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![]() 奈良と京の都との宗教戦争は桓武天皇の配慮で一応表向きは避けられていた。しかし、奈良には約1000名の僧兵が待機していつでも戦闘準備をしているようだ。天皇の軍隊の武家とその家臣も約1000名とこれも均等を保っている。それと農民や町民、それに国立京都大学の学生らも兵役の制度もあり戦えば京都側が勝つのはわかっている。 奈良の町の過疎は止まることがなしに人々は奈良脱出の機会を待っていた。農民はせっかく耕した水田と家を手放すのは大変なことだったが京の親戚を求めて約半分は奈良を脱出していた。商人や工人は京の都に支店を出すという名目で徐々に都に家族の移転を進めていた。この商人や工人の大店こそが奈良の仏教会の資金源でもあった。 聖徳太子ゆかりの法隆寺を囲む土塀も雨風で塀の役目がなくなるほど傷んでいた。そこから農民が侵入して勝手に畑を耕しやがてその塀そのものがなくなり境内の約半分ほどが畑という事態になっていた。この有力寺院の法隆寺でもこうだから他の寺では狐や狸の棲みかになっていた。その奈良の寺の狐が稲荷神社二代目宮司の生成に面会を求めてきた。 その狐は、奈良の町では稲荷神社の祠が坊主の手で壊されて住むところがないという。そして、 「奈良の仏教会の幹部は桓武天皇に入れ知恵をしているのは稲荷神社といっている。そして稲荷憎しで奈良の町の稲荷神社を壊すともいっています」 「坊主憎れば袈裟まで憎いということはあるが、稲荷憎けば狐まで憎いのか?奈良の坊主は」 「いえ、そればかりか生成さまさえいなければと生成さま殺害計画を企んでいます」 「そうか~しかし、京に兵を出せば戦争になって奈良はもっと衰退する」 「そうですよね~だから坊主の刺客を組織して密かに命を狙ってきます」 その狐の話によると刺客は山科の荒れ果てた古い寺を拠点に稲荷山の裏山から侵入するという計画でもう20名ほどの刺客が集結しているという。そこで生成は山科からの道の脇に関所を作った、その関所の名前は「お関大神」とした。その関所にはフォックス警備保障の狐のガードマンが警備するようになった。怪しい人物をここを通ると狐が「コンコン」と鳴く合図であったが、この「コンコン」の鳴き声が人間には誰か風邪をひいて咳をしていると聞こえることからここを「おせき大神」と呼ぶようになっていた。 その刺客らは昼間は参拝客を装って境内の見取り図や生成の屋敷を探っている。生成の屋敷は神社の社宅の社家で桜門の南側にあって10段ばかりの石積みの上に頑丈な塀もある。そればかりか狐のフォックス警備保障が24時間警備していた。しかも、この狐らはこれも参拝客の人間に化けてこれらの刺客の行動を完全にマークしていた。 そんなことを知らない奈良の坊主刺客は任務を遂行して上司の坊主に逐一報告をしていた。もちろん刺客らは真剣に生成の命を狙っているが、これを見ている狐たちは笑いが止まらず色々な悪戯を仕掛けていた。狐のピン子は若い美人の巫女さんに化けて千本鳥居の途中でお腹を押さえてうずくまっていた。それを見た坊主刺客は、 「これ、そこの巫女さん、どうかしたのか?」 「はい、少しお腹が痛くて…」 「それはそれは大変、ほら拙僧の背中に…」 こうして巫女さんは坊主の背中に乗ったが、これが重たくて重たくて坊主がヨロヨロして歩いていると、前から来た参拝者が、 「これ、何をしている石のお地蔵さんを背中に担いで…」 えっ?、と刺客が背中を摩るとそこには石のお地蔵さんがいた。またある刺客は千本鳥居をくぐって山科の隠れ家へ帰ろうとしたが、その千本鳥居は千本どころか歩いても歩いても鳥居が永遠と続き朝まで歩いていた。 さすがの刺客もこれは狐の仕業とわかっていたがこれへの対抗手段はなかった。かといって生成の首を取らずして奈良にも帰れず途方に暮れていた。それを知った生成はこの坊主20名を稲荷神社に呼んで色々質問をしていた。この刺客のリーダーは東大寺の戒本といい奈良仏教会の僧兵の諜報部の部長もしていた。配下の19名のいずれも東大寺仏教会系の国家試験を受かった僧侶だった。生成はこれらに、 「どうだ、全員奈良から脱奈良して京の都に亡命しないか?」 「坊主が亡命ですか?」 「そうだ…このまま奈良に帰っても全員粛清されるだろう~こうなれば立派な政治亡命になる」 「しかし、それではまた我々が奈良の刺客に狙われる」 「なら、奈良へ帰るか?」 こうして刺客20名は警察組織の平安騎馬隊に一時拘束されて奈良仏教会の動きのすべてを取り調べられた後に比叡山仏教大学に収監された。その後、彼らは比叡山の僧兵の組織を立ち上げ指導していた。奈良が時には桓武天皇の命令に逆らう背景にはこの奈良の1000名という僧兵組織があったからだ、生成がこのリーダーの戒本を信じたのは巫女に化けた狐に、 「これ、そこの巫女さん、どうかしたのか?」 「はい、少しお腹が痛くて…」 「それはそれは大変、ほら拙僧の背中に…」 この狐と戒本との会話こそが仏教の心だと思ったからだ。 …この話が解決して山科からの道にある関所の「お関神社」もいつの間にか「おせき社」として咳の神様になっていた。これから900年後の江戸時代この話を聞いた歌舞伎役者が南座の顔見世興行に出演することになったが、初日の前日に急に喉が痛くなって咳が止まらないということでこの「おせき社」に参ったところこの咳はその日のうちに治って無事初日を迎えられたという逸話から一気にこの「おせき社」が有名になっていた。 …このおせき大神には郵便受けがあり全国から咳、喉の治癒祈願、そして治癒したお礼の手紙が毎日のように来ています。宛先は「伏見稲荷大社・おせき大神」様のみで来るようです。ちなみに本殿からここまで徒歩で1時間、この山でもすれ違う参拝者の約80%が外人でした。
忠臣蔵と伏見稲荷、その2・大石内蔵助と白狐の白藤との子供は「東丸」と命名された。東丸神社・夏の野菜、万願寺とうがらし 「外人観光客の一番人気の「伏見稲荷大社」のお話 忠臣蔵の大石内蔵助もお百度参りをした。」
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http://plaza.rakuten.co.jp/kyoto24/diary/201504020000/?scid=su_369 続・京のいけず石・物を道路に置いてはいけません・専守防衛の京のいけず石・先制攻撃の京のいけず石はダメ!?(シリーズの1) http://plaza.rakuten.co.jp/kyoto24/diary/201410050000/
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最終更新日
2016年09月03日 06時36分02秒
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