすい性格のようで、過去マティルデ・トランペダッハ嬢にも唐突に結婚を申し込んでいますが。サロメにふられたニーチェでしたが、1883年2月　失意の中『ツァラトゥストラはかく語りき』の第1部をわずか10日間で書き上げてしまいます。その後、『ツァラトゥストラはかく語りき』を完成させ、さらに多くの著作を発表しますが、（梅毒のため？）1889年に完全に発狂して1900年8月に死去します。82年11月、サロメとレーは共同生活に入りますが、生涯を通じて性的交渉はなかったとされています。サロメは、精神的交渉のみを行う相手と、肉体的交渉をも行う相手をきっちり分けていたようで、レーはニーチェとともに前者だったというわけです。そして、彼女は生涯を通じて、これら両タイプの男性と自由奔放に交渉をもったのでした。87年　サロメは、突然フリードリッヒ・カール・アンドレアスとという東洋語学者と結婚します。彼はサロメに求婚して断られたのですが、そこでいきなり、彼女の前で胸にナイフをつきたてたのでした。彼女は、その情熱にほだされて結婚することにしたのですが、｢夜の生活はなし。自由に男友達（レーなど）と交際させる。仕事も自由につづけさせる｣という条件をだして、彼にのませています。しかし、レーはショックを受けサロメに別れの手紙を書き（彼女は例によって放置）、彼女との思い出の場所に近い断崖から身をなげて、自ら命をたったのでした。サロメは、ヨーロッパの各都市を訪れ、多くのこの時代の才能ある人々と親交を結び、時には恋愛関係をもちました。7歳下のフリードリヒ・ピネーレスという精神科医や、青年時代のルネ・マリア・リルケ（サロメ36歳、リルケ22歳の出会いでした）、15歳下のポウル・ビエレ博士、フロイトの門下生であるタウスク博士（後に、サロメにふられて自殺）、など。・・・・・こうしてみると、ルー・サロメというのはなかなか面白い女性ですね。「才色兼備」という言葉がありますが、彼女の場合、それに加えて上流階級出身ということで気品もあったのかもしれません。彼女は、とにかく自由に生きたかったようです。多くの男性（殆どが学者ですが）に近づいていったのも、自分の生を充実させるための糧をえるためだったのでしょう。ただ、多分、上流階級生まれということで、他人に対する気配りというものが決定的に欠けていたようです。まあ、「悪女」といっていいのではないでしょうか。『善悪の彼岸』という映画、内容的には軽薄で、ほとんどゴシップものといってもいいです。サロメを挟んでニーチェとレーがお互いを嫉妬し子供じみた争いを繰り返し、サロメはその様子を時には挑発し冷ややかに眺めるのですが、せっかくの「ニーチェ」なのですから、セリフや演技をもっと工夫して欲しかったですね。あれでは、殆ど単細胞・変態オヤジで、『ツァラトゥストラはかく語りき』に結びつきようがないです。

  Mar 2, 2004

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• 『自転車泥棒』

  『自転車泥棒』（48年、イタリア、ヴィットリオ・デ・シーカ 監督）1940年代イタリアの「ネオ・レアリズモ」ですね。ネオ・レアリズモの定義は難しいのですが、ムッソリ－ニ支配下またはドイツ占領下のイタリアの状況を抜きにしては語れません。ファシズム末期の市民生活、そしてレジスタンスという過酷な現実から生まれたのが、ネオ・レアリズモという”表現”です。ですから、ネオ・レアリズモは、ファシズム国家が推奨していたような「健全な国民」、「健全な物語」に対する強烈なアンチ・テーゼといってもよく、描かれたのものは当時の市民生活の紛れもない現状です。『無防備都市』（45年、ロッセリーニ監督）が最初に大ヒットした作品として有名です。嚆矢は、映画批評誌『チネマ』を中心とする左派の反ファシズム知識人の協力でつくられた『郵便配達は二度ベルを鳴らす』（42年、ヴィスコンティ監督）ともいわれていますが、同時期に『霧の中の散歩』（42年、ブラゼッティ監督）や『子供たちは見ている』（43年、デ・シーカ）もつくられています。ファシズム流の「健全な国民」、「健全な物語」に反発するように、その内容は、姦通と夫の殺害（『郵便配達は二度ベルを鳴らす』）、地方巡りのセールスマンのつかの間の夢と現実（『霧の中の散歩』）、母親の不倫による家庭の崩壊（『子供たちは見ている』）、レジスタンス運動のドキュメンタリー（『無防備都市』）といった過酷な現実や現実に内在する不条理を社会問題として描いています。イデオロギー的には、マルクス主義・共産主義といってよいでしょう。そういう意味では政治的な映画です。手法は、不足がちの機材で実際の街路、室内、アマチュアの出演者を使って撮られたもので、これは後にフランスのヌーヴェル・バーグに影響を与えています。ロッセリーニと並ぶネオ・レアリズモの旗頭であるデ・シーカの代表作が『靴みがき』（46年）と、この『自転車泥棒』です。『自転車泥棒』のストーリー自体は簡明ですが・・・・。＊＊＊＊＊＊＊第2次世界大戦後イタリアは、ぶつけようのない怒りや悲しみ、将来への不安に満ちていました。社会の混乱のなかで懸命に生きる労働者たち。主人公リッチは妻と息子（ブルーノ）の3人家族。2年の極貧生活ののち、ようやく手に入れた仕事（ポスター貼り）には自転車が必要でしたが、彼の自転車は質に入れてありました。ありったけのシーツを質に入れ、その代金で自転車を質からおろし、彼は仕事をはじめることができたのです。ところが無情にも、リッチがポスターを貼っている隙に、自転車を泥棒されてしまいます。 リッチは懸命に追いかけますが、見失ってしまいます。自転車が仕事の条件ですから、リッチ一家にとってこれは死活問題です。警察に被害届けを掲出しますが、受理されただけで「自分で探せ」と言われる始末。友人とともに「市場」を探すのですが、見つかりません。あきらめるわけにはいかずに、リッチは息子のブルーノとともに執念の探索に繰り出します。そこで、この親子はどうしようもない現実に直面することになります。この親子以外の人間はすべて、「犯人」を守ったり協力することはあっても、この親子に協力することはありません。つまり、世の中はすべて、この親子にとって直接・間接の「敵」なんですね。教会さえも。このことは、ラストが象徴的です。根果てて魔がさしたリッチは、他人の自転車を泥棒してしまいます。リッチが自転車を盗まれた時は誰も助けてくれなかったのに、今度は手のひらを返したように、街の人間が皆でリッチ（＝自転車泥棒）を追いかけ捕えます。捕えられたリッチは、小突かれながら警察に突き出されそうになりますが、そこへブルーノが寄ってきて泣きながら腕に抱きつきます。それをみた自転車の持ち主が「もういい」といい、リッチは刑務所送りは免れたのでした。茫然自失の態でトボトボ歩くリッチ。その彼にブルーノが寄り添い、優しくそっと手を握るのでした。デ・シーカは、親子をおそった過酷な現実や社会の不条理を描き、観る者を絶望させましたが、それでも最後には、ささやかながら希望の炎を灯してくれたのでした。

  Mar 1, 2004

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• 『スケアクロウ』

  『スケアクロウ』（73年、アメリカ、主演；ジーン・ハックマン、アル・パチーノ）茶褐色の野原を、遠くから一人の男がとぼとぼと歩いてくる。その男は、転びながらも有刺鉄線の壁をなんとかくぐり抜ける。その様子を木陰からじっと眺める、もう一人の男がいる。「だいじょうぶか」と声をかけ自己紹介をするライオネル（アル・パチーノ)に対して、マックス(ジーン・ハックマン)はそっけない態度をとる。その二人の前には、長い道路が・・・・「ロードムービー」の始まりだ。オープニングでは音楽は一切流れない。荒涼とした大地と、それを引き裂くアスファルトとをバックにして、乾いた風の音が響くだけである。道路を挟んで向き合う、二人の男。マックスは鞄をさげ、ライオネルは白い箱包みを抱えている。風埃のなか、ヒッチハイクの二人に、たまに通りかかる車はつれない。チビのライオネルは、ゴリラや電話の真似をしておどけてみせる。対して、デカのマックスはじっと本（預金通帳）に見入っていてチビを無視の体勢。そんな二人を近付けたのは、一本のマッチであった。葉巻きを吸おうとしたマックスであったがライターの火がつかない。道路の向こう側から、ライオネルが最後の一本のマッチをかざして微笑む。小さなマッチの火に寄り添うチビとデカ。こうして、二人の奇妙な旅がはじまった。マックスは6年の懲役を終えて刑務所から出てきたばかりで、洗車店を始めるために（銀行にお金を預けてある）ピッツバーグへ向かう途中。そして、デンバーに立ち寄って、たったひとりの肉親である妹コリーを訪ねてみるつもりだった。ライオネルの方は、5年ぶりに船員生活から足を洗い、身重ののままデトロイトに置き去りにした妻アニーに会いに行くところだった。今年5歳になる子供がいるはずだが、男か女さえも知らない。働いてえたお金をすべてアニーに送金していたライオネルは、彼女との再開と子どもに土産（白い箱包み）を渡す喜びを唯一の支えとしていたのであった。その2人は気が合いコンビを組み、洗車屋をともに始めることにし、ピッツバーグへ向かう途中デンバーとデトロイトとでのそれぞれの用事を済ませる事で話がまとまった。「人は信用しねえ。愛したこともねえ。だが、喧嘩なら像が相手でも負けねえ」こう豪語するマックスは、喧嘩屋だ。二人が出会って始めて泊まったホテルで。「殴るより、人を笑わすことだよ」「下らん」「カカシの話しを知ってるかい？　　カラスはカカシをこわがる」「そうらしい。なぜだ」「ところが、違うんだな」「いや、カラスはこわがる」「違う。笑っている」「ウソつけ」「本当だ笑ってる。　カカシはおかしな帽子をかぶり、おかしな顔だ。　だからカラスはそれを見て笑うんだ」「カラスが笑う？」「ひっくり返って笑い、　『百姓のジョーンズはいい奴さ』　と云う。　『だからこの畑は止めておこう』」「カラスが笑うのか。　じゃ云うけどな。　そんな出まかせ、聞いたことがない」「本当さ。笑うのさ」「なぜ、おれと？」とライオネルは、ベッドの上のマックスに尋ねる。「最後のマッチをくれたし……笑わせてくれた」とマックスは、照れくさそうに答える。「カカシ、女房に追い出されたらどうする」「まず笑わせるね。　笑わせれば、誰も怒らない」マックスは行く先々で喧嘩の種をまくが、ライオネルは気転をきかせては笑いを誘い、なんとかその場を切り抜ける。映画では、ライオネルの過去の私生活は一切明らかにされない。しかし、これらから、彼の過去がいかに過酷であったか、いかに苦悩の生活を送ってきたか、凡そ察しがつく。そして、その経験（トラウマ）が、彼の精神を深く蝕んでいることも。トラックや汽車を乗り継いでデンバーに着いた2人は、早速花で飾られたコリーの家を訪ね歓待される。そこで一緒に生活していたフレンチーという女とマックスは出逢い、ライオネルもコリーが気に入ったようだった。意気投合した4人は、これからずっとデンバーで行動を共にしようという事になった。ピッツバーグから戻るまでしばしの別れだが、お別れパーティのドンチャン騒ぎが始まった。例によってマックスと町の連中と喧嘩になり、二人は30日間の強制労働を課せられた。その収容所で、ライオネルは看守役の受刑者（男）から性的関係を迫られる。笑わせて、その場を乗り切ろうとするライオネル。しかし、通じなかった。顔を散々殴られ大量に血を流して戻ってきたライオネルをみて、翌日マックスは看守役に復讐する。30日の刑を終えて、2人は連れ立って目的地へ急いだ。デトロイトのアニーの家の前で、ライオネルは公衆電話へかけ込んで彼女を呼んだ。だが、なつかしさと期待にあふれる彼の気持ちは一瞬にして吹き飛ばされた。アニーは5歳になろうとする男の子の顔を見ながら、出産直前に階段から落ちたために子供が死んで生まれてこなかった事、洗礼を受けていないその子は地獄に落ちたまま永遠に天国へは行けないだろう、そして自分は再婚しているとまくしたてた。それがアニーの悲しい嘘である事をライオネルは知る由もない。電話を切ると、ショックを隠して、わざと明るくボックスを飛び出し、おどけた調子でマックスに話して聞かせた。ライオネルの様子がおかしいのにマックスが気づいたのは、その直後だった。公園の大きな噴水のそばで子供たちと遊んでいたライオネルは、その中の一人をいきなり抱き上げると、氷のような冷たい水の中にザブザブ入って行った。あわてたマックスが、彼を水の中から連れだした。病院に収容されたライオネルは正気に戻るまで当分の間精神療法が必要だ、という医者の診断であった。マックスの心は決まった。洗車屋を始めるために貯金した金をそっくりそのまま親友の治療費につぎ込もうと。ピッツバーグ行きの切符を買おうとして、駅員に「往復？」と尋ねられ、マックスは即座に「そうだ」と答える。しかし、ポケットのお金のみでは往復切符に足らない。靴底に隠しておいたなけなしの10ドル札をナイフで取り出すマックス。冒頭の「最後のマッチ」のシーンが甦る。Curtains　　　by Bernie TaupinI used to know this old scarecrowHe was my song, my joy and sorrowCast alone between the furrowsOf a field no longer sown by anyoneI held a dandelionThat said the time had comeTo leave upon the windNot to returnWhen summer burned the earth againCultivate the freshest flowerThis garden ever grewBeneath these branchesI once wrote such childish words for youBut that's okayThere's treasure children always seek to findAnd just like usYou must have hadA once upon a time

