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Selfishly

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追跡者 4章

 
   ~ 追跡者 4章 ~

 長引いた退屈な会議を、何度も欠伸を飲み込む事で、やり過ごすには
慣れていたが、今日は更に、そんな我慢以上に逸る気持ちを、
押さえ込む努力も強いられていたロイは、会議が終了すると、
他の将軍への手前、頭を下げながら見送りをしていたが、本音を言えば、
ヨボヨボと歩く者たちを、後ろから蹴り上げて、サッサと道を
進みたい気分だった。

 最後尾の将軍まで見送りが済むと、すぐさま踵を返して、逆の道順を
急ぎ足で進んで行く。 このまま同じ進路を取っていると、
とてもじゃないが、早く自分の執務室に戻りたいと願っている希望が
叶わないと思ったからだ。 階下に降り立つと、追い越した形で先を急ぐ。 
 ロイがこれ程、先を急ぐのには、当然…、早く仕事をしたいから等ではない。 
副官のホークアイ辺りに、心を読まれたら、眦を吊り上げられるだろうが。 どれだけ仕事が溜まっていようが、それが書類関係なら、出来るだけ、
時間を引き延ばしてでも、戻るのを遅らせる等、日常茶飯事の事だ。
 それで後に、自分が1番苦しむ事になるとわかっていても…。

 今朝、エドワード達から電話が入った。 
急遽、今からイーストシティーに戻る旨を伝えて、電話は切れたのだ。 
 彼には、予め、早めに、帰還連絡を入れるようにと、再三言っているのにも関わらず、
結局はギリギリにしかしてこない。 まぁ、連絡があっただけでも、
マシとしか言いようも無い彼の日頃の行いには、電話を切った後に、
眉間に皺を寄せるのも仕方ない事だ。
 が、その後、口元が綻んでしまうようでは、他の部下に示しが
つかないのではあるが。
 佐官以上の出席を義務付けられた会議は、さすがにサボるわけにもいかず、嫌々ながらに出席をしてみれば、5分と立たずに部屋を出て行きたくなるような、
退屈極まりない会議内容だった。 内心はどのような感情が渦巻いていようとも、
返答を求められれば、神妙に、時にはにこやかに返す位、
いつものロイならば、簡単な事にも関わらず、今日に限っては、
それさえも酷く難しい事だった。
 理由は簡単な事だ。 エドワード達が戻ってくるのは、今回はかなりの
久しぶりになる。 前回、強制的に引き止めていた腹いせなのか、
3ヶ月以上も立ち寄って来なかったからだ。
 ロイにしても、少々、大人気なかったかと反省をしていたのもあって、
常なら、一定期間を越すと、強制的に呼び戻しをかけていたのに、
やや気後れを感じて出来ずにいた。 が、それも、そろそろ忍耐の限界を
感じていた処へ、帰還の連絡が入って、喜ぶと同時に、ホッと安堵の息を
付いた。
 そして、そんな自分の心の動きに、やや複雑な気持ちになる。

 ロイとエドワードの関係は?と問われれば、上司と部下からは少しだけ
外れた関係…今の二人の関係が、少しだけ外れたものなのかは、
人には聞かせられない事だが、精神的には「だけ」程度なのだろう。
 少なくとも、エドワードにしてみれば。
 では、自分はどうなのか?と自問すれば、エドワードの認識している関係を、
面白くないと思っており、正直、最近は、それが辛くもなってきている。
 
 エドワードを失うかも知れないと思ったとき、ロイの中で気づかぬ振りを
され続けていた、真意にぶち当たる事になった。 それが、自分が
認めたがらない、偽ざる本音だと気づいたときに、彼の中でのエドワードの
位置づけは、大きく変わってしまったのだ。
 そして、身体から始めたこの関係を、深く後悔する事になったのは、
まだエドワードには、知られていない事でもある。


 司令部に戻ってくると、急ぎ扉を開けて中を横切っていく。
 上司の忙しない行動に、残っていたメンバーは、また会議で鬱憤を
溜めてきたのだろうと、仲間内で目配せをして、こっそりとため息を付く。 決して、八つ当たりをするような人間ではないが、機嫌が悪いよりも、
良いほうがいいに決まっている。
 ロイは、自分が部下達に、そんな目で見られている事など思いもせずに、
自分の逸る気持ちのまま、執務室に至る扉を開ける。
 中には、待たせた不満をぶつけようと、エドワードが待っているのを、
疑いもせずに。 
 そして、ガチャリと慌しい音を立てて、扉を開けて入ってみれば、
…そこには、誰も居なかった。
『到着の時刻が遅れたのか?』 そんな内心の考えを、中に入ってみる事で
確認する。 が、ロイの予想を裏切って、机の書類の1番上には、
しっかりと、エドワードの報告書が置かれていて…。

「中尉! ホークアイ中尉」
 ロイは、事実を確認しようと、隣の部屋で控えている副官を呼ぶ。
 必要以上に声を荒げてしまったのは、ロイらしくもないが。
 ロイの不審な行動に、怪訝に思っても表面には一切出さない優秀な副官が、
落ち着いた様子で、ノックをしてくる。
「入れ」の言葉を告げるのも、もどかしいと思いながらも、部下の手前、
出来る限り平静を装って、疑問を口にする。
「鋼のが来ていた様だが?」 
 報告書を視線で示して、何気なさを装おって問いかけてみる。
「ああ。 はい、大佐が会議に行かれてすぐに着いたんですよ。
 どうやら、こちらの駅から連絡をしたようで」
 そう語る口元には、うっすらと笑みが浮いている。 多分、慌てて連絡を
入れているエドワードの姿を、想像でもしたのだろう。
 いつもなら、そこで呆れたような軽口や嫌味の1つでも、告げて会話を
作るのだが、今のロイには、そんな話題を楽しむ気持ちも余裕もない。
あるのは、『なら、今は彼はどこにいるか?』だ。
 ロイの無言の促しを気配で感じたのか、少々戸惑いながらも、
話の続きを告げる。
「大佐を待つのが長引きそうなので、時間つぶしにと、丁度、
夜勤明けのハボック少尉が、昼食へと連れ出しましたが?」
「ハボックが?」
 ムッとした気持ちが込み上げてくるのを、無理やり押さえつけて、
聞き返す。
「はい。 エドワード君も、朝ご飯がまだとの事だったんで。
 でも、そろそろ戻ってくる頃だと思います。 会議が終わる頃に、
戻ってくると言ってましたから」
 何か不都合でもあったのかと、心配を浮かべる眼差しに、ロイは無言で
頷いて、彼女の退出を示す。 そんなロイの様子に、怪訝そうな様子を
見せるが、軽く頭を下げて退出していった。
 
