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Selfishly

Selfishly

S,P 8「蔦」


スローライフ S 
          Pa 8-1 「蔦」



H19,1/2 1:30


「伯母さん、買い物はこれでお終いですか?」

「ええ、レイモンド。
 後は、出来たら香料の良いのが入っていれば
 覗いてもいいわね。」

朝から付き合う買い物で、すでに待たせている車の中は
置き所もないような有様なのに・・・とうんざり思いながらも、
にこやかに、「そうですか。」と感じの良い返事を返す。

「あなたのお父様も、お顔を見せてくれれば良かったのに。」

もう、何度目かになる言葉にも、
嫌な表情1つ浮かべずに、
済まなそうな表情を作り、

「済みません。
 父は 生憎、この時期に会合が多くて。

 伯母さんのお顔を見れないのを寂しがっていましたよ。」

「はぁ~。

 そう言いながらも、前回も その前も
 顔さえ見せに来てないじゃないの。」

気難しい表情を浮かべて話す叔母に、
レイモンドは 何度目になるかわからない謝罪の言葉を告げる。

父の姉にあたる叔母は、イーストの富豪の元に嫁いで
この街に住んでいるが、
何かと本家のカーネルの家の事に口を挟んでは
本家の人間に鬱陶しがられている。
が、叔母がカーネルの親族であり
今でも 多くの土地を所有していて発言権も大きいとなると
レイモンドの父も、煙たく思っていても
粗雑な扱いをするわけにもいかず、
叔母の誕生日が近くなると、ご機嫌伺いとして顔を出すのが
カーネル本家の恒例となっている。

最初の頃は、父親が 渋々ながらも来ていたのだが
レイモンドが 殊の外、この叔母に可愛がられるようになってからは
何やかやと理由を作っては、彼に押し付ける形になっていた。

「本当に申し訳ありません。
 
 また、機会を作って父と一緒に伺わせて頂く様にしますね。」

さりげなく、店の扉を開けてやり叔母が出るのを助けてやる。

こういう所作が さりげなく出来る所が
レイモンドが 気に入られている1つでもある。
レイモンドにとっては、特定の人物以外は本来どうでも良いと思っている所があるので
いくらでも、自分を作って振舞う事等造作もない事だった。

店を出て、待たせている車の方を見ると
レイモンドは ピタリと歩くのを止めて、
通りの向こうを凝視する。

『あれは・・・?』

横に付き従っていると思っていたレイモンドが
じっと立ち尽くしているのに気づいた叔母が
不思議そうに名を呼んできて、
彼の視線の先に顔を回す。

「あら。」

通りの向こうに、同様の高級車に乗り込んでいる人物を見て、
叔母は 顔見知りを見つけた反応を返す。

「レイモンドも、あちらのお嬢さんとお知り合いだったの?」

特に驚いた風でもなく聞いてくる叔母に
レイモンドは 去っていく車から目を離せずに
聞いてみる。

「今の女性の方は、どちらの?」

レイモンドの反応が知り合いを見つけた反応かと思っていた叔母は
レイモンドの問いに、疑問を感じた表情を浮かべるが
その次には、したり顔を浮かべてレイモンドの問いに答えてやる。

「ご存知ではなかったの?

 あちらは、イーストの司令部の将軍のお孫さんの
 ローザ嬢でいらっしゃるのよ。

 ほほほ、貴方が見惚れるのもわかるわ。
 本当にお綺麗なお嬢様ですものね。

 体調を崩しておられたと聞いていたけど、
 ここ最近は だいぶんと良くなられたようね。

 でも、レイモンド 残念ね。」

そこまで話すと、訳知り顔でため息をつく。

「ローゼさんには、最近 婚約者の方がお決まりになられたのよ。

 さっき、ご一緒にいらした方ではないかしら。」

社交界の情報通の叔母には、ローゼの婚約者の詳しい情報が
もう入っているのだろう。
その情報と照らし合わした結果の予想を告げてくる。

「婚約者?
 先ほどの男性が?」

「ええ、多分そうだと思うわ。
 噂で・・・いえ、お話で聞いた風貌だったし。

 最近、週末には こちらに足繁くお越しとお伺いしてたし。
 どうやら、将軍の元部下の方らしいけど・・・。
 
 まだお披露目とかがないんで、ご紹介された事はないから
 詳しくはお聞きした事はないんだけど。」

自分が持ててない情報がある事を、心底残念そうに表情に浮かべながらも
その後も 得意げに語り続けている。
最後には、あたなにも素敵なお嬢さんが現れるわよと
慰めをかけられていたような気がするが
レイモンドは、その後の話は相槌を打つだけで
殆ど聞いていなかった。
叔母の話がローゼから離れて行っても
レイモンドには 先ほど見た光景と叔母に聞かされた話の内容が
頭から離れる事はなかった。





「すみませんでした、お付き合いさせてしまって。」

そう言いながらも、久しぶりに街に出た嬉しさを隠せないローゼに
ロイは、優しく微笑む。

「いいえ、全然構いませんよ。
 私でよければ、いくらでもお付き合いします。」

「ありがとうございます。」

ロイの笑みに、はにかむ様に微笑み返す。

「でも、お体調が良くなられて良かったですね。

 将軍から崩されて臥せっているとお聞きしたときには
 心配致しました。」

そのロイの言葉に、ローザは驚いたような表情を見せた後、
済まなそうに詫びてくる。

「まぁ・・・。
 
 お爺様は、そんな事をロイに?