  Feb 29, 2004

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  『アンダルシアの犬』

  『アンダルシアの犬』（1928年フランス、16分）監督：ルイス・ブニュエル、脚本：ルイス・ブニュエル＆サールヴァドール・ダリ 16分という短い映画ですが、かなり刺激的、衝撃的なシーンがあり、一度観たら永遠に心に残るような映像があります。シュルレアリスムの「バイブル」といっていい映画です。【手術台の上でのミシンとこうもり傘の出会いのように美しい】　　　　　　　　　　　　　（『マルドロールの詩』　ロートレアモン）シュルレアリスムの基礎については、過去の日記で述べてありますが、簡単にいうと以下のようなことになります。我々は、自我（＝主観）の作用によって、または自我という場において、現実世界を認識しているわけです。その自我というのは、人それぞれによって異なる多様なものです。現実の認識が多様なものであれば、その解釈も多様にならざるをえず、したがって人と人との間に”共通了解”というものが成り立たなくなります。そして、そのことによって、社会は争いが絶えないものになります。この争いを何とかしよう、つまり考え方を一致させて共通了解をえよう、というのが思想の根本動機のひとつです。かつて、共通了解の根拠は、宗教（神、聖書）によって基礎づけられていましたが、宗教的価値観が没落しますと、人間理性というものが、共通了解を根拠づける基礎として宗教にとってかわるようになりました。この理性を備えた人間属性を、近代的自我と称するわけです。この近代的自我を共通了解の前提として構築された社会を「近代」と称するわけですが、近代に至っても争いが絶えることはなく、それどころか第一次・第二次世界大戦という未曾有の大惨事を近代国家は引きおこしてしまったわけです。この反省のうえにたち、近代的自我というものから人間を解放して脱近代をはかろう、という思想的運動が20世紀（第一次世界大戦）以降盛んになってきました。こういった近代に対する反動的ムーヴメントの代表が、芸術活動におけるダダやシュルレアリスムであり、社会思想におけるマルクス主義であり、精神医学・心理学におけるフロイトの「無意識」論であったわけです。このように、シュルレアリスムの根本モチーフは、近代的自我から人間を解放し、本来の自然な現実世界を奪い返して人間性を回復しようとするものです。しかし、単に近代的自我を滅却させただけでは、（多様な自我が乱立する）共通了解が成り立たない原始の世界に逆戻りするだけです（ダダは、そういう世界を目指したのですが）。そこで、その”歯止め”となるものが超現実という概念です。超現実とは、近代的自我は関与しませんが、現実と連続性がある、裸のモノ（オブジェ）で構成される客観的世界のことです。物語や作品としては、メルヘンに代表されるフェーリックな世界観に至ろうとするものです。超現実を露出させる手法として、自動記述、デペイズマン、コラージュなどがシュルレアリストたちによって考案され実用化されてきました。このような手法によって、夢幻的な世界（＝超現実）を描出できることが分かったのですが、重要なことは、この世界は、主観（自我）の主導によって展開された幻想（ファンタスティック）からなるのではなく、客観が人間に訪れる瞬間を受動的に捉えたものである、ということです。この受動性が「フェーリック」という心地よさの源泉です。一言でいいますと「シレッ！としている」といいますか、暑苦しさや息苦しさが無いわけです。これが、シュルレアリスムの魅力ですね。以上、シュルレアリスムを簡単に説明するとそういうことになります。興味のある方は、過去の日記をどうぞ。現在では、シュルレアリスム本来の意味や根本モチーフ（目的）が殆ど忘れさられ、または歪曲されており、その手法（自動記述、デペイズマン、コラージュなど）のみが、「誰もが、芸術を簡単に創造できる」という手軽さからか、生き残っているという状況です。その結果、村上春樹ではありませんが、近代的自我としての内的葛藤（近代的物語）を表現するための手段としてこれらの手法が用いられるという、シュルレアリスム本来とは全く逆の意味や根本モチーフのもと使用される、といったことにもなりえます。【主観（自我）の主導によって展開された幻想からなるのではなく、客観が人間に訪れる瞬間を捉えた世界（＝超現実）を新たに創造する】シュルレアリスムが本来的に描き出そうとしていたこの世界の意味は、現在では殆ど忘れさられてしまっています。戦後の前衛というのは、「新たな世界を創造する」ためではなく、反抗・破壊のために、つまり「既存の社会を破壊する」ための手段としてシュルレアリスム的方法が流用されてきたにすぎない、と言っても過言ではないでしょう。つまり、戦後の前衛は、思想的には退化しているといってもよいのです。しかし、技術的には進歩しましたが。私は、戦後の前衛においては、一般的に、シュルレアリスム本来のような「品」、「思想的な深さ」、「フェーリックな気分」、「創造への展望」が希薄で、それどころか、かえって、近代的自我に呪縛されたような息苦しささえ感じてしまいます。つまり、退廃的なのです。戦後の前衛はマルクス主義の影響が強いのですが、マルクス主義は近代（＝資本主義）に対するアンチテーゼを根本モチーフとします。ただ、近代に対する反抗・破壊という意識が強すぎるということは（マルクス主義が正にそうです）、実は逆説的に近代に呪縛されているということを意味しているのであり、このことが息苦しさの根本原因であろうと思います。ポスト・モダン的状況にある現在では、反抗・破壊にかわって相対化というモチーフが強いですが、シュルレアリスムの本来性が忘れさられているという点で大きな差がありません。そのように歪曲された「超現実」ではなく、シュルレアリスム本来の世界を垣間見ることができるのが『アンダルシアの犬』という作品です。ただ、古い作品ですのでモノクロですし、また実験的な作品ですのでかなり無骨ですが。また、マルクス主義の影響からか、破壊的要素や息苦しさが若干認められます。シュルレアリスム本来の世界は、現在では『キダム』で、華やかな色彩のもと、より洗練されたカタチで味わうことができると思いますので、お勧めです。＊）画像は、『アンダルシアの犬』の脚本をかいたダリの『燃えるキリン』。

  Feb 28, 2004

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• 『パゾリーニ・スキャンダル』

  『パゾリーニ・スキャンダル』（監督・原案・脚本：アウレリオ・グリマルディ、96年、イタリア）「パゾリーニ」と「スキャンダル」というのは、ほとんど同義反復のような印象さえ受けますが、75年に衝撃的な死をとげた（街でナンパした少年によって殺害された）映画監督パゾリーニの晩年を、グルマルディ監督自身の視点から描いた作品です。映画でパゾリーニという名前は一切登場しませんし、また、グマルディ監督自身「この主人公を、“真の”パゾリーニとは思わないでほしい」とも発言しています。それほど、パゾリーニという人物は難解だということなのでしょう。パゾリーニは、元来は詩人です。つまり、彼の表現の本質はアフォリズムにあります。詩人に必要とされるのは、ものを創る人間独特の我執の強さ、物事の二重性や矛盾にどこまでも耐えてゆける強靭な精神力、言葉から発散する愛と血の臭いです。「私が追い求めてきたものがセックスの快楽だけではないと言ったら？　それは温もり、愛情、人生そのものでもあったと言ったら？　どうかね、君は信じるかね？」と、本作の中で映画監督であり詩人である男は語ります。パゾリーニといえば、「残酷」や「悪」の表現が有名です。「愛」や「善」を表現するために反対の「残酷」や「悪」を極めるというのは、手法としては珍しくないのですが、パゾリーニの場合はそれが極端すぎて一般にはなかなか理解されなかったようです。「倒置・寓意・反意」としてパゾリーニの表現を読み解くこと。彼自身はもとより彼の作品を的確に理解するための鍵、ひとつはこの点にあると思います。この映画の圧巻は、中盤の、小説家を夢見る23才の美青年（ヴァレリオ・ヴァルゾ）とパゾリーニとの「口論」です。この若者は「貴方を卒論のテーマにしたくて、教授から紹介されてきた」と嘘をついてパゾリーニに面会しますが、真意はパゾリーニを利用して雑誌に小説デビューすることにありました。美青年や美少年に目がないパゾリーニのこと、この若者は自らの肉体をエサにして彼を利用しようというわけです。美青年を「犯したい」パゾリーニに対して、「逆に奴を犯し返してやって、小説家デビューを果たす」と若者は息巻きます。肉体的には犯されるかもしれないが、精神的に犯し返してやろうというわけです。そうすることによって肉体的なモノは単なる「エサ」と化すことになり、若者は本質的には、つまり精神的には勝利できるわけです。そのうえ、小説家デビューを果たせる・・・・。パゾリーニと若者とのあいだで、壮絶なやりとりが交わさます。パゾリーニ：「単刀直入に言おう。君の小説には何の価値もないが、尻を出すなら話は別だ。教授とは昔なじみでね。卒論は知らないそうだ。まあいい。この方が私の好みだ。ずる賢くて野心のある野郎ども、陽気で不安、寝るのにいい相手だ。君の小説はクズだ。気の毒だがな。期待してたのに残念だ。だが、このホモ親父に優しくしてくれたら、雑誌の掲載を考えてもいいぞ。確かに君の体に魅力は感じる。嫌なら別のヤツの所へ行くがいい。君は天才じゃない。ガキが才能を見せることもある。だが、君は文法が正しいだけだ。血も汗も精液のすえたにおいすらない。君は本を読み、方々の天才から借用しているが、君自身は天才じゃない。我慢すれば、それなりに有名になれるかも。文学賞は君ら向けだ。新聞にだって書ける。警官よりましだ。好きにしろ。話はそれだけだ。服を脱ぎたまえ。」ヴァルゾ：「最近の作品の話をしませんか。」パゾリーニ：「だめだ。」ヴァルゾ：「自分の凡庸さを隠すため凡庸な人間を集める。他人の才能を認めたくないからだ。あんたの意見なんて・・・・。僕は援助を求めきた。嘘はついた。門前払いは困るから。でもだます気はなかった。読みたがったのはあんただ。」パゾリーニ：「上等だよ。よく言うね。この馬の骨が。ケツを掘るのが楽しみだ。」ヴァルゾ：「天才も地に落ちたな。前衛のふりしてるだけだ。好きにはさせない。みんな、あんたの新作に唾してる。言ってみろよ。この１０年駄作ばかりだと。」パゾリーニ：「確かに下らん物を書いた。だが、ダンテもペトラルカもレオパルディもだ。まだまだ言い足りない。書き続けるつもりだ。芸術家は何を書こうと不滅だよ。日刊紙の仕事だって好きだ。50万人の読者がいるからね。プチブル新聞に書いて大金を稼げるんだ。ゾクゾクする。使うより稼ぐのが好きなんだ。当然の報酬だよ。教師の二ヶ月分の給料は今なら二時間くだらん原稿を書けば稼げる。２４まで便所のない家に住んだ。聞いてるか？２４歳までは、便所は外にあったんだ。寒い夜でも外で小便するんだぞ。レストランも知らず、３１歳で初めて飛行機に乗った。駄作を書いただと？　だから何だ？」ヴァルゾ：「分かったから一言だけ言ってくれよ。”私はひどい作品を書いています”、”私の作品を褒める奴らは大バカです”、と。」パゾリーニ：「駄作が傑作で通るまでには、酷評される傑作を書き続けねばならん。私はケツで売り込みはしなかった。汗を流し長い時間待ち続けた。あきらめ自殺も考えた。だがやり遂げた。」ヴァルゾ：「昔なら信じたよ。信じる値打ちのあった頃はだ。便所もない教師の頃、僕の小説をクズと言ったなら、信じただろう。今さら意見なんて結構だ。あんたの愚作なんかどうでもいい。あんたはゾンビだ。まだ生きてると思われてる。あんたが死ねば、別の誰かが生まれる。でもあんたはもうひび割れておしまいさ。」パゾリーニ：「あと４７秒ほざいて裸になるか、すぐ失せるか。私が好きなのは、男の体毛だ。なでるのが好きだ。なぜ若い男が好きか。毛が毎日伸びるからだ。２５歳まで伸び続ける。それに触りたい。なでてみたい。初対面の時、君の体毛を想像した。ヴァレリオ　どんなだ？ヘソからずっと生えてるのか？深い森か、それとも荒れたツンドラか？詩的だろ？”荒れたツンドラ”君の小説で使いたまえ。私の話をメモしたらどうだ？不滅の言葉を吐いてやってる。世界の巨匠と話をしてるんだぞ。」ヴァルゾの言葉も相当に辛辣ですが、ここはパゾリーニには敵いません。パゾリーニにあってヴァルゾにないもの、それは欲望する者としての高貴さ。【高貴な、あまりに高貴な！　それゆえ、他の人間を全て敵対者としてしまうような】

  Feb 27, 2004

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  『アメリ』

  『アメリ』（01年、フランス、ジャン・ピエール・ジュネ 監督、オドレイ・トトゥ主演）＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊少女の頃から空想の世界で遊ぶのが好きだった、自閉気味の22歳のアメリ(オドレイ・トトゥ)。古いアパートで一人暮らししながらモンマルトルのカフェで働く彼女は、他人にお節介を焼くのが楽しみ。ある日、遊園地のお化け屋敷とアダルトショップで働く不思議な青年ニノに出会う。スピード写真のブース周辺に捨てられた写真をストックした彼のアルバムを拾ったアメリは、悪戯を仕掛けようとするうち、ニノに恋してしまう。しかし内気なアメリは恋に真正面から向き合うことができず、かくれんぼのような駆け引きを続ける。破局の予感がした直後、近所に住む老画家から「アメリ、勇気を出せ。このチャンスを逃すな」の声が届く。遂に自分の殻を破ったアメリは、ニノの腕の中に飛び込んで自分の幸せを見つけるのだった。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊大衆映画の分野ではアメリカ（ハリウッド）に押され気味なフランス映画界ではありますが、見事に底力を発揮した作品といっていいのではないでしょうか。この映画はＤＶＤで何度も観ましたが、主演のオドレイ・トトゥの演技や表情、セリフ、多彩な登場人物と彼ら独自の魅力、映像等、飽きがこない映画ですね。殆どの人は、この映画を観た直後、幸せな気分に浸ることができるのではないでしょうか。ストーリーは日常茶飯事の積み重ねによって進行し、別に、ドラマチックな展開があるわけでも、重大な事件が起きるわけでもありません。しかし、ラスト、アメリとリノが結ばれ自転車で街中を駆け抜けるシーンでは、この上ない爽快感が漂います。この爽快感の基を探ってみますと・・・・。【人間が自分（自我）を外に開いてゆく時】アメリという女性は、子どもの頃から内気で自閉気味です。しかし、他方で、他人に対して、いろいろとアクションを起こしたくてしょうがない性格の持ち主でもあるんですね。つまり、彼女は、お節介焼きなわけなんです。ただ、彼女の心底にはむしろ、誰か他人が自分にお節介を焼いてほしい、という願望があると思います。しかし、他方で、元来内気な彼女はこのことを拒否してしまうわけです。この「お節介を焼いて欲しい vs 拒否」という葛藤が、彼女の他人に対するお節介焼きに投影されているように思えます。アメリのお節介焼きの手段はコミュニケーション（情報伝達）です。（アメリが用いたものに限らず）この映画で登場するコミュニケーション（情報伝達）用のアイテムはといいますと、聴診器にはじまり、カメラ、テレビ、（公衆）電話、ポラロイド写真、ヴィデオ、ヴォイスレコーダ、手紙、矢印状の道しるべ、望遠鏡、（太陽光を反射する）鏡、メモ、手紙、等々おおよそ日常の伝達手段とおぼしきアイテムが殆ど網羅されているといってもいいのではないでしょうか。ただ、アメリには、重要なあるコミュニケーション法が欠けていたのでした。元来内気なアメリには、面と向かってコミュニケーションをとること、すなわち、１対１の会話が欠けていたのです。そこで、上のような種々のアイテムを駆使して、１対１の会話の代用とせざるをえないのでした。１対１の会話は、「心」を通じ合わせるために不可欠なものです。しかし、アメリは「他人と心を通じ合わせる」ことに対する躊躇の念が人一倍強く（つまり内気・自閉）、従って１対１の会話が苦手だったのでした。コミュニケーション、すなわち情報伝達で重要なことは二つあります。「正確さ」と「タイミング」です。伝達される情報は「正しい」ものもあれば、「誤った」ものもあります。この映画では、伝達される情報は誤った情報（誤解）といいますか不可解なものが圧倒的に多いんですね。例えば、アメリのお節介は、主として、アメリによって操作された誤った情報（誤解）ないしは不可解な情報を駆使して行われますし、アメリのお父さんのもとに送られてくる小人の写真や、酒場にたむろするおっさんのヴォイスレコーダーの記録も、この類の情報です。しかし、その誤った情報を基に登場人物は行動し、それで結構幸せになっていきます。つまり、人間の生に多彩な色取りを与えてくれるのは、実はむしろこういった誤った情報（誤解）の方なのではないのか？　そういうことを考えさせてくれる映画でした。そして、この映画における最大の誤解は、アメリの自分自身に対する認識だったと思います。アメリ自身は自分の殻に閉じこもり、他方で、他人に対してはお節介を焼いて幸せにしてゆく。アメリは、一抹の淋しさを感じながらも、この状況が自分にとっての幸せであると、自分を納得させていたのでした。もちろん、こんなのは、アメリにとって本当の幸せではありません。そして、この状況から抜け出すためには、アメリの「内気」や「自閉」を打破する必要があったのです。つまり、アメリは、自分の自我を外に開く必要があったのです。すったもんだはありましたが、最後には、近所の老画家からの「アメリ、勇気を出せ。このチャンスを逃すな！」の一言によってアメリは幸せを掴みます。この老画家、ちょっとしたことで骨が折れる奇病を患っており、ずっと部屋に閉じこもって絵を描き続けています。つまり、この老画家の身体は、アメリの繊細で傷つきやすい心のメタファだったのであり、老画家の上の一言は、アメリの心の叫びだったのです。内気な女性が自分の殻を突き破った時に生じる爽快感、これが『アメリ』の魅力のひとつですね。【赤と緑の狂宴】この映画、色の使い方が独特ですね。緑を背景として赤が前景にくる、という手法が多用されています。ただし、場合によってはこの「前景ー背景」の関係が逆転したり、明度や彩度にかなりのヴァリエーションがありますが。「赤と緑」をここまで強調した映画は、ちょっと珍しいと思います。「赤と青」はよく見かけますが。監督のジャン・ピエール・ジュネは、『デリカテッセン』（91年、フランス）で同様の色使いを披露していますし（ただし、食人を題材としたブラック・ユーモアですので、かなり暗いトーンですが）、『エイリアン４』（97年、アメリカ）でも赤と緑の使い方が印象的な場面がいくつかありました。

