◇〈第7話〉□ 中学受験・塾物語 《 第7話 》 0点をとってしまったユリナをさすがに「合格」とさせるわけにはいかない。 だけど、彼女の一番の弱点は自分に自信がないこと。 今回のテストの結果を見て、言葉だけで励ましてどうにかなるものなら、すでにどうにかできていただろう。 もしかすると塾を辞めるとか受験をやめるとか、そういう話になるかもしれない。 最初「彼女自身が弱音を吐くまでは、やってみましょう」とお母さんに言ったが、そのときが来たのか。 いや、でも、もうすぐ彼女が受験勉強を始めて1年になる。 授業中、指名したときには、ポイントを使って欲しい答えが返せるようにもなっているし、復習や宿題もまじめにやっている方だ。 これ以上まじめにやると言っても・・・。 とにかく悩んだ。 テストを返却されるまでに、必ず今回のテストのやり直しをしておくように生徒全員に言ってある。その内容も見てみよう。 テスト結果を使っての生徒面談の日、今回は算数の講師と私と二人の講師で生徒一人一人と話をすることになった。 自信ありげに入ってきた上位のクラスの生徒に、不合格と書かれた用紙の入った封筒を手渡し、しばらくその様子を見守る。 納得がいかないっていう顔で私達を見る子もいる。 「・・・。現時点では、そのくらいだよ。もっと詳しく言うと、合格点まで20点以上足りませんでした。全然足りてないな。 自分の力に見合った志望校に変えるか、志望校にふさわしいように自分を変えるか。よく考えなさい。」 などと、できるだけ冷静に、時折突き放すような言い方も交えて、本人の気持ちを引き締めるようにもっていくことが多かった。 「自分ではがんばったつもりって?明日入試のつもりで勉強してきたと言えるか?今日習ったことを入試の日に完全に覚えていると言えるのか?それは、考えあますぎるわ。」 小学生相手にそこまで・・と思う自分もいるけど、実際のテストで不合格を味わうよりは・・・と、つい力が入る。 「これがテストの答案です。ここから自分の弱みをみつけなさい。自分の欠点を見つけてそれを直すって作業が大切だから。自分ではどう思う?」 「・・・理科の天体がやばい。まちがえすぎです。」 「うん。じゃ、今日から2週間天体を徹底的に復習しようか。そして、天体を得意単元にしてしまおう。他には?」 「算数、最後の問題をする時間がなかったです。」 「慎重に計算問題をミスしないようにしながら、最後までやるのはなかなか難しいからな。これは、練習量がものを言う。 残された時間、宿題でも練習問題でも、いつでも常に入試と思って正確さとスピードを意識しろ。 お前は、国語が苦手やからな、算数でかせがんとな。」 「その国語だけど、見ていると君は読むのが遅いからね・・・。周りの子が自分より先に鉛筆動き出すのって不安になるでしょ。よけいに焦るよね。すると文章の内容をつかむのがもっと浅くなる。 悪循環になるから、一読目のときに文章のポイント、キーワードにしっかり印をつけながら読むこと。 鉛筆を使いながら読み進めていけば、周りのこと気にならなくなるから。 線の引き方も最近の宿題見ていると雑だから、その点見直して。いいね。」 「はい。」 テストの受け方や、当日につながる勉強の仕方や不得意単元の洗い出しなど、いよいよ入試が迫っている・・・という雰囲気の中での面談が続いていった。 場合によっては、厳しさをしっかりと理解してもらうため、今日の話を真剣に受け止めてもらうため、家に帰ったとたんに忘れることのないようにするために涙浮かべるぐらいにまできつく話をすることもあった。 夏を前に気持ちを引き締めておく必要がある。ここは大事。 同じ授業を受けても、受ける側の気持ち次第で授業の価値は全く変わるのだから。 次は、ユリナの番というとき、算数の講師と顔を見合せた。 ・・・とにかく、本人の顔を見て、話を聞いて、できるだけ前向きになるようにもっていきたいんだけど・・・ 。