 申し訳ありません。
 少し微熱が出た程度でしたのに、
 皆が 大騒ぎをするものですから・・・。」

身体の弱い自分の事で大騒ぎをするのは
ここ最近の皆の対応ではあるが、
ロイにまで迷惑が及ぶとなると、ローゼにとっては
自分の身体が恨めしくもなる。


そんな彼女の心の動きを機敏に察して、
ロイは 明るく話を続ける。

「さぁ、せっかく久しぶりに街に出られたのですから
 少し、遠回りしてみましょう。」

ロイが、運転手に指示をして行き先を告げる。
ローゼは、ロイが どこに行こうとしているのか
不思議そうな、そして嬉しそうな表情を浮かべて
ロイが話してくれる事に聞き入っていた。


「まぁ!」

ローゼが思わず感嘆の声を上げて、
眼前に広がる光景に見惚れる。

高台からは街が一望できる。
そして、その中央から 水平線の彼方に続く線路には
蒸気をたなびかせた汽車達が、忙しそうにやってきては
去っていく。
けれどそれさえも、ここからでは小さな小さな1コマにしか過ぎない。

高台を通って天空に抜けていく風は、
自分ごときの小さな存在など、連れ去って行きそうな錯覚を感じる。

「危ないので私に掴まっていて。」

差し出された腕に手を預けて、ローザは眼前に広がる光景を
心に留めるように、じっと見つめ続ける。

大きな街だと思っていた。
けど、こうして自然の中から見てみれば
その先には、延々と広がる大地がある。
ところどころに、街が点在し続く。
そして、水平線に近くなる所には人達もまばらなのか
広がる大地だけが続いている。

きっとその先には、自分などが考えた事もないものが広がっているのだろう。

こうして、強く吹き上げてくる風を身体で感じていると
この気流に乗って、どこまでも見知らぬ果てに飛んでいけそうな気になる。

ローゼは、揺さぶられる感情の波に逆らわず、
素直に涙を浮かべる。
運命と天命と業にがんじがらめに囚われて生きる自分が、
今 この光景に溶けている間だけは
その重みから開放されて、ただただ 眼前に広がる未来に
思いを馳せる事が許されたようで・・・。


ロイは、静かにローゼに付き従って待っていた。
涙を拭くハンカチを差し出す事もせず、
彼女が 自分の思いに浸れる時間を壊さないように
じっと見守っている。

透明な雫が、静かに流れ落ち終わる頃
ローゼは、はっとなったようにロイを振り向く。
そして、さりげなく差し出されてハンカチを受け取り
少し恥ずかしそうに瞳を押さえる。

「申し訳ありません、取り乱してしまって。」

「いいえ、構わないんですよ。

 自分の思いに正直になる時も、
 時には必要です。

 貴方は我慢強くていらっしゃるから、
 たまには、そうして開放して上げる事も必要ですよ。」

自分を知り尽くしているように語られる言葉に
ローザは驚きながらも、嬉しさと同様に感じる違和感を持つ。

「何故、ロイ あなたは・・・。」

どうして そこまで理解してくれるているのか、
こうして、何故 付き合ってくれているのか

ずっと聞きたかった言葉が思わず口から零れ落ちそうになる。

が、聞いてしまえば 自分はわかってしまうだろう。
今は、気づかぬ振りができる事も
ロイが答えれば、語られる内容の逆を、真意を
きっと 感じ取って、わかってしまう自分がいる。

夢は 種明かしされれば消えてしまうものだ。
欲張ってしまえば、全てが水泡のように儚く散っていくだろう。
例え、ひと時の虚像の時でもいい。
今、この人が 自分の傍に居てくれるなら・・・。

そう思えるほどに、ローゼはロイに恋慕ってしまうようになっている。

真実に近づくには、自分には勇気がない。
ローゼは、真実に蓋をするように気持ちを切り替えて
ロイに礼を告げる。

「本当にありがとうございました。
 こんな素晴らしい場所にご案内頂いて。」

明るい表情で告げてくる彼女に、
ロイも 安心したように微笑む。

「何だか、この場所に立って 街を見ていると
 全ての事が夢の出来事で、ここに居る今の自分ではなく
 もっと自由に飛びまわっている自分がいるような気が
 してきますね。」

本当は、そうしたい自分が居るという事なのだろう。
そう思いながら、ローゼが自分の感想を告げると
ロイは、少し、目を瞠って驚いたような表情を浮かべたかと思うと、
懐かしそうな色を瞳に浮かべて、
自分も眼前の光景に目をやる。

