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カテゴリ:熱砂の約束
第7話 『嵐の海で』 <全25話>
──────────────────────────────────── レイフの視界の隅に、鮮やかなオレンジ色がちらりと見えた。 投げておいた救命胴衣の一つだ。 波にもまれながら、まっすぐこちらに来る。 手を伸ばせばつかめるところまで来ると、レイフはそれをつかんだ。 「ごほっ」 グウェンはまた苦しげな咳をした。 「さあ、救命胴衣だ。着けて」 レイフが手伝って、ぐったりした彼女の片腕を袖に通し、胴衣を背中からまわして、もう片方の腕も通し、ようやく身に着けさせた。 グウェンが自分の救命胴衣を着け、支えてやる必要がなくなって初めてレイフは、彼女をまっすぐに支えているのがいかに大変だったかに気づいた。 安堵がじわじわとこみ上げてくる。 だが、安心するのはまだ早い。 依然として嵐は二人を襲い、波は彼らを容赦なく揺さぶっているのだから。 でも、二人一緒だ。 それに、二人とも生きている。 今度は、あの救命浮き輪にたどり着かなければならない。 あれに手が届いて、つかまることができれば、そのうち嵐はやむだろう。 乗客たちがデッキに出てくる。 ぼくたちは彼らの目にとまり、船に引き上げてもらえる。 最終的には。 「グウェン、大丈夫かい?」 彼女はひどく顔色が悪かったが、しっかりとうなずいてみせた。 「泳いで戻るしかない――船までね。救命浮き輪を投げておいたから……」 グウェンは理解し、またうなずいた。 だがそのとき、彼女の視線がほかに移った。 レイフの後ろのアナベル・リー号のほうを見ている。 そしてその顔に、彼をぞっとさせるような表情が浮かんだ。 それは紛れもない絶望の表情だった。 レイフは振り返り、船を探した。 船は少なくとも一キロ半は離れているように見えた。 「グウェン」 レイフは、風と押し寄せる波に負けないように叫んだ。 「やってみるしかない」 グウェンはうなずいた。 唇が動く。 レイフは、その言葉を聞いたというより読み取った。 「わかっているわ」 二人は船を目指して泳ぎ始めた。 海は今のところ、荒れが少し収まったように見える。 そうであってほしいと思うあまり、錯覚を起こしているのかもしれないが。 それでも、雨が弱まったことだけは確かだと言えそうだった。 だがグウェンは、気絶して海水を大量に飲んだあとだ。 それにそもそも、レイフほど体力がない。 彼女のためにはレイフがゆっくり泳いでやるしかなかった。 二人の間が開いてしまうことは避けたい。 もう一度彼女を失うこともありえる。 依然として荒れている波は、いつグウェンを運び去ってしまうかもわからない。 そうなれば、彼女のあとを追わなければならなくなるだろう。 しかし、今度もまた追いつくことができるとは限らないのだ。 <7/30公開 第8話へつづく> ──────────────────────────────────── この作品の一部、または全部を無断で転載、複製などをすることは著作権法上の例外を除いて禁じられています。 All rights reserved including the right of reproduction in whole or in part in any form. This edition is published by arrangement with Harlequin Enterprises II B.V./ S.a.r.l. All characters in this book are fictitious. Any resemblance to actual persons, living or dead, is purely coincidental. Published by Harlequin K.K., Tokyo, 2008 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009年07月29日 09時42分04秒
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