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カテゴリ:家族
私が小学校に入学するころ、
父は茨城で小さな工場の代表をしていました。 当時は全く知らなかったけど、 大変な時代だったそうです。 そんなころ、祖父(父の父)が亡くなり、 父の兄が病気になりました。 そして故郷に帰ってサラリーマンという道を選んだそうです。 私は「家族のためにサラリーマンをしているんだ」という 父の言葉が一番嫌いでした。 それなら、好きなことをして、たとえ苦労したとしても、 毎日楽しそうにしている父が見たかったから。 だから、いろいろあったけど楽しそうに仕事をしている 母が好きだったんだと今は思います。 その父の兄(私のおじ)は何度も危険な状態になりながら、 持ち直してきました。 そのおじが、危篤だと聞いても、まだ大丈夫じゃないかと 思えるくらいでした。 いよいよだと聞き、帰ろうと決めて連絡した直後、 亡くなったと聞きました。 まるで、急いで帰ってくるなと言われたような気分でした。 おじさんは、息子しかいなかったから、 小さいころ「姫、姫」と呼んでかわいがってくれました。 正月にはいつも顔を見に行きました。 今年の正月にも会いました。 「ここまで生きて来れて、孫も見れて、思い残すことはない」と 言っていた、おじさん。 花嫁姿を見せてあげれなかったことが、心残りです。 誰もがそうだけど、生きているうちにしか できないことがある。 それを忘れずにいようと思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010年07月22日 20時41分07秒
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