本との関係記

　6500万年前に一族の滅びの締めくくりとして生を終えた俺は、以来長い夢見と短い覚醒とを繰り返している。巨大な体で地上を駆けていた頃、夢は俺の内には訪れなかった。一族の誰もが俺と同じように骨となって夢を見続けているのかは分からない。最後に滅びるものの特権として俺だけに与えられた力なのかもしれない。迷惑な話だ。夢に出てくるのは生きていた頃の、走り、食らい、眠り、飢え、という殺伐とした光景ばかり。目が覚めれば土の中で永遠に寝ころんでいる自分の姿が見える。いつまでもいつまでもいつまでもいつまでも。

　俺の上に乗っかっている土の重みが少し減じた。また俺の骨の上に太陽が昇り始めるのだろうか。また地上を走り回れるのだろうか。骨だけで動けるのだろうか。無理ならば、何かが俺の骨を噛み砕いてくれればいいのだが。

　薄皮、いや薄土一枚隔てて俺の上をたくさんの何かが歩き回っている。太い声、細い声、喧しい声、多彩な鳴き声を持つ生き物たち。美しい声は一つもない。いつになれば奴らは俺をここから掘り出してくれるのだろう。それに地響き。ゴトンゴトンゴトンゴトンと短い間隔で嫌な音を走らせる。気分が落ち込んで近頃は昔の夢を見られなくなってしまった。夢を見ることで思い出せた俺の生きていた時のことを次々忘れていく。俺はかつて地上を、地上を、地上を？

　小さな生き物たちが俺の骨を撫でる。周りの土が次々と取り除かれ、丸裸にされた俺は羞恥を覚える。もう夢を見ることに飽き飽きしたと思っていたのに、本当はずっと眠り続けていたかったのかもしれない。俺を見て小さい者たちは早口で喋りまわる。無数の小さな太陽が俺のすぐ傍で瞬くが、骨を焼いてしまうことはない。動くことが出来ればすぐさまこいつら全員食い殺してやれるのに。こんな奴らに太陽は征服されてしまったのか。なんてことだ。

　本物の太陽は生きていた。俺を照らす光は6500万年前と変わりはない。俺は以前寝転がっていた土の中から掘り出され、小さな生き物たちに祭り上げられて、生きていた頃に近い姿で骨を組み立てられて、立ちっぱなしでいる。永遠に壊れないように骨の周りを何かで塗り固められて、世界の終わりまで立ち続ける神として俺はまた動けずにいる。俺の周りで奴らは歌い踊る。俺の前で交尾を始める。俺の中に子供を産み落とす。

　俺の周りには誰もいない。地上には誰もいない。太陽は変わらず空にある。地上に立つものは俺しかいない。6500万年前に俺たち一族を滅ぼした力よりもっと恐ろしいものが地上を襲い、全ての生き物を殺し尽くした。骨にもなれなかった奴らは俺と同じような夢を見ることは出来ないだろう。何かに掘り出されて再び地上に返り咲くことも叶わないだろう。俺だけが立つ地上はとても静かで美しい。夢の中ではあの喧しい小さな生き物たちでさえ懐かしく思えてくる。目が覚めると奴らはどこにも見えない。太陽だけが変わらないでいる。寂しい風景に耐えられず、俺は立ったまま、いつまでも覚めない夢に入ろうとする。6500万年前から分かっていたことだが、それは叶わない。追憶の中で俺は肉をまとい、あの喧しい小さな生き物たちを追い回す。俺も笑顔で奴らも笑顔。夢から覚めても骨に笑いは貼り付いてこない。太陽よ永遠に沈み続けてくれと俺は願い始める。