 バサッと大きな音をたてて、会議での資料とか言う束を、机の上に
放り投げる。 それでも、ムシャクシャする気分は治まらなかったのか、
椅子が悲鳴を上げそうな乱暴な座り方をして、椅子を啼かせると、
ぶっすりと黙り込んでしまう。 あくまでも、表面上は、だ。 
『全く、少しくらい待つと言う事が、出来ないのか!
 ハボックもハボックだ、鋼のは仕事で私を訪ねて来たんだぞ。 
遊びに来たと、勘違いしてるんじゃないのか』
 急いて戻ってみれば、待つ気配もなく、とっとと別の人間と出かけている。 なら、早く逢いたいと思っているのは、自分だけではないか。
 その現実が、一番、ロイを苛立たせている。 そしてそれがわかっていて、
どうにも手が打てずに居る自分が、一番情けなくなり、波立つ感情に拍車を
かけている。

 なかなか進まない時計と、戻ってくる気配の無さが、長く感じられて、
ロイの中に溜まる鬱憤は、積もりに積もっていく。
 数度目の時刻の確認をした後、ガタンと音を立てて立ち上がり、
待って不満を溜めるよりは、自分で探しに行こうと思い立つ。
 その丁度に、俄かに隣の司令室が賑やかになり、聞きたいと願っていた声が
響いてくる。 思わず、扉を開けに行こうとしている自分に気づいて、
ロイは嘆息を付いて、座り直す。 上司が部下を、扉を開けて
迎えに行くなど、愚かしい自分の行動に、残されていた理性で思い直す。

「大佐、戻ってるって?」
 礼儀も何もない。 呼びかけと同時に、扉を開いて入ってきた。
今の瞬間まで、腹ただしいと思っていた感情が、エドワードの姿を
認めた途端、コロッと、驚くべき速さですり変わる。
「やあ、お早い到着で」
 嫌味の言葉も、浮かべているのが、喜びを露にしている笑みでは、
相手への効果も薄くなる事だろう。
 実際、エドワードには通じていいようで、
「ああ、早すぎて時間が余っちゃってさ、暇潰すのに苦労したぜ」
 笑って返された言葉に、ロイは内心、ガックリとため息を吐く。
「大将、酷いぜ。 折角、食事に連れて行ったやったのに、暇潰しかよ、
俺は」
 苦笑を浮かべながら、後から入って来たハボックが、大袈裟に
嘆く振りをする。 
「何言ってんだよ。 どうせ、ハボック少尉の目当ては、レストランで
働いてたお姉さんだろ。 付き合わされたのは、俺じゃないか」
 そんな不貞腐れた言葉を言いながらも、エドワードも楽しそうに、
後ろから付いてきたハボックに、肘鉄を食わせる真似をする。
 そんな二人の、和気藹々な様子を見せつけられているロイの機嫌が、
急降下している事など、二人とも気づきもせず、相変わらずじゃれあっている。

 今朝から使いぱなしだった忍耐も、どうやら底をついていたようだ。
  ロイは、ドンッと机の上を拳で叩くと、驚く二人に冷めた声で命令する。
「鋼の、急ぎでないのなら、またにするが? 私のほうにも、
早めに取り掛からないといけない仕事が山積みでね。
 ハボック、勤務が終わったなら、さっさと帰れ。 仕事をしている者の
邪魔だ」
 余りなロイの物言いに、瞬間、エドワードが怒鳴り返しそうになるのを、
後ろから急いで、ハボックが口を塞ぐ。
 何故止めるのかと、問う様に見上げてくるエドワードに、小さく首を振ると、宥めるように軽く背を叩いて、帰りの挨拶をし終えて、部屋を出ていく。 
 パタンと閉じられた空間の中には、不満を溜めている二人だけが残ることになった。
 気まずげな空気が流れる中、珍しく折れてきたのは、子供の方だった。
「ごめん。 急に戻ってきてさ。 たまたま、こっち経由だったんで、
アルの奴に、報告に寄るようにって、詰められて…」
 どうやら、エドワードが折れてきたのは、急な帰還で、迷惑を
かけているからだと、考えての事のようだ。 
そんな、はなはだ考え違いの事を思うのも、ロイの癇に障る。
 が、ここで苛立ちのまま言葉を告げれば、久しぶりの彼の帰還が、
更に伸びる事になるのは、長い付き合いでわかっている。
 エドワードは、普段は短気で堪え性がない癖に、妙な処で頑固で我慢強い。 一旦、こうと決めたら、誰が何を言おうとも、彼の意思は変えれないのだ。 
 チラリと視線を向けてみると、神妙に様子を窺うエドワードの姿が
目に入る。 そんな様子の彼を見れるのは滅多にない事で、
ロイはフッと笑みと共に息を吐き出すと、出来るだけ優しい言葉を選んで、
返事を返す。
「確かに急なのは困るが、出来たら今度からは、そんなに急にならなくても
良いように、こまめに戻ってくれると嬉しいね」
 盛大な小言を予想して、内心、げんなりしていたエドワードが、
思わず拍子抜けする程、穏便な注意に、不思議そうな表情を浮かべるが、
「わかった」と素直に頷く。
 その後、定期的な報告の受け答えをしていけば、先ほどの気まずい雰囲気は
なくなり、軽快で辛らつな言葉が飛び交うほど、いつもの二人に戻って
話しを進める。