「ええ、本当に。

 以前、貴方と同じような事を言った者がおりましたよ。

 『ここに居ると、今の自分は悪い夢を見てたんじゃないかと思う。
  本当の自分は、何にも縛られずに この風のように
  自由に生きてるんじゃないかと。』」

そして、彼は続けて言ったのだ。

が、ここに居るのが今の自分なんだ。
なら、自分が出来ること、やらねばならぬ事をやるしかない。
夢は、たまに見るからいいんだよな・・・と。

寂しそうな、それでも 決して弱くない笑みを浮かべて。

あの時、自分は何と返したのだろう?
いや・・・、何も返せなかったんだ。
あの頃の彼には、何も返してやれなかった。
本当は、ずっと、あの頃から
彼らの背負う運命の重さに立ち向かう彼を
少しでも、その背を、肩を支えてやりたいと思っていたのに。


語りだしたまま、光景に見入るように黙り込んだロイが
ひどく遠く感じられて、ローゼは 胸に抱え込んだ寂寥感が
酷く痛むのを感じる事しかできずにいた。






週明けて、大学に行ったエドワードを待っていたのは
久しぶりに顔を見せたレイモンドだった。
ちょうど、彼には 相談したいこともあったエドワードに
してみれば、好都合でもあった。


「久しぶりだな、レイ。

 もう、家の予定の方は大丈夫なのか?」

「ああ。そちらは無事に。
 まぁ、叔母の機嫌伺いなんで
 たいした事もしてないんだがな。」

授業待ちの時間に、互いの近況や 休んでいたときの講義の話を
しているが、レイモンドは 心なしか、
上の空な気配がある。

「なぁ? 休みの間に何かあったのか?」

レイモンドが家の都合で呼び戻されて戻ったのは
先週の半場だった。
本人は たいした用事ではないと言っていたが
本当は、何か 厄介ごとでも起きたのだろうか。

エドワードの呼びかけに、じっと見返してくる。

どうしたんだろう?と、再度 呼びかけようかと考えていると
レイモンドが 口を開いた。

「エドワード。
 マスタング氏は、今も忙しいのか?」

「えっ・・?
 あっあぁ、 今 ちょっと事件があって
 家にもしばらく戻ってない位だからな。」

「戻ってない・・・?
 先週末も?」

「ああ。
 前に言ったと思うけど、週末は 東方に出張してるしな。」

どうしてそんな事を聞いてくるのだろうと思っているのが
ありありとわかる表情で、エドワードが返事を返してくる。

「そうか・・・。

 マスタング氏に確かめたいことがあるんだが、
 時間の都合をつけて貰ええる事は無理か?」

「確かめる事?」

レイモンドの妙な言葉が、エドワードの勘に引っかかる。

家の事情で東方に出かけていたレイモンド。
週末に出張で出かけていたロイ。
エドワードは、結びついてくる事柄を組み立てて
もっとも、今の話の中に関連しそうな事を浮かべる。

「もしかして・・・、
 東方でアイツに逢ったのか?」

東方は大きな街ではあるが、
セントラル程ではない。
駅や、ちょっとした所で 偶然逢わないとも限らない。

「・・・ああ、いや。
 逢ったとかではなくて、見かけただけなんだが・・・。」

それ以上の言葉を告げようとしないレイモンドを見て
エドワードは訝しく思う。
逢っただけの事なら、エドワードに話せない事ではない。
しかも、レイモンドは『確かめる事がある』と言っている。
となると・・・。

「なんだよ、俺に言いにくい事なのか?

 また。女性でも連れて歩いてでもいたのか?」

レイモンドには、ロイとの関係を話してはいない。
だから、エドワードにしてみれば
軽く話すつもりで言っただけだったのだが・・・。

押し黙るレイモンドを見て、エドワードの方が内心 動揺する。

「・・・なんだ、そうだったんだ。

 まぁ、アイツは昔からもててるからな。」

内心の驚きを出さないように、努めて明るく流す・・・ように
返事したつもりだが、上手くいったかどうか。

「エドワード! 君は それで・・・。」

言いかけた言葉を止める。
あの男との事は、エドワードの口から聞いたわけではない。
自分が 察して、気づいてるのに過ぎないのだ。
今、ここで 自分が知っている事を話して良いのかどうか。
それに、まだ 確証が取れているわけではない。
あの男が 何を考えて、あんな役を演じているのかも。

「いや・・・、ちょっと叔母が知っているような口ぶりだったんで
 確かめておこうかと思っただけなんだ。」

エドワードの言った事には否定も肯定もしない。
聡い彼の事だ。
余計な事を言ったとしても、騙し通す事は無理だろう。
気が急いて、不用意な言葉を用いてしまった
自分が悪いのだ。

また、都合がつく日を聞いておくと力なく返された返事に頷くと
互いに授業を聞く振りをして、話を打ち切る。

『不用意な言葉・・・。』
本当に、自分はうっかりと用いたのだろうか?
日頃から、エドワードと話していれば
彼が、どれだけ聡いかはわかっているはずだ・・・。
しかも、長年 自分を上手く演じてくるのに慣れていた自分が
不用意な言葉など、うっかりと言ったりするなんて。