  Feb 26, 2004

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• 『わらの犬』

  『わらの犬』（71年、アメリカ、サム・ベキンバー監督、ダスティン・ホフマン、スーザン・ジョージ）「わらの犬」とは、老子のことば「天と地は無情で、人をわらの犬の如く扱う」からの引用で、これは「人間は、護身のために焼かれるわらの犬のようにちっぽけな存在にすぎない」という意味があり、また、「所詮、人間は動物であり、その本能や暴力性からは逃れられない」という含みがあるのだそうです。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊アメリカの若い宇宙数学者デビッド(ダスティン・ホフマン)は平和主義で、暴力に満ちたアメリカの体制や社会に嫌気がさすととももに、何ものにも煩わされることなく数学の研究に専念するために、美貌の妻エミー(スーザン・ジョージ)と共にイギリスはコーンウェル州の片田舎（エミーの故郷）に渡り住むことにした。この田舎に住む男たちは粗野で暴力的で、女たちからは節操がなく淫乱な雰囲気が漂う。デビッド夫妻は農家に落ち着くと、早速職人たちを雇って納屋の修理をさせることにしたが、その中にはエミーがデビッドと結婚する前に肉体関係のあったベナーもいたのだった。エミーの肉感と美貌は、彼女にその気がなくても、男たちを挑発してしまう。舐めまわすような視線をエミーに浴びせかける修理人たち。ある日、デビット夫妻の飼い猫が、押入れのなかから首吊り死体で発見される。数日後、デビッドは、修理人たちに誘われ狩り（鳥撃ち）に出かける。これは罠で、デビットは荒野で置き去りにされ、その隙にベナーとスカットがエミーを輪姦したのだった。エミーの反応はというと、ベナーとの過去のこともあり、体内でこの片田舎特有の淫乱な血がよみがえったかのようでもあった。結局、エミーはデビットにこの事件を話さなかった。数日後、村の教会で村人たちの懇親会が開かれ、デビッド夫妻もそれに出席した。しかし、エミーは上の空で、ベナーたちに犯された時の恐怖と苦痛、それらの感情と矛盾した歓びに似た感情が交錯していた。この懇親会に出席していた精神薄弱者のジョン・ナイルスが、村の行動的な娘エマに誘い出され、彼女の主導のもと納屋に入りいちゃついた。彼女は、当初、デビッドに色目を使っていたのだが、相手にされないと分かるや、そのはけ口をジョンに求めたのだった。エマの兄ボビーがこれを目撃し、父親トム・ヘッドンに告げるとトムは怒り狂い、次男のバーティーとともに、2人を探しにでかけた。一方納屋の中で隠れていたジョンは、彼女をヘッドン一家が探しだしにきた気配を感じ急にあわてだした。エマは思わず悲鳴をあげた。狼狽したジョンは両手で彼女の口をふさぎ黙らせたが、精神薄弱の故に手加減が分からず、首を絞め死に至らしめた。ジョンはその場から逃亡するが、途中でデビッド夫妻の車に跳ねられてしまった。デビッドはジョンを家に連れて帰り傷の手当てをした後、村の酒場に連絡し医師をよこすよう依頼した。ちょうどその酒場には、ジョンを探し回っていたヘッドン一家がいたため、彼らは片手に銃ともう片手に酒瓶を抱え、直ちにデビッドの家に押しかけ、ジョンの引き渡しを要求した。彼を渡せば、なぶり殺しにされてしまうことが火を見るより明らかで、デビッドは敢然と拒否した。途中で駆けつけてきた判事がヘッドン一家の説得にあたるも、ヘッドンによって射殺されてしまう。デビッドは、闘う決心をした。デビッッド夫妻とヘッドン一家の間で壮絶な闘いがくりひろげられ、最終的にはヘッドン一家は全員デイヴィッドによって退治（殺害）されたのだった。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ニーチェは、『権力への意志』のなかで、「生の歓び」の三要素として「性欲・残酷・陶酔」をあげている。性欲とはエミーやエマに象徴させる「セックス」であり、残酷とはこの映画がテーマとしている「暴力」であり、陶酔とはラストの闘いのシーンでレコードから流れるスコットランド民謡すなわち「音楽」である。「性欲・残酷・陶酔」を求めることは他人の生を侵害することに繋がり、だから人間の社会は争いが絶えないのだ。また、ニーチェは、「音楽・陶酔」を「ディニュソス的なもの」として、それに「造形美術・夢」としての「アポロ的なもの」を対峙させる。そして、理屈によらない陶酔によって世界を感じることの重要性について、以下のように説くのである。”アポロ的なものは、現象を具体的な形に固定化しようとするが、世界の本質は個別化・具体化によってとらえることは出来ない。世界のなかの現象は渾然一体となっていて、個々に取り出すことはできないが、それは音楽への陶酔（ディオニュソス的なもの）によって感じることが出来る。古代ギリシャ悲劇の演劇にみらるサチュロス舞踊団は、陶酔することによって物事の本質を感じ、観衆も、サチュロス舞踊団と一体化することによって世界の本質を感じることが出来た。ソクラテスが導入した理論的な思考法は科学へとつながり、ディオニュソス的なものを殺してしまった。世界を理屈で理解することが出来るという考え方は、具体化によって世界を記述しようとするものであり、アポロ的である。中世からルネサンスにかけて、ソクラテス的、論理的、科学的な思考方法が奨励されるようになり、ディオニュソス的なものは死んでしまった。”理性を象徴する数学を生業とし平和主義者たるデビッドは、「アポロ」であった。「アポロ」たるデビッドは、暴力をはじめとする原始的な欲望が渦巻くアメリカ社会に嫌気がさして、イギリスの片田舎へと逃避してきたのであった。しかし、その片田舎は、アメリカ社会に優るとも劣らぬ「性欲・残酷・陶酔」が蔓延する場所であった。まずは、エミーのなかに眠っていた「ディオニュソス的なもの」が目を覚ましはじめる。対して、片時も理性（「アポロ的なもの」）を失わうことがなかったデビッドであったが、暴漢（ヘッドン一家）たちから精神薄弱者のジョンを守るためという、正にアポロ的な理由（正義）から闘う決心をし、深層に眠っていた「ディオニュソス的なもの」を遂に目覚めさせることになる。”夢のなかで人間は自分の無意識へと降りてゆく。そこで、目覚めているあいだに理性で抑圧されている欲望を解き放つ。無意識に良心はない。”（スタンリー・キューブリック、自作映画『時計じかけのオレンジ』を評して）一人、また一人と敵（ヘッドン一家）を殺すたびに、デビッドの顔には「陶酔・恍惚」の表情が浮かぶ。闘いがすみ、濃霧で視界が不良な中、ジョンを車で送るデビットは、以下のような短い会話を交わす。ジョン「帰る道が分からない」デビッド「いいさ・・・・俺も分からない」そして、デビッドの「陶酔・恍惚」の表情は最高潮に達するのであった。”『わらの犬』で僕の興味を引いたのは、架空のこととはいえ、その内容が平和主義者を取り扱っているという点だった。彼らは自分の中に潜む暴力の芽や感情を自覚していないのだが、実は、それは社会生活において彼らが忌み嫌う感情とまったく変わらないのだ。そのタイプの人間のいい例は、戦争反対や暴力反対を唱えながら、ボクシングやフットボール試合の観戦に行き、大声を上げている連中だ。そうした連中は自分の中の矛盾に気づいていないのだ。”（ダスティン・ホフマン）この映画の登場人物で「正常人」に最も近い者は・・・・・・。　　　たぶん、精神薄弱者のジョンであろう。

  Feb 25, 2004

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• 『ハリーとトント』

  『ハリーとトント』（74年、アメリカ、ポール・マザースキー監督、アート・カーニ主演）老人が猫と一緒に旅をする、ロード・ムービーの傑作です。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊72歳のハリー(アート・カーニー)は、愛猫のトント（11歳、人間でいうと77歳）とニューヨークのマンハッタンに住んでいたが、区画整理のためにアパートから強制的に立ち退かされた。仕方なくハリーはトントを連れて長男のバートの家に行ったが、バートの妻に気兼ねしなければならず、シカゴにいる娘のシャーリーを頼って旅に出る決心をした。バートは飛行機で行くことをすすめたが、トントと一緒では飛行機に乗せてもらえず、バスで行くことになった。しかしそのバスもトントの小便のために途中で降りなければならなくなり、中古車を買って目的地に向かうことにした。途中、コンミューン（ヒッピーの共同体ですね）へ行くという娘ジンジャーに会い、彼女の勧めで、ハリーの初恋の相手でダンサーだったジェシーに会いにいった。年をとったジェシーは痴呆気味でハリーを想い出せなかったが、昔ダンサーだったことは覚えていて、ハリーと一緒に楽しく踊る。ようやく本屋を経営するシャーリーの家に辿りついた。彼女にはノーマンという次男がおり、ハリーとノーマンはたちまち仲よくなった。シャーリーは、ハリーと一緒にきたジンジャーに、コンミューンへいくのは危険だから両親の許へ帰るよう説得したが、彼女はききいれなかった。また、シャーリーは、ハリーにシカゴで一緒に暮らそうといったが、ハリーもそれを断わり、翌朝ジンジャーと出発した。そして、コミューンへ行くためノーマンもついてきた。一行がアリゾナにつくと、ジンジャーとノーマンは、ハリーに一緒にコンミューンへ行こうと誘ってみたが、ハリーは当分の間1人でいたいと断わった。ハリーとトントの旅が再び始まり、さまざまな人間に会う。猫好きということで意気投合した老カウボーイ、ウェード。ヒッチハイクするハリーを拾ってくれた高級売春婦（結局、ハリーは彼女とつかの間の春を謳歌することになる）。ラスベガスで立小便をしたので警察に捕まって留置所に入れられるが、そこで会った老インディアンの酋長ツー・フェザー。ツー・フェザーは、免許証なしで人にまじない医術を施したから捕まったという。滑液のう炎をわずらっているハリーが彼に薬をぬってもらうと、それは驚くほどよく効いた。ハリーが次に訪れたのはロサンゼルスだった。ここには次男のエディが住んでいるのだ。翌日、ハリーはトントが病気にかかっているのに気づき、動物病院へ連れて行き手当をしてもらい、ハリーも歌を歌って元気づけようとするが、その甲斐もなくトントは無言のまま動かなくなってしまった。「さようなら」、そういい残してハリーは淋しく病院を後にした。ハリーが浜辺でたたずんでいると、一人の快活な老女が近づいてきていきなり同居を申し込む。苦笑しながらも「考えておく」と答えるハリー。彼女はたくさんの猫を飼っていたが、そのうちの1匹は死んだトントによく似ていた。ハリーはその猫を抱き上げ、浜辺を散歩する。すると、渚の傍で女の子が砂の城をきずいているのに出会った。ハリーは近づき（女のこは、アカンベーをする）、一緒に砂の城を作りはじめるのであった。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ この映画は、行くあてのない老人がネコと一緒に旅をするということで、暗い内容だと思われるかもしれません。しかし、決してそんなことはないんですね。ハリーは、どこででも、どんな人間に対してでも思いやりがあり優しく接っし、同時に自分の生き方を貫いてゆくことを忘れません。暗いのはむしろ、一見幸福そうに過しているハリーの息子や娘たちのほうです。この辺は、トルナトーレ監督の『みんな元気』に似ています。不思議なもので、旅をするだけで、どこにでもあるような街並みやありふれた人物が、ガラッと違ってみえてくるものです。とりわけ、ハリーのように、長年住み慣れたアパートを追い出され確固とした安住先もなく旅をする場合はなおさらでしょう。そこで、確認できるのは、”世界の重層性ないしは多様性”です。いま、自分が身を置いている社会というのは、実は世界のほんの一断面にすぎないのであって、すむ場をちょっと変えてみると、また視点がちょっと変わると、別の全く異なった世界の断面が見えてきます。そして、それぞれの社会（断面）には、それぞれに独特の慣習、ルール、そして空気があるのであり、そこでは自分と同じようにそれぞれの人間が生を営んでいるのです。そのように息づいている多様な世界を濃密に体験できる、これがロード・ムービーのひとつの魅力です。そして、それらの世界を「通過儀礼（イニシエーション）」のように体験しながら、主人公は徐々に成長してゆきます。つまり、ロード・ムービーというのは、一種のメルヘンといえます。ですから、メルヘンとして、「フェーリック」な雰囲気をいかにして醸し出すことができるかが、監督の腕の見せ所ということになります。【我々が住んでいるありのままの世界・社会は、そのままで多様かつ重層的なのである】ハリーにはアナトールという友人がいますが、アナトールの息子を交えて三人で以下のような象徴的な会話が交わされます。ハリー「”人生は川のごとし”だなんて、私は認めんよ。哲学的には分かるが。努力をせんと川で溺れる」息子「流れに身を任せれば溺れない」ハリー「ヨガの行者ならな。ふつうはそうはいかん」息子「皆同じですよ」アナトール「息子は金ヅチだ」ハリー「同じなものか。人はそれぞれ違う」息子「違いません」ハリー「君と私は？」息子「うわべは違うが本質は同じだ」ハリー「こじつけだ」息子「あなたは空気を吸い俺も空気を吸う同じ空気です」アナトール「ここの空気と街の空気が同じだとでも？　たわ言だ。街の中はスモッグで先が見えん」ハルー「彼が言っているのは抽象的空気だ」息子「違う。空気は空気だ。誰にとっても空気だ」ハリー「動物には？」息子「動物は思考しない」ハリー「トントは違う」「川」とは人生、「空気」とは社会・世界のことですね。我々が住んでいるありのままの世界・社会、これはそのままで多様かつ重層的である。そして、このありのままの世界・社会こそが、人の生にとって尽きることのない”意味”の源泉なのであるーーーこのことが見えない若者が、「超越」と称してユートピアを求め、現実から逃避し、結局は破滅する。『ポーラＸ』の主人公ピエールがまさにそうでした。また、「前衛（アヴァンギャルド）」というムーヴメントが、いつの時代でも結局は挫折するのは、この現実の重みに敗北するからなのです。【人は、新世界に飛び込む時に、何かを捨てざるをえないものだ】ハリーはラストで、新しい同居人を得たうえトントそっくりの猫とともに、新しい人生（新世界）を向かえようとします。では、ハリーは何を捨てざるをえなかったのか？・・・・・・　トントが、一身に背負ってくれたのでした。