「鋼の。 君の報告には、いつも助けられているがね。
 ここに書いてある、産出物の横流しの報告は、どうやって調べたのかね? 一市井から見てなんて、くだらないことは言わないで貰いたいね」
 ロイの言葉に、エドワードはグッと言葉に詰まる。
 この上司の嫌な点に、こうしてやたらと鋭い洞察力を見せてくるところだ。 結果だけで流してくれれば良いものを、経過にも追求が入るので、
気が抜けない。
「いやまぁ、ちょっと拝見させてもらった・・・わけ」
 語尾が小さくなるのは、後ろめたい気持ちからだ。
「ほぉー。 君の書いている報告書では、私邸の地下に厳重に
保管されていたそうだが、そんな場所にあるものを、ほいほいと
拝見させてもらったのかな? 偉く、信用があったもんじゃないか」
 細められた視線に、言葉にしない分だけ、棘を含ませてるかのように、
エドワードにちくちく刺さってくる。
「うっ…。 まぁ、ちょっと、そのなんだ。
 ちょろっと忍び込んで、確認させてもらった」
 仕方無さそうに、報告書には省いていた経過を暴露する。
「全く…。 君は、懲りると言う事を知らないようだな。
 前回もそれで死に掛けたんだろうが、少しは用心する事を、
覚えたらどうかね」
 嘆息を付いて、呆れたように小言を言うロイに、エドワードは
不満そうな表情で、反論を返す。
「ったってな、こいつのせいで、村の皆は被害に喘いでるんだぜ!
 危険を承知で産出している人たちを、少しでも早く、開放してやりたいと
思って、悪いかよ」
 憤懣やるせない表情で、ロイに食って掛かって来るエドワードの様子に、
表面上は渋い顔をしながらも、内心では苦笑を浮かべて、エドワードの事を
許してしまう。
 『最初からそう言えば良いものを』
 エドワードは、決して馬鹿ではない。 私邸へ許可なしに忍び込むなぞ、
例え国家錬金術師であろうと、発覚すれば唯では済まされない。
 が、敢えてその危険を侵したという事は、それだけ村人達が逼迫していた状況だったのだろう。 軍に要請してからでは、証拠隠滅も有り得るし、
今から調査だなんだと、時間がかかるのは否めない。 
エドワードの報告書と、証拠物件の押収で、この件は速やかに対応が出来るようにはなった。

「まぁ、確かに君のおかげで、すぐさま処罰に移れるのは、時間が
省けて助かるな。 よくやってくれたと言っておこうか」
 口の端に笑みを浮かべて、そんな風に告げるロイを見て、またしても、
乗せられた自分に気づく。
「ふ…ん、最初から、そう素直に言えってえの」
 先ほどのロイが思ったセリフ同様の事を、言葉にしてくるが、
乱暴な呟きにも、悔しさが滲んでいるのでは、迫力に欠ける。
「が、だからと言って、君がやった事は褒められた事ではないぞ。
 せめて今後は、行動に移す前に私に連絡をしたまえ。 と何度も
言っていたはずだが?」
 そうすれば、口裏を合わせておく事も、その後の対応の仕方もあるから。 …要するに、フォローやバックアップが出来ると言っているのだが、
エドワードがそれを素直に、聞き入れた事は無い。
 大抵は、自分で何とかしようとして、自ら危険な事をするはめになるのだ。 

「わかってる」
 返事と裏腹に、エドワードの目は否定を湛えている。
 それを言葉に表せば、『なんで、いちいち』だろうか。
 確かに、実際に彼が報告をしてくるのは、完了・完結後の処理の時ばかりだ。 
 要するに、ロイの手助けが無くとも、自分達で自力で解決できるだけの
実力を持っている。 が、明くまでも、自らの危険を顧みず行動を起してとなる。 
 ロイとしては、そんな危険を回避する為の手段があると言うのに、
何故、彼ほど利口な人間が、それを使わないか…だ。
 今までは、彼らだけでも何とか乗り越せてきた。 だが、今後も
それを充てにするのは、甘すぎるし、危なすぎる。
 真っ直ぐで、前しか見ない彼らには理解できない、狡猾でずるく、
悪どい大人が、この世には幾らでもいるのだ。 真っ向にぶつかって
勝てる相手ばかりではない。 もちろん、エドワードも並みの子供ではない。 覚悟の決まってない惰弱な大人など、到底太刀打ちできない決意と
強かさも備えてはいる。 
 が、それも絶対ではない。 前回の事の様に、自力で何とか出来ない
窮地に陥ったときに、手助けが入る手順を踏んでおくべきだと言うのが、
ロイの考えなのだが、どう伝えればそれをわかって、
行動に移してもらえるのだろうか。
 
 考え込みすぎて、痛んできたような気がする米神を軽く抑え、
デスクのファイルから、一枚の用紙を取り出して、それを上から順に書き埋めていく。
 向いに立つエドワードが、怪訝そうに見つめているが、
覗き込むような愚かな真似はしてこない。
 そこら辺も、エドワードの賢い点だ。 いくら軽口や悪言を吐くのを
許された仲ではあっても、きちんと相手の立場もわかっている。
 気安く声をかけている相手が、軍の要職を担う高官であり、
若くして東方を管理する、最高司令官の代理の任を持っている相手だからこそ、
許されている領域と、踏み込んではいけない領域があるという事を。
 ロイは、さらさらと見直すこともせずに書き進めると、
最後に自分の署名を書き終えて、エドワードに、その用紙を渡す。

