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カテゴリ:くだらない話
生活消耗品がなくなる時期が同じな気がする。 生活していく上で必ず必要になるものの中に、生活消耗品がある。例えば洗剤であるとかシャンプーやリンスであるとか石鹸であるとか。総量としてはかなりあるものと思われるが、おおよそどこの家庭でも使うものにそれほどの差異は見受けられないだろう。私の家でも上記のような一般的なものを近くのドラッグストアで買い込んで使っているのだが…最近になって思うことがある。それが生活消耗品がなくなる時期が同じであるということだ。尚、前提条件として「日本の企業の商品である」というところだけは明確にしておかなければならない。海外の商品は明らかに1人暮らしにしても量が多すぎるものがあるからだ。特に洗剤に多いのだが(笑) 考えてみればこれは不思議な話である。洗濯を毎日するし毎日お皿を洗う家庭は数多あるだろう。特に結婚して多人数で住んでいる場合なんかはまさにそうだ。人数が多いのだから1人暮らしのように数日に1度という頻度ではとても間に合わないだろう。しかし私は既知の通り1人暮らしだ。ということは、毎日洗濯するわけでもないし毎日お皿を洗うわけではない。1人暮らしならば外食で済ませてしまうこともあるからだ。そうして毎日使うわけではない洗剤などとティッシュや石鹸のように毎日使うものが同じ時期になくなるというのは実に不思議だ。日本人が1日に使う生活消耗品の量を統計データに起こして最適を計算して商品の大きさや量を決めているのならばわからないでもないが、生活消耗品を使う頻度や量なんてまさに個人差があるものだ。データに完全はありえないし、完璧もないだろう。 或いは長年の試行錯誤の結果膨大なデータから完全に漸近した最適を見つけ出したのかもしれない。生活消耗品の業界なんて1昔前からいきなり繁栄したものでもない。長い歴史に裏打ちされた実績があるからこそ出来ることなのかもしれない。 あくまで好意的に評価すれば以上だが、ただの偶然だと言い張ることも可能だ。なんとか文章として成り立たせる為にある種の飛躍を余儀なくされたわけだが…生活消耗品が同じくらいの時期になくなるのが私だけだと想定すれば今までの話は全くの無駄というわけになる。恐らくはなくなりそうになった生活消耗品を見て、今までの使い方よりも若干節約した使い方へシフトすることで微調整をかけているから同じような時期になくなるのだろう。つまりは…車に乗っていて一度も赤信号で停まることなく目的地へ着く可能性について論じるのと同じだ。結局は、信号の変化を目で見て無意識のうちにスピードの増減を図っているから赤信号に引っかからない。絶対量を超える人の適応能力のなせる業だろう。 まぁ実質的なことを言えば、あれこれと時期をばらつかせて生活消耗品がなくなるよりも、一度になくなった方が補填が利かせやすいというメリットもあるだろう。それを考慮すればその日のお風呂のシャンプーの量が少しくらい減っても厭わないと言ったところか(笑) 以上のように考えて思った、生活消耗品の出張デリバリサービスのようなものがあれば好評ではないだろうか?意外にニーズは高いような気がする。まぁ会社として成立させるにはあまりにも人件費がかかって仕方ないとは思うが(苦笑) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Jun 29, 2010 09:00:45 PM
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