  Feb 24, 2004

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• 『奴らを高く吊るせ』：法と正義の現実

  『奴らを高く吊るせ』（68年、アメリカ、テッド・ポスト監督、クリント・イーストウッド主演）＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊元保安官のカウボーイのジェッド(C・イーストウッド)は、牛を移送中、突然九人の男たちに襲われ、牛泥棒としてしばり首にされた。ジェッドは牛泥棒兼殺人者と間違われたのだ。9人組は、仲間を殺し牛を盗んだ強盗を追っていたのだが、そうとは知らずジェッドはその強盗から牛を買っていたのだ。いまにもこと切れようとするところ、保安官に助けられたジェッドは、囚人車でオクラホマ州フォート・グランドに運ばれた。「改めて判事の裁判をうけろ。有罪なら改めてしばり首だ」フェントン判事によってジェッドへの誤解は解かれ、9人組みを許そうとしないジェッドに対して、判事は裁判官直属の保安官になるよう説得する。「見たまえ。広大なオクラハマ準州に保安官が19人しかおらん。以前は60名いたが、それでも不足だった。保安官19名と判事1名で広大な土地を治めておる。しかも、ここは悪党の巣だ。山賊、牛泥棒、密売人、詐欺師、略奪者・・・。だから、バッジはここで眠っていた。胸に付ける者を待ちわびていたのだ。バッジを取りたまえ。いやなら、9人組はわしに任せろ。・・・・方法は任せるが、発見したら生け捕りにして連れて来い。勝手に殺すな！」こうして、ジェッドを私刑に処した九人の男の逮捕するよう命じられた。西部の荒野にも、ようやく法と秩序が形成され始め、政府は私的制裁を厳しく禁じていたのだ。しかし、私刑は後をたたず、証人や証拠もなく犯人たちを捕えることができずにいることが多かった。ジェッドは、無実で私刑をうけた当人である。つまり、犯人逮捕に格好の人物だったのだ。ジェッドは復讐の鬼と化して九人を追うことになった。一人、二人、三人と、ジェッドは彼らを追いつめ射殺、あるいは逮捕して絞死刑にしていった。そんなある日、保安官の一人アルホーンが、ジェッドの私刑の主謀者ウィルソン(E・ペグリー)から示談金を預り、ジェッドのもとへもってきた。しかし、ジェッドは示談金の受け取りを拒否した。ジェッドを丸め込むことが不可能だと悟ったウィルソンは、ジェッドを殺害しようと計る。しかし、仲間のうち二人はこれ以上罪を犯すことをおそれ逃げだし、ウィルソンの味方は牧童二人となってしまった。次の日、ジェッドは、ウィルソンたちに狙撃され重傷を負い、雑貨店の女主人レイチェル(I・スティーヴンス)の家にかつぎ込まれ、手厚い看護をうけた。彼はレイチェルの献身的な看病で一命をとりとめた。この間に、ジェッドはいつしか彼女を愛するようになっていた。だが、夫を無法者に惨殺されたうえ、その場で輪姦された過去を持つレイチェルは、彼の求愛をすなおにうけとることはできなかった。傷がいえたジェッドは、早速ウィルソンの牧場へ向った。すでに待ちかまえていたウィルソンは、猛犬を放ってジェツドを追いつめ、猛射をあびせた。だが、ジェッドの機転とガンさばきで、二人の部下は射殺された。もはやこれまでと悟ったウィルソンは、自ら絞首して果てたのだった。ジェッドはフェントン判事のもとに帰り、仕事はこれで終りだと、バッジを差し出す。だが、判事は、ジェッドの前に、逃亡したウィルソンの二人の手下たちの逮捕状をさしだすのだった。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ユダヤ、キリスト、イスラム社会では、人間が人間を裁くことはできない。人間を裁くことができるのは、神だけだ。「主権」とは、そのような神＝主の権利のことだ。この主権を代行するのが、王であり国家である。そして、法とは、主権を代行するための神との契約書であり、司法の職員は神の代理人である。主権は神から授けられるが、法律は人間が作成したものであり、法を司る警察や裁判官も人間である。つまり、法や司法は万能ではありえないのだ。そして、法や司法に対する信頼が揺らぐと、法によらずに正義を執行する自警主義が登場する。しかし、自警主義は私刑（リンチ）に走りやすい。そして、私刑は誤りやすい。冒頭、ジェッドが誤解からしばり首にされたのが、正にそれである。そして、＜神＝法＝司法＞という体系のもとでは、私刑は厳として禁止される。私刑とは、人間が人間を裁くことであり、神の後ろ盾がないからだ。しかし、先に述べたように、司法は人間によって行われ、従って司法もまた誤りえるのである。この映画には、16歳と18歳の兄弟が牛泥棒として裁判にかけられ、しばり首にされるシーンがある。この兄弟は、もう一人の男と三人組で牛泥棒をはたらいたのだが、その男が牧場の親父と兄を殺害していたのだ。怒りが収まらないのは、親父と兄を殺された弟だ。ジェッドは弟らと協力して、犯人を捕らえる。弟「（犯人に向かって）一分で祈れ」ジェッド「吊るしはいかん」弟「親父と兄貴をやったお返しだぜ」ジェッド「裁くのは法律だ」弟「度胸がないならいけ。俺たちがやる」ジェッド「（弟たちに銃口を向けながら）もう一度いう。吊るし首は許さん。　　　　　俺に任せろ。フォート・グラントへ連れて行く」弟「目をつぶってくれ。10分でいい。・・・・5分だ」ジェッドが一人で強盗たちを護送中、一人（牧場の親父を兄を殺した男）が隙をみてジェッドに襲いかかるが、ジェッドはなんとかおさえつける。もし、兄弟のうち一人でも男に加勢していたら、ジェッドは完全に殺られていたところだった。ジェッドは裁判の証言で、兄弟が初犯であること、殺人にはかかわっていないこと、ジェッドを襲う男に加勢しなかったこと、などをあげて兄弟を庇おうとするが、判事は「三人とも殺人と牛泥棒で起訴されている」として全くとりあおうとしない。その夜、ジェッドは判事と口論する。ジェッド「なぜ子どもまで吊るす」判事「なぜ？　君のためさ。殺人犯3人を護送したあの英雄的行為のためさ。　　　それに処刑しなけりゃ、追跡隊がリンチに走る。　　　この裁判所の信用にもかかわる」ジェッド「気取ってもだめだ。　　　俺を殺そうとした9人と結局は変りがない。　　　少年の命は最初からない」判事「結果は分かっていても、裁判を受けただけ違う。　　　分からないのならバッジをはずせ」こうして、兄弟は絞首刑となったのだった。子どもの処刑は話題になり、オクラハマじゅうから見物客がやってくる。いたたまれなくなったジェッドは、その場を去る。判事「一人ではミスを犯す。　　　まして普通の州の5倍もの広い地域を受け持っとるんだ。　　　確かにミスも犯してきた。判事席でも常に祈っておる。　　　神とわしの間に誰かいてくれと。　　　誰か過ちを指摘してくれ。　　　『これは再審理だ』と。　　　『これは執行延期だ。これは無罪だ』と。　　　しかし、ここが州に昇格し知事や控訴裁判所ができるまでは　　　わしが法律だ。　　　それに反対するなら、わしの敵に回るか、協力するしかない。　　　わしに逆らいつつな。　　　神に見捨てられたこの州が立派な州になる日までだ」この映画は、法の支配が確立されるまでの過渡期における「法と正義の現実」を考えさせる西部劇ですね。

  Feb 23, 2004

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• 『ポーラＸ』：アンチ・オイディプス（三）

  主人公のピエールは美しいお城に住み、新進気鋭の（覆面）作家であり、著名な政治家（外交官）を父にもち、その父は亡くなったが奇麗な母親と同居し、美しい恋人との結婚を控えています。彼は申し分なく上流階級の人間であり、将来を嘱望された若者です。ピエールというのは、資本主義社会および家庭における「オイディプス関係」（＜父ー母ー子＞という三角関係）という枠内で、最も幸福を謳歌している人間だったといっていいでしょう。彼の社会的地位を担保していたのは、財産、地位、（小説家としての）社会的名声で、これらを支えているのが資本主義社会というシステムとしての「オイディプス」なのです。また、彼の家庭における幸福を支えていたのも＜父ー母ー子＞という「オイデプス」です。ただ、通常は、父は、子供にとっては母親を奪う存在すなわち敵対者で、これをもとにコンプレックスが生まれるのですが、ピエールの場合、その父は亡くなっているわけです。存在するのは、父の形見のバイクだけで、ピエールはそのバイクを乗り回しています。母親のほうは、亡くなった父のことを決して忘れることなく思い出を胸に抱き、それを心の支えとしながらピエールと幸福に暮らします。つまり、父はピエールの家庭を安定させる重要な存在であるとともに、現実に母親を奪うことは決してないわけで、この「オイディプス関係」（＜バイクー母ー子＞）は、ピエールにとっては正に理想的なのです。確固たる身分・教養・慣習・法・伝統という「オイディプス」に守られ堅固なお城に住み、他方で「オイディプス・コンプレックス」もない。つまり、この世は彼にとって「ユートピア」だったのです。このように、この上もなく（社会的にも家庭的にも）幸福を謳歌しているはずのピエールでしたが、人間とは不思議なもので、彼はこの状況に満足できなかったんですね。そんな彼の前に現れたのが異母姉のイザベルで、彼女こそがピエールのもやもやした超越願望を具現した「アンチ・オイディプス」だったのです。ピエールの母親は、ピエールに対して、バイクを傷つけないように常に注意をしていたにもかかわらず、ピエールがイザベラと出会うたびに、父の形見のバイクが傷ついていきます。これは象徴的なシーンですね。母親は＜バイクー母ー子＞という安定した「オイディプス」を破壊しないように、常に警告を発していたのですが、イザベラがその安定した関係に亀裂を入れてゆくのです。その亀裂を象徴しているのがバイクの傷です。そして、この亀裂は徐々に深刻化してゆくのですが、そうなったのもピエールがそのことを（超越の契機として）望んでいたからこそなのです。そして、＜バイクー母ー子＞という三角関係は、＜イザベルー母ー子＞という三角関係へと変貌してゆきます。そして、母は、ピエールがパリへ去った後、（父の形見のバイクで）事故を起こし亡くなってしまいます。そして、ピーエルとイザベルのもとへ、婚約者リュシーがやってきて今度は＜イザベルーピエールーリュシー＞という三角関係へと変貌してゆくのですが、ピエールは苦悩しながらも結構充実してるような雰囲気なんですね。すくなくとも、以前のような退屈はない。しかしながら、結局は破滅に向かって突き進むことになります。生活費を稼ぐために小説を再び書き始めたピエールは、雑誌編集人のマルグリットに相談し、以下のような会話が交わされます。ピエール　「金がいるんだ」マルグリット　「あなたが？新しい小説に前金を出してもいいのよ。その位喜んで出すわ。でも話を聞くと随分混乱している小説ね。あなたが心配だわ。振る舞いも、言葉も、まるで別人だわ。この世の陰鬱な真実を暴きたがってるけど、感覚が古すぎるわ。ムージルの言葉を？”世を罰すれば、世の報いを受ける”気をつけなさい。成熟した小説を書こうとしてるけど、あなたの魅力は未熟さにある。何かに火をつけたいのね。逆巻く雲のように時代を超越し、皆から尊敬されたいと。でも、あなたの本質は違う。自分でもわかってるはずよ。」安定した「オイディプス」に庇護されてきた温室育ちの若者が、自由を求めて温室を脱出しむき出しの現実に向かい合うことを超越と称して切望し、実行しようとする。そのためには一種の「狂気＝分裂症（シゾフレニー）」＝「アンチ・オイディプス」が必要でしたが、結果として破滅するしかなかったのです。つまり、「世を罰っして、世の報いを受けた」のでした。この映画は、単なる「シゾフレニー」の肯定に基づいた「アンチ・オイディプス」を嘲笑してるのか、同情しているのか・・・。それとも絶望しているのか。

