カテゴリ:母の学校生活
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他の留学ブログも見てみる☆人気blogランキングへ 学校では、何日かすると自然とみんな座る席が決まっていきました。 四人グループで座る様になっていて、私たちのグループはコリア、マレーシア、チャイナそして日本の私。 コリアンの友達は私と年令もあまり変わらなかったので入ってすぐに友達になりました。ニュージーへ来て三年になるそうです。娘さんは空港で働いていて、息子さんはオークランド大学の学生、そして御主人はコリアでは建築家をしていたそうですが、今は夫婦でトマト農園をやっているそうです。御主人も同じ学校に通っていますが、ビギナークラスです。彼女の名前はジェシカ。英語はかなりできる人でしたが、かなりのあわてもので、しょっちゅう早とちりをしていました。 マレーシアの彼女の名前はヤホイ・コー。彼女は妹とおじさん夫婦がニュージーに住んでいて、ワーキングホリデーで来ていました。まだ二十代です。 チャイナの彼女はジュン。日本に二年いたことがあって日本語も上手です。一番最初に日本語で話し掛けられてびっくりしました。中国に御主人と10歳になる娘さんを残してニュージーで働いています。子供服の縫製をしているそうです。日本にも仕事で行ってたらしく、娘さんといつも離ればなれで寂しいと行っていました。それでも働きに出ないといけない事情があるのでしょう。いつか娘さんをニュージーランドに呼び寄せるのが夢だそうです。彼女は山口百恵が大好きな30代です。 みんな明るくて楽しく勉強できました。 ヤホイはマレーシアなので英語も普段使っていると言っていました。今度またマレーシアに帰って本格的に英語を使った仕事がしたくてワーホリを利用してニュージーにきてアイエルツを受けるとがんばっていました。履歴書の書き方等も積極的に先生に聞いていました。でも彼女の英語はとにかく早い。いつも聞き取れなくて、ごめんもう一度言ってくれる?とお願いしていました。 そんな彼女達と仲良くなってしばらくして、学校まで来るのにタクシーを利用しないと来れない事を話したら、ジェシカが送ってくれると言ってくれました。そのうえヤホイまでジェシカが都合悪かったらいつでも言ってねと言ってくれました。 持つべきものは友です。 学校が終了するまで彼女達の親切に甘え、安心して学校へ通う事ができました。感謝。 もう1人印象的な友達がいます。彼はトルコ人のアティ。私たちは密かに彼のことを「クエッションマン」と呼んでいました。 授業中よく質問をするのです。そのおかげで私たちもクリアになることが出来たので彼の行動は歓迎すべきものでした。 普段は街のバーバーで働いていますが、空手のインストラクターもしていて、東京に行ったこともあると行っていました。腕にはしっかり日本語のタトゥーが彫り込まれています。頭はスキンヘッド。いかつい外観ですが、とてもやさしくて、そしてベジタリアンでした。 すごく若く見えたんだけど(実際20代だと思っていた)実は45才だったと聞いてもうびっくり! 趣味はオフロードのバイク。離婚経験ありとのことなので、きっと趣味に生きる人なのでしょう。 そして最後の方で仲良くなった友達は、親子で学校に来ているタイの人。 最初、先生が1人の女性を「マミー」と呼んでいたのでそういう名前だと思っていたのですが、それはもう1人の女の子のお母さんだったからと分かったのは、あと二週間ほどで学校が終了するという時でした。だって彼女すごく若いんです。それもそのはず17歳で最初の子供を生んで、まだ42歳だけどすでにおばあちゃんだと言うのです。ニュージーランドにはだんなさんと一番下の中学生の息子さんと住んでいて、そこへ一番上の娘さんが英語を勉強にニュージーランドへ来た、と言う事でした。娘さんもお母さんも本当の名前の呼び方が難しすぎて未だに何と言う名前だったのか分かりません。 彼女達もとても親切にしてくれました。 誰がジャパニーズ?チャイニーズ?タイランド?そして誰が先生? 楽しく学校へ通えたのもいい友達に恵まれたからと思っています。 他の留学ブログも見てみる☆人気blogランキングへ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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