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本との関係記

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2005/06/29
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カテゴリ:国内小説感想
 その1を書いてから百年経った。もうとっくに読み終えてはいた。しかし改めて感想を書くとなると、気が進まなかった。その気になるまで待てばいい。そのまま百年経った。
 小説は、まだ読んでない漱石を。その他は、暗記したくなる詩を探すために現代詩関連の本を。合間に適度に新鮮な内容の新書を。という今の読書状態。現代詩から漱石に移ると、頭がなかなか切り替わらず、同じ国の言葉に見えなくなる。素晴らしい詩はそうそう簡単に見つかるわけでもなく、結局、有名な、基本的な、代表的なものを覚えたり。鮎川信夫『死んだ男』を覚える予定はなかった。けれど覚えてみれば、繰り返しぼそぼそと呟いていれば、いつの間にか身体の一部となってしまって、甚だ不健康な男になってしまった。書き写すのは面倒なのでリンクを。
『明暗』に続いて『門』も読み終え、今は『行人』の半分を超した。『門』を読みながら『明暗』の登場人物を思い出したり、『行人』を読みながら、ふと『門』を読んでいるような錯覚に陥る。一つ一つの作品にあたるのではなく、一人の作家に立ち向かうと、こうなる。先の、車谷長吉や舞城王太郎の一気食いをした思い出は、今一つの塊として蘇る。各作品の境界はあやふやになっているが、幼い頃の顔も思い出せない友達との、楽しく遊んだ日々の記憶のような。
『明暗』に限らず、漱石は作品に多くの謎、含みを持たせることを方法論の一つとして活用した。それを後代の深読み好きの読者たちが謎解きや研究やらをやりすぎちゃって、冷めた空気を残した。お札の肖像になんかなっちゃったことで、変に人口に膾炙して、国語の授業を退屈なものにした。そんなことを思ったが、余分なこと抜きにして、漱石は面白い。今は漱石以外の小説を読む気にはならない。借りたり古本で買ったりせず、岩波文庫の新本を買うという方法は今のところ成功しているようだ。読む速度が遅い主な理由は野球中継。

 いつか自然に書きたいという気持ちが沸き上がって来て、形になるかと思っていたが、はっきりした何事も起こらず、『明暗』について書く機会は失したかと思われた。しかしあながちそういうことではなく、『門』『行人』と読み進めているうちに、それらを『明暗』と分けて考えることもないような気がしてきた。自分はいまだ『明暗』を読み続けている、あるいは『夏目漱石』という一枚岩にひたすら挑んでいる。区切りを入れる必要はなく、混沌としたままに寝かせておく方が、有意義であるかもしれない。怠惰への言い訳は完成した。
 幸い、日本文学関連の書籍を読めば、嫌でも漱石の作品に触れられており、内容を忘れ去るということもない。
 無理に感想を引き出すこともないと決めたら、だらだらとしたことを長々と。どうしても忘れられない箇所だけ引用して終わる。死に近付いていた漱石は、主人公の津田に自身の幽霊を見せている。



 あたりは静かであった。膳に向った時下女のいった通りであった。というよりも事実は彼女の言葉を一々首肯って、大方この位だろうと暗に想像したよりも遙かに冷静であった。客がどこにいるのかと怪しむどころではなく、人がどこにいるのかと疑いたくなる位であった。その静かさのうちに電燈は隈なく照り渡った。けれどこもこれはただ光るだけで、音もしなければ、動きもしなかった。ただ彼の眼の前にある水だけが動いた。渦らしい形を描いた。そうしてその渦は伸びたり縮んだりした。
 彼はすぐ見ずから視線を外した。すると同じ視線が突然人の姿に行き当ったので、彼ははっとして、眼を据えた。しかしそれは洗面所の横に懸けられた大きな鏡に映る自分の影像(イメジ)に過ぎなかった。鏡は等身といえないまでも大きかった。少くとも普通床屋に具え付けてあるもの位の尺はあった。そうして位地の都合上、やはり床屋のそれの如くに直立していた。従って彼の顔、顔ばかりでなく彼の肩も胴も腰も、彼と同じ平面に足を置いて、彼と向き合ったままで映った。彼は相手の自分である事に気が付いた後でも、なお鏡から眼を放すことが出来なかった。湯上りの彼の血色はむしろ蒼かった。彼にはその意味が解せなかった。久しく刈込を怠った髪は乱れたままで頭に生い被さっていた。風呂で濡らしたばかりの色が漆のように光った。何故だかそれが彼の眼には暴風雨に荒らされた後の庭先らしく思えた。
 彼は目鼻立の整った好男子であった。顔の肌理も男としては勿体ない位濃(こまや)かに出来上がっていた。彼は何時でも其所に自信を有っていた。鏡に対する結果としてはこの自信を確かめる場合ばかりが彼の記憶に残っていた。だから何時もと違った不満足な印象が鏡の中に現れた時に、彼は少し驚ろいた。これが自分だと認定する前に、これは自分の幽霊だという気が先ず彼の心を襲った。凄くなった彼には、抵抗力があった。彼は眼を大きくして、なおの事自分の姿を見詰めた。すぐ二足ばかり前へ出て鏡の前にある櫛を取上げた。それからわざと落付いて綺麗に自分の髪を分けた。




 岩じゃないな、城壁だ。


岩波文庫版


読了本メモ
夏目漱石「門」(岩波文庫)
柏倉康夫「ノーベル文学賞 作家とその時代」(丸善ライブラリー)
高木桂蔵「客家 中国の内なる異邦人」(講談社新書)
田村隆一「20世紀詩人の日曜日」(マガジンハウス)
中丸明「ロルカ――スペインの魂」(集英社新書)
嶋岡晨「日本文学の百年 現代詩の魅力」(東京新聞出版局)(詩の採取が目的のため拾い読み)
宗左近「詩のささげもの」(新潮社)(同上)
谷川俊太郎「谷川俊太郎詩集」(角川文庫)
三田洋「三田洋詩集」(土曜美術出版)(詩以外は読まず)
入澤康夫「入澤康夫<詩>集成 上巻」(青土社)
六月号の詩誌三冊「現代詩手帖」「詩学」「詩と思想」





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Last updated  2012/04/10 07:02:24 PM
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