  Feb 22, 2004

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• 『ポーラＸ』：アンチ・オイディプス（二）

  今回は、「アンチ・オイディプス」について、ドゥルーズ＝ガダリの精神医学ならびに社会学的分析を紹介しますが、結局は「欲望」というものの意味をどう捉えるか、本来的・自然な「欲望」をいかに解放するか、ということになります。昨日の日記で説明したような、「幼児はエゴイスティックな欲望を放棄し、代わって社会が提供する欲望で我慢して代用することで、社会からその報酬としての居場所を与えられ、構成員として受け入れられる」といったカタチで維持される社会秩序は、いまの社会の中ではありとあらゆる場で徹底されています。その最も代表的な装置が、学校と刑務所と精神病院です。学校は「教育」というイデオロギーを通じて、子どもたちに社会秩序を徹底して身に付けさせ、また、刑務所は、社会秩序に逆らった者（法を犯した者）たちが、”正しい”社会秩序に再び組み込まれるよう調教・改造する施設です。そして、精神病院は、社会秩序から外れる精神病者・狂人を監禁して、社会秩序を守ろうとする施設であり、言わば社会や国家の警察のような役割を果たしているのです（こういった権力装置についての分析は、フーコーやアルチュセールが優れています）。ドゥルーズ＝ガタリは、こうしたフーコーやアルチュセールの見解を踏まえながら、分裂症とはただ単に"資本主義のイデオロギーに侵されていない"人間の、本来的な欲望の発現の形態であり、それは何ら異常なことでも、ましてや「病」などでもないと考えます。というのも、「欲望」というものは、本来、多様的で生産的なものだからです。しかし、資本主義社会のシステムは、そうした多様な「欲望」の形態を、貨幣によって一元化して資本の流れの無限運動に吸い取ってしまいます。こうして、資本主義社会においては、「欲望」は屈折したものとなってしまい、擦り切れた惨めなものへと変貌させてしまうのです。こう考えてみると、むしろ病に冒されているのは、資本主義によって欲望の形態を画一化され、そのシステムに服従している我々「健常人」のほうであって、分裂症者は、資本主義システムがもたらしている弊害を身をもって証言している生き証人なのである、ということになります。それなのに、今までの精神分析が行ってきたことは何かといえば、あくまでも患者を「治療」しようとする態度であり、それはあたかも、神と人間の立場のように、「正しい」分析医が「誤った」患者を「正しい方向」へと戻そうという企てに他ならない。精神分析は、あたかも患者を救うかのように見せておきながら、実は、欲望の多様な流れを画一化し、欲望を狭めようとする、資本主義の手先ということになります。そしてその元凶こそが、あの「オイディプス・コンプレックス」という概念なのです。そもそも「オイディプス・コンプレックス」とは、社会に受け入れられるためには、幼児の原初的なエゴイスティックな欲望を放棄して、「父親」に象徴される社会秩序を受け入れざるをえない、という状況で生じるものです。そして、「オイディプス・コンプレックス」は、人間の多様な欲望を「家庭」の「オイディプス関係」（＜父―母―子＞の三角関係）という社会秩序の枠組に閉じ込めてしまうことで、人間を資本主義システムを支える構成員とするための温床となっているのです。このように、自らの本来的・自然な欲望を手放し、画一化された社会秩序に服従する人間を生産するための装置として、まず初めに「家庭」装置があり、さらにそれは「学校」、「社会」、「国家」へとなどの様々な装置に接続されて、我々はそれらを経由していくことで、最終的には資本主義システムに服従する人間として生産されているのです。ドゥルーズ＝ガタリは、したがって、欲望の多様な流れを押し込めようとする精神分析に激越な批判を加えることになります。資本主義は、人間の多様な欲望を押し込め、全体主義的に画一化する。そしてそのようにして圧迫された欲望が多様な形で発現する場合、それは「分裂症」と見なされ、精神病院へと監禁され、閉じ込めてしまう。そして精神病院では精神分析医たちが、資本主義機械の秩序に服従するように患者を「治療」し、欲望の多様な流れをまたしても画一化しようとする。オイディプス化の徹底である。こうして精神分析と資本主義は共犯関係にある・・・・・ドゥルーズ＝ガタリは、こう批判するのです。そして、ドゥルーズ＝ガタリは、精神分析に代わって、「スキゾ分析」なるものを提唱します。これは精神分析をまったく逆転させた発想で、精神分析が、分析医が患者を治療する、という態度であるとするならば、スキゾ分析はその関係をまったく逆転させたもので、むしろ分裂症者の立場から分析医も含めた我々「健常人」を批判し、「治療」しよういう発想です。というのも、分裂症こそは人間の欲望の自然な形の発現形態なのであり、そうした欲望の多様な流れが、家庭、学校、国家などによって画一化させられてしまったいまの資本主義的な欲望の形態こそ、むしろ狂ったものと言わねばならないからです。分裂症者の眼から見て、資本主義機械が如何に凶暴で批判されるべきシステムか、そして如何に「欲望」の形を奇形化させているか、それは分裂症者の眼から見なければ分からないのであって、むしろ我々は分裂症者によって、我々の狂った欲望の形態を治療され得る・・・・ドゥルーズ＝ガタリは、こう考えるんですね。まあ、さらに簡単に言えば、以下のようになります。人間の欲望はエゴイスティックな多様性を求めるものですが、それが欲望の本来的かつ自然なカタチで、欲望はそのように解放される必要があります。この欲望の本性（多様性）を「分裂病（スキゾフレニー）」といいます。しかし、その欲望の多様性を一定の枠にはめて抑圧しようとする力が存在します（「パラノイア」といいますが）。それが、「オイディプス・コンプレックス」、すなわち、資本主義社会における「家庭」の「オイディプス関係」（＜父ー母ー子＞という三角関係）なのです。ですから、欲望を解放するためには、この「オイディプス関係」をなんとかしなければいけない、つまり「オイディプス・コンプレックス」を克服しなければいけないということになります。これが「アンチ・オイディプス」という考え方です。資本主義というシステムは、我々に対して、社会に根を下ろした専門家として生きることを要求します。例えば、『巨人の星』の主人公、星飛雄馬は、父・星一徹の果たせなかった夢を実現するために、ただ一筋に野球だけに打ちこみ、巨人軍のエースを目指します。ここで、星一徹という父親の姿で現われてくるものこそが、全てのものを犠牲にして、自分を一つの型に押し込むことを要求する「オイディプス」なのです。「オイディプス」とは支配者の表象であり、知性であります。「オイディプス」のもと、全てを支配しようとする将軍、ファシズム、そして「神」が目覚めてくるのです。「アンチ・オイディプス」は、この知性による支配から脱却し、欲望を解放することを目指すのです。ドゥルーズ＝ガダリはこう主張して、「リゾーム」なるものを提唱します。「リゾーム」とは、「根茎」とも訳されますが、地中でジャガイモの根が相互に繋がりあうように、どこにも中心のない相互関連する組織を言います。これには、同じ一つの幹から順次に枝分かれしてゆく権威主義的な「樹木（ツリー）」が対置されます。「リゾーム」の典型が、インターネットですね。「リゾームになり、根にはなるな、決して種を植えるな！　蒔くな、突き刺せ！　一にも多にもなるな、多様体であれ！　線を作れ、決して点を作るな！　スピードは点を線に変容させる！　速くあれ、たとえ場を動かぬときでも！　幸運の線、ヒップの線、逃走線。あなたのうちに将軍を目覚めさせるな！　正しい観念ではなく、ただ一つでも観念があればいい。短い観念を持て、地図を作れ、そして写真も素描も作るな！　ピンクパンサーであれ、そしてあなたの愛もまた雀蜂と蘭、猫と狒狒のごとくであるように。」（『千のプラトー』第一章、ドゥルーズ＝ガダリ）「私の心と私の言葉の間には、決してうめられない溝がいくつもあって、それと同じくらい、私の文章と私の間にも距離があるはずだ。でも一般にみんな、日記に向かうとき素直になっているような気になっている感じがして、気持ち悪いから何となく日記は気取っていて、いやなのだ。本当に人を救う尊い仕事をしている男が、ある朝交差点で世にもＨなお姉さんの後ろ姿に勃起し、さらにその日のうちに幼い娘に八つ当たりし、妻と話しあって高次の愛に接したら、それはみんなその人で、その混沌が最高なのにみんな物語が好きだから、本人もそうだから、統一されたいと願ったり、自分をいいと思ったり悪いと思ったり、大忙しだ。変なの。」（吉本ばなな『アムリタ』）人間の経験は、多様で、「分裂病（スキゾフレニー）」的です。にもかかわらず、我々はそれらを、例えば「立派な先生」といったような、一つの「物語」に統一することを好みます。そうであるがゆえに、自分を誤解してしまう。ドゥルーズ＝ガダリが批判しているのは、みんなが好きな、こうした「物語」ともいえます。そうした「物語」の親分が、フロイトの言う「オイディプス・コンプレックス」というわけです。＊）「男の子は母親を愛し、父を憎む」という深層心理を『オイディプス・コンプレックス』と名付けましたが、逆に、「女の子は父親を愛し、母を憎む」ことを『エレクトラ・コンプレックス』と言います。

  Feb 21, 2004

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  『ポーラＸ』：アンチ・オイディプス（一）

  『ポーラX　Pola X 』（ 1999年、仏、レオス・カラックス監督）まずは、あらすじです。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊アラジンという変名で新人小説家としてカルト作品を発表し、好評を博した青年ピエール(ギヨーム・ドパルデュー)。彼は、外交官だった父の亡き後、「姉、弟」と呼び合う仲の美しい母マリー(カトリーヌ・ドヌーヴ)と城館で何不自由なく暮らしていた。そんな彼の前に突然、異母姉と名乗る女性イザベル(カテリーナ・ベルゴワ)が二人の連れ子とともに現れる。彼女の出現によって、以前から渇望していた“この世を越える"きっかけを得たと感じたピエールは、母も婚約者リュシー(デルフィーヌ・シェイヨー)も捨て、イザベルにいざなわれるようにパリヘ出てゆく。ピエールは、パリで従兄のティボー(ローラン・リュカ)を頼って尋ねるが、すげなく追い立てられてしまう。やがて、ピエールとイザベル一行は、音楽活動と武装訓練に余念がないアンダーグラウンド集団が巣くう廃墟の倉庫に住みかを定める。二人はほどなくそこで結ばれた。食うために創作活動に打ち込み始めたピエールだが、やがて家人が母の事故死とリュシーが病気であることを伝えにくる。リュシーは看病をしてくれていたティボーの制止を振り切って、婚約者であることは秘されたまま、ピエールとイザベルの元に身を寄せる。そんななか生活は窮追し、ピエールはアラジンとしてテレビ出演を試みるが、混乱を招いただけで失敗に終わる。イザベルはピエールの幸せを自分が邪魔していると感じてセーヌ河に飛び込み、自殺をはかる。しかし、ピエールに救われ入院する。ティボーは、イザベルの入院先を訪ねて、リュシーがピエールの婚約者であることを告げる。イザベルからそのことを聞かされ、さらなる混迷に陥るピエール……。ティボーから呼び出しを受けたピエールは、彼の口に銃口を突っ込み、彼を殺した。駆けつけたイザベルとリュシーの前で警察に連行されるピエール。突然、イザベルが「私の弟!」と叫んで身を投げ、車に轢かれてしまう。彼女の体が車体に当たる音だけを呆然と聞きながら、ピエールは連行されていくのだった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊なんとも暗い映画でした。レオス・カラックス監督といえば『ポンヌフの恋人』が有名ですが、あの映画も暗い映画でした。『ポンヌフ』は、ラストはハッピーエンドでしたが、あの結末はレオス・カラックス監督の意に反して制作サイドが強引に変更したものとのことです。そして、あの映画、ハッピーエンドによって三文小説のような安っぽいモノになってしまったと思います。『ポーラＸ』ですが、原作は『白鯨』のハーマン・メルヴィルが書いた『ピエール、あるいは諸々の曖昧さ』という小説で、この小説のフランス語タイトル「Pierre ou les ambiguites」の頭文字を集めたものに、謎を表す「Ｘ」を加え、映画のタイトル（『PolaX』）としたものです。映画でポーラという人物が出てくるわけではありません。アメリカン・ニューシネマや『真夜中のカウボーイ』を想起させるような内容の、この暗い映画、テーマは間違いなく「アンチ・オイディプス」ですね。アンチ・オイディプスを理解するためには、「オイディプス王の物語」や「オイディプス・コンプレックス」を知る必要があります。 「オイディプス王の物語」とは、ギリシアの古い伝説で、テバイの王家、ラプダコス家の、三代にわたる罪と呪いと報いの物語です。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊そもそもは、オイディプスの父王ライオスが、おのれの情欲に負け、再三にわたるアポロンの神託を無視して、妻イオカステとの間に一子を設けたことに始まります。この結婚には、生まれた子供が父を殺す、という呪いがかけられていましたが、この呪いは、ライオスが若い頃、放浪の身を寄せた王家の美少年に邪恋し、ついにこれをさらって殺してしまったという罪によります。王ライオスは、生まれた男児についての呪われた神託を恐れ、生まれるとすぐ、嬰児の両かかとをピンで刺し貫いた上で、山奥に捨てさせました。しかし嬰児は捨てられず、子の無いコリントス王家の手に渡って、コリントスの王子として育てられ、見事に成人します。この王子の名、オイディプスとは、貰われた時のかかとの腫れゆえにここでつけられた「腫れ足」という意味の名前です。みずからの出生を知らぬまま成長したオイディプスは、自分がコリントス王の実子にあらずとの噂に悩み、アポロンの神託に答えを求めデルポイに赴きます。しかし、そこで得た神託は求める答えではなく、「もし故郷に帰れば、汝は父王を殺し、母と褥(しとね)を共にすることになるであろう」という予言でした。コリントスをみずからの故郷と、まだ固く信じるオイディプスは、この神託を恐れ、コリントスには戻らずにそのまま旅の途につきますが、旅の途中、狭い三叉路で、二頭立て馬車に乗る老人と従者の一行と出会い、「道を譲れ、譲らない」の押しのけ合いから争いとなり、この老人を殺してしまいます。やがて、テバイの都にまで辿りついたところ、都は大混乱の真っ最中でした。ただ一人逃げ帰った従者の話で、王の一行が山賊に出会い、皆殺しにされたということになっていました。この時点でオイディプスはまだ知りませんが、彼が殺した老人こそ、彼の実父ライオスだったのです。テバイ郊外の丘には、怪物スフィンクスが現れて、人々を悩ませていました。下を通る者に誰にも分からない謎をかけ、解き得ないと捕って食らうのです。神託は、この謎を解けば、スフィンクスの災いはおのずから除かれるであろう、とでています。ライオス王を失ったテバイでは、王妃イオカステ（オイディプスの実母）の弟クレオーンが摂政に立ち、スフィンクスの謎を解いてこれを退治した者をイオカステの夫としテバイの王とする、というふれを出していました。スフィンクスが出す謎とは、「一つの声を持ち、二つ足にして四つ足にして三つ足なるものが、地上にいる。それが最も多くの足に支えられて歩くとき、その肢体の力は最も弱く、その速さは最も遅い。」というもの。オイディプスは、スフィンクス退治の役を買って出て、その謎の答えを「人間」と解きます。謎を解かれたスフィンクスは谷に身を投じて死に、オイディプスは約束どおり王位について、イオカステを妻としました。こうして、予言は全て成就したのでした。テバイ王となったオイディプスは、イオカステとの間に二男二女を設けますが、やがて、テバイには凶作が続くようになり、さらに悪疫が流行し、国運が傾き始めます。これの原因をたずねると、神託はこういいます。「この国には、一つの穢れが巣くっている。されば、これを国土より追いはらい、決してこのままその穢れを培って不治の病根としてしまってはならぬ。その穢れの因、国内にいるライオス殺しの犯人を突き止め、これを追放せよ。もしくは殺して罰せよ。」王オイディプスは熱心に探索をはじめますが、やがて、自分自身がその恐ろしくも忌まわしい穢れの元であることを知ります。真相を知った母イオカステはみずから首を吊って死に、高潔なオイディプス王は、激しい心の苦しみの果てに、みずから両目を突きつぶして、放浪の旅に出ます。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊そこで、「オイディプス・コンプレックス」（フロイト）ですが・・・・。もともと生まれたての幼児（男の場合）は、母親を独占したいという欲望を持っていますが、これは母親と性的関係を結びたいという近親相姦的な欲望でもあります。この段階において、幼児は母親と自己の一体化という法悦的な悦びを覚えることになります。この関係は、幼児が一方的に自分の欲望を展開した世界像であり、その意味でナルシシズム的で自己愛的な閉鎖的なものですが、この閉鎖的・自己愛的な二者関係のことを、ラカンは「鏡像段階」と呼びます。しかし、この幼児の母親への欲望は、やがて挫折することになります。というのも、母親を父親が奪っていってしまうからです。父親は幼児の愛する母親を奪っていってしまう存在なのであり、このため幼児は父親のことを敵視するようになります。しかし、父親に敵対することは、実は幼児にとって恐怖なのです。なぜなら、幼児は、父親という存在を基盤とした「家庭」という場においてこそ、他者（家族）と安定した関係を結ぶことができ、また他者（家族）によって自分の存在が承認されえるという、安定的な関係に自分の立場を置くことができる、ということを知っているからです。そして、幼児は、そのことを悟ったうえで、「安定的な関係」を維持するために「父親への敵視」を抑圧するようになります。このように折り合いをつけて、「オイディプス・コンプレックス」（母親への欲望と安定的な関係との間の葛藤）は克服されるのです。これを社会学的にいうと、幼児はエゴイスティックな欲望を放棄し、代わって社会から提供される欲望で我慢して代用することで、社会からその報酬としての居場所を与えられ、構成員として受け入れられることになります。そのような意味で、父親の存在とは、文字通りの肉親としての存在をはるかに超えた存在であり、社会全体の審級（秩序）を象徴する存在ということになります。

  Feb 20, 2004

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• 『処女の生き血』：爆笑ものホラー映画

  『処女の生き血』（74年、アメリカ、アンディ・ウォーホル制作、ポール・モリセイ監督）Ｂ級ホラー映画というよりは、ブラック・ジョーク映画です。ウォーホルとモリセイの名にひかれて観てみたのですが、駄作といっていいでしょう。処女の生き血を吸って生き延びてきた吸血鬼ですが、ルーマニアには処女がいなくなったので、（婚前交渉を禁じる）カトリック教徒の多いイタリアに出かけていって処女を探すのでした。そこで、4人の姉妹を有する家にもぐりこみ、財産を餌に処女を条件に娘の一人を妻とすることを申し出ます。困窮していた両親は喜んでこの申し出を受け入れるのですが、処女だと思っていた次女、三女はいずれも家の使用人とできていたのでした。しかも、レズ仲間つまり近親相姦、使用人との乱交も演じます。騙された吸血鬼は、処女だと思って彼女らの生き血を吸うのですが、ゲロゲロ吐き出してしまいます。・・・・・まあ、最初から最後まで爆笑ものの映画ですね。ただ、Ｂ級とはいえ、押さえるべきところは押さえています。退廃的かつ官能的な映像美は見事ですし、前衛や退廃につきもののゲイ、血、暴力、乱交といったアイテムもふんだんに散りばめられていて、退屈はしません。また、ドラキュラ伯爵は、処女に拘る（つまり道徳を重視する）資産家で、札束の力で、妻をえようとします（つまり、民を搾取しにきます）。ただし、処女の血が不足しているので、もうヨレヨレで、いまにも死にそうです。対して、使用人は、社会主義革命の実現を唱える溌剌とした美青年です。姉妹の処女は全て彼がいただいており、姉妹らと乱交も行います（つまり、道徳とは対極にあるわけです）。これは、資本主義（吸血鬼） vs 社会主義（使用人）、または保守 vs 革新という構図になっており、ラストでは吸血鬼が使用人に惨殺されてしまいます。つまり、革命は成就したわけです。こういうプロットがみえみえで、それがまた笑いを誘うのですが。まあ、たまには、こういうＢ級映画も悪くないですね。

