○○に行きたいです。
ヴェネツィアに初めて降り立ったときのことです。もちろん私はイタリア語ができなかったので語学学校とのやりとりは全て英語(英語もままならなかったのですが・・・)とりあえず、半年で猫つれていくんだけど~向こう行ったら部屋さがすから1ヶ月だけ住めるとこさがしてくんない~~~?ってかんじでした。(すげ~高飛車な人)そこで最後のメールにすむ住所・家の電話番号・一番近いバスストップ(水上バス)をおしえてもらったのです。夜につくから迎えをいかせます。ということだったので安心して荷台でエアポケットにより放心状態になったるびをのせコロコロ移動。難なく税関突破し外へ!がしかし、探せど探せど「Y」の札を持つ人がどこにもいない・・・・どゆこと?迎えは遅れているのか?どうなんだ?と1時間ほど夜の狭いマルコ・ポーロ空港でうろうろ。つか昔のマルコ・ポーロ空港なので狭くって迷うことも見失うこともないのですが・・・待てど待てど待ち人来ず・・・ということで痺れを切らせ電話することに・・・・がしかし札のユーロはあっても小銭がない!しかたなくテレフォンカードを5ユーロ購入。そして電話してみると・・・私が馬鹿だったのです。電話番号を間違えて書き込んでいました・・・「ツーツーツー」かかるわけがない・・・シクシク意を決してじゃあ、家まで直接いったる!こないほうが悪いんだ!と水上バスはわからないのでこれまた金のかかるタクシーに乗り込みました。今だったら素直にまず車のバスでPLローマにいって水上バスにのるんだけど・・・無知って怖い・・・まず一番ちかい「アルセナーレにいってちょうだい!!!!」という感じ。でも夜だったので初めておりたった夜のヴェネツィアの美しさにすこし怒りがおさまりました・・・本当うつくしかったです。30分ぐらいの遊船を楽しみ。アルセナーレに到着。さあ、ここからが本番っすよ。この****番カステッロに到着しなくてはいけないのです。カステッロって通りはどこなんだ~~?よし!あの人にきいてみよう!!そのころ私は「○○へ行きたい」「○○が好き」「私の名前は○○です」「○○に行ったことがあります」のみでした。ですのでまずはじめの「カステッロに行きたい」とどうどうと住所をみせると相手はキョトンとしたかおをし、イタリア語で返します。いや、答えられてもわからんとです。すんません。今度は英語で「カステッロってどこですか?」またまた相手はキョトン。英語が通じないいいいいいいい。でもよくよくジェスチャーをみていると「ココ地域全部カステッロだよ。はっはhっはああああああ」って感じです。これまた何ですっとおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!でかい荷物両手にもってしかも荷台には猫が「ニャーニャー」いって雨の降り出した夜中のヴェネツィアでたたずむ三十路にさしかかった女が一人路頭に迷うところでした。しかしイタリア人!やさしい!荷物をもってくれ、住所をみて番号の家を雨の中一緒にさがしてくれたのです。でも心の中で「荷物は盗んでいいから猫はもってかないでね」と叫んでいた私・・いまさらながら「ご・め・ん・な・さ・い」そんなこんなで無事到着。バスストップのアルセナーレから程よく遠いところでした・・・(怒)中には同居人となる台湾人の子がパーティしながらも心配してくれていました。彼女には新居探しなどですごくお世話になったのです。いまさらながらありがとう!そんなこんなで最悪の初日が過ぎました・・・遊船はよかったのですが・・・料金が100ユーロしたのでまたまた後味の悪い結果に・・・後日管理人で迎えに来るのが学校の先生の一人で迎えに来るのわすれて友達と山に行っていたというのを聞き、そいつだけは大嫌いになったのはいうまでもありません。きいいいいいいいいいいい