レイモンドは、自分の中に隠れている想いが
あさましくも自分を動かしているのを感じる。

イーストでマスタング氏を見かけた後、
レイモンドは、叔母の話を確かめに動いた。
将軍の屋敷の者は、皆 口が堅く、
外部に情報を漏らすような落ち度を見せない。

が、出入りする業者達の口にまでは
さすがに、全て 蓋をす事は出来なかったのだろう。

叔母が集めた噂とさほど変わらぬ情報だけが集まってきた。

マスタング氏が、ここ1ヶ月程の間
週末になると、屋敷を訪問して逗留してはセントラルに戻る事。
その目的は、将軍の孫娘のローゼのお相手らしい事。

で、皆の憶測が行きかって、
婚約者が決まったのではと言う話の流れになっているらしい。

『もし・・・もし、この話が本当だったら、
 エドワードは どうするのだろう?』

マスタング氏が エドワードに恋情を抱いている事は
相対して話をする口ぶりで気づいた。
そして 多分、エドワードも・・・・。

二人の絆の深さに、叶わないものがこの世にあると打ちのめされて
引いた自分だったが、もし、もしも 今回の事が真実なら?
1つの実情を餌に、レイモンドの心に燻る想いは
ゆっくりと蔦が絡まるように力をつけては
自分が仕舞ったはずの想いの箱を
ギリギリと締め付けていく。


講義の話を聞いていくうちに、
段々と平常心が戻ってきた。
意外な人物からの、意外な場所での話だったから驚いてしまったが
落ち着いて考えてみれば、
別段、おかしな事でもない。

以前も任務上、そういう役を演じていた時もあったし、
仕事の付き合い上や、知り合いにも もちろん女性が居てもおかしくはない。
ホークアイ中佐も 身近に居る その一人でもあるし。
そう考えると、エドワードは 少し自分が疑惑的になりすぎている事を感じる。
最近のロイの行動は、少々 おかしな点があり戸惑う自分がいる事は確かだ。
が、ロイの気持ちを疑うような事はない。
エドワードを想うロイの気持ちも、行動も
ちゃんと真実からのものだという事は確信できる。

今回の事も、何か理由があるか、目くじらたてるような事でもない程度の事なのだ。
そう思えるようになると、少し気分が浮上した。
今度、戻ってきたら からかってやろう・・・。
エドワードは そう考えて、思い悩むのは打ち切りにした。


その後も、ロイは事件が大詰めに入ったようで
戻って来れない日が続いていた。
電話で、しきりと戻りたがるロイに
エドワードが 励ましの言葉をかけてやりながら
心の中で早く解決する事を、願って日々が過ぎた。




「これで全員か?」

ハボックが 走り回っている軍人達に声を張り上げる。

「現在、確認中です。
 こちらのブロックでは、完全に抑えましたので
 今捕らえた残党で全てです。」

「よし、すぐに他のブロックにも確認を急がせろ。」

慌しく連絡が行きかっている中、
ハボックは やれやれと思いながら、周囲を見回す。
ブレダが立てた作戦を、陣頭指揮でハボックが遂行した。
綿密に組み立てられて作戦だったから、
よもや取りこぼしはないだろうが、
確認が終わるまでは気が抜けない。

確認が終わったら、司令部で苛々と事件の解決を待っている上司に連絡してやり
仲間にも緊急体制を解除させてやらなくてはならない。
捕らえてから、背後関係を探るような複雑な事件ではなかったのが幸いして、
この後は、型道理の尋問と確認が始まるだけだ。

「ハボック少佐、
 全ブロックに確認が終わりました。」

「それで」

「はい、報告書にあったとうり全員捕らえ終わりました。」

「よっしゃー!
 
 よし、すぐに司令部に移す手配を取れ。
 あっちでは、尋問者が 今か今かと待ってるからな。」

「はい。」

ハボックは、吉報を伝えるために無線機のある車に戻る。

「こちらハボックです。」

『ハボック少佐、お疲れ様です。』

「手配中の逃亡犯を全員捕らえ終わりました。
 現在、司令部に護送手配中です。」

『了解いたしました。
 ご苦労様です。

 こちらでの準備は、万全なので手配が整い次第
 あなたもこちらに戻ってくれて大丈夫よ。』

「了解致しました。
 見届けたら、戻ります。」


ここからの管轄は、ファルマンとフュリーに移る。
ハボックは、ホッと肩の力を抜いて
久々に取れる休みを思って、安堵する。





「中将。
 ハボック少佐から任務完了の連絡が参りました。」

「そうか。
 取りこぼしは無いな?」

「はい、全員捕らえて こちらに送る手配中だそうです。」

「よし。
 ファルマン大尉、フュリー中尉」

「「はい!」」

急いで駆けつけて、前に立つ二人に
にやっと笑いを浮かべながら指令を与える。

「良くやった、お前達の情報のおかげで無事に捕獲できたようだ。
 後は、個別に尋問をして調書を取れ。

 その後の再送先は、間違っても一人も同じ所になど送り込むなよ。」

どこかの馬鹿将軍の下の無能な部下達のようになとまでは
言葉にしなかったが、聞いていた者たちも失笑を浮かべて頷く。

「ブレダ少佐、ホークアイ大佐もよくやってくれた。

 護送が確認され次第、緊急体制は解除して
 各自休みを取るようにしてくれ。」

「「はい。ありがとうございます。」」

ロイも やれやれとばかりに、椅子に深く腰をかける。
今回は、もともと管轄外の事だったから
資料を集めるだけでも一苦労させられて、
正確な情報が手に入りにくかった。
おかげで、手探り状態で動かなくてはならない事が多くて
事件の規模の割には、時間を長引かされて忌々しい思いをさせられた。