  Feb 19, 2004

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• 『ローズマリーの赤ちゃん』

  『ローズマリーの赤ちゃん』（68年、米、ロマン・ポランスキー監督）ポランスキーのハリウッド進出したての作品で、悪魔崇拝をテーマとした映画です。ホラーというよりサスペンス映画ですね。現代のホラー映画ですと特撮を駆使して「ほれ、これが悪魔でござ～い！」などと悪魔を描出してみせたりするのですが、この映画ではそのような悪魔は登場しません。せいぜいが「残像」ですね。140分近くある長い映画で、序中盤は、映像やプロットに切れ味があるものの（特に、ありふれた電話ボックスを舞台にした長回しのシーンは、実に見事です）、ややダレ気味です。ここは、当時のアメリカ人のセンスやファッションを楽しむぐらいの感覚で私は観ていましたが。中盤は、「妄想」に捕われ徐々に痩せこけてゆく妊娠中のローズマリーに感情移入してよいのか、それとも、夫をはじめとするローズマリーを取り囲む関係者たちの奮闘に同情したらよいのか迷うのですが、これは視聴者がポランスキー監督の術中に見事に嵌められてしまっているからです。ラスト30分は、正に圧巻ですね。長回しで、ほとんどリアルタイムに進行するプロットに、完全に魅入らされてしまいました。魔物が登場するわけではない、突然何者かに襲われるわけではない、しかしながら想像力が存分に刺激されて、心理的な恐怖がジワジワと迫ってきます。身の毛がよだつ、という表現がありますが、まさにピッタリです。特に感心したのが、「ナイフ」の使い方です。（ナイフに映る）反射物やライティングを工夫して、冷たい恐怖をナイフに凝縮させています。視聴者の眼はずっとナイフに釘付けにされのですが、かといってナイフで人を傷つけたりするわけでも、とりたてて過激な会話（脅迫など）が交わされるわけでもありません。しかしながら、なんともいえない恐怖心がナイフから芽生えてくるのです。このように直接的なヴィジュアルで刺激するのではなく、雰囲気ないしは空気でもって心理的に恐怖を表現する。特撮全盛の現在ではこのような映画はまず製作されないでしょうし、このようなテクニックを有する監督もまず生まれないでしょう。つまり、この映画は永遠に記憶されるべき作品なのです。

  Feb 18, 2004

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• 『真夜中のカウボーイ』

  『真夜中のカウボーイ』（69年、アメリカ、ジョン・シュレンジャー監督、ジョン・ボイドおよびダスティン・ホフマン主演）＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝テキサスのジョー・バック（ジョン・ボイト）はカウボーイルックに身を固め、憧れの大都会ニューヨークへ向かっていた。鍛え上げた自信の肉体とカウボーイ・スタイルで金持ち女をたらしこみ金を稼ごうという算段だ。ジョー同様ニューヨークもすさんでいた。安ホテルを根城に女をあさるが上手くいくはずがない。やっとそれらしい中年女を相手にしたが逆にタクシー代をせがまれる始末。そんな時、バーで知り合った小汚い男リコ（ダスティン・ホフマン）と意気投合した。リコは足が悪く、胸が悪いらしく変な咳をする。「仲介者を通さなきゃだめさ」と言われて、仲介金を払いリコに紹介された男は、気色悪い福音師だった。リコに騙されたと知ったジョーはリコを探し回ったが見つからない。金が尽き、ジョーはホテルから追い出される。映画館で若いホモの学生の誘いにのるが、相手は文無し。そしてある日、レストランにいたリコを見つけた。ジョーはリコを叩きのめそうとしたが、リコは詫びを入れ、ジョーを自分の部屋へ連れて行く。そこは廃墟となったビルの一室だった。「俺のことをラッツォ（ねず公）と呼ぶな、俺の名はエンリコ・サルバドーレ・リゾーだ。リコと呼べ！」「ニューヨークじゃカウボーイは通用しない。せいぜいオカマさ！」とリコ。「じゃ、ジョン・ウェインはオカマか？」とジョー。そんな二人の奇妙な共同生活が始まった。リコは盗みや詐欺の達人だ。果物を店員の目を盗みポケットへ。タクシー待ちの客の肩をたたき「ごみが・・・」と言いながら、ポケットから財布を抜き取る。ジョーは女をあさるが、全く商売にならない。リコはフロリダへ行くことを夢見ていた。しかし、胸を患っているリコの咳はますますひどくなる。そんな時、ひょんなことから彼らはヘンゼル(ガストン・ロッシリ)とグレーテル(ヴィヴァ)のパーティに招待される。Ａ.ウォーホル一家らしく、サイケデリックで退廃的なドラッグ・パーティだ。そこで、ジョーはようやく「上客」にめぐり合うことができた。リコがとうとう寝込んでしまいジョーが薬を買ってくるとリコが怒った。「何故買った。盗めばいいのに！」　「俺はもう、歩けないんだ・・・」　リコはフロリダへ連れて行ってくれとジョーにせがんだ。ジョーが遊技場で会った中年のホモとホテルへ。そこで、男をぶん殴り、金を奪った。フロリダ行きのバスにリコを乗せるジョー。リコは相当具合が悪化していた。フロリダの夢を見るリコ。　リコが泣いていた。「どうした」「・・・もらしちまった」　そして、激しく咳いた。途中でシャツとズボンを買いリコにはかせるとともに、カウボーイ・スーツをゴミ箱に捨てるジョー。バスはフロリダへまっしぐらに進む。しかし、リコはマイアミが目の前だというのに眠ったように息絶えていた。ジョーはリコを優しく抱いたままフロリダに向かうのだった。＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝【人は、新世界に飛び込む時に、何かを捨てざるをえないものだ】ジョーがニューヨークへ向かう時に捨てたのは、自分の過去でした。過去とは、殆どオバアちゃんの玩具にされていたという過去、目の前で恋人が集団レイプされたという辛い過去、そして、うだつのあがらないテキサスの生活という過去です。そして、マイアミに向かう時に捨てたのは、彼のアイデンティティともいえるカウボーイ・スタイルでした。彼に残されていたものは、それのみだったのです。対してリコが捨てたものは・・・。彼はマイアミに向かうバスで尿を失禁します。つまり、ここでは、彼に僅かばかり残されていたプライドが完全に剥奪されたのです。しかし、彼の貧相なプライドのみでは到底足りず、遂には命を差し出さざるをえなかったのでした。ジョーの将来は映画では描かれてはいませんが、もし彼がマイアミで「捨てる」べき何かを築くことができれば、将来それを捨てることによって無事マイアミから新たな旅に出ることができるでしょう。しかし、相変わらず自堕落な生活を送るとすれば、マイアミの生活はニューヨークの二の舞になるでしょうし、それでも無理に新世界に向けて逃避しようとすれば、リコ同様の運命を辿ることになるでしょう。つまり、今度はジョーが「ラッツオ（ネズ公）」になるのです。そう示唆しているように思えます。この映画は、徹底的に夢を打ち砕き、その後に何が残るのか、ということを問うた映画です。しかし、対案なき反抗や逃避のみでは敗北するしかない、という当時のカウンター・カルチャー的閉塞感を反映して、非常に暗い結末に終わっています。ただ、だからこそ、この映画は人の心をうつといえます。特に、どうしようもない挫折感を味わい、絶望的な状況のなかで、それでも将来に向けて歩みを続けなければならなかった、という経験を有する者の心を。

  Feb 17, 2004

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• 終『ダーティ・ハリー』：自警主義

  一対一の銃撃戦の末、ハリーは子どもを人質にとりバスをジャックしたゾディアックを追い詰める。ゾディアックは傍にいた子供を身の盾にして最後の抵抗を試みるが、あっけなくハリーに肩を撃ち抜かれる。落とした銃に手をのばそうとするゾディアック。ハリーが悠然と近寄ってくる。そして、例のセリフが繰り返される。「テメーが何を考えているか、あててみようか。俺の銃が空なのか、まだ弾が残っているのか。そうだろう？実を言うとな、俺もつい夢中で何発撃ったのか忘れちまったんだ。こいつは、44マグナム。世界でもっとも強力な拳銃だ。お前の頭なんざぁ、一発で粉々よ。どうだ、運だめしといってみるかい？　クズ野郎！」これは、ハリー流のダーティな「ミランダ権」の告知といえなくもない。そして、神（＝ハリー）は選択の自由を与えているのだ。「どっちにする、運だめしといってみるかい？」と。冒頭のシーンでは、銀行強盗は抵抗をあきらめた。しかし、自らの純粋さ（クリーン）に殉じるゾディアックには、そのようなあきらめは似つかわしくない。ゾディアックは、薄ら笑いを浮かべながら、銃に手をのばす・・・・・。実は、冒頭のシーンでも、このラストのシーンでも、この時点でハリーのマグナム44が火を噴いた数はいずれも「5」である。冒頭のシーンは、以下のように続く。抵抗をあきらめた銀行強盗が、恨めしげに「本当は、どうだったんだ？」と刑事に訊く。刑事は強盗に銃口を向ける・・・・。そして引き金をひく。「ガチッ！」つまり、マグナム44の弾の装填数は「5」だったのだ。銀行強盗が、嘲笑するハリーに向かって、憎々しげに吐き捨てる。「テメーは最低の野郎だぜ」では、ラストのシーンではどうなったか。銃に手を伸ばしたゾディアックに対して、間髪をいれずにマグナム44が火を噴く。この時は、ハリーは「6」発の弾を装填していたのだった。そして、ゾディアックを射殺したハリーは、バッジを川に投げ捨てたのであった。＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊『ダーティ・ハリー』が公開された71年当時、警察に対する反感がピークに達し、信用を全く失っていました。デモ隊を弾圧し、黒人たちを虫けらのごとく射殺する一方で、汚職や腐敗も頻発していたのです。「ニューヨーク・タイムズ紙」は、71年11月、警察の汚職や腐敗への苦情が前年に比べて３倍になり、まるで開拓時代の西部のような無法状態で、人々は西部劇の保安官のような正義を熱望している、と報じています。その年に二つの刑事映画が登場します。『ダーティ・ハリー』と『フレンチ・コネクション』です。彼らは、悪党を合法的に「逮捕」するのではありません。殆ど私的に「退治」するのです。彼らは「アウトロー刑事」です。ですから、彼らなりの正義を貫こうとすると、搾取する資本家、利権と癒着した政治家、官僚化した警察機構とぶつかり、体制への反逆者にならざるをえないことになります。そして、あとに続いた『セルピコ』（73年、アル・パチーノ主演）や『破壊！』でも、登場する刑事たちは自分たちの正義を貫き、腐敗した体制と必然的に衝突し、いずれも最後には殉職するかバッジを捨てることになります。では、正義を体現する刑事が退職したり殉職したりした後は、誰が市民の安全を守るのか？ここで「自警主義」が登場します。つまり、法や制度によらず、市民自らが正義を執行するしかないというわけです。当時、警察に対する不信感は、この自警主義を醸造するほど切羽詰ったものがあったようです。それを反映してか、『狼よさらば』（74年、チャールズ・ブロンソン主演）、『エクスターミネーター』（80年）といった映画が公開されます。いずれも、市民自らが正義を執行し、犯罪者、またはその予備軍を次々と処刑していく内容です。映画では、「自警主義」がかなり肯定的に描かれています。新聞で「名もなき処刑人のおかげで、犯罪件数が激減した」と報道されるといった具合に。しかし、「正義」というものが相対化されてしまうと、この市民たちの行為は快楽殺人となんら変るところがない、ということになってしまいます。つまり、「正義」という”錦の御旗”によってクリーニングされた殺人であり、これではゾディアックとどこが違うのか？という難問が生じることになります。この難問を解くために、『ダーティ・ハリー』では、ハリーの「神性」がことさら強調されているわけです（欺瞞的といえなくもありませんが）。ちなみに、73年公開の『ダーティ・ハリー　２』では、「自警主義」の蔓延に予め警告を発するかのように、ハリーは警察内部で密かに結成された「自警団」組織ーーー犯罪者を、裁判どころか逮捕することもなく、問答無用で処刑する警察グループーーーを壊滅させる役を担うことになります。そして、80年代から刑事映画は、シルベスター・スターローン、ブルース・ウィルス（『ダイ・ハード』シリーズ）、スティーヴン・セガール（『沈黙』シリーズ）、『スピード』シリーズなどといった、ひたすら派手なアクションを追求する「ニュー・ハリウッド・ルーティン｣へと移行し、法と正義の現実を問うドラマとしての深淵さを喪失してしまうのでした。