他の子たちの面談は、話をもっていく流れやその反応など、だいたい前もっての計算ができた。 しかし、ユリナに関しては、こっちも自信がない。 反応を見ながら手探りでいくしかない。 ドアの開け方からして弱々しく、もう泣きそうな顔でユリナが入ってきた。 これ以上彼女を少しでも追い詰めたら、ここまでやってきて張り詰めた糸が切れてしまうような気がした。 ゆっくりとユリナが着席するのを待って、私はできる限りやわらかく聞こえるように気をつけて話しかけた。 「そんなに緊張しなくていいよ。テストの手ごたえ、自分ではどうだった?」 「・・・全然できませんでした・・・。」 ユリナうつむいて小さな小さな声で返事をした。 「やり直し、してきた?」 はい、と言ってユリナはノート差し出した。 その場で私達が採点することにしてノートを開いた。 私は国語のノートをまず開いた。『入試テストやりなおし』と書かれた次の行からは、意味調べがずらっと続き、その後ていねいにやり直しがしてあった。文法などは、問題の後にそれを習ったときのまとめがもう一度写しなおしてあり、漢字も何十回と練習してある。 算数の講師もノートを見て驚いている。『やりなおし1回目』から『やりなおし3回目』まであった。 やりなおしの点数では、国語88/150 算数95/150 理科78/100 社会 85/100 真ん中のクラスの合格点もクリアしていた。 やっぱり基本的な力はついてきている。 それに、自分で全くできなかったと思ってここまでしっかりと自力で復習し、最大限のテストを受けた意味を見出してこられた。 点数だけ見て一喜一憂している生徒も多い中、これはすごい。 なんとか前を向いてがむしゃらにやっていけば、光は見えてくるはず。 ユリナを元気づける側のはずの私達が、ユリナのノートを見て元気づけられた。 今、ノートに採点した点数と、テストの答案を並べた。 算数0点、ユリナは自分でも少し驚いていたが、そこで泣くことはなかった。 話を聞くと、テストの日は頭が真っ白になり、周りの子の鉛筆の動く音と時計の音が気になってしかたなかったんだそうだ。 算数0点もユリナ。 そして2度目とは言え95点分の問題が解けたのもユリナ。 先生たちから見てすごくがんばっているよ。次のテストでは、まず調子がいいときのユリナの半分でいいからせめて45点はとろうよ。 小学校のテストじゃないからね、満点じゃなくても合格するから。 ざっと見わたして取れそうな問題からきちんとゆっくりでいいからいつものユリナで解くこと。 最初は半分真っ白でもいいから。気負わなくていいよ。 明日入試ってわけじゃないでしょ?(さっきの子には明日入試だと思えって言ったけど・・・) 今の時点では、そうだな・・・全科目半分以上取れたらOK。 夏休み越える頃には65点越えるようにして、そしてラストスパートの頃に75点とか80点とか取れると合格点に届くからね。今は、今の目標を見よう。 国語は、今回みたいに宿題の長文でもわからない言葉の意味調べをきちんとしてから問題を解いていけばいいからね。 これから、全科目、宿題でもテストでも、自信があるものとないものを自分でわかるように印をつけていこう。◎・○・△・×。 今のユリナなら、△とか×とかが多いと思う。 でも、△つけた問題が正解していたら、その単元は自分では苦手と思っていたけどできてるやん!って思えると、次から○をつけられるよね。 夏休みで全単元総ざらいするから、それ越えたら△とか×は減るよ。 本当に難しい問題とかだけ△・×がつくようになると思う。 ユリナは、自分が思っているよりがんばっているし、自分が思っているより賢くなっている。自分が証明したでしょ? 本当はこんなに点数とれる力があるってノートに書いてあるやん! そんな話を二人でした。弱音を言ったりするという予想をいい意味で裏切られて、私達の方が熱くなった。 お父さんにもお母さんにも、何度も「もうやめる?やめてもいいよ?」と言われてきたんだそうだ。 