「お疲れ様でした。」

すっと出された珈琲は、軍の名物の物ではなく
ロイたちが自分で買い置きしている豆で淹れた物だ。

「いい香りだな。」

「はい、やっと落ち着いて飲めますね。」

時間がないと、インスタントのコーヒーを淹れるしかなく
手間がかかる豆から挽く このコーヒーを飲む事もできない。
中将ともなるロイには、上質の物が用意されているのだが
ロイは、自分ひとりで味わう為に わざわざ支給されるのを嫌がって
皆と飲めるように豆を別に用意している。

「中将のこの後のご予定ですが、
 調書が上がってくるのは もう少し後ですが
 その前に、締め切りが迫っている物に目を通して頂かないといけません。」

「・・・わかった。」

1つの事件が解決したと言うのに
すでに次の仕事が山積みと言う話を聞くのは
気分が良くなるわけがない。

むっつりと返された返事に、目だけで苦笑し
ホークアイは 横に控えめに積まれている書類の束を示す。

「取り合えず、緊急の物は こちらだけですので
 こちらに目を通してサイン頂ければ、
 週末はお休み頂けますが?」

ロイは 積まれた書類の束を、意外な目で見る。
長引いた事件のおかげで、仕事は山がいくつも出来ているだろうとの
予想を裏切るような量だ。

「これは・・・。
 
 大佐、ありがとう。」

多分、詰まれた山のいくつかはホークアイが引き受けてくれたものやら、
そして、期間の延長を申し出てくれて減らしてくれているのだろう。
そんな彼女の心遣いに、ロイは素直に礼を伝える。

「いいえ。

 ただ、1つご忠告をさせて頂ければ
 事件は完全に終わったわけではありませんので
 今週末は 出来れば、セントラルからお出にならないほうが
 良いと思われます。」

暗黙の内に、今週はセントラルの 要するにエドワードの傍で
ゆっくりとしてはどうかと言う事を仄めかされる。

「ああ・・・、そうだな。」

ロイも、先週から戻れないし顔も見れなかったエドワードの事を思い浮かべる。
出来れば、今週は 彼の傍でゆっくりと過ごしたい。
老将軍には済まないが、今週は勘弁してもらおうと心に決め
軽くなった気持ちのまま、ダイヤルを回す。


「セントラル司令部のマスタング中将だが
 将軍にお取次ぎ願いたい。」

そう伝えると、丁寧に速やかに相手に取り次がれる。

『おう! マスタング君。
 丁度良い時に連絡をくれたな。』

「はい? 私に何か御用でも?」

嫌な予感がロイの胸中を過ぎる。

『いやいや、君が忙しいのはわかっているのじゃが、
 どうだね、事件の方は?』

「はい、おかげで今日 取り押さえが終わりまして。」

『おお、そうか!
 さすがは、マスタング君じゃ。

 君に任せた方も一安心された事だろう。』

「ありがとうございます。」

なかなか喰えない人物の老将軍は
なかなかロイに本題を話さない。

『いや~、これで安心して頼める。

 いや、今週なのだがな ちと私の個人的な付き合いで
 そちらのセントラルに行かねばならないんじゃ。

 そうなると、ローゼは一人になるので心配しておったとこでの。
 折悪しく、息子と嫁も親族の祝い事で出て戻っておらんでな。』

よかったよかったと喜ぶ老将軍に、ロイは心のうちで
深くため息を吐く。

「わかりました。
 今週は 出来るだけ、早く伺えるように致します。」

何度も頼むよと告げられて切られた受話器をを
ため息と共に電話に戻す。

どうも、あの将軍には 毎回上手くあしらわれてしまう。
気がついたら、あちらのペースになっていて
渋い顔になった事は1度や2度ではないと言うのに
今回も うまうまと乗せられた気がする。

仕方ない、今日は出来るだけ必要分だけ書類を処理したら
早めに戻ってエドワードの顔を見れるようにして
明日に残りを詰め込んで、週末に出かけるようにするしかないだろう。

その旨を伝えるためにホークアイを呼んで話をすると、
彼女は何も言わなかったが、
非難を込めた眼差しが、
険しさを一層強くしてロイを見ていたような気にさせられた。

護送犯の移動完了を確認し終わり、
ハボックから一連の報告を受け終わると
ロイは、必要に差し迫れるものだけ急ぎ片付けて
ここ久しぶりの帰路につく事にした。



帰る時間にしては早かった事もあり、
ロイは 手土産に、エドワードの好きな店の焼き菓子店に寄る。
前回は 新作を渡しそびれてしまった事もあり、
替わりになるものが出ていればと思いながら店の扉をくぐる。

新作はなかったものの、定番商品の1部が入れ替えの時期だったこともあり
エドワードと まだ食べた事が無い菓子が ずらりと並んでいた。
ロイは それらを全て買って、機嫌よく久しぶりの家に戻る。