  Feb 16, 2004

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• 続々『ダーティ・ハリー』：なぜダーティなのか？

  「なぜ、ダーティって言われているんですか？」新たな相棒チコが、ハリーに尋ねる。横からハリーの友人ディジョルジュ刑事が答える・「こいつは人間嫌いだからさ。イギリス系も、アイルランド系も、ユダヤ系も、イタリア系も、アフリカ系も、東欧系も、アジア系も、みんな大嫌いなのさ。」メキシコ系のチコが「俺みたいなメキシコ系も？」と尋ねると、ハリーは「ヒスパニックは一番嫌いさ」と答えディジョルジュにウィンクする。冒頭の銀行強盗シーンで、「試してみるかい？　チンピラ！」と黒人強盗を挑発する際にみせた同様の相貌が想起される。ハリーは人種差別主義者ではない。なぜなら、すべての人種を”平等”に嫌っているのだから。チコはメキシコ系だが、以後のシリーズでハリーの相棒はアフリカ系、女性、中国系と常にマイノリティ出身であるが、彼・彼女らはいずれも大怪我をして引退するか殉職している。つまり、常に”平等”に扱われているのである。ハリーがチコと巡回中、車中から道行く人々を眺めながらふと呟く。「こいつらみていると、みんな犯人にみえてくる。」「ああ、そのとおりだ。全員逮捕してやりたいぐらいだ。」そして、彼らは、自殺志願の男が屋上からいまにも飛び降りようとしている現場に出くわす。ハリーは、駆けつけた消防隊局長から「何とかしてくれるよう」頼まれ、ハシゴ車で自殺志願の男に近寄り、挑発したうえブン殴り気絶させ、彼を救出する。そして、チコに向かって忌々しげに吐き捨てる。「俺がなぜダーティと呼ばれているか、これで分かったろう。」つまり、アメリカ社会自体がダーティなのである。その社会にどっぷり浸かって、つまりダーティな連中（犯罪者）とまったく同じ高さの目線でもって彼らに対峙し、もっぱらその掃除役に徹するハリーだからこそダーティなのだ。では、社会の現実から一歩距離をおいた警察上層部（ホワイト・カラー）はクリーンなのか？　上司たちは保身第一で、身代金の運搬・手渡しなどの汚れ役はすべてハリーに押し付ける。常にハリーにマイノリティの相棒を押し付けるのも、そのような文脈で解釈することが可能だ。つまり、ダーティをハリーに転嫁することによってこそ、彼らのクリーンは保持されているのだ。クリーンとダーティの接点にあって、ダーティを一身に具現しているのがハリー・キャラハンであり、だからこそダーティ・ハリーなのである。【ダーティ・ハリーは「神」である】「ジーザス！」連続誘拐・殺人犯のゾディアック（スコルピオ）の声明文（「十万ドル払わなければ毎日誰かを一人ずつ殺す。まずはカソリック司教か黒人野郎だ！」）を発見したハリーはこう呟く。この映画で最初のセリフだ。また、このセリフは、７人の子供と女性運転手を人質にしてスクール・バスをジャックしたゾディアックが、高架橋で待ち構えるハリーを最初に発見した時に吐くセリフでもある。ゾディアックは神父を狙って教会を見下すビルにあわられるが、その行動を読んだハリーが彼を待ち伏せするビルには「ジーザスが救い給う」のネオンサインが。そして、そのネオンサインは、ゾディアックのマシンガンによって粉々に砕け散る。身代金の運搬屋のハリーは、ゾディアックの電話によって街中を散々走りまわされるが、最後につれていかれた場所は公園の巨大な十字架の下であった。【ゾディアックはクリーンである】まず、その相貌が童顔である。監督のドン・シーゲルが、新人俳優アンディ・ロビンソンをゾディアック役に抜擢した理由が「聖歌隊の少年のように無垢な顔をしていたから」だった。実際、彼は平和主義者で銃を扱った経験もなく、撮影の前に一週間銃器を扱う訓練を受けさせられている。「聖歌隊の少年」のようなゾディアックは、ジャックしたスクール・バスでは指揮者として振舞う。「さあ、みんな、楽しく歌を歌おう。漕げ漕げ漕げよ、ボート漕げよ、ランランランラン川くだり・・・」突然のハプニングで、楽しく歌っていた子供であったが、やがて不安になる。「どこに行くの。ママのところに帰りたい。」「よい子のみんな、これからアイスクリーム工場に見学にいくんだよ。」「イヤだ、帰りたい。」「歌うんだ！　なぜ歌わない！　病気か！　歌わないとお前らのママを全員ブチ殺すぞ！」ゾディアックは、クリーンに、つまり純粋に快楽のために次々と犯罪を犯してゆく。彼をクリーンに守るものが、法律や権利でありマスコミである。そして、クリーンの仮面を被って、純粋に悪に浸るゾディアックは、堕天使サタンである。そして、神たるダーティ・ハリーとサタンたるクリーン・ゾディアックとの間で最終決戦、ハルマゲドンが繰り広げられる。

  Feb 15, 2004

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• 続『ダーティ・ハリー』：ブタ夫婦と罵られて・・・

  映画『ダーティ・ハリー』が撮影された当時、アメリカではデモ隊を弾圧する警察が忌み嫌われていた。「なにしろ当時、警官は嫌われていたからね。そこに集まる客は普段、暴力警官に虐待されているような人々だったし。例のシーンで殺し屋の死体が階段を転げ落ちると、観客は静まり返った。その一瞬後、拍手喝さいが起こったんだ。」（ソニー・グロッソ。実際にマルセイユからニューヨークへの麻薬密輸路「フレンチ・コネクション」を壊滅させた刑事。彼とエディ・イーガンの活躍をまとめたのが『フレンチ・コネクション』。同名の映画の、主人公＝ポパイ＝ジーン・ハックマンが丸腰の殺し屋を背後から射殺するシーンでは、グロッソは暴動が起こるかもしれないと怖れていたのだった）「私が育ったサンフランシスコでは、警察官は最も信頼できない悪党集団と思われていた。」（前出のポーリン・ケイル女史）「当時の映画の警官はみんな腐敗し、悪党として描かれていた。」（クリント・イーストウッド）『ダーティ・ハリー』でも、誘拐・殺人犯のゾディアック（「スコルピオ」）は、警察に対する一般的反感を巧みに利用してマスコミを操る。ハリーに逮捕されたものの即座に釈放されたゾディアックであったが、ハリーの執拗な尾行が続く。業を煮やしたゾディアックが、ハリーの尾行をまいて行き着いた先は、とある廃墟。中から、凶暴そうな一人の黒人がゾディアックを迎える。金を黒人に渡すゾディアック。黒人「200ドルもいいのかい？」ゾディアック「ああ、たっぷり頼む。」黒人「ラクにしなよ、そう堅くなることはねえぜ。安心しな。」黒人は、ゾディアックを椅子に座らせ、皮手袋をはめる。そして、ゾディアックの顔を数度殴りつける。血まみれになり醜く歪む、ゾディアックの顔。黒人「もっとやるか？」ゾディアック「最後までだ。このクロンボのクソったれ野郎！」黒人は、顔がひしゃげたゾディアックを放り出しながら、最後に蹴りを一発入れるーーー「こいつは、俺のオゴリだぜ！」。この変態的なシーンの意味は、やがて明らかになる。病院でストレッチャーで運ばれるゾディアックに対して、マスコミ記者がマイクを向ける。「誰にやられたのか？」と。ゾディアックが喚く。「俺に少女殺しの濡れ衣をきせるためだ。罪もない俺をこんな目に合わせるなんて。デカにつけ回されているんだ。キャラハンだ　殺人課の鬼刑事だ。」署長は、ハリーを呼び出し「彼の監視は許さん」と命令する。ケガを負って入院中の相棒（チコ）の見舞いに訪れたハリーは、チコの口から「警官を引退する」と告げられる。帰り際、ハリーはチコの妻から事情を話される。「彼の辞職　私がくじけたからです。私には、警官の妻の資格はありません。彼（チコ）は我慢していますが、いつも、ブタ夫婦と罵られて・・・。」ちなみに、ハリー・キャラハンの役は、当初フランク・シナトラが予定されていた。しかし、44マグナムにビビったシナトラは、手首のケガを理由に降板した。次にポール・ニューマンにハリー役がオファーされたが、彼は左翼で、暴力礼賛ともとれる内容に反発して断ったのだった。

  Feb 14, 2004

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• 『ダーティ・ハリー』：試してみるかい、チンピラ！

  一人の刑事が、ホットドッグをもぐもぐ食べながら、Smith&Wesson Model 29(44マグナム)をぶっ放して、黒人グループの銀行強盗を一人また一人と倒してゆく。ショットガンにそっと手を伸ばそうとする（脚を撃たれた）強盗の一人に向かって、その刑事は悠然と言い放つ。「テメーが何を考えているか、あててみようか。俺の銃が空なのか、まだ弾が残っているのか。そうだろう？実を言うとな、俺もつい夢中で何発撃ったのか忘れちまったんだ。こいつは、44マグナム。世界でもっとも強力な拳銃だ。お前の頭なんざぁ、一発で粉々よ。どうだ、運だめしといってみるかい？　チンピラ！」このぞくぞくするようなセリフを聞いた直後、視聴者も後悔することになる。「しまった！　数えておくんだった」と。44マグナムの装弾数は「6」。安全のために一発抜いておくとすると残りは「5」。抵抗をあきらめた銀行強盗が、恨めしげに「本当は、どうだったんだ？」と刑事に訊く。刑事は強盗に銃口を向ける・・・・。『ダーティ・ハリー』（1971年、アメリカ、ドン・シーゲル監督、クリント・イーストウッド主演）。映画の宣伝コピーには、以下のようにある。【これは二人の殺人者の戦いである。一人はバッジをつけている】これに、以下の文を付け加えると、この映画の性格がよりはっきりする。【そして、もう一人には権利がある】「権利」とは「ミランダ権」のことである。「お前には黙秘する権利がある。お前が話すことすべて法廷で証拠として採用される。 お前は弁護士を雇う権利がある。弁護費用がない者には政府がその費用を負担する」 アメリカで警察が容疑者を逮捕するときに言う台詞、これが「ミランダ権」の通達である。1966年、前科者のアーネスト・ミランダがアリゾナ州フェニックスで１８歳の知恵遅れの少女を誘拐・レイプして逮捕され、その罪を認めた。しかし、黙秘権や弁護士を雇う権利をミランダが知らなかったために自白は無効として、最高裁は彼を無罪とした。この判決以来、『ミランダ権』の通達が義務付けられた。 『ダーティ・ハリー』の原題は『DEAD RIGHT（死んだ権利）』。 ハリーは、「ミランダ権」で容疑者の権利ばかり保護されて、被害者（死人）の権利はどうなってんだ、と44マグナムで容疑者にヤキを入れることになる。 ハリーは、連続誘拐・殺人犯のゾディアック（「スコルピオ　さそり座」）の居場所をつきとめ、令状を待たずに踏み込む。ゾディアックに誘拐された少女の命を救うためには、一刻の猶予もままならないのだ。そして、夜のスタジアムにゾディアックを追い詰めた。破れた血染めのズボンを振り乱し足をひきずりながら逃げるゾディアックに向かって、44マグナムが火を吹く。「少女はどこだ！　吐け！」 ハリーは、這いずり回るゾディアックの脚を容赦なく踏みつけ、”尋問”する。「やめてくれ、俺を殺す気か。怪我人なんだぞ、医者を、弁護士を呼んでくれ。俺には権利があるんだぁ」 翌朝、少女は遺体で発見された。しかし、ゾディアックはすぐに釈放されてしまう。検事局の執務室で、ネクタイとスーツで身を固めたバークレー大学の法学部教授が、ハリーに言い放つ。「ミランダ権の告知もなく、拷問で引き出した自白は証拠にならない。令状なしの捜査は違法であり、違法に収拾されたものは証拠にならない。お前は、容疑者の権利を踏みにじったのだ！」バークレー大学は、かつて、アメリカのアフガン空爆に反対声明を出したことでも分かるように、リベラルの牙城である。しかも、ゾディアックのベルトのバックルは「ピース・マーク」の型。「ピース・マーク」はヒッピーの象徴である。マスコミは、ハリーを悪徳警官として散々攻撃し、ゾディアックの言い分のみを垂れ流す。ポーリン・ケイル女史（辛口の映画評論家）：「この映画は、ファシストのファンタジーだ」

  Feb 13, 2004

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• 村上春樹の魅力

  人気の小説家、村上春樹氏について語ってみましょう。私が読んだ村上小説は、『ノルウェイの森』、『ねじまき鳥クロニクル（シリーズ）』、『羊をめぐる冒険』、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』、『海辺のカフカ』、あと短編・随筆を少々ですが、村上小説が格別好きだというわけではありませんし、もちろん嫌いでもありません。ただ、村上小説は、好き嫌いや評価が結構分かれるようですね。好きだという意見では、「読み出したら止まらない」、「感動的」、「癒された」などいった賛辞が多く、臨床心理学者で文化庁官（平成１４年当時）の河合隼雄氏などは「将来はノーベル文学賞」と言い、「きわめて平明にもの語りながら、とても奥の深いものを感じさせる力がある」とその魅力にふれています。”これは宮崎作品の「千と千尋の神隠し」にも共通する特徴で、とても接しやすいけれど、最後には謎と余韻が残る・・・。また、両者の物語の背景となる世界は、人間の欲望や邪悪さによってどこか壊れ、何かを喪失していることが多い。そして、その世界を生きるふつうの主人公が成長する姿に「救い」を感じる人が多い。さらに両作品では、不思議な出来事や異形のものがしばしば登場し、作品世界にふれた後は、不思議の国を旅した気分になる。このため時にロールプレーイング・ゲームと評されるが、ゲーム世代の若者たちは支持する。”（平成１４年１０月２２日読売夕刊「手帳」鵜・則）他方で、文学の”専門家”のあいだでは評判が芳しくないようです。平成１４年、東京大学駒場キャンパスで開催された「文学ルネサンスをめざして」というシンポジウムでは、村上小説は「この小説を読むと、文学がなぜ貧しくなってしまうかがよく分かる」（東京大学教授、小森陽一）と批判され、また、評論家の蓮實重彦氏は「村上春樹の文学は結婚詐欺である。好んで読んでいるのは、結婚詐欺に引っかかりたいと望んでいる人たちである。それは文学を単純化し、平凡化する」とばっさり切り捨てています。さらに、東京大学教授の松浦寿輝氏も「他者としての言葉に出会い、言葉を紡ぐという困難な歩みによらず、イメージのナルシズムによって、自分はそれでいいんだよという肯定の空間を作っている、癒しの文学」と厳しく批判しています。村上小説の特徴の一つは、上で読売夕刊の鵜・則氏が述べているように、「不思議な出来事や異形のものがしばしば登場し、作品世界にふれた後は、不思議の国を旅した気分になる」ということです。つまり、小説のどこかで必ずといっていいほど夢幻的なアイテムが登場します。それは、タイム・トラベルであったり、瞬間移動であったり、予知能力であったり、霊的なものであったり、実に奇妙な人物であったり、運命的・宿命的なものであったり、小説によっていろいろではありますが。そういった夢幻的なアイテムが日常生活においてフッと登場し、自分からみた世界の様相が一変してしまう。そして、その効果ですが、アイテム自体が有する”重量感”をしのいで実に大きな変化を「世界」や「私（自我）」にもたらします。この辺の効果の良し悪しが村上小説を評価する際の大きなポイントになります。たとえば、『羊をめぐる冒険』では、羊というアイテムがちょっとくど過ぎる印象ですし（”重量”の割りに意味が希薄）、『ノルウェイの森』では、言葉というアイテムを夢幻的に上手く機能させていると思います。それで、村上小説は「フェーリック」か「ファンタスティック」かと問われれば、後者ですね。前者の要素もかなり感じられますが。面白いのは、作者の村上氏自身、これら夢幻的アイテムの扱いに時として難渋しているように感じられるということです。これらのアイテムを上手く現実という場に配置できれば名作ということになりますし、コントロールを誤れば残念ながら駄作ということになります。シュルレアリスム文学の場合は、（自動記述に代表されるように）夢幻的アイテムは作中で、偶然に、自由に、作者の意図を離れて奔放に飛び回るものですが、村上小説は、世界観や個人（主人公）の自我の拡大がテーマの根幹にあり、本来のシュルレアリスム文学ではありませんので、それではちょっと困るわけです。村上氏自身は以下のように語っています。＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝僕がこの先小説の中で書いていきたいと思うのは、やはり悪についてですね。悪というもののかたちやあり方を、いろんな角度から書いていきたい。ドストエフスキーの『悪霊』は小説のスケール、完成度としては『カラマーゾフの兄弟』ほど圧倒的ではないと僕は考えているんだけれど、悪というものがさまざまなかたちをとって大地の底からじわじわとにじみ出てくる様子が、実にリアルに綿密に描かれている。そういうものを僕なりに腰を据えて書ければな、という思いはあります。『ねじまき鳥クロニクル』ではワタヤノボルとか皮剥ボリスといった悪の世界に属する人物が出てきます。彼らが表象する悪の領域みたいな場所も出てくる。でも今度は象徴的であると同時に、細部的にリアルでもある悪みたいなものを書いてみたいという気持ちはあります。結局のところ、多くの場合、悪というのはそれ自体で自立したものじゃないんだよね。それは卑しさとか、臆病さとか、想像力のなさとか、そういう資質に連結したものなんだ。『悪霊』を読むとそういうことがよくわかります。ささやかなネガティブの集積の上に巨大な悪がある。小説家として最終的に書きたいと思うのは、やはり「総合小説」です。総合小説の定義はなかなかむずかしいんだけど、具体的に言えば、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』、あれが総合小説のひとつの達成ですよね。こんなことを言うのはおこがましいけど、僕の目標は『カラマーゾフの兄弟』。ああいうものをいつか書いてみたいと思う。望みが高いんです（笑）。様々な人物が出てきて、それぞれの物語を持ち寄り、それが複合的に絡み合って発熱し、新しい価値が生まれる。読者はそれを同時的に目撃することができる。それが僕の考える「総合小説」です。むずかしいけどね。＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝「悪」をテーマとして、『カラマーゾフの兄弟』のような総合小説を目指す。村上氏はそう述べているわけですが、これは、近代文学として自分の小説を完成させることを目指しているということで、（近代の超克をモチーフとする）シュルレアリスムとは根本的に異なります。それを受けるようなカタチで、文学の”専門家”たちは、近代小説の立場から村上小説を厳しく批判しているわけですが・・・・。村上小説の魅力を、私なりに分析しますと以下のようになります。近代小説をベースとしてはいますが、そこに時々夢幻的なアイテムが登場しては、世界観や自我にカオス的状況をもたらす。その不安定さが、今の社会的状況や今を生きる者たちの感覚にマッチしているので、読者にうけるのだと思います。近代小説の完成を目指しながら、実は、非近代（シュルレアリスム）的要素が、手段として作中で大きな役割りを果たしている。この辺の矛盾といいますか、ある意味”いい加減さ”が、村上小説の核となり、かえって魅力に繋がっているようです。手段たる夢幻的アイテムを、「近代小説」が上手く包摂し有効活用できれば名作となりますし、逆に、手段に喰われてしまえば駄作ということになります。村上小説を楽しむコツは、登場してくる夢幻的アイテムを見逃すことなく、作品におけるその役割りや意味をじっと見極めることにあります。