「これって…」
 差し出された用紙を、怪訝そうに受け取り目を通すと、驚いたように
思わず言葉が漏れる。
「すぐさま現地へ人を送る。 後任は、私が判断して、信頼ある人物を
就けよう」
 エドワードが、ロイに感謝と感嘆を混ぜた瞳を向けている合間にも、
ロイは隣の部屋に連絡して、副官を呼び出している。
 すぐに控えめなノックがされ、ロイが入るように声をかける。
 扉が開く音にかき消されそうな小さな声が、エドワードの口から
零れ落ちる。
「サンキュー…」
 喜びを素直に表せられない不器用な子供が、神妙な表情でそんな言葉を
呟くのに、ロイは小さな笑みと共に受け取る。
「及びでしょうか」
 ロイは、エドワードから用紙を受け取ると、入ってきたホークアイ中尉に
手渡し、簡単な指示をする。 ロイの優秀な部下達には、
くどくどした指示は必要ない。 完結に要点だけで十分な働きを
してくれるからだ。
「了解致しました。 すぐさま手配致します」
「頼む。 後任は、2~3日の間には決定するだろうが、
それまでに出来るだけの手配を行える者を出してくれ」
 そのロイの要請に、しばし思案し、すぐさま返答を返す。
「では、ファルマン准尉とフュリー曹長に行って貰うので宜しいですか?」
「そうだな…。 適任だろうが、大丈夫か?」
「はい。 今は大きな事件や案件もありませんし、遠方ではありませんから」
「わかった。 任せる」
「はい。 では、本日中に拘束して、後の対応にあたらせます」
 綺麗な敬礼をして、足早に去っていく中尉を見送り、エドワードは
感心したような気持ちを浮かべる。
 無能だ、さぼり魔だと、悪口を叩く事は多いが、ロイの迅速な対応や、
部下達の有能ぶりを見るに付け、この男の優秀振りには舌を巻く思いを
味わう事も多い。
 いくらエドワードが情報を集めてきても、他の軍の人間では、
ここまで鮮やかな対応は望めないだろうし、それほど自分に信を置いて
もらえるか、はなはだ怪しい。 
 いくらエドワードが、国家錬金術師の資格を持っているとは言え、
彼が子供の年齢なのは、変わらない。 どんなに正確な情報や、
証拠を見せてみても、多少は疑われて、確証を取る為に調査が入るのは
仕方ない事なのだ。

 だから、素直に礼を言えた。
 自分を信頼してくれた気持ちに対して。 
そして、この男の判断のおかげで、助かる多くの人達の代わりに。
 村人を苦しめ、私腹を肥やしていた者は、今日この場限りで、
財産を没収、地位剥奪の上、裁判にかけられる為に拘束される。
 エドワードは、ホッと安堵の息をつくと、体中から気が抜けるのを感じた。 アルフォンスに急かされたからとか言っていたが、実は居ても
経ってもおられずに、エドワードが報告書を持って、走り戻ってきたのだ。 何とか、早く何とかして欲しいと思って。
 そこまで考えに及んで、ふと気づいた。 
『何とかして欲しいって…、この男に?
 俺、何とかしてくれると思ってんだ。 こいつなら』
 エドワードは、自分の考えの行き着いた先に、驚きを持って、
その相手をまじまじと見る。
 信頼するのは、自分と、弟のアルフォンスだけで、それ以外には
持たないようにしてきた。 世の中の人間が信頼できないとか、
値しないと思ってではない。 自分達に関係すると、迷惑が及ぶからだ。
 エドワード達が負っているものは、危険すぎる。
 そんな事に巻き込むわけにはいかない。 だから、二人で解決してきたし、
それは当然の報いだと思っていた。 
 なのに、この男になら、頼っても大丈夫だと思っている自分がいる。
  そんな、自分の心の動きに気づき、愕然とする。

「鋼の?」
 黙りこんだエドワードに、心配そうにロイが声をかけてくる。
「えっ、ああ。 いや…、ちょっと座ってもいいか?」
 今まで、立ったまま報告をさせていた事に思いついたロイが、急ぎ頷いて、
ソファーを勧める。 『長旅だったから、疲れも溜まってるのだろうか』 大抵、報告の際には、エドワードは立ったままで済ませる事が多い。
 ロイが椅子を勧めても、早く開放されたいと言うかのように、
腰を落ち着けずにいる事が多いのだが。
 座っては、黙り込んでいる相手を、静かに観察する。 特に、
大きな変化も体調が悪いと言うわけではなさそうだが、彼の事だ、
隠し通している事もある。
 お茶でも用意させようかと考えて、先ほど副官に仕事を与えた事に
思い及んだ。 ロイは、エドワードに少し席を外すことを伝えて、
隣の部屋へと出て行くが、エドワードが、それに気づいたようでも
なかったが。

 エドワードが、急ぎ戻ってきてみると、大佐は会議とかで部屋にはおらず、
その事に、八つ当たりに近い感情がわき上がっていた。
 それも、大佐を当てにしていたからの心の動きだったわけで…。
 その後、ハボック少尉が、気を利かせて食事に誘ってくれたのに、
やけくそ気味で付いていったが、エドワードらしくも無く。
美味しいらしい食事にも上の空で、味も良くわからなかった位だ。
『馬鹿じゃないか、俺。 大佐が俺を待ってくれてると、勝手に思い込んで、
勝手に腹立てて』
 ハァーと大きなため息を吐き出して、内心の複雑な感情を追い出そうとする。 
 ロイとエドワードは、少しばかり、普通の上司と部下の関係とは外れている。 
だからと言って、自分が特別だとか思い上がったりは
していなかったつもりだった。 なのに、気づいてみれば、
自分の行動や感情は、そう思っている自分が居ることを示していて…。
 知らず知らずに傾いている気持ちを反省して、自戒しなくてはならない。 誰も頼っては、いけないのだから、自分達は。
 エドワードが、自分自身に渇を入れて、気を引き締め直していると、
隣に通じる扉が開かれる。