灯りが燈されているのを見ると、エドワードが戻ってきているのがわかった。
ロイは、逸る気持ちを落ち着かせながら
呼び鈴を鳴らさずに、鍵を開けて入っていく。

「エドワード、ただいま。」

玄関で大き目の声を上げて呼びかけると、
驚いたように飛び出してくるエドワードが見える。

「ロイ!
 今日は 戻って来れたんだ。」

嬉しそうに笑顔を見せるエドワードに、
ロイは、本当に久しぶりだと実感する。

おいでおいでをするように手を招くと、
エドワードが 何だというように近づいてくる。

手を伸ばせば届く所まで来たエドワードを
ロイは、強くなり過ぎないようにゆっくりと抱きしめる。
そして、エドワードの存在を感じられるように大きく息を吸い込むと
胸が燻られるようなエドワードの香りを
身体中、一杯にする。

「ただいま。」

そう呟いて、額を首筋に摺り寄せてくるロイに
エドワードも、癖の無い黒髪を梳きながら

「お帰り。
 ご苦労さん。」

と言葉を返しながら、久しぶりのロイを受け止めるように
腕を回して抱きしめ返す。

しばらくそうして互いの温もりを感じあっていたが、
ロイが 名残惜しそうに身体を離して
持っていた袋を差し出す。

「あっ、買ってきてくれたんだ。
 サンキュー。」

自分の好きな菓子店の袋に、エドワードが嬉しそうな笑みを浮かべる。

「食事の後にでも、一緒に食べよう。」

今日は、もう 戻らなくて良い事をさりげなく伝えると
エドワードも、ロイの事件が解決した事を知る。

「そっか・・・、お疲れさん。
 良かったな。」

労うように腕を叩いてやると、
食事の用意がまだだったこともあり、
先に風呂を勧める。

ロイが エドワードに触れられた腕の感触に気を取られて
返事が遅れると、じっと見つめているエドワードの様子に気が付く。
はっとしたように、慌てて返事を返すと
そそくさと浴室に向かう。

服を脱ぎながら、目に入った鏡の中の自分を見据える。

『物欲しそうな卑しい目をしていたんだろうな・・・』

久しぶりに感じたエドワードの感触に
ロイの押し殺していた情動が、目覚めるのを感じて
慌てて離れたロイだが、押さえ切れない衝動は
多分、滲んで出ていた事だろう。
その後のエドワードの戸惑った様子でもわかる。

ロイは、エドワードに待つと言ったのだ。
彼が嫌がる事は何もしないと。
なのに・・・、すでにその約束を、
あった瞬間から破りそうになっている自分がいる。
自分の意思の弱さに、ほとほと嫌気がさしながら
燻る情欲を持て余しながら、浴室に入っていく。



エドワードは急ぎ料理をしながら、
先ほどのロイの様子を思い返す。

本当にいいのだろうか?
ロイが 待つと言ってくれた言葉に甘えてしまって。

疲れているせいもあって、
多分、ロイも精神の制御が難しかったのだろう。

あれだけ、ギリギリの瞳を見せられて
エドワードは、ロイの優しさに甘えている自分を後悔する。
あの時、ロイは 抱きしめる自分に欲情していた。
首にかかる吐息は、一息ごとに温度を上げて
ロイの心情を表していた。

自分は概に1度は決心をつけていたはずだ。
ついつい、ロイの優しさに甘えてしまっていたが
それも、ロイをあれ程までに苦しめるてるとなると・・・。

エドワードは持っていたいたフライパンを
力強く握り締めると、自分に気合を入れる。



すっかりと食事の用意が出来た頃に
ロイが浴室から上がってきた。

「良い匂いがするな。」

ヒクヒクと鼻を動かしながら、嬉しそうに入ってくるロイに
エドワードが済まなさそうに言葉を告げる。

「ごめん、今日はたいした物は出来てないんだ。
 戻って来れるのが解ってたら、
 もっと、ちゃんとしたものを作ったんだけど。」

そう言われた食卓の上は、
短時間にしては十分な程の用意がされているように
ロイの目には映る。

「君は、謙遜しすぎだよ。
 これでも、十分だ。」

満足したように机の上を見るロイに
エドワードもホッとしたように笑う。

久しぶりの向かい合っての食事は
話は途切れる事がなく続き、
事件の事から、今度の休日の話になって
ロイが、残念そうに東方への出張が取り消せなかった話になる。
申し訳なさそうにしているロイの負担を減らしてやりたくて
エドワードも、週末の休みにはホームパーティーに
呼ばれている事を伝える。

丁度、レイモンドに聞きそびれていた相談ごとも
ロイに頼むことにする。

「そうか・・・、確かマギーさんだったかな?」

「うんそう。
 付き添いで出席させてもらうんだけど
 ホームパーティーって、普段着で構わないのかな?」

「場所と招待者にも拠るが、会場は家ではないと言っていたね。」

ロイの問いかけに、聞いていた店の名前を挙げる。

「ほう・・・それはそれは。
 その店を貸切で?」

「うん、そう言ってたけどな。」

エドワードが挙げたレストランの名前は、
知らない者の方が少ない位の、有名な店だ。
料理もさることながら、長い伝統を持ち
格式も、そして 当然料金も通常の稼ぎの者では
一生、足を踏み込む事もできないかも知れない。
ロイも何度か訪れた事はあるが、
高官や有名人が多く集まりすぎていて
個人的には あまり行きたい店ではない。

