2023/07/23(日)15:16
突然の別れ
7月19日早朝、同じボランティアグループで二十年以上活動していたFさんが亡くなった。
私は現在はその活動を卒業しているので、半年くらいはお会いしていなかったと思う。
夕方、事務局担当のNさんから訃報のお知らせ電話をいただいた時、頭の中が?!で言葉が出なかった。
前日も、ボランティア活動で除草作業をしていたようだが、調子が悪そうな様子もなく、
次の日の予定をご主人に話して休んだという。
次の日の朝、いつもの時間に起きてこないので様子を見たらもう意識はなかったようだ。
人の命がいつ尽きるのかは誰にも分らないものだと、あらためて思う。
次の日のお通夜に参列すると、様々な活動をしていた人だったので大勢の参列者に驚いた。
彼女はとてもまっすぐな正義感の強い人で、はっきりと意見を言う人だった。
「いいことはいい、ダメなことはダメ」という感じで、女性のボランティアグループの中では珍しいタイプと言えた。
でも、キチンと意見を言うだけに何事にも一所懸命取り組む人で、
彼女に任せたら間違いはないと信頼できる人だった。
あまり人とつるむ人ではなかったし、要領よく人と交流する人ではなかったような気がする。
私もあまり人とつるむタイプではないので、長年同じグループで活動していても、
活動以外の場でおしゃべりをしたりランチをしたりしたことはない。
だから、彼女の個人的なことはほとんど知らなかったので、
お通夜で故人の経歴を聞いて改めて知ったことが多かった。
同世代だろうとは思っていたが、同じ年齢であった。
この年になると、突然の別れも珍しくはないし、もう会えないのだなという寂しさはあっても、
「よく頑張ってきましたね。お疲れさまでした」という気持ちが強い。
残されたご家族にとっては納得のできない辛い別れだろうし、
娘さんの号泣の姿と、ガックリとされたご主人の姿には心が痛んだ。
しかし、何事にもきっちりした人だったから、きっと家の中も整理整頓していて、
「立つ鳥跡を濁さず」そのものの旅立ちだったのではないかと思う。
きっと、亡くなる時もあっという間の潔さで、
「ごめんなさいね、こうなっちゃった」という感じだったのではないか。
勝手に想像して申し訳ないけれど、そうあってほしいという私の願望だ。
可能であれば、私もそのような旅立ちでありたいが、
私は整理整頓が苦手なので、飛び立った後はきっと(いや、間違いなく)グチャグチャだろう。
でもきっと、それが私らしいんだろうとも思う。
本当にありがとうございました。
会議の時に貴女が頷いていたら、これでいいんだと安心しました。
反対に、「ちょっといいですか?」と発言されるときには、
何を指摘されるかとちょっと緊張しました。
それでも、なあなあで物事が進むよりは、きちんと納得しながら進めることが出来て、
私はとてもありがたく思っていました。
ずっと様々な活動で社会のために働いてこられたのですね。
「何かのお役に立ちたい」という思いでは共通するものを感じていました。
今となれば、もっと色々なお話をしてみたかったと思います。
どうぞ安らかにお休みくださいね。