 そこから入ってきた人物に驚いて、先ほどまで、その主が座っていた席を
見る。
「あれっ? 隣に行ってたんだ」
 そんなエドワードの問いかけに、やはりと内心で思いながら、
苦笑を浮かべながら、トレーに乗せてきた物を差し出す。
「一応声はかけたんだがね。
 何か、事件意外に気がかりでも?」
 向いに腰を落ち着けて、窺ってくるロイに、エドワードは、首を横に
振りながら、「別に」と返事を返す。 勿論、そんな返事で相手が
満足するわけは無い。 探るような視線を向けてくる相手に、エドワードは
素知らぬ振りをして、受け取った紅茶に口をつける。
 ふわりと広がる仄かな甘みは、エドワードの好みどうりだった。
 いつも出してくれる中尉が入れてくれるお茶は、子供用にか、
やや甘みが強い事が多い。  甘党な癖に、飲み物は甘さ控えめなのを
好むエドワードにしてみれば、今日のは自分好みのものだ。
「これって…?」
 問いかけがお茶を指している事に気づいて、ロイが眉を寄せる。
「口に合わなかったか? 中尉には、さっき仕事を頼んだばかりだったんで、
私が淹れたんだが」
 気まずげな様子で、語られた言葉に、エドワードの方が驚く。
「淹れたって…、大佐がお茶を?」
 エドワードの驚きに、やはり中尉に頼んだ方が良かったかと、
慌てて言い訳を並べる。
「いや、お茶くらいなら家でも淹れて出してただろ? その時には問題が
無かったようなんで、これ位かと思って淹れたんだが、済まない。
 不味かったようなら、やはり中尉に淹れ直してもらおう」
 慌てて、そんな事を伝えてくる相手を、エドワードはまじまじと
見詰め返し…、大爆笑する。
「ってか、何で、あんたが茶なんか淹れてんだよー」
 腹を抱えて、ソファーで身を捩る程笑い始めた相手に、ロイは呆気に
取られながら、返事も出来ない。

「軍の高官が、茶…、給湯室で茶ー!」
 笑いすぎて涙目になっている相手が、どこら辺がツボに嵌ったのかを
知ったロイが、人の気も知らずに、可笑しそうに笑っている姿に、
肩を竦める。
「お茶くらいなんだ。 軍に入れば一通りは自分でやるように
義務付けされるんだ。 お茶どころか、食事も、洗濯も、
裁縫だって出来るさ、私は」
 そんな返答を自慢げに返すロイに、エドワードは、さらに大受けしたのか、
ソファーの背もたれを叩いて笑い続ける。
「さ、さ、裁縫~! あ、あんたが…。 プッ…クククッ。
 もう駄目、俺、これ以上、想像できないぜ」
そう叫びながら、ソファーで笑い転げている。

 どんな想像を浮かべているかは知らないが、ロイには不名誉で、
エドワードには愉しい事に間違いないのだろう。 それでも、
別に不快な気持ちにはならない。 先ほどのように、元気がない様子や、
隠そうとする態度より、遥かに良い。
 目の端を上げて、笑い続けているエドワードを眺めながら、ロイは
ゆっくりとお茶を飲む。
 ロイのカップのお茶が無くなる頃、漸く何とか笑いを収めながら、
目尻の涙を吹き、エドワードがカップを持つ。
「これ、美味しいよ。  俺は、飲み物は、これ位の甘みのが好きだからさ」 
 そう照れたように告げながら、エドワードは美味しそうに、
嬉しそうにカップの残りのお茶を飲み干す。
「そうか。 口に合ったなら、良かったよ」
 そんな返事を返しながら、二人にしては珍しく、和やかにお茶を
楽しむ時間を持つ。

「で、一体何が、そんなに気になってたんだ?」
 なるべく、さりげなく聞いてみる。 余りしつこ過ぎたり、
気にし過ぎているのがわかると、答えてくれない気がして。
 ロイの言葉に、エドワードは一瞬、何の事を聞かれたのかわからず、
首を微かに傾げて思案し、思いついた問いに、ああっと頷きを打つ。
「いや…、そんな対した事じゃ…」
「対した事が無いんなら、話しても問題ないだろ?」
 言いよどむエドワードに先手を打って、再度問いを促す。
「まぁ、そうなんだけど。 別に、あんたには対して関係ある事じゃないし」
 そんな風に渋る様子を見せるエドワードに、好奇心を誘われた風に、
言葉をかける。
「そう隠されると、余計に気になるな。
 構わないじゃないか、気がかりを話す事で、解決の糸口も見つかるかも知れないし」
 エドワードの態度が、ロイの好奇心を煽るのだとばかりに、言われると、
まるで隠し事をしている自分が悪いような気になってくるから、
おかしなものだ。 興味津々で、自分を覗き見るようにしている姿は、
研究者としての自分の姿にも似通っていて、そうなると、余り連れなくも
できなくなる。
「いや、マジで別に対した事じゃないんだ…。
 そのぉ、まぁなんだ。 ちょっと、アンタに甘えすぎてたかなと」
 自嘲の笑みを浮かべながら、語られた言葉に、予想外過ぎて、
ロイも驚く。
「甘えすぎ? 君が、わたしに?」
 そんな事が、ここ最近、いや、過去を遡っても有っただろうか?
 不可解すぎる言葉に、困惑を浮かべるロイの様子に、エドワードも、
自分の言葉の足らなさを悟って、早口で補足する。
「いやだって、今回の事にしてもさ。 俺が急ぎ帰ってきたってのも、
まぁ俺の中に、あんたなら直ぐに何とかしてくれるとか、思っていた所も多かったんだなと気づいてさ。 ちょっとと言うか、かなり俺的には驚いたし、
あんたにも迷惑だろ?」
 照れくさいのか、俯き加減で、うっすらと頬を染めて語る相手を、
ロイは驚きと、降って湧いたようなエドワードの心境の変化に、
浮かんでくる喜びを抑えきれずに、言葉に出してしまう。
「それは、光栄だな。 構わないさ、君がそう思ってくれるのなら、
私適には、全然、歓迎だし、迷惑なわけがないだろう」

