昼下がりの迷宮~

2006/06/03(土)14:24

若竹七海 『閉ざされた夏』

本の話(日本の作家・わ行)(6)

若竹七海 『閉ざされた夏』  を読みました。   閉ざされた夏 夭逝した天才作家の文学記念館で、奇妙な放火未遂が相次いだ。和気あいあいとした記念館の雰囲気は一変し、職員たちの言動にもおかしな様子が...。新入り学芸員とミステリ作家の兄妹が、謎を追い始める。そんな折り、同僚の一人が他殺体で発見された!事件を解くカギは、天才作家の過去に!?ユーモラスでいて切なくほろ苦い、傑作青春ミステリ。若竹七海の著作の中でも、光文社文庫のシリーズは、コージーなものが多く後味も悪くないので、今回も期待の一冊でした。 文学記念館が舞台ということで、登場人物も皆個性的。展示に使用する絵葉書を、膨大なコレクションの中から、日記をもとに探し、推理していく場面などもあって楽しく読み進みました。 途中に挿入された「資料」がどうやら犯人推理の手がかりになる様子なのは『ぼくのミステリな日常』も髣髴とさせます。それでも最後まで楽しいままにコージーに・・・とはいかなくて、やるせない、くやしさ、さびしさ、せつなさが残る話でした。 誰も、本当に悪意のかたまりだった人はいないのに。人が亡くなってしまったのですから、ハッピーエンドでは困るわけですが。残念でしたが、読後感としては悪くないです。 口の中がいつまでも苦くざらざらするようなことはありませんでした。主人公の兄妹が、とても魅力的です。 兄の才蔵は文学記念館の学芸員、妹の楓は在宅でミステリを書く作家です。両親を失ってから、気の弱い兄を妹が叱咤するようにして仲良く暮らしているようです。仕事の都合上、日中の火事は楓が受け持っていますが、夜の片付けは才蔵の分担。「生ゴミを外のポリバケツに捨て、シンクをクレンザーで磨き上げ、食卓を良く拭いて時計を見ると、もう12時半だった・・・才蔵は自分用に冷たいトマトジュースを、楓用に熱いキーマン茶をいれて、彼女の部屋を訪問した。」やりますよね才蔵君。私も、毎日は、ここまでは・・・。楓はというと、締め切りが迫っている彼女の机は 「ごきぶりが泣いて喜びそうなすさまじさである。広げて重なり合った本、走り書きのメモ、あふれかえった灰皿、その周りには煙草の灰が降り積もっている。足元にもくしゃくしゃになったシャツやちぎれた封筒や本の帯やミルクのパック、貸せおテープが埃まみれになって落ちており、そのすべての上にポテトチップの粉が散らばっていた。」 しかし!それでは終わらないのです。仕事があがった楓さん(さん付けになります)は 「机の周りもきれいに整頓され、台所もトイレもぴかぴかに磨かれている。カーテンも洗われて、網戸から涼しい風が流れ込んでくるのに合わせて、昨日までのように重っ苦しくなく軽快にはためいていた。よく見ると、グレーだった網戸までが青に戻っている。窓の外の出っ張りの上にスニーカーが干してある。ベッドの上にはきちんと畳んだシャツがのっている。・・・風呂に入ると、バスタオルからなにから全部新品に替わっていた。きれかかっていた透明ボトルの中の石鹸シャンプーは補充され、なんとなく流れが悪かった排水溝もスッキリと洗われている。目地も真っ白、石鹸かすのこびりついたシャンプー入れもきれいになっている。」すごくない?すごいよねー!さらに、 「大皿に乗ったコロッケを差し出した」 これは祖母の代からの伝承、手作りの品で、トマトソースやマヨネーズも手作りにして添える兄妹お気に入りのメニューなんだけど、この日はその山盛りの 「コロッケと牛タンのほかにも、アスパラガスブロッコリのサラダに揚げ茄子揚げピーマンのしょうが添え、サヤインゲンの胡麻和えなどがちゃぶ台に載り切らずに順番を待っている。」この一冊で最も印象に残ったシーン、のひとつ(はい、本筋もちろん印象深いです)でした。 同じく若竹七海のシリーズものに出てくる私立探偵・葉村晶も、ぼろアパートの内装や家具を自分でリフォームしたりするし、ほか、どの本でも食事のシーンがあると必ず美味しそうな料理が並んでいます。若竹さんがおそらく、働き者で料理上手なのでは、と踏んでいます。 理想を記すだけではこれほどに描写できないと思うもの。

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