  Feb 12, 2004

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• 『ジョンＱ　最後の決断』（Ⅱ）：”ニュー”・ハリウッド・ルーティン

  清廉潔白な主人公が正当な目的（善）を目指して戦い、苦悩し、努力する。そして最後には報われ、正義は勝ち、愛が成就し、悪は滅びる。さらに､主人公（俳優）はＷＡＳＰの二枚目で、女優は超美人、黒人・混血やネイティブ・アメリカンが登場したとしても、それはほとんど悪役かせいぜいが脇役。これは、「ハリウッド・ルーティン」ないしは「ハリウッド・エンディング」と称されるもので、60年代前半までの、西部劇に代表されるアメリカ・ハリウッド映画の定番でした。昨日紹介した映画『ジョンＱ　最後の決断』は、「ハリウッド・ルーティン｣の現代版と称すべきものです。オリジナルと異なるところは、人種差別が払拭されていることのみといっていいでしょう（実は、人種差別の払拭は、現在の「”ニュー”・ハリウッド・ルーティン」に不可欠の要素なのです）。「ジョン・ウェイン」すなわち「ハリウッド・ルーティン」は60年代には廃れていくのですが、これは主としてＴＶの普及によるものです。これにより観客数が激減し、ハリウッドの映画会社はすべて倒産寸前にまで落ちぶれたのです。これにともない、撮影所を支配していた旧体制が崩壊し、混乱に乗じて映画学生、若きクリエーター、さらには門外漢たちが続々参入し「老害」が消滅したのです（当時、映画のファイナル・カットは創業者・社長の専権事項でしたし、スタッフの平均年齢は、なんと60歳を超えていたのです）。こうして「アメリカン・ニュー・シネマ」が勃興してくるわけですが、社会的および思想的変動も背景にありました。64年、ニュー・フロンティア政策を華々しく掲げて登場した若きケネディ大統領が暗殺されるとともに、アメリカ国民は希望をも失いました。さらに､政治家とマフィアや軍需産業との癒着、ＣＩＡやＦＢＩなどの陰謀論が浮上し、政府に対する信用も損なわれたのです。差別撤廃を要求する黒人のデモに対して、警察は無抵抗の彼らに対して暴力で応じました。ベトナム戦争がはじまり、悲惨な状景がＴＶで放映されるや、学生を中心としてデモが盛んになりましたが、やはり警察によって鎮圧されました。「いまのアメリカを支配しているものは、すべてクソだ！」「三十歳以上を信じるな！」若者たちはこう結論し、政府、企業、警察、法律、モラル、キリスト教、家族、大人といった全ての既存の権威や価値観に「Ｎｏ！」を突きつけたのです。そして、ニヒリズムやアナーキズムが若者たちの間で蔓延していきます。髪を伸ばし、学歴・資本主義社会からドロップ・アウトすることが「ヒップ（カッコいい）」とされ、ヒッピーとなった彼らはドラッグ、フリー・セックス、ロック、新たな宗教にのめり込み、自らを解放しようとしたのでした。これが、60年代アメリカを覆った「カウンター・カルチャー（対抗文化）」という嵐です。この現象は、現実逃避という皮肉的な見方ができる一方で、ニヒリズムから脱却するためのニヒリズムの徹底という見方もできます。この「カウンター・カルチャー」の波から最後まで逃れていたのが、保守的なハリウッドでした。その保守性を支えていたものとして､上であげた「老害」に加えて、「ヘイズ・コード」－－－－1922年制定の自主規制で、セックスやドラッグの映像を禁止したもの。67年に廃止ーーーーと、「アカ狩り」の影響－－－－40年代後半からの共産主義者弾圧が嵩じて、リベラル色の強いユダヤ系＝ハリウッドにまで弾劾がおよび、以後ハリウッドは政治や社会に触れることを極力避けるようになったーーーーが､三大原因としてあげられます。しかし、そのハリウッドも、ＴＶの普及による経営悪化、「カウンター・カルチャー」の波に抗し切ることはできませんでした。これに拍車をかけたのが海外からの映画攻勢で、フランスからはゴダールの『勝手にしやがれ』（59）に代表されるヌーヴェル・ヴァーグが、イギリスからは『ビートルズがやってくるヤァ！ヤァ！ヤァ！』（64）が、イタリアからはフェリーニの『8 1/2』（63）が、スウェーデンからはイングマール・ベイルマンの『処女の泉』（60）が、そして日本からは黒澤明の「用心棒｣（61）が、むき出しのバイオレンスを、生々しいセックスを、過激なロックン・ロールを、官能的な映像を、そして革命的な政治的メッセージを引っさげて押し寄せてきたのです。アメリカ映画も、67年に『俺たちに明日はない』、『卒業』、69年には『イージー・ライダー』、『真夜中のカウ・ボーイ』、『明日に向かって撃て！』がヒットし、遂にハリウッドの保守派たちはシャッポを脱ぎ、若者や門外漢たちに撮影所の門戸を開いたのでした。ここに、「アメリカン・ニュー・シネマ」の幕が切って落とされたわけです。これを契機として、ニューヨークからはインディペンデント映画を製作していたマーチン・スコセッシやブライアアン・デ・パルマが､外国からはロマン・ポランスキーやミロシュ・フォアマンやジョン・シュレンジャーが、テレビ界からはウィリアム・フリードキンやロバート・アルドマンが、ＡＩＰからはフランシス・フォード・コッポラやピーター・ボグダノヴィッチが､映画学校からはジョージ・ルーカスやジョン・ミリアスが、さらには高卒の映画オタクにすぎなかったスティーヴン・スピルバーグが、続々と映画界に参入してきました。彼らは、雇われ「演出家」としてではなく、自立した「映画作家」として、型破りの作品を次々と生み出していったのでした。『猿の惑星』、『哀しみの街かど』、『スケアクロウ』、『さらば冬のかもめ』、『フレンチ・コネクション』、『ダーティ・ハリー』、『狼たちの午後』、『タクシー・ドライバー』、『カッコーの巣の上で』・・・・・。「アメリカン・ニュー・シネマ」の特徴を簡単に言うと、「性・暴力・ドラッグの描写」、「独立プロダクションの台頭」、「カウンター・カルチャー」ということになります。ストーリー的には、もちろん、「カウンター・カルチャー」の影響がもっとも強く、それまでの娯楽的・英雄的な、アメリカ人が理想とするようなストーリーではなく、人間臭く、誰もが内に秘めている欲望や恐怖心などむき出しにするようなストーリーへと変化していったのです。つまり、「ハリウッド・ルーティン」やお決まりのハッピー・エンドは鳴りを潜めました。「アメリカン・ニュー・シネマ」は、大体、反逆者の敗北や挫折で幕を閉じます。何故なら、実は、「アメリカン・ニュー・シネマ」が登場した頃には「カウンター・カルチャー」の敗北が鮮明になりつつあったからです（「カウンター・カルチャー」の影響が最後に及んだのがハリウッドであったことを想起してください）。社会主義も、反戦も、ヒッピーも、カルトも、ドラッグも、コミューンも、フリー・セックスも、いろいろ試してみましたがうまくいきませんでした。つまり、彼らが感じていた心の空虚感（ニヒリズム）を埋めることはできなかったのです。ですから、「アメリカン・ニュー・シネマ」に定型的にみられるアンハッピーなエンディングは、彼らの挫折感や絶望感の反映でもあったわけです。「カウンター・カルチャー」という活動は、ダダイズム同様、反抗や異議申し立てこそが運動の本質です。つまり、もっともラジカルなアヴァンギャルド（前衛）なのです。よって、原理的な理由によって、早晩壊滅することは必然なのです（興味がある方は、当日記の「ダダ」の項を参照ください）。要は、ムーヴメントが崩壊するか否かではなく（崩壊は必然）、後に何を残すかが重要なのです。「アメリカン・ニューシネマ」は、76年あたりには終焉をむかえるのですが、新しいハリウッド映画の波は、『大空港』（70）、『ゴッド・ファーザー』（72）、『ポセイドン・アドベンチャー』（72）、『エクソシスト』（73）、『タワーリング・インフェルノ』（74）あたりから徐々にみえはじめ、『ロッキー』（76）、『未知との遭遇』（77）、『スターウォーズ』（77）、『スーパーマン』（78）あたりで様相が明らかになってきます。この新たな波の特徴は、ヌーヴェル・バーグやアメリカン・ニュー・シネマの洗礼を浴びたリアリズム、どこかヨーロッパ映画への憧憬も持ち合わせていながらも中身はあくまでエンターテインメント、ビジュアルのインパクト、ヒューマニズム、スペクタクル、ショック、アクション、そして特撮・・・・。要するに娯楽映画であり、ある意味「ハリウッド・ルーティン」の復活といってもよいです。ただし、民族・マイノリティー・人種・女性に対する差別は”積極的”に解消されているころが大きなポイントです。そして、ハッピー・エンド。この「”ニュー”・ハリウッド・ルーティン」の典型が、『ジョンＱ　最後の決断』です。

  Feb 11, 2004

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• 『ジョンQ　最後の決断』

  ＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝ある日突然、少年マイクが心臓病を患い、昏睡状態に陥る。担当の心臓外科医レイモンド・ターナー(ジェームズ・ウッズ)は心臓移植しか助かる道はないと判断し、そのことを父親のジョン(デンゼル・ワシントン)に告げる。ジョンは手術に同意するが、彼が加入する保険では移植の費用がおりないことが分かった。ジョンの会社が、経費節約のために勝手に保険ランクを下げていたせいだ。仕事をリストラされ、パートタイマーに格下げされていた彼は、国の補助も受けられない。全ての財産をはたいたが、入院費にもならず、マイクは退院させられそうになる。そこでジョンは、拳銃を手に、病院の救急病棟を占拠する。そして、医師、看護婦、患者らを人質に立てこもり、息子を心移植者候補の名簿に載せるよう要求したのだ。シカゴ市警のベテラン警部補フランク(ロバート・デュヴァル)とのやりとりの中、マスコミや世間の注目が集まっていく。やがてジョンはターナーに、自分は自殺するから、その自分の心臓をマイクに移植してくれるよう申し出る。だがジョンが自殺する直前、女院長レベッカ(アン・ヘッシュ)の心変わりもあり、マイクに適合する事故死した女性の心臓が手に入り、マイクの命は助かる。そして裁判。ジョンは有罪になるものの、皆にヒーローとして崇められるのだった。＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝この映画の最大のテーマが、アメリカの現行の保険医療制度の歪みを訴えることにあるのは間違いありません。　『ジョンＱ―最後の決断―』を準備するにあたり、アメリカ国内の様ざまな医療・保険制度をリサーチした監督のニック・カサヴェテスは、以下のように述べています。「資本主義社会だから富ある者が最高の医療を受けることに、異議を唱えるつもりはないが、医療の基本的な考えは、貧富の差なく、すべての人たちが平等に受けられるもの、ということだと思う。しかし、現在は高額な保険料を払い続けなければ、満足いく治療を受けることはできない。病気を治すために、専門の医師や病院にかかりたくても、きちんと保険料を支払っていなければ、かかることができない。保険会社は巨大化し、権力を持つようになり、保険の掛け金をどんどん上げ始めている。企業は、社員の保険料高騰に泣かされ、加入しているランクの保険料を負担しきれなくなっている。結果として、高齢者負担や家族負担のかかる社員をリストラ、解雇し始めた。ジョンＱのように、真面目にコツコツ働いてきて、きちんと保険料を払ってきた人が、いざというときに保険を受けることができないというケースが出てくるんだ。」「社員の保険料を支払えないで倒産した企業もあった。ジョンＱのような人は、いまこのアメリカに何人いると思う？５０００万人！映画のような事件が明日一斉に５０００万件起こっても何ら不思議ではない世の中なんだ、今は！」主演のデンゼル・ワシントンは名演でしたが、最後はあまりに都合よく問題が解決するものですから、拍子抜けの感がないこともなかったです。ここで、医療問題そのものから離れて、矛盾を抱えた社会というシステムに面した時、人間はどう対処していいのか、について考えてみましょう。マルクス主義に勝利した資本主義ではありますが、だからといって資本主義が内部に抱える問題が消滅したわけではありません。かつては資本主義が抱える最大の問題は戦争でしたが、現在ではその危険は以前ほどではありません。不景気や（貧富などの）格差の問題は、テクノロジーの発展によって漸次改善され、現在では高度消費社会と呼ばれるシステムが出来しています。現在のような高度消費社会というシステムですと、人間はシステムのうちにあって生きるうえで必要なものの一切（衣食住はもとより労働の機会、問題の筋道にいたるまで）を、システムから与えられる、つまりシステムに依存しています。たとえ、人間が社会やシステムに不満があって、社会を変革しようとしても、生半可なことではその行動はシステムに投げ返されて吸収されてしまうだけの意味しか持ち得ないということになります（ボードリヤール）。そのような環境にあって、システムの矛盾に向かって、どういう動機で、どういう方法で挑戦するのか。『狼たちの午後』（アル・パチーノ主演）では、退廃的な生活を送っていた二人の「負け犬」が、一発逆転を狙ってアナーキー的に銀行強盗を行います。『タクシー・ドライバー』（ロバート・デ・ニーロ主演）では、孤独にさいなまれたベトナム還りの男が、歪んだ正義感にかられて最初は政治家を狙い、それが無理と分かると腹いせにチンピラを退治します。この二つの映画では、狂気によってシステムに挑戦しており、犯人はいずれも「狂人」といえます。しかし、『ジョンQ』の場合、ジョンは息子を助けたい一心でシステムに挑戦したわけです。その行為は狂人的ですが、彼自身は決して狂人ではない。むしろ高潔な人物なのです。そして、他の登場人物も、一見冷たくもありますが、彼らなりに善良にシステムに奉仕している人間なのです。つまり、この映画には悪人は一切登場しない。システムにしても、医療制度はいろいろと問題は抱えていますが絶対悪ではないわけです。つまり、悪がない状況において矛盾を解決しようとすると、狂人的な行動に出ざるをえないーーーーそのことが意味する重さと、ラストの解決法（奇跡）の軽さとの間にあまりの落差がある。これが「拍子抜け」の主たる原因でしょう。

  Feb 10, 2004

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