 思わぬエドワードからの言葉に、浮ついた気持ちが、ロイを饒舌にする。
「君は、一人で何でも抱えすぎる傾向があるからね。 頼れる時には、
頼る事を覚えた方がいいと思っていた所だったんだ。
 その方が、危険も回避できるし、わざわざ、自分達を危ない目に
合わせえる事もない。
 君と私の間柄じゃないか、遠慮せずに頼ってきなさい」
 意気揚々と語られる言葉に、エドワードの表情が曇っていく。
 浮かれ過ぎた感情は、ロイの注意力を欠く程だったらしく、エドワードの
微妙な変化を読み取り損ねる。
「回避…? 危ない目…?」
 繰り返すエドワードに、ロイは機嫌よく頷く。
「そうだ。 何も危ない事に首を突っ込む必要なないだろう?
 君には私が付いてるんだ。 何か困ったことがあったら、まずは私に
告げるべきだろう? そうすれば、簡単に…」
 そこまで告げると、エドワードがすくりと立ち上がる。
「鋼の?」
 怪訝そうなロイの呼びかけに、エドワードは低い、低く冷たい声で、
返答を返す。
「あんた、俺らを馬鹿にしてるのか?」
「…?」
「俺らは、俺らのした事を、これからやろうとしている事も、
それがどれだけ危険で、危ないかは解っている。 
それは、誰かに代替わりしてもらって、出来るような事じゃない。 
俺らは、自分が冒した事の重さをわかってるつもりだ。
 出来るだけ、誰にも迷惑も、巻き込むこともせずにいようと思うことが、
おかしいか?
 回避、危険? 馬鹿にすんなよ。 じゃあ何か、そんな危ない事をわかっ
て、あんたは部下にやらせるのか? 自分の身勝手の代償の為に? 軍なら、上司の命令で当たり前だろうけど、俺らは軍人じゃない。
 自分の冒した事の責任は、自分達で取る」
 低い応えを吐き出すと、エドワードは部屋から出ようと、踵を返す。
「はがね…の。 エドワード」
 茫然とした呼び声に、エドワードは進めていた足を止め、振り返る。
「それとな、さっき言おうとしてた続きがあるんだ。
 確かに知らず知らずの内に、あんたを頼るような所が出来てた俺も
悪いんだ。 少しばかり、関係が違うからって位で、
甘えていいようなもんでもないしな。 俺も気をつけるから、あんたも、
俺を甘やかすのは止めてくれ。 俺とあんたは、そんな関係じゃないだろ」
 冷たく吐かれた一言が、ロイの胸に抱えていた想いを抉る。

 厳しく突きつけられた言葉に、抑えつけていた感情が、抵抗を振り切って、浮かび上がってくる。
「なら…、なら君にとって、私たちの関係は、どんな関係だと言うんだね」
 ずっと問いたかった言葉だった。 彼が、自分ほど相手を思っていない事は
感じていた。 だから、問うのに躊躇いが浮かんだ、正直、怖かったのもある。 
だが、エドワードに、はっきりと互いの関係を決め付けられれば、
では一体、自分は、この子供の何なのかを、問わずにはおれなかった。
「えっ?」
 意外なロイの問いかけに、今度はエドワードが戸惑いを濃くする。
 そんなエドワードに、ロイは立ち上がり、ゆっくりと近づいて行く。
「君は少しばかりと言うが、少しばかりの関係で、君は身体を預けるのか?
 そして、身体を拓いて喜ぶと?」
 ロイの侮蔑に満ちた言葉に、瞬時に手の平が繰り出される。 
「おっと」
 難なく避けて、その細い腕を掴んでは、相手を引き寄せる。
「離せよ!」
 もがくエドワードに腕を回し、ロイは上から覗き込むようにして、
エドワードに再度問いかける。
「どうなんだ? 君は私との関係を、何だと思ってるんだ。
 君にとって、私は、一体なんなんだ?」
「離せよ!」
「いいや、離さないさ。 君が、答えるまで」
 確かに、罠を仕掛けたのは自分の方だ。 エドワードは、
それに引っ掛かっただけから始まった関係だ。 だが、その後にも
続いているのだ、何も無いなど、二人の間に何も生まれてもいないなぞ…、
それでは余りにも苦すぎるではないか。

 ギリギリと締め上げられていると思うほど、ロイの回された腕は、
力を強くしていく。 エドワードは、もがくことも出来ない程締め付けられる非力な自分の惨めさに、唇を噛む。
『だから、嫌なんだよ、あんたは』
 圧倒的な力の差は、自分を知らしめて、未熟さを見せ付ける。
 知識も経験も及ばない。 どれだけ、自分が頼らずにいようとしても、
知らず知らずに寄り添ってしまいそうになる。 決して、持ってはいけない
甘えを、この男は呼び出してしまう。 そうなるのを恐れる余り、
エドワードは自分に言い聞かせるように、答えを吐き出す。
「なんにも…、何もない、あんたとは! あんたは上司で、
後見人を兼ねてる軍人なだけだろ? 俺とは他人だし、俺が軍離れれば、
何も関係無くなる人間だ!」
 締め付けられる苦しさの中、それだけを叫ぶと、エドワードは、
腕から逃れようともがく。
 そして、ロイは、エドワードの言葉に動きを止める。 思わず緩められた腕から、
エドワードが逃れて、荒い息を吐いているのも、茫然と見るしか出来ない。
 息が整ってくると、エドワードは説くようにロイに話しかけてくる。
「なぁ?どうしたんだよ、あんた?
 俺ら、上手くやってたじゃないか。 た、確かに、あんたとは、
ねっねてるけど、それだけだろ? 俺は知らなかった事を教えてもらったし、
あんたは暇つぶしの1つが増えた位じゃんか」
 エドワードには、ロイが何故、こんな態度を取るのかが解らない。
 侮蔑されたのは自分の方だったはずだ、なのに何故、ロイがこれだけ感情を
荒立たせたりするのだろう? この男は、滅多な事では感情を表したり、
動揺を見せたりしない。 今だって、迷惑をかけないでいようと言う、
ロイにとってもありがたい筈の事で、何故これほど機嫌を変えたのだろう。
 だって、自分達など、迷惑そのものな筈だ。 リスクも大きい子飼いを、
ロイがいつまでも構っているなど、有り得ないし、有ってはならない事のはずだ。 彼には彼の目標や野望がある。 だから、ロイに気兼ねなぞ
持たないで欲しかったのに、何故?

