先日、福ねこMAMAさんのブログにお邪魔しました。
そこで目にしたのは・・・
同時多発テロで犠牲になった方が、生前に書かれた・・・という詩でした。
それは、まるで最期を予知しているような、
切なく温かい言葉たち。
みなさんも、是非触れてみてください。。。
「最後だとわかっていたなら」
ローラ・ホートン
あなたが眠りにつくのを見るのが 最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう
あなたがドアを出て行くのを見るのが 最後だとわかっていたら
わたしはあなたを抱きしめてキスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう
あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが 最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって 毎日繰り返し見ただろう
確かに いつも明日は やってくる
見過ごしたことも取り返せる
やりまちがえたことも やり直す機会が
いつも与えられている
「あなたを愛している」と言うことは
いつだってできるし
「何か手伝おうか?」と声をかけることも
いつだってできる
でも もし それがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるとしたら
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい
そして私達は 忘れないようにしたい
若い人にも 年老いた人にも 明日は誰にも
約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめるのは
今日が最後になるかもしれないことを
明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日がこないとしたら
あなたは今日を後悔するだろう
微笑みや 抱擁や キスをするための ほんのちょっとの時間を
どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうしてしてあげられなかったのかと
だから 今日 あなたの大切な人たちを
しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも大切な存在だと言うことをそっと伝えよう
「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから
あまりの感動に、なんども読み返しました。
涙が溢れて。。。
この詩に出逢えたのも、何かのご縁かなぁ?!
そう想っていたら、
その日はちょうど、主人と私が付き合い始めた日でした。
高校3年生の11月24日、
主人が告白してくれて、私たちの1歩を踏み出した記念日。
あれから早、18年。。。
日々のささやかな暮らしが、当たり前じゃないこと。
愛する人が傍にいてくれる幸せ。
もちろん、笑顔の日ばかりじゃないけれど。
主人と出逢えて、主人の家族や友達とも知り合えました。
そして、かけがえのない宝物の息子にも♪
改めて、胸の奥にしっかり刻んで生きていかなきゃ・・・ね。
「Kちゃん、この詩よんでみて」
「ん? どれどれ?!」
これからも、同じ歩幅で歩いていけるといいねっ♪
ローラ・ホートンさんをはじめ、
犠牲になられた方々のご冥福をお祈りいたします。。。