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『裁かるるジャンヌ』は、処刑前の一日と処刑の模様を描いたものですが、その表現法は独特ですね。 シーンの殆どが人間の顔、それもアップで構成されているのですが、決して単調でも退屈でもありません。表情をはじめとする俳優の演技はもとより、カメラアングル、光・陰影、微妙な動作、ショットやアイテムの効果的な配置等、演劇の影響が大きく感じられるのですが、その技術の徹底ぶりには眼を見晴らされます。私なりに、その魅力を説明するとすれば、ラストは以下のようなことになります。 牢獄のなかでジャンヌは、床に投影された窓の鉄格子の影によって模られた十字架をみて神の存在を身近に感じ、実に柔和な顔つきになります。 次のシーンで、衛兵によって指輪を無理やり奪われるのですが、一人の僧侶がそれを取り返してジャンヌに返します。ジャンヌは信じられないといった顔つきでそれを受け取るのですが、その直後、その僧侶が床に写った十字架を踏みつけてしまいます。この時、ジャンヌの顔に一瞬猜疑の表情が表れますし、また、この僧侶を巡って展開されるジャンヌの行く末を暗示するものとなっています。 この僧侶は、「汝のために派遣した(この)僧侶に全幅の信頼を寄せられよ」という国王(シャルル7世)からの偽造された手紙を読んで聞かせます。実は、この僧侶は審問官たちとグルで、手紙とこの僧侶は、通常の尋問ではらちが明かないとみた審問官たちが仕掛けた罠だったのです。そして、彼らの奸計にはまったジャンヌは、拷問にかけられることとなります・・・・・。 僧侶・審問官による奸計や火あぶりの刑の恐怖に屈して、一度は「異端」を認める書類にサインをしたジャンヌですがーーーただし、そのサインも僧侶が手を添えて殆ど無理やり書かせたもので、ジャンヌ自らの意思で書いたのは最後の十字架の印のみーーー、その直後、ジャンヌは自嘲気味に笑います。それと二重写しで、外の(ヨガやマジックなどの)見世物の様子が映しだされます。つまり、こんな裁判なぞ”茶番”、”物笑いの種”でしかない、ということですね。 改心があったということで、審問官から火あぶりを減刑され終身禁錮を言い渡されたジャンヌは、頭を丸坊主にされます。気が抜けたように、床に落ちた髪の毛をじっと見つめるジャンヌですが、その視野に(牢獄で離さず手にしていた)「草で編んだ冠」が入ってきます。それを見たジャンヌは、突然、以前の誇り高き、険しい表情に戻り、毅然として審問官を呼び戻し、前言を撤回します。もちろん、「草で編んだ冠」は、イエス・キリストが磔にされた時にかぶらされた「茨の冠」のメタファとなっているのです。そして、キリストと自分を重ね合わせ、火あぶりの恐怖から、一時的にせよ信仰を危うくした自分のことを恥じ、悔い改めたのでした。 正に、中世教会という絶大な権力を誇った組織が、(刑の直前に十字架にしがみつき「苦しみが長く続きませんように」と願うような)一人の小娘に屈服したシーンと言ってよいでしょう。「戻り異端として火あぶり」の報に接し、衛兵が慌てる様子や群集が走って集まってくるシーンが続くのですが、上下逆さまの映像となっています。もちろん、教会が小娘に敗れたということ、すなわち「天地がひっくり返った」ということを表現しているのでしょう。 十字架を抱えメソメソと泣くジャンヌですが、そのシーンの合間に赤ん坊が母乳を飲むシーンが挿入されます。ここで、観衆は、あらためてジャンヌが19歳のうら若き女性であったことを思い起こし、来世というものを連想するのではないでしょうか。 上空には鳩が舞い、屋根の十字架にとまりますが、これは”昇天”を意味しています。そして、このシーンのあたりから、カメラがジャンヌを捉える角度が下方からのものになっていきます。つまり、観衆の視線に一致するようになるわけです。 火刑台に上ってからのジャンヌは、予想に反して、全然神々しくも勇ましくもありません。一人の生身の少女として、弱々しく泣き通しなのです。そして、処刑人は、実に淡々と手際よく”仕事”をこなしてゆきますが、これが却って残酷さを増します(私などは、機械的に多数の人間を処刑していったギロチンを連想しましたが)。そして、火がつけられ、以降は殆ど実時間で捉えたようにゆっくりとシーンが進行します。もだえ苦しむジャンヌの表情を、なんと黒こげになって朽ち果てるまで、カメラは容赦なく捉えていくのです。リアリズムの極致をゆくシーンですね。 そして、燃え上がるジャンヌの身体とともに、フランス人の愛国心に火がつき、大衆とイギリス衛兵との闘いが開始されます・・・・。 エイゼンシュタインが、『戦艦ポチョムキン』で社会というものを精緻に描いたとすれば、ドライヤーは、『裁かるるジャンヌ」で個人の内面というものを深淵に描いたと言っていいでしょう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
May 6, 2004 01:24:55 AM
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