エドワードには ピンと来ないだろうが
稼ぎ時の日曜の、しかも もっとも混むだろう夕方に
一晩借り切って開かれるパーティーともなれば、
かなり上流の階級同士の付き合いの集まりと言える。

「エドワード、そのマギーさんのご主人の名前は?」

友人の雇われ人だと聞いていたが、
そんな上流階級の友人だったのかと驚く。
そして、思い当たる人物が1人。
彼の家なら、あり得る事だろう。

「えっ・・・と、そのぉ。」

急に歯切れ悪くなるエドワードに
ロイが 首を傾げる。
『レイモンドなら、すぐに答えるはずだが。』

「ロイ。
 誤解ないように言っとくけど、
 別に料理習っている以外は他意はないぞ。

 カーネル、フレイア・カーネルの家の誕生会に誘われたんだ。」

エドワードの言った名前が、何故か不快な気持ちと一緒に
記憶となって浮かんでくる。

「カーネル?  フレイア・カーネル・・・。

 それは、もしかしたら前回君に交際を申し込んだとか言う?」

エドワードが はっきりと断ったと聞いていたので
ロイの中では、忘却したい名前として片付けられていたが
まさか、こんなひょんな所で聞くことになるとは・・・。

プライドの高そうな女性のようだったから、
断ったエドワードに付き纏うとは思えず、
そのまま忘れ去っていた。

気を悪くしただろうかと、心配気に こちらを見るエドワードに
ロイは、頭を切り替えて考えながら返事をする。

「そうか・・・。

 エドワード、もしそのパーティーに行くのなら
 正装していかないと駄目だろうな。」

「正装!?」

たかが、ホームパーティーに?と不思議がるエドワードに
ロイは苦笑し頷く。

「カーネルと言えば、代々続く 総合病院をアメトリス全土にもつ資産家だ。

 しかも、確か今の当主の夫人は 旧家の名家の出て
 財界に発言権の強い一族の出のはずだ。

 そのパーティーとなると、いくらホームパーティーとは言え
 一流の人達が集まる事になるだろうからな。

 私の所には来なかったが、多分 軍にも警護の要請が
 出てるのではないかな?」

「軍にも?」

驚くように返されるエドワードにロイは説明してやる。

軍と病院は、切っても切れない関係にある。
カーネル氏の事は当然ロイも聞き及んでいるし、
ロイも何度かお世話になった病院は
全てカーネル氏の経営する病院の関連だったはずだ。

一通り説明を聞くと、エドワードは 後悔したような表情を濃くする。

「俺・・・まさか、そんなに凄い集まりとかとは思わないで・・・。」

断るべきだろうかと頭を悩ましているエドワードの様子に
ロイも悩む。

それだけの集まりだと、エドワードの事を見知っている人物が
多い事も考えられる。
エドワードがセントラルに居ることは、
暗黙のうちに軍には承諾をさせてはいるが、
善からぬ事を考える輩が居ないとは言えない。
招待者の付き添い程度のお誘いなら
出来れば断ってくれたほうが、
今後のエドワードの為だろうと
言葉を告げようとした矢先に、
エドワードが そうだと声を上げながら
部屋から慌てて出て行く。
急ぎ戻ってきたエドワードの手には1通の封筒が握られている。

「ロイ宛の郵便は全部、書斎に置いてあるんだけど
 1通だけ気になってる手紙が来てたんで。」

エドワードが差し出す封筒を見ると、
高級な素材で出来ているのが見て取れる封筒だ。
裏を返してみると、きちんと蝋印もされてある。
差出人は、カーネルの当主の名前になっている。

ロイは嫌な予感を浮かべながら封筒の封を切る。

中には、エドワードへの正式な招待の願いが書かれてあった。
エドワードの経歴も考慮してか、
エドワードへ無用の不快な思いをさえないようにさせて貰う手はずの
旨も書かれていた。
保護者であり、後継者のロイも ぜひにと書かれている文面は
当主自ら書かれた物らしく、最後には署名も入っていた。

読みながら、ロイは 厄介な事になった招待に
深いあきらめのため息を吐く。

「エドワード、君は ご主人にあった事が?」

「えっ?  ああ、うん 1度、家に居たらしいときに
 ご両親共々、一緒に料理の試食をしたんだけど・・・。」

それが、何か関係あるのだろうか?とエドワードが首を傾げる。

エドワードには他意が無い事はわかっている。
ただ、先方はそうではなかったと言うわけだろう。
エドワードを両親に紹介した その女性の真意がロイの予想どうりかは
解らないが、少なくとも その両親の御眼鏡には適ったと言うわけだ。

そんな時に、家族内の催し物への出席など
相手側に妙な思い込みを持たせる事になりそうだ。
絶対に参加させたくはないと思うが、
しかし、ここまで正式の招待状を行かずに断る事も難しい。
代理でロイがいければまだしも、
ロイも受けることが出来ないとなれば
エドワードが 顔を出さなくては、向こうの面子に関わる事になる。