その度に「やれるところまでやらせて。」そう言って、今日までがんばってきたんだという。 それからのユリナは、またさらに努力の人となっていった。 ずいぶんとコツがつかめたようで、小テストでは一発合格が当たり前になってきた。 理科の講師から「ずいぶん前にやった単元の話を少し混ぜて質問したら、手を挙げた数人の中にユリナが入ってた。」という話を聞いた。 算数の講師の報告書の、「ある一定レベルまでに限定すればだが」の注意書きはあるものの、コンスタンスに正答率が高いメンバーの名前の中にユリナが入ってきた。 国語は記述問題によく質問にきた。 日本語として言葉のつながりがおかしいから正解にはならない・・・でも、得点に必要なキーワードは全て入っているというような「惜しいまちがい」になっている。 記号問題でも、4つのうち2つは消去できて、最後のひっかけの方を選んでしまうというところまできている。 点数には表れない形ではあるが彼女の大きな伸びを授業では感じることができた。 ここまで来たら、ほんとにあと少し。限りなく○に近い×なのだ。 授業内で生徒がしたのがこういうまちがいの場合、私は「次につながるいいまちがいだよ」と言う。 そして、あと一歩はどういう注意が必要だったかという説明に重点を置いている。 国語では、正答例を写させるというのは、実はあまり意味がない。 それよりも陥りやすい誤答と正答のちがいを説明することが大事だと私は感じている。 子供たちが正解と信じているものがなぜ不正解なのかを理解させてあげないと正解への道は見えないのだ。 自分がミスした答えと、授業のポイントをノートに書き溜めていくことでノートは自分専用の参考書になる。 最初の頃のユリナなんて、4択問題をヒントを出して誘導して、噛み砕いて、ありえないものと正解という2択にしても、けろっとまちがいを答えていたのだから、大進歩。 「点数が伸びない」、「うちの子には可能性がないんじゃないか」と不安がるお母さんに、こういう話をいくつもして、各教科の報告書もお見せしながら、必ず点数に結びつくからもう少し待ってやってくれと話をした。 積極的なその学習姿勢に磨きがかかり、それは周りの生徒へも影響を与えだした。 休憩時間に数人がかたまって、社会の問題の出し合いをしている。 社会の小テストでは一発合格常連組に入っているユリナに、質問する子もいる。ユリナが出題者になって、数人が考え、ユリナが正解の解説をする・・・というような場面を見かけた。 模擬テストの結果などは見せびらかすこともないが、小テストは毎回点数が見える。連続合格が定着してきたユリナだ、社会に関してはユリナに一目置く子もいるようだ。 国語の授業前に、テキストを開いてから意味の知らない語句を見つけたマモルが、私に叱られるのを恐れてこっそりユリナに意味をたずねていたというのを、見ていた生徒が私に告げ口しに来た。 意味調べをしていないというマモルは注意せざるを得ないが、彼がそんなときにユリナに頼ったということはうれしかった。 少なくとも「勉強ができない子」という意識ではなく、「いつもきっちりと予習復習をしてきている子」という認識である空気は、ユリナにとってプラスだろう。マモル、ナイスアシストだ!と心の中だけで誉めてやる。 心なしか、ユリナの顔色が明るくなってきたような、笑顔を多く見られるようになったような、そんな風に見えてきたのは、希望が少し入っているからかな・・・。 そして、夏期集中講座が始まった。受験生にとって、この夏が勝負! ・・・つづく。 →第8話を読む。 よかったら、こちらを1クリックしてくださいますようお願いします。<(_ _)>今後の更新がんばります。→ ※立夏が体験した多くの生徒のエピソードをもとに書いたものですが、 登場する人物名・学校名・成績推移・偏差値などはどれも架空のものです。 また登場する人物も複数の生徒のことを混ぜて書いてある場合もあります。 フィクションとしてお読みくださいね。 |