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テーマ:たわごと(26906)
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御巣鷹山の日航123便墜落事故の写真でフォーカスだかフライデーだかに
載っていた墜落直後の犠牲者の写真が忘れられない。 その写真は墜落時の残酷で冷酷な事実をそのまま写し取ったものだった。 小学生と思われる男児が恐怖と激痛の表情を浮かべたまま焼け残った枯れ木の そばで真っ黒な遺体となっている、しかしその遺体は永遠に続く不条理の結果と してまるでオブジェのように身体を立たせている。 もしこの遺体が地面に伏していたらこれほどの衝撃を僕に与えはしなかったかも知れない。 そのこどもの遺体は、生きていたいのになぜこんな苦しい目に会うの? なぜ死ななくちゃならないの? なぜ、なぜ、なぜ?と問いかけているように思えた。 当時、まだ青年だった僕は「死」という存在ははるか向こうの方にあるのだろうけれど、まったく自分とは関係のない「もの」だった。 そんな僕にその写真は自分よりも幼い存在が受けた「死」という恐怖と巨大な苦しみを その表情に刻印して突きつけてきた。 今、幾分か大人になった僕は「死」の苦しみは生きるための苦しみと共通の性質を 持っていることにやっと気がついてきたところだ。 生きることに苦労していなかった季節は過ぎ去ってしまい、経済的にも家族的にも 苦労だらけになってしまった時間に僕はときどきあの日航機の事故を思い出す。 あの日航機の機長はほとんど操縦不能になった機体を30分余りの間、力と技術を搾り出して 操縦し続け、山にぶつかりそうになり、その山を越してまた次の山が迫ってくるという連続だった。 「頑張れ、頑張れ」と自分を鼓舞して自分や乗客の「生」を維持するための努力を続けた。 しかしついにあきらめの時がやってくる。 ボイスレコーダーには「これはだめかもしれないね..」という機長のつぶやきが記録されている。 僕は今、この機長と同じ気持ちで生きているのかもしれない... お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009年09月02日 21時28分22秒
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