苦渋の選択に、ロイは エドワードに話をする。

「エドワード、これは正式な招待状だ。
 君にも話したとうり、軍にも影響力のあるカーネル氏の招待は
 軍属である君には、断りにくい。

 この招待は受けるしかないだろう。」

そんな事まで考えが及ばなかったエドワードにしてみれば
ロイの言葉は驚き以外の何物でもない。

「ただ、約束して欲しい。
 
 この招待を受けた後、カーネル氏の家に料理を教わりに行くのは
 止めて欲しいんだ。」

続いて言われた言葉にも、エドワードは 考える素振りをするが、
素直に頷く。
エドワードとしては、パーティーを断って 料理を教わるほうを
続けたいのは山々だが、どうやらエドワードが思っていたような
簡単な事だけでもないようだ。
マギーには残念がられるだろうが、今度パーティーであった時に
話をしよう。

「わかった。」と頷くエドワードに
ロイは、少し気持ちが落ち着くのを感じる。

先方が どうであれ、疎遠になれば 関心も離れる。
幸いな事に、エドワードは まだまだ年若い。
年齢を理由に断れる年だった事にホッとする。
これが自分だったら、即時 際どい選択をせまられる立場に
なった事だろう。

当面の心配事が、落ち着いた所で
エドワードの着ていく服をコーディネイトをする事にした。

1度、エドワードの夜会服を選んでみたいと思っていた事もあり、
不本意な状況ではあるが、せっかくのチャンスを棒に振るには
ロイのエドワードへの誘惑は絶ちがたかった。

滅多に入らないエドワードの部屋で
ロイは あれでもないこれでもないと引っ張り出しては
エドワードを立たせて服を合わせてみせる。

「ロイ・・・別にそんなに考えなくても
 普通に失礼がない程度でいいから・・・。」

「そうは言うがね、君が 揃えた服を着て見せてくれる事なんて
 滅多にないんだから、この機会に1着だけなら
 出来るだけ似合うものを見せてもらいたいじゃないか。」

熱心に並ぶ服を眺めていると、ふと 目に付いたスーツを取り出す。
それはロイが選んだ中でも、特に素材からオーダーした
ブラック・フォーマルのスーツだ。
いつか夜会に連れて行く時がきたらと思っていた頃に選んだもので、
その頃は 今の感情をエドワードに向けていたのを自覚していなかったから
自慢の息子を見せびらかすような気持ちで選んだスーツだった。
上質な生地は、控えめな光沢を放ち
エドワードのスタイルの良さを際立たせるように裁断にも
鋭さを持たせてある。

派手な要素は少ないが、着る本人を最大限に引き出すように
作られている。

「エドワード、これにしよう。」

ロイが、どんなスーツを選ぶかと思ってやきもきして待っていたエドワードだが
出されたスーツを見て拍子抜けをする。
特に変哲も無い 普通の黒のスーツで、これを選ぶだけに
どうしてこんなに時間がかかったのかと思われる位だ。

まぁ、特に問題がありそうでもないスーツだったので
エドワードは素直に着替えてロイの見せる。

着替えの終わったエドワードを、感嘆の気持ちで眺める。
ぎりぎりまで余分な飾りをつけずに作られたスーツは
ストイックな位だが、その分 咲き誇るように
着ている主をひき立てる。
なまじの容姿の者が着ると、逆に衣装負けで
埋没する事になるだろうが、
エドワードに限っては そんな事はあり得ない。
どんな宝石よりも輝く輝石を持ち、王冠のように彼を彩り
広がる色彩は、見るものの視線を奪わずにはいられないだろう。

そして、容姿以上に彼を他者と区別させているものは
本人は全く気づいていないだろうが、
彼の存在感そのものだ。
何者にも侵されず、何事にも怯まない。
彼が そこに居るだけで、周りの空気もカラーも
一瞬にして彼の色に染まる・・・そんな存在感の強さを
本人は気づかずとも放っている。

ロイは、自分の選んだものの出来栄えに満足そうに頷く。

そして、不安にもなる。

彼ほどの魅力溢れる人間だ。
自分やレイモンドやカーネル氏以外にも
今後は彼を望む人間が後を絶たなくなる事だろう。

出来れば、どこにも出さず、誰にも見せずに隠しておければ
ロイの不安も少しは半減するのだろうか・・・。

「ロイ?」

満足そうに頷いた後に、ぼんやりとしているロイに
エドワードが伺うように名前を呼んでくる。

「あっああ、素晴らしいよ。
 スーツはそれでいいな。

 タイは黒の棒タイにして、靴も同様の黒のこれにしよう。」

わかったと頷きながら、着替えようとするエドワードに
ロイは 焦るように、下で待っている事を告げて
足早に降りて行く。

今の状態で、エドワードの着替えなど見てしまったら
ロイの揺らぐ理性が、保てるという自信がない。

急ぎ出て行ったロイの挙動不審な態度に、
エドワードは、深呼吸するように大きく息を吐き出し
階下で待つロイの元に降りて行く。


下に降りると、すでにお茶の用意がされており
ロイが買ってきたお菓子の1部も並べられていた。





[ あとがき ]

新年明けましておめでとうございます!
日付は変わってしまいましたが、元旦の1作です。
ちなみに、途中です・・・。

タイムアップの為、続きは次回に。
早ければ翌日には更新できる予定ですので
少しだけお待ちください。m(__)m



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