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鏡の国の落としあな

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2008.12.24
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こんばんは

先ほどまで記事を半分ほど仕上げてたのですが、何を間違ったか、マウスが変なところをクリックしたかと思うと、いきなり全部消えてしまいました。

アップしていた写真ごと、ぜ~んぶ号泣

・・・・・・・従って、もう一度チャレンジ、私どうせ今日は一人でヒマだからいんです・・・・

前回の記事の続きです。

これは山の頂上から当時の写真です下矢印

hartmko3.gif1.gif


その山の頂上から今度はドイツ軍側(私が来たのはフランス軍側で、ドイツ軍側はこの兵士が視察している方向になります)に急な坂をこれまた何度もずり落ちながら、下りていくと急斜面の中にこのようなモニュメントが彫られてあります。下矢印

PICT0005.JPG1.jpg
フランス軍の勝利の記念碑のようです。わが祖国のナンたらカンたら、と書いてあったような記憶がありますが・・・・・・・雫

そのモミュメントを後にし、左方向に進むとドイツ軍の兵舎の跡があります。

草がいたるところにボーボーに生えてあります

       夏草や つわものどもが 夢のあと(左矢印・・・・でしたっけ?)


PICT0011.JPG1.jpg

この兵舎の中で、20代の若い兵士たちは自分がいつかはまた故郷に帰る日を夢みていたのでしょう。

家族を想い、恋人のことを想い、明日はまだ自分は生きているのだろうかと怯えながら・・・・・・・・・。

兵達のいろんな思いがつまった兵舎を後にします。

もう一度振り返ってみました。
PICT0012.JPG1.jpg

誰かがこちらを覗いているような錯覚にとらわれそうです。

前回も載せましたが、その塹壕下矢印の中を歩く兵士達

hartmko4.gif

塹壕は山のいたるところに、掘られてあります。

もちろんところどころ埋没しているものの、殆どは中を歩けます。ただ当時より若干、浅くなっておりますが。

第一次世界大戦は塹壕戦である、と書きましたが、この塹壕で兵士達が悩まされたのは、湿気からくる水虫などの病気です。いつもジメジメした壕や塹壕のなかにいるため、ブーツは水浸し、もちろん洗濯などできませんからその不潔なままの状態で何日も何週間もすごすわけです。

私が行ったのは、暑い夏の盛りでしたが、壕などはいまだに水びたしのジメジメ状態でした。

太平洋戦争で日本軍がインパール作戦で大敗を喫し退却命令が出て、兵士達は初めは集団で、そのうちてんでバラバラになって後退するわけですが、黒岩正幸さんという方の書かれた自決命令という本には、あの地方の雨季にあい、これまた沼地、泥道などをいつも歩くため、足はいっつも湿って蒸れてる状態、したがって水虫に悩まされ、ひどい症状になると肉がおち、骨が見えてる状態になってしまう、と書いてあったのを思い出しました。そうなるともう歩けなくなり、自決するものが続出した、と。

これは下矢印ケーブル室の中です。

PICT0008.JPG1.jpg 

写真でとるとわりと明るく、なにが映ってるのか見えますが、実はこの中は真っ暗(従って、けっこう中に入るのは勇気が要ります雫)で写真を撮って初めて、中の様子がわりとはっきり見えるっていう感じです。

ケーブル線の跡下矢印

PICT0006.JPG1.jpg

今はこの山はまた木が生え、緑の多い山に戻っていますが、砲撃ばかりおこなわれていた90年ほど前はこのような状態下矢印でした。



cnp_vosges_01.jpg1.jpg

兵舎のあるあたりを下に下っていくと割りと大きな山道にでます。

これは砲撃隊の通り道であったところになります。そこをずっといくと今度は左手に、険しい山道がありましてそこを、根性で両手で岩肌をつかみながら登っていくと、要塞が見えてきます下矢印
 

PICT0014.JPG1.jpg

山道のところをサイクリングしていたフランス人の男性二人組は、この山道をみて一瞬ひるんだものの、自転車を肩に担ぎながらこの山道を上に登っておりました、す、すごいびっくり雫

この要塞の中はフクザツに入り組んでおり、SNさんはけっこう迷ってしまいました。

この要塞を出て、また塹壕の中を歩いていきます。この場所を訪れてた人はけっこう多かったのですが、わざわざ真っ暗な壕の中に入って頭をぶっつけたり、塹壕の中をうろうろしていたのは、私だけでした。

遠くの島国ニッポン旗から来た、怪しい変なチビな日本人女性うっしっし雫

ま、気にしないことに・・・・・・・

ふと横をみると、こんな蝶々が下矢印
PICT0003.JPG1.jpg

これはどうも中部ヨーロッパでは多くみられる種類のようです。

塹壕の横に咲いてる花花にとまる蝶々・・・・・

人間が荒らして丸裸にした山もだんだん元の姿に戻り、こうして生き物も存在するわけですね。

この蝶をみた兵士はあの時いたのでしょうか?

もしいたとしたら何を思ったのでしょう。自分がここで争っているのが不思議な気がしたことでしょう、自分達のしていることとかかわりなく、自然はそこに生きている。

そういえば、日華事変で中国で戦ってたある上等兵の記録のなかにこういう部分があったのを思い出しました。

彼は戦いの最中に催すものがあり、そこで用を足すわけですが、その自分の落し物(!?)を砲撃の最中にフンコロガシがやってきて、どっかへ運んでいった、と。激しい砲撃の最中に休み休み、運んでいくその姿・・・・・

地球上の自然は人間達のしていることを無視してその営みを続けていくのでしょう。

確か以前このような文を読んだことあります。

   人間の領土争いは、ノミ同士が犬犬の上で領土争いをしているようなものだ

・・・・・・・・言えてます。

話をもどしますと、この要塞をでて塹壕を迷いながらも、くねくね登っていくと、また山の頂上の横側に出ます。

そこからまた大きな山道へでて、元来た道を戻り、フランス人兵士の墓地を横を通り抜けますが、フクザツな心境にますますなります。

PICT0019.JPG1.jpg

そんなこんないろいろ考えながら、Hartmannsweilerkopfを後にしたのでした。

本当は食堂のほうにも行きたかったのですが、今回はどうも迷ったみたいでいけなかったので、それは次回に持ち越しです。

ではまた~バイバイ






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Last updated  2008.12.25 21:50:43
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