 ゆっくりとロイの顔が上げられる。 ごっそりと表情と言うものを、
そぎ落としたような今のロイの顔は、普段からポーカーフェイスが得意な彼の
表情とも違い、エドワードは背筋に走った寒気に、思わず身震いしながら、
数歩後じ去る。
 それを許さないように、ロイが数歩詰める。
「な、何だよ一体。 俺らの事は気にしなくて良いって言ってるんだぜ?
 その方があんたも、気が軽く…」
「黙れ!」
 ロイの低い恫喝に、エドワードが身を竦める。
「君は…。 何もないと? 興味本位で抱かれ続けていて、それだけだと?
 暇潰しの1つとして扱われていて、君はそれを甘んじてうけているわけだ」
 嫌な、嫌な笑みだ。 こんな笑みを浮かべるロイを、エドワードは
見たことがなかった。 エドワードが下がろうとするより早く、
ロイが腕を伸ばしてくる。 胸倉を掴み上げられて寄せられると、
エドワードの身長では、つま先しか床に付けれない。
 触れ合う程近づけられた目の前には、酷く意地悪げな、そのくせ、
痛みを堪えているように、端を上げられた唇で、ロイがエドワードに囁く。
「なるほど、それでも喜んで付き合っている君は、かなりの好き者と
言うわけだ。 なら、その期待に答えないといけないわけだな、私は」
 ロイのセリフに、一瞬思考が止まるが、理解できた途端、手が先に
動いていた。 そして、今度はロイも避けなかった。
 不安定な姿勢からの平手に、それ程力が込められる筈もないが、
派手な音に、叩かれたロイよりも、叩いた本人のエドワードが、
驚いてしまう。
「なっ…」
 避けると思っていたのだ。 いや、ロイなら十分避けれる筈だ。
何故…。
 茫然と驚いているエドワードに、ロイは噛み付くようなキスをする。
 動きを封じるように回された手は、すぐ後ろまで迫っていた扉の鍵も
締める。 
 カチャリ  微かな音が、エドワードの鼓膜に飛び込んできては、
ロイの行うとしている意図を、知らせている。
 そのまま乱暴に抱き上げられると、先ほどまで座っていたソファーに
押さえつけるように降ろされる。
 咄嗟に跳ね起きようとしたエドワードを、乗り上げるようにして動きを
封じると、さっさと上着を脱ぎ捨てる。

「ちょ…、まさか、あんたここで…」
 頬を引き攣らせて、驚きを示す相手に、ロイは皮肉な笑みを浮かべて、
答える代わりに自分のベルトを外すことで、返答をする。
「じょ、冗談だろ? まさか、こんなとこで…」
 茫然となっているエドワードの隙を付いて、外したベルトで後ろ手に
拘束する。 ロイのその行動に、エドワードが口も聞けないほどの驚きを
見せる。 今までロイが、エドワードに、そんな無体な事をした事もなく、
職場でことに至ろうとした事もなかった。
 信じられないという表情で、自分を凝視しているエドワードの上着に
手をかける。
「君が言ったんだろ? 暇潰しの1つだと。
 なら、それに付き合ってもらおうじゃないか」
 自虐的な笑みを口の端に浮かべて、驚き固まっているエドワードの肌に、
手を沿わす。
 大好きな肌だ。 子供だからからなのか、彼の特有のものなのか、
しっとりした絹にふれているような肌触りは、触れるたびにロイを陶然とさせる。 至る所にある小さな傷も、白い肌のアクセントになっていて、その小さな傷に触れるときには、微かな痛みが胸をおそうが、ロイはいつも、
それを丹念に、慰撫するように嘗め上げる。 獣の親が、傷ついた子供を
嘗めて癒すように。
 ゆっくりと、何度も…。

