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昭和7年。血盟団事件。
物語は、犯人・小沼正の公判からはじまる。この映画をはじめて観たとき、このシーンにおける小沼正=千葉真一のアップにショックを受けた。線の細い、弱弱しいイメージだったからである。 映画全体の約四分の三が、この事件に割かれている。笠原和夫のシナリオは綿密な取材をもとに、小沼正の生い立ちを丁寧に描いている。 小沼は、茨城県の大洗海岸に近い町で生まれた。小学校は首席でとおしたが、兄が失業して家が貧しくなったために、進学を断念。東京でカステラ屋に就職する。 カステラ屋の主人・落合(小池朝雄)は、親切な好人物だった。小沼は、毎日一生懸命働く。女中のたか子(藤純子)とは、互いにほのかな恋心を抱くようになる。 10代のたか子=藤純子が、可憐。加藤泰監督「幕末残酷物語」もそうだったが、この人は、下積みの庶民を演じて輝きを放つ。この後のたか子の変貌に、藤純子という女優の豊かな才能を感じた。 落合は、昭和天皇の即位にあてこんで、工場を拡張する。落合のような零細企業には銀行が融資してくれないため、高利貸しに借金をする。ところが、警察の妨害にあって新工場の認可がおりない。落合は、破産する。 職人たち(田中春男ら)は、遅配が続いている給料の支払いを落合に強請する。「待ってくれ」と土下座する落合に、職人たちは罵声を浴びせる。たまらなくなった小沼は、職人たちにつかみかかる。 この時の、千葉真一がすごい。何がすごいかというと、腰の入らないパンチ、ただただむしゃぶりつき押し倒すだけの攻撃。ケンカなどしたことのない素人の乱闘にしか見えない。 チバチャンである。JACの総帥で、極真空手の黒帯である。その人がヘナチョコの乱闘をリアルにみせているのが、すごい。プロである。 小沼にボコボコにされて、「職人B」(という役名が、またすごい……)=田中春男が、泣きわめく。「おめえには、わからねえんだ。俺たちには、女房子供がいるんだぞお」小沼の振り上げた拳が止まる。小沼もまた、泣きっ面になっていく。 小沼のみならず、観客にもこの田中春男の叫び声は、突き刺さる。たいしてセリフのない、「職人B」などという役にこの名優がキャスティングされたのは、この言葉を言わせるためだったのだ。 小沼は残った職人と二人で、必死にカステラ屋を支える。落合一家と囲む食卓で、小沼とたか子が痴話げんかを始める場面が、しみじみ良い。小沼正、という不幸な若者にとって、わずかに幸せな、充実した時間だっただろう。 しかし、カステラ屋は結局つぶれてしまう。働き過ぎて肺を病んだ小沼は、郷里に帰る。作業場の釜の前で、小沼は職人仲間と抱き合い、号泣する。たか子も泣き崩れる。 小沼正は、ブルジョア階級と権力の不正・横暴を、身をもって知る。そして、落合のような「真面目な者が馬鹿をみる」社会に、絶望する。 10代の小沼正は、病弱で繊細な青年である。アクション・スター=千葉真一が、マッチョなイメージをかなぐり捨てて、「女性的」とすら呼ぶべき物腰で、この青年を演じ切っている。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
July 7, 2014 06:35:02 PM
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