「や、止めろよ。 なぁ? 」
 泣きそうな顔をしている。 ロイはエドワードの表情を見て、
ぼんやりとそんな事を思い浮かべた。 綺麗な二つの輝石が、
怯えと戸惑いを混ぜ合わせて、自分を映している。
 弱弱しく呟かれた言葉には、まだ今の状況が信じられないのか、
ロイの戯れを止めさせるような懇願が滲んでいる。
 そんなエドワードに、ロイはふわりと笑んで、エドワードの気持ちを
踏みにじるような言葉を告げる。
「いいや、止めない」
 そう告げると、相手の表情が驚愕に歪むのが目に入る。
 それでも、自分の行動を止める事無く、ロイは自分の下で、
硬直している身体を煽るように手を動かしていく。
 ショックから漸く立ち戻ったエドワードは、ロイの本気を悟り、
焦るように抵抗を始める。
「ちょ!ちょっと、待てよ。 止めろ、止めろって!」
 自由に動かせない身体で、精一杯もがくエドワードには、何の感慨も
持たないように、ロイは行動を止めない、まるで、エドワードの言葉なぞ、
聞こえてないように。
 背筋にゾッとするような寒気を襲う。 まさかと思った。 
冗談だとも。 今まで、何度も関係を持ってはきたが、ロイはいつでも、
エドワードの意思を尊重してくれていた。 嫌がるときに、
無理強いをされた事もなければ、手ひどく扱われた事もない。
 いつでも、不思議なほど丁寧で優しかった。 
 こういう関係を他には知らないエドワードでも、ロイの自分に対する態度が、
酷く甘くて優しいのだとわかるほどに。
 そのロイが、今はどれだけエドワードが嫌がっても、聞き入れてくれず、
その上、抵抗も出来ないように封じてことに至ろうとしている。 
『誰だ…こいつは…』
 ロイであって、ロイではない。 全くの知らない他人だ。
 そう思い浮かんだとき、エドワードの中で恐怖が這い登ってくる。
 恐怖は、エドワードの中に残っていた強勢も、羞恥心も吹き飛ばし、
懇願を哀願に変えて、吐き出されていく。
「止めろ! 嫌だ、止めろよ! 離せ、離れろ!」
 声を上げるエドワードに、煩わしそうな一瞥を投げかけるだけで、
ロイの愛撫はエスカレートしていく。
 自分のベルトに手をかけられて、エドワードの恐怖は最高潮に達する。
「止めろって言ってるだろ! よ、呼ぶぞ! 隣にいる奴らを!」
 エドワードにしてみれば、最後の切り札を出したつもりだった。
ロイとエドワードの関係は、当然ながら秘密だ。 ばれれば、互いに
酷く不味い立場になる。 そうなれば、エドワードより困った事になるのは、
この場合、ロイの方なのだ。
 なのに…。
「どうぞ、構わないよ。 君にそんな趣味があったとは気づかなかったが、
見られるのが好きなら、それも一興だな」
「なっ…!」
 ロイの返答に、言葉も出せないエドワードに、ロイはゆったりと笑い返す。
「別に強要した事は今まで1度もない。 君も合意の上で付き合っていたのだから、
 他人にとやかく言われる筋合いでもないし。
 まぁ今日は、趣向を変えて楽しんでいると言えば、人は呆れはするだろうが、
 納得するさ、今までの経緯を考えればね」
 エドワードが絶句している隙に、ロイはさっさと次の手順を進めていく。 怯えの為か、縮こまっているエドワードの分身に、微かに眉を寄せるが、
ズボンと下着も剥ぎ取ると、熱い息を吹きかけながら、口内に含んで性急に
追い上げてやる。
 
 室内には、淫猥な水音だけが響いている。 いや、水音だけではないかと、
思い直す。 上の方からは、堪えて堪えきれないで吐き出されている喘ぎが
漏れている。 普段、エドワードの口は、憎まれ口ばかり吐き出すが、
こういう時は、素直に喜びを伝えてくる。そういう風に、ロイが
教えたのだから。
 特に今日は、耐えているせいか声は控えめだが、だからこそ、
思わず洩らされるくぐもった喘ぎは、ロイの嗜虐心を酷く煽る。
 いつもより頑なな身体を抱きしめながら、それを喘がせる喜びに浸る。
 何もない、生まれてない二人には、劣情以外に溺れれるものは
ないじゃないか…そう、心で呟きながら。

 ギシギシとスプリングを軋ませる音を聴きながら、エドワードは自分に
覆いかぶさる男を、茫然と見開いた瞳に映している。
 ポタポタと落ちてくる汗は、相手のものだ。
『まるで、大佐が泣いてるみたい…』
 何故そんな風に思うんだろう? 思えるんだろう?
 相手は自分の意思をねじ伏せて、強引に身体を繋いでいるんだ。
 怒りを浮かべても、腹を立ててもおかしくないはずなのに。
 傷ついているのは、酷い目に合わされているのも、自分の方のはずなのに。

 最初は、ロイの暴挙のあまりに、エドワードの思考は真っ白になる位に、
ショックを受けた。 その後、猛然と怒りが湧いてきた。
憎しみや嫌悪感が、吐き気を誘うほど荒れ狂っていたはずなのに、気づけば、
自分の上で、必死に動いている男が憐れになっている。
 薄く目を閉じ、悩みの殉教者のように眉間に皺を寄せ、苦悶の表情で
快感を追求しているそのロイの姿は、不謹慎極まりないのに、
思わずエドワードに、神に縋る人の姿を思い浮かべさす。
 必死に、縁に縋るように快楽を追求しているロイの面を、
汗が伝い落ちている。 ポタリポタリと、エドワードの上に
滴り落ちてくる汗は、エドワードには涙のように思えて、思わず手で
掬い上げてやろうとして、初めて自分の腕が拘束されているのを、
辛いと思った。

 早くなる突き上げと、漏れる喘ぎが頻繁に上がり始める。
 階の最終は、もうそこまで近づいている。
 最奥にロイの熱を浴びせかけられ、エドワードも釣られたように自分の熱を
解放する。 その反動で、ロイを絞り上げるように締め付けると、
ロイが感極まったように吐息を吐き出す。
「くっ…、ああっ」
 うっとりと吐き出された呟きが、エドワードの背筋に震えを走らせる程
感じさせるのを、酷く不思議に思いながら、エドワードは意識を暗闇に
落ち込ませていく。
『どうして? なんで…?』


 その後、エドワードが意識を戻すと、ロイはすでに部屋にはおらず、
査察へと出かけた事を、司令室に残ったメンバーからの話で知った。 
 そして、エドワードはすぐに旅立ち、事件の処理に負われるファルマンと
フュリーを助けに戻った。
 その後は、しばらく東方にも寄り付かず、月日が流れていく。
 遠く地にいても、微かに届く便りでは、一時落ち着いていたマスタング大佐
の華々しい乱行振りが、また再